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最低最悪な魔法使い  作者: 春香秋灯
教皇長と魔法使い
2/38

大魔法使いの側仕え

 俺は、本当に皇族すら避けていた。しかし、興味の前には、そういうものはどうでも良くなった。

 ついでに、初恋の人である賢者テラスに久しぶりに会うこととなった。

 俺が久しぶりに会いたい、ということで、皇帝ラインハルトは時間をあけてくれた。ついでに、大魔法使いアラリーラまで会わせてくれるという。

 俺が呼ばれたのは、庭園だ。どこにでもある庭である。そこに、ちょっとした茶会でもする用意がされていた。

 一応、俺は教皇長なので、王都の教皇ウゲンを側仕えのように連れて行く。

「久しぶりですね、ウゲン」

 先に来ていた賢者テラスが、ウゲンに軽く挨拶する。

「お久しぶりです、テラス」

 一応、神殿と魔法使いは別組織である。上下はない。だから、教皇は賢者テラスを呼び捨てしていいのだ。普通、やらないけど。

 物凄く失礼であるし、テラスはウゲンを越える年長者である。しかし、テラスは気にしない。穏やかに笑って受け流す。

「皇帝陛下は少し遅れるそうです。それまで、私が代理として、ここに居ます」

「なんだ、テラスはここに最後までいてくれないのか」

 つい、本音が零れてしまう。てっきり、テラスも一緒に茶を飲んでくれるものと思っていた。

 久しぶりに会ったテラスは、ほんのわずかだが、老けた。しかし、相変わらずの美男子ぶりである。その姿に、私は胸を躍らせた。やはり、テラスへの想いは変わらなかった。

 対するテラスは、苦々しいとばかりに俺を見返した。わかっているのだ、俺がまだ、テラスに想いを募らせていることを。

「私にはもう、心に決めた人がいるから、諦めなさい」

 ところが、珍しく、真剣にテラスは俺の想いに返事をしてくれた。本当に、珍しい話だ。

 俺が城から離れている間に、何かあったのだろう。テラスは、俺に対して、心底、申し訳ないという気持ちを返してきた。

「テラス、何かったのか?」

「あなたが神殿に引きこもっている間に、色々とあったでしょう」

「………確かに」

 あった。伯爵令嬢サツキの事件は、帝国中を震撼させたのだ。

 神殿でも、伯爵令嬢サツキの話は聞こえてきた。信者たちは、伯爵家のことを楽しく、おかしく、だけど、最後は哀れみをこめて噂した。それほど、不幸なことだった。

 しかし、神殿に引きこもっていても、情報を集めればわかることだ。この不幸な令嬢の話があまりにも帝国中に広がり過ぎだ。伯爵令嬢サツキは、身内にお家乗っ取りをされたのだ。結局、血族の告発により、それが事件として表沙汰となった。しかし、お家乗っ取りなんて、よくある話だ。帝国中に喧伝されるようなことではない。

 この伯爵家のことには、帝国も関わっている。

 どういう意図があるのかわからないが、伯爵令嬢サツキは死んで随分経ったというのに、今だに、思い出したように、サツキの関係者の悪行が告発されていた。それは、帝国側にとっても、貴族におかしな事を考えさせないための、良い材料となっていた。

 テラスが言っていることは、この程度の話である。

「女伯爵カサンドラが毒殺とはな。それこそ、驚いたものだ」

 伯爵令嬢サツキの実の母は、俺もよく知る人である。何せ、俺が貴族の学校に通っている時、先輩として、生徒会役員として、大変、お世話になった才女だ。

 俺がカサンドラの名を口にしたから、賢者テラスが驚いた。とても珍しいことだ。

「よく、ご存知ですね」

「カサンドラとは、貴族の学校の生徒会で知り合った。とても素晴らしい女性だったよ。そして、その婚約者と浮気相手は、最低最悪だった」

 思い出すだけでも、吐き捨ててしまうほど、カサンドラの婚約者と、その浮気相手は、最低最悪すぎて、蔑むしかなかった。

「それは知りませんでした」

「俺のことなんて、テラスは興味ないからな。むしろ、知りたくなかっただろう」

「皇族は大勢いますからね」

 ちょっと拗ねてみれば、テラスは上手に誤魔化してくれた。それは確かなのだから、仕方ない。

 俺なんて、ただの一皇族でしかない。俺に関することなんて、これっぽっちも興味がないし、知らなくても困らないだろう。

 そうして暗い話をしていると、大魔法使いアラリーラと側仕えハガルがやってきた。

「ラインハルト様はまだ来ていませんか」

「遅れて来ます。それまで、私が話し相手です」

「では、給仕はハガルが」

 勝手にアラリーラとテラスの間で決まっていく。

 そうして、俺、アラリーラ、テラスが座ることとなった。俺の側仕えとしてやってきた。教皇ウゲンは俺の側で立ったままである。

 俺はアラリーラのことは、一度だが、声を交わしたことがある。戦勝の凱旋で、神殿にも来たのだ。とても綺麗な男だという印象が強かったが、今も変わらない。妖精に溺愛されるので、老けないのかもしれない。

 そして、改めて、一言も口を開かないで給仕する見習い魔法使いハガルを見た。

 平凡な男である。確かにそうだ。しかし、俺はつい、側に来たハガルの手を握ってしまう。

 躾がきちんとされている。俺が格上だから、口を開かない。ただ、困ったように俺を見て、そして、助けを求めるようにアラリーラを見る。

「お前が、見習い魔法使いハガルか。発言を許可する」

「はい」

 言葉短く返事をするハガル。平凡を絵に描いたような姿だが、俺はハガルの手を離せない。その身から出る何かが、俺を惹いた。

「神殿の神官になってみないか?」

「あ、いえ、俺は、魔法使いを目指していますから」

 困っているハガルの手を両手で包んだ。ハガルは体術と剣術を見習い魔法使いでありながら免除されている。そのせいか、女のように両手が華奢だ。

 いや、体全体が、とても華奢だ。言葉や雰囲気で誤魔化しているが、俺にはわかる。いや、わかる奴はわかるのだ。

「話は聞いている。家が大変だと。俺が特別に取り立ててやろう」

 ハガルの身の上は魔法使い失格者から聞いている。ハガルの父親は最低最悪だ。働かず、酒に賭け事に明け暮れ、借金まで作ってくるという。それを全て、ハガルが返済しているのだ。

 金の出所は、大魔法使いの側仕えとしての給金である。

「いえ、俺は魔法使いになります」

 目指しているのだろう。魔法使いは、帝国民にとって憧れを抱かれる存在だ。そうなりたい、と思うのは、妖精憑きであれば当然である。

「しかし、お前の父親は、色々と問題の多い男だ。そなたも困っているだろう。父親は、神殿が引き受けよう」

 家族のことを言われて、ハガルは怒りの表情を見せて、手をひっこめた。

「余計なことはするな!! あんたには関係ないことだ!!!」

「そうですよ、ハガルに酷い事を言わないでください!!」

 ハガルだけでなく、大魔法使いアラリーラまで怒った。

 本来であれば、ハガルの口の訊き方は注意するべきだ。格上の俺に口答えしたのだ。話し方だって、悪い。

 しかし、ハガルにはアラリーラが味方した。席を立って、俺からハガルを引っ張って離した。

「ハガル、少し、席を外してください」

「しかし、皇帝陛下がまだ来ていません」

「冷めた茶でも飲ませればいい」

「それは、不敬なことです」

「いいから、下がりなさい」

 アラリーラだけでなく、テラスにまで言われて、ハガルは仕方なく、その場を離れた。

 ハガルの姿が見えなくなった頃合いで、テラスは俺の足をおもいっきり蹴った。

「いってぇ!!」

「ハガルの前でやらなかっただけ、マシだと思っていただきたい。本当は、あの場で殴ってやりたかった」

「どうして!?」

「あなたは、本当に酷い人ですね」

 アラリーラまで責めてきた。しかし、俺は納得いかない。

「確かに、あの側仕えの家族のことを口出しするのは悪いことだが、将来的には、感謝されることだ。神殿では、そういうことは、日常茶飯事だ」

「そちらではありません。魔法使いのことです」

 父親のことではなかった。まあ、俺から聞いても、あの父親は最低最悪だから、神殿に閉じ込めて、教育し直したほうがいいんだ。それは、アラリーラだって思うだろう。

「噂では、大した妖精憑きではない、と聞いている。無理に夢見せるよりも、さっさと神殿に来て、俺が特別に取り立ててやったほうがいいだろう」

 そう言ってやった途端、また、テラスに蹴られた。

「どうして!?」

「妖精憑きでもないお前が判断することではない。それは、私たち妖精憑きが判断することだ」

「最近、神殿送りとなった元魔法使いどもが散々、あの側仕えのことを悪く言っていたぞ。皆、大したことがない、と」

「神殿送りとなった妖精憑きのいうことを信じるのか? いいか、魔法使いのことは、私が決める。ハガルは魔法使いになる。それは絶対だ」

「アラリーラの側仕えだからか?」

 俺はアラリーラの裏事情を知っている。アラリーラは、見るからに、ハガルのことを気に入っている。

 給仕一つとっても完璧だ。格上に対する態度もしっかりしている。怒りで口調を乱れたが、普段はしっかりと制御しているのだろう。

「あなたはもっと、ハガルの背景をしっかりと見るべきです。ただ、一方的に与えられた情報を鵜呑みにしてはいけませんよ」

「俺もあの側仕えのことが気に入った。俺は悪く扱ったりしない。ぜひ、譲ってほしい」

「ハガルは戦争経験者です」

「?」

 その情報は知っている。アラリーラが言いたいことがわからない。それがどうしたというのだろうか?

「戦争に行った見習い魔法使いはハガルのみです。ハガルは、見習いであるため、食事から、報告まで、面倒な作業を一人でこなしました。私は知りませんでしたが、テラスがいうには、完璧にこなしていたと言います。ですが、若い魔法使いたちは、ハガルのやることなすこと全て責めました。私やテラスが側にいる時は無事でしたが、そうでない時は暴力も受けていましたよ。本当に酷いものでした。そして、ハガルに酷いことした魔法使いのほとんどは、神殿送りとなりました」

「っ!?」

「そんな所に、ハガルを行かせるなど、私は絶対に許しません。皇帝が決めても、テラスが決めても、私は許しません」

 私は本当に表面しか知らなかった。アラリーラに言われて、初めて、酷いことを提案していることに気づかされた。

 確かに、終戦後、神殿送りとなった元魔法使いは大勢いた。あまりの数に、神殿側だって驚いたものだ。魔法使いとなったのに、格を落として失格者となることなど、そうそうない話だ。あまりにも大量に出てきたので、何かおかしなことが起こったのでは? と魔法使い側に聞いたほどである。

 しかし、この神殿送りに見習い魔法使いハガルが間接的にではあるが、関わっていた。それは、被害者としてだ。

「知らなった」

 俺は頭を下げた。下げるしかなかった。酷い提案をしていた。

 俺がさっさと間違いを認めたので、大魔法使いアラリーラは怒りをおさめた。

「一方だけの話を鵜呑みにしないように。あの戦争が終わってしばらくは、ハガルも泣いたりしていました。それも、もうなくなりました。一人前の魔法使いになることを目指して、それを支えにしています。二度と、言わないであげてください」

「しかし、一生、アラリーラの側仕えでいるわけにはいかないだろう。その、実力が足りない妖精憑きは、役割が果たせない」

 魔法使いは、帝国の根底を支えなければならない。

 帝国全土にある魔法具や魔道具の動力は、魔法使いが担っている。聖域の穢れだって、魔法使いがその身に受け、浄化して、健全に保っているのだ。

 力のない妖精憑きは、それが出来ない。だから、下働きになるか、神殿で神官やシスターになるしかないのだ。力がなくても、妖精憑きは帝国の持ち物だから、一生、帝国のために働かされるのだ。

 大魔法使いアラリーラは、ずっと魔法使いをしているわけではないのだ。この男の役割はもう終わっている。戦争が終わったので、あとは、アラリーラが平穏無事に生きて、死ぬのを待つだけなのだ。

 その裏事情を知っているのもあるが、アラリーラもそれとなく、そういう話を皇帝ラインハルトからされているのだろう。骨休めをしろ、と。

 アラリーラは図星だったらしく、俺から目を反らす。そういうことを勧められているのは確かだった。

 そして、また、俺は賢者テラスに蹴られる。

「どうして蹴るの!?」

「貴様が本当にわかっていないからだ!! もう二度と、ハガルのことで口出しするな。貴様が何を言ったって、ハガルが魔法使いになるのは決定事項だ」

「力が弱い妖精憑きが、そうなるのは気の毒な話だと聞く。本気か? 今から、俺が保護してやれば、どうにかしてやれる。俺の側から離さない」

「どういうつもりだ?」

 そこに、遅れてやってきた皇帝ラインハルトが剣呑な表情を俺に向ける。

 アラリーラとテラスは席から立ち、一礼する。俺はラインハルトの空気に飲まれるも、遅れて、席を立ち、一礼した。

 ラインハルトの後ろには、席を外されていたはずのハガルがいた。ラインハルトのために椅子を引いている。完璧だ。

 当然のように座るラインハルトの前に、淹れたての茶と、焼きたての菓子が置かれた。その隙のなさに、俺は固まる。完璧すぎだ。

「エズル、どういうつもりだ。アラリーラが育てた側仕えを横取りしようとは、随分だな。美味しい所だけ奪うなど、恥ずかしいこの上ない行為だ」

 アラリーラとテラスは座るが、俺は座るに座れない。何故って、ラインハルトに責められているからだ。こんな時に座れない。

「そんなつもりはない。ただ、力のない妖精憑きだと聞いたから」

「ここにある菓子は、全て、ハガルが作ったものだ」

「それはすごいな」

 菓子まで作れるとは、とんでもない能力だ。魔法使いでなくても、普通にやっていけるだけだ。しかし、勿体ない。ここまで完璧に教育をされているのだから、そういう場にいるべきだ。

 だから、俺を座らせるためだけに椅子を引こうとするハガルの手をとった。

「ますます、欲しくなった」

「離してください!!」

 アラリーラが叫ぶと、俺だけ吹き飛ばされた。

 一体、何が起こっているのかわからない。呆然と地面に倒れて見ていると、怒ったアラリーラが、ハガルの手を一生懸命、濡れたタオルで拭いている。まるで、汚物扱いだ。

 そして、テラスからも、冷たく見下ろされる。

「絶対にハガルは渡しません!! ハガルは、立派な魔法使いとなります。絶対です。妖精憑きでも何でもないお前が決めることではありません。気分が悪い。私は帰ります。ハガル、行きますよ」

 吐き捨てて、アラリーラはハガルを連れて、その場を離れていった。

 しばらくして、皇帝ラインハルトが倒れたままの俺の元にやってきて、わざわざ、助け起こしてくれる。

「お前でもわかるように話すべきだな」

 ラインハルトの声に怒気が混じっていた。無表情なのは、何かを堪えているからだ。

 何か、やってはいけないことをしたのだ。しかし、どうしても諦められない私をこのまま放逐出来ないので、ラインハルトはハガルの秘密を話すのだろう。

 俺は、ハガルを説得したいのを我慢して、席に座った。酷いもので、服の汚れはそのままである。テラスは何もしてくれない。

「私もよくわからないが、ハガルは三属性の魔法を普通に使える」

「すまん、わからん」

「まず、この菓子は、三属性で作られている。火、風、時間だ」

「時間? 時魔法を使えるのか!?」

 時間と聞いて、その事実に俺は驚いた。いくら俺でも、この時魔法が使える事実は、どれほどすごいことかわかる。

「だから、材料さえあれば、こんな菓子なんぞ、一瞬で作ってしまえる。料理もだ。ハガルは、それが出来る」

「大した妖精憑きじゃないと、神殿では悪く言われているが」

「そいつらは知らないんだ、ハガルの凄さを。古参の魔法使いたちは、ハガルをわかっている。戦地でも、その時魔法の恩恵を受けていたのだ。戦地では、常に温かい出来立ての料理を食べられた。その事実に、経験のある魔法使いたちはよく理解していた。そして、経験の足りない魔法使いたちは、そのことを全く理解しなかった。だから、ハガルを責めた。この程度か、と」

「………じゃあ、実際は、物凄く実力があると。それなのに、若い魔法使いたちは、ハガルを悪く言う?」

「隠させています」

 ここにきて、テラスが口を挟んできた。俺がやっと、事の大きさを理解したからだろう。もう、蔑んで見たりしない。困った子どものように見ているが。

「ハガルは実力を隠すように、私が命じています。そうすることで、敵の目を欺いているのです。それでも、真に力のある妖精憑きにはわかりますけどね。今のところ、ハガルの実力を目でわかる者は、私だけです」

「そんなこと、出来るのか? 隠すなんて」

「ここからは、妖精憑きの格の話です。妖精憑きは生まれ持っての格があります。その格より上の妖精は見えません。神殿送りとなった魔法使いたちは、格が低くて、ハガルの高い妖精が見えなかった。ただ、それだけです」

 何か、とんでもない話をされていることに、俺は気づいた。これは、聞いていい話ではない。

 皇帝ラインハルトを見る。無表情で、俺を値踏みしている。皇帝は皇位簒奪される立場だから、常に帯剣している。

 対して俺は、教皇長という立場なので、武器は短剣くらいだ。それを扱う腕前は、錆びついてしまっているだろう。短剣も錆びてるな。

「もう二度と、ハガルに近づくな」

「………はい」

 皇帝ラインハルトからの最後通達だった。それには、俺は頷くしかなかった。

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