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最低最悪な魔法使い  作者: 春香秋灯
教皇長と魔法使い
17/38

呪いのような魔法

 それが良かったのか、それとも、悪かったのか、わからない。ただ、ハガルは当時、そう選択するしかなかったのだ。

 突然、ハガルが神殿にやって来た。暇があれば、ちょっと立ち寄ったりするので、それは珍しくないのだ。

 ただ、その日は鬼気迫る何かを持っていた。

「今すぐ来てください。命がかかっています」

「命って………」

 冗談を言ってはいけない雰囲気だった。ハガルは縋るように俺とウゲンを見ていた。ハガルでさえ、どうしようも出来ない何かがあったのは確かだ。

 ウゲンはもうわかっているようだ。ハガルの妖精から聞いたのだろう。それは、神殿にいる神官たち、シスターたちをも動かした。

 ハガルの後ろをついていけば、筆頭魔法使いの屋敷だ。秘密の部屋に閉じ込められたスーリーンに会って以来、その屋敷には行っていない。行く理由はないし、ハガルのほうから神殿に来るから、必要がなかった。

 たぶん、何も変わっていないのだ。俺が来た時は、使用人もいなかった。だけど、使用人たちが慌ただしