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最低最悪な魔法使い  作者: 春香秋灯
教皇長と魔法使い
18/38

帝国の奴隷

 筆頭魔法使いハガルというと、誰もが思い浮かべるのは、大魔法使いアラリーラである。ハガルが表と出る頃に、大魔法使いアラリーラは引退して、表舞台からいなくなった。

 アラリーラは、本当に扱いが難しい存在だ。一歩間違えると、帝国が滅ぶのだ。アラリーラの不幸は、帝国の滅亡である。

 本来であれば、アラリーラ自身のことを帝国は教え込むべきなのだ。しかし、皇帝ラインハルトは、アラリーラを妖精憑きとして保護した。どっちにしたって、アラリーラは無意識に全ての妖精を支配してしまう。そんな化け物に名前をつけるよりも、元かある妖精憑きという立場にあてはめたほうが、アラリーラ自身もわかりやすいというものだ。ほら、アラリーラは農家の息子だ。学がない。だから、右も左もわからない無学な子どもに説明するのに、わかりやすい立場を与えたにすぎない。

 アラリーラは、当初、そこまで有名ではなかった。大魔法使い、と呼ばれていても、どこが偉大なのか、実はよくわからなかったのだ。表舞台に出ることなく、有能な魔法使いが集まる城の奥で保護されているのだ。だから、名前だけ、帝国民たちは知ることとなった。戦争を終わらせた英雄と祭り上げられても、どれほどすごいことか、なんて、ほとんどの帝国民はわからない。ほら、戦争が起こったって、何も被害はないのだ。全て、国境線で終わらせてしまう。だから、戦争を永遠になくした、と言われてたって、誰も理解出来ない。ただ、目出度いから、騒ぎが出来るな、程度である。

 だから、アラリーラ、そこまで有名で、祭り上げられることはなかったのだ。そんなアラリーラが有名となったきっかけは、ハガルである。

 ハガル、見習い魔法使いでありながら、平民の生家を大事にする妖精憑きである。戦争に出兵する前までは、普通に生家から通っていたのだ。それも、戦争が終わってからは、ハガルは魔法使いの館で暮らすようになった。それでも、週に一度は、ハガルは生家に寝泊りしては、家族だけでなく、近所にまで、しっかりと目を光らせていた。

 ハガルは、とてもいい子だね、と言われる子だったのだ。生家でも、自慢だったろう。

 しかし、ハガル、それなりの年齢になると、女遊びを始めたのだ。それが、悪評として帝国中に広まった。

 あの、大魔法使いアラリーラの側仕えをしている、見習い魔法使いハガルが!! である。

 これ、人の口に上がるだけであれば、大した問題ではない。王都周辺で終わっただろう。しかし、この話、質の悪い新聞の記事となって、帝国中に広がることとなった。

 気の毒に、アラリーラ、ハガルの悪評のついでで、帝国中で有名になったのである。

 これに、帝国は動くかと思われた。俺はそう思っていたのだ。ところが、帝国は沈黙したのだ。新聞社だって、最初は戦々恐々としていただろう。だが、現実は、帝国、無視した。

 それはそうだ。記事の内容は見習い魔法使いである。大魔法使いアラリーラを悪く言っているわけではないのだ。

 これにより、アラリーラはすっかり有名となった。アラリーラが気に入っている見習い魔法使いハガルの背景は平民寄りである。そのこともあり、すっかり、ハガルは大人気である。そんなハガルのことを大事に側仕えに置いているアラリーラもまた、大人気となった。

 だから、アラリーラが大魔法使いを引退し、ハガルが筆頭魔法使いとして表舞台に出た時、アラリーラがハガルを立派に育てたんだ、と帝国民たちは思った。そして、アラリーラは尊敬される存在となったのだ。

 こういう、小説みたいな話は、皆、大好きだ。平民出身の妖精憑きが、帝国最強の魔法使いとなったのだから、それも、帝国民たちを夢中にした。

 そして、英雄アラリーラのことは掘り下げられることはなく、素行の悪い魔法使いハガルばかり掘り下げられたのだ。もう、帝国中で、ハガルのことを知らない者はいないだろう。

 話題は浮き沈みするものだ。ハガルの話題がちょっと面白味がなくなった頃に、ハガルは妖精の呪いの刑で、貴族を一族郎党、滅ぼす凶事を起こした。

 平民にとっては、貴族は逆らってはいけない存在である。そんな貴族に神による審判を下したのだ。本来であれば、物証やらなにやら集めての処刑である。そういうものをすっ飛ばして、神の判断に任せたわけである。無罪であれば、この刑罰は不発だ。刑をうけた貴族たちは神をも欺けると思って、笑っていたという。

 しかし、刑を執行された貴族たちは全て、有罪となった。呪いが発動し、一族郎党、滅ぶこととなった。この刑罰の恐ろしい所は、善人であっても、一族というだけで、呪いを受けるのだ。しかも、神は正確だ。跡取りだと思われた子は、実はそうでなかった、ということまで発覚させたのである。呪いが発動することで、夫婦喧嘩となったが、夫婦だから、結局、一緒に死ぬのだ。

 こういう事も、新聞で書かれ、帝国中が夢中となった。その頃には、ハガルは筆頭魔法使いという枕詞を使われていた。もう、大魔法使いアラリーラの側仕え、という枕詞はなくなったのだ。

 こうして、大魔法使いアラリーラのその後を帝国民たちは知らない。知ろうとも思っていない。それよりも、筆頭魔法使いハガルが次、何をやらかすのか、そればかりに夢中となった。

 どこまでが、ハガルの企みなのか、わからない。ただ単に、偶然だったかもしれない。終わった後、振り返ってみれば、帝国が関わっていたのではないか、と思われることがいっぱいだ。






 大魔法使いアラリーラの素顔はあまり知られていない。名前だけは一人歩きしているのだ。一年に一度、大舞台に出て、アラリーラが魔法を披露するだけだ。それも、実は、ハガルが偽装して、魔法を使っているだけである。お陰で、一年に一度、帝国中で綺麗な花が空から降ってくるのだ。さすがに、妖精を顕現するような真似をハガルはしなかった。

 だから、私は驚いた。久しぶりに会うアラリーラはすっかり年老いていた。アラリーラと私は、年頃が同じくらいだ。しかし、私は王都の教皇ウゲンの魔法によって、ある年齢に体の時を止められていた。だから、猶更、アラリーラを見て驚いた。

「お久しぶりですね、エズル」

「いや、また、随分と、その」

「いいですよ。年寄になったということは、自覚しています」

 アラリーラの老けた姿に、私はどう言えばいいのか困ったが、アラリーラは苦笑するだけだ。

 私の側には、常にウゲンがいる。ウゲンは、私から絶対に離れない。ウゲンはアラリーラよりも年上の妖精憑きだ。ウゲンはそれなりの実力があるので、見た目はこの中で、一番若い。力のある妖精憑きには、よくある話だ。

「突然、すみません。ハガルとここで会う約束をしていまして」

「聞いてないよ」

「私は聞いています」

 俺はこれっぽっちも知らないのに、ウゲンは聞いていた。ほら、王都の神殿で一番偉いのはウゲンだ。俺なんて、教皇より上といったって、監視役である。いわば、神殿にとって、俺は敵なんだよな。

 だけど、アラリーラが来るくらい、教えてくれてもいいのにな。俺がじっともの言いたげに見上げると、ウゲンは無表情である。

「別に、ハガルが突然、来ることはいつもの事でしょう。アラリーラ様のお相手も、ハガルが全てすることです。神殿は、場所を提供するだけですよ」

「だったら、俺はいらないよな!!」

「アラリーラ様は引退したといえども、元は大魔法使いですよ。お相手するのは、皇族です。我々、神殿の者では、身分が足りませんから」

「教えてくれよ!!」

「あなたの予定は全て、私が把握しています。教える必要なんて、ないでしょう」

 どう言ったって、ウゲンには勝てない。どうせ、妖精憑きは才能の塊だ。ただの人である俺では、とうてい、敵わないのだ。

 諦めて、私はアラリーラと一緒にテーブルを囲むことにした。

「確か、ハガルの妹と結婚したとか」

「はい。結婚後は、田舎に引っ込んで、農夫ですよ」

 綺麗な所作のアラリーラが農夫かー。想像が出来ない。

 アラリーラは農家の息子である。引退して農夫になるといっても、悪くはない。アラリーラが作る作物は全て、出来がいいのだ。今、皇族が口にする野菜や果物、肉は全て、アラリーラが手がけたものだ。いい値段で買い取っているのだろうが、いい野菜や果物、肉なんだから、むしろ安いくらいだろうな。

 アラリーラは妖精憑きとされているが、実際は、ただの人だ。まれに、妖精に溺愛されるただの人が誕生することがあるという。それが、アラリーラだ。アラリーラが手がけるものは全て、妖精が関与するのだ。アラリーラが願えば、全て、必ず叶う。それほど、扱いを間違えてはいけない存在である。

 そんな、扱いの難しい存在であるアラリーラだが、特に凶事を起こすことはない。表向きでも、アラリーラは何かやったという記録はないのだ。

 今日も、平穏無事に終わるものと見ていた。ハガルが約束したのだから、時間ぴったりだろう、と見ていれば、いつもの通りにハガルはやってきた。アラリーラの前だから、しっかり偽装しているが、若いよな。

 アラリーラを見ると、ハガルは子どものような笑顔を見せた。

「アラリーラ様!!」

 走って、座っているアラリーラに抱きついた。ここまで、子どもみたいな反応するのは、驚きだ。

「こら、ハガル、そんなふうにしない。お前はもう、立派な大人ですよ」

 ハガルの前では、アラリーラは年上の大人である。口では注意しているが、その目は、ハガルを子どものように見ている。

「はいはい、城では立派なふりしてますよ。今、お茶淹れますね。お菓子の材料も持ってきたから、すぐ出来ますよ」

 今では、仕えられる立場のハガルが、アラリーラの給仕をする。私まで、ついでに給仕された。普段は、ウゲンの仕事だと、ハガルは絶対にしないのだが、今日はアラリーラに会えたことが嬉しくて、そういう気遣いが吹っ飛んだ。

 ウゲンはというと、ちょっと眉を潜めるが、我慢した。ほら、ハガル、アラリーラに会えて喜んでいるから、仕方がない。

 すぐに、茶会が出来上がる。焼きたての菓子なんて、本当に贅沢だ。こういうものを簡単に出来てしまう妖精憑きは、神がかっている。

 久しぶりのハガルの給仕を受けて、アラリーラは懐かしそうに目を細めた。

「変わらないですね、何もかも」

「アラリーラ様の嗜好、変わってませんか? お茶、淹れ直しますよ」

「そんな贅沢は言いません。今では、私はただの農夫ですよ」

「俺にとっては、アラリーラ様はアラリーラ様ですよ。ずっと、そうです」

「そう言うのは、ハガルだけです。家に帰れば、妻に叱られていますよ」

「そうなんだ。元気にしていますね。手紙、読んでます」

 ハガルは王都からそうそう、離れられない。だから、家族の近況は文通である。

 ハガルの家族は今、どうなっているのか、それを知っているのは、ハガルのみである。しかし、ハガルはアラリーラを含め、家族の居場所を知らない。手紙も、秘密裡に回されるだけである。どこから出されたのか、帝国は隠し通している。

 ハガルにとって、家族は弱点だ。万が一のことがあった時、家族のせいで、帝国が滅びる。それほどの力をハガルは有している。皇帝ラインハルトも、皇帝アイオーンも、ハガルには、家族の所在を隠し通した。

 給仕する側に徹しているハガルは、椅子に座らない。空いた席が一つあるというのに、ハガルはアラリーラの傍らに立つ。癖なんだろうな、それが。

「内緒の話をしたいから、とお願いされて、ここにしましたが、何かあったのですか? まさか、離婚の危機、なんてことないですよね。もう、間を取り持つのはイヤですよ」

「仲良くしていますよ。私には勿体ない妻です」

「それはそうです。俺が、手塩にかけて育てたんですから。そこら辺の男にやるつもりはありませんでした。アラリーラ様だったから、結婚を許したんですよ」

「義兄に気に入られて、良かったです」

「俺も、こんな素晴らしい義弟が出来て、嬉しいですよ」

 そうか、ハガルの妹の夫となったのだから、アラリーラはハガルの義弟となるのか。これはこれで、すごい話である。

 穏やかに笑うアラリーラ。しかし、それも影を落とすこととなった。

「私も随分と年寄です。残念ながら、孫を見るまで生きていられないでしょう。私は、ハガルに家族を守ると約束しました。ですが、最後まで守り切ることは出来ません」

「それは、仕方のないことです。寿命だから。十分、やってくれました。死んだ後のことまで、気に病まないでください。あいつらには、俺が色々と教えたから、心配ありません」

「そうですね。私は、田舎に引っ込んで、右も左もわからなかったのに、全て、ハガルの弟たち妹たちがやってくれました。私は役立たずでした」

「それは、まあ、アラリーラ様はこうやって、人に命じる立場だったから」

「私なりに、頑張りました。ですが、ハガルほど出来たとは、今も思えません」

「えー、俺だって、そんな大したこと出来ないよ。ちょっと魔法が器用だっただけだから」

「私は、力が強すぎて、役立たずでしたよ。そこだけは、本当に申し訳ないです」

 そういうアラリーラは、心底、悔しそうだ。

 仕方がない。アラリーラは、本当はただの人だ。たまたま、何かの拍子に魔法を使えるだけである。しの魔法だって、一歩間違えれば、大変なこととなるから、使わないように、しっかりと教育を受けている。

 落ち込むアラリーラの隣りに、やっとハガルは座った。

「魔法って、便利だけど、人をダメにするものなんだ。だから、帝国中は、魔法使いに逆らえない。魔法がなくなったら、便利な道具が使えなくなる。道具のない時代に、誰も後戻りしたくないんだ」

 本当に、そうなのだ。帝国の主は、魔法使いと言われてもおかしくないのだ。皇族を頂点にしているのは、魔法使いの頂点である筆頭魔法使いが契約紋によって、皇族の犬となっているからだ。

 今更な話をするハガル。どうして、こんな話をするのか、俺はわからない。ハガルは何か予感を感じているようだ。

 わざわざ、秘密の話をするということは、よほどのことだ。それを俺とウゲンが聞いていいかどうか、迷った。

 アラリーラは、ハガルの両手を握って、笑った。

「もう一度、言います。どうか、私と一緒に、田舎に行きましょう」

 それは、とんでもない話だった。それを聞いて、俺は席を立ちそうになった。それを止めてくれたのは、ウゲンだ。俺の両肩をウゲンがしっかりと掴んで、椅子から立てないようにしてくれたのだ。

 ハガルは、困ったように笑う。これ、初めてのことではないのだ。

 これは、大変なこととなった。アラリーラの願いは、絶対に叶えなければならないのだ。しかし、ハガルを帝国から解放なんて、とんでもないこととなる。

 アラリーラが望んでいるのは、ハガルの帝国からの解放だろう。本当の自由をアラリーラは願っているのだ。

 だから、俺をじっと見ている。教皇長であるが、俺もまた、皇族だ。ハガルに言っているようでいて、俺に言っているのだ。

 ハガルは、あまり、人前で飲み食いはしないことで有名である。たぶん、妖精の復讐を回避するために行っていることだろう。実際、お忍びで、タチの悪い店で飲み食いすると、妖精の復讐によって異形化した人が大勢出た。だから、ハガルは公の場では、飲み食いしない。

 ハガルが給仕したものだ。さすがに、自らが作ったものだから、ハガルは口に入れた。改めて、その姿を見ると、やはり、きちんと教育されていることがわかる。綺麗だ。

「アラリーラ様、すみません、それは、出来ないんです」

 ハガルは、泣きそうな顔で笑う。手が小刻みに震えている。泣くのを我慢しているのだ。

「もう、ラインハルト様が亡くなって、随分と経ちました。もう、帝国に縛られる必要もないでしょう!!」

「む、無理、なんです」

 真っ青になるハガル。アラリーラが激しく訴えるも、ハガルは拒絶するしかない。

 見れば、ウゲンも真っ青になっている。たぶん、妖精が何かしているのだろう。俺には見えない何かをハガルは防いでいるのだ。

「もう、いいでしょう!! 私は全て知っています。あの男がハガルを皇帝の娼夫に貶めていたことも、全てです!!!」

「っ!?」

 ハガルは絶望の表情となる。自らを両手で抱きしめ、震えた。

「知って、た?」

「ハガル、もう、あの男に縛られる必要なんてありません。あの男は死にました。だから」

「さ、触らないでください!!」

 アラリーラがハガルの両肩を掴むと、ハガルは激しく拒絶し、椅子を倒して、アラリーラから離れた。

 ボロボロと泣き出すハガル。アラリーラが全てを知っているという事実に衝撃を受けて、ハガルの偽装がボロボロと外れていく。

「そんな、知っていた、なんて」

「ハガル、落ち着いてください。よくわかりませんが、私には、あなたの姿はいつも、綺麗に見えていました。他の者たちは、皆、口を揃えてハガルのことを平凡と言っていましたが、私だけは、そうではなかったのです。だから、テラスは全て、私に教えたのです。そして、口止めされました。ハガルは、私を支えにしているから、と」

「知っていた、なんて。もう、アラリーラ様の側に、いられない」

「そんなことありません。一緒に行きましょう。皆、待っていますよ」

「………行けない、行けないんだ」

 泣き笑いするハガル。アラリーラが声をかけ、落ち着かせようと頭を撫でて、としても、ハガルは泣き続ける。

「そんなことありません。私が望めば、ハガルは自由になれます」

「無理なんです。ラインハルト様は、そんな、甘いお方ではない」

「もう、死にました」

「ラインハルト様は皇帝として完璧なお方です。死んだ後も、私が逆らえないように、いくつもの縛りをしました」

「もう、死んだではないですか!!」

 ハガルの最大の縛りは皇帝ラインハルトだ。

 アラリーラは考えたのだ。皇帝ラインハルトが亡くなってすぐでは、ハガルを連れて行くのは不可能だと。ハガルは、ラインハルトに体も心も縛られている。だから、ハガルの想いが薄れるのを時間をかけて待ったのだ。

 アラリーラは随分と年老いた。明らかに、先に死ぬ人だ。アラリーラは、今度は、自らの死でもって、ハガルを自由にしようとしている。

 ハガルがラインハルトに縛られたのは、遺言だ。ラインハルトは死の際に、ハガルに帝国のことを頼んだ。次は、アラリーラが、その方法で、ハガルを自由にしようとしている。

 俺は黙って見ているしかない。見えない何かが戦っている。俺が動くことは、悪手なんだ。口すら挟んではいけない。

 ハガルはアラリーラに向けて、狂った笑みを浮かべた。

「不可能です。私は、力が強すぎて、妖精に近い。だから、ラインハルト様は、私の身柄を金で縛ったんです」

「なっ!?」

 俺は声をあげてしまった。ラインハルト、とんでもないことをハガルに課したのだ。

 アラリーラは、ハガルが言っている事を理解出来ない。だから、俺を見た。ウゲンもわかっていないようで、首を傾げている。

「人と妖精とでは、価値観が違う。人にとっては、たった一杯のミルクでも、妖精にとっては金貨千枚の価値があるという。それは、妖精自身の価値もだ。妖精を金貨で縛ることは可能なんだ。稀にだが、人になった妖精が売買されることがある。ただ、価値を見誤ると、とんでもない妖精の復讐を受けることがある。妖精の価値は、買手によって決まる。金貨一枚でいい、とされることもあれば、金貨千枚でも、妖精の復讐を受けることがある。同じことをラインハルトはハガルにしたんだ。ハガル、お前は、帝国に借金しているな」

「そうです」

「まさか、あの父親の借金は」

「ラインハルト様が、親父に借金をさせたんだ」

 ハガルの父親は、本当にどうしようもない男だ。働かず、ハガルに金の無心をして、借金もして、本当に最低最悪な父親だ。だが、ハガルにとっては、大事な父親だ。

 ラインハルトは、妖精の復讐を受けないからと、ハガルの父親に借金を負わせたのだ。その額は、人が一生かけても返せないほどのものなのだろう。

 本来であれば、この借金、妖精の復讐を受けてもおかしくないのだ。

「その借金の額は、ハガルの身柄の価値と同等だったんだな」

「テラスも協力していました。もう、私の身柄は、帝国の物です」

 妖精の売買だ。何も知らない人となった妖精が、騙されて、奴隷となることがある。妖精は契約と借金に縛られ、売買されるのだ。売買し続けられることで、妖精は、一生、奴隷として縛られることがある。

 ハガルは、同じことをされたのだ。ハガルは生涯、帝国の奴隷だ。

「あの男、ハガルに、何てことを」

「い、いいんです。ラインハルト様は、私に囲われてくれました。最後は、私のものでした。それで、十分です」

 力の強い妖精憑きは、妖精寄りだ。ハガルにとって、亡くなった皇帝ラインハルトは特別なのだ。だから、こんな貶めることをされても、ハガルはラインハルトを許すのだ。

「そんなぁ、アラリーラ様に、知られているなんてぇ」

 そんな事よりも、ハガルは、皇帝の娼夫であった事実をアラリーラに知られた事のほうが辛くて、声をあげて泣いた。

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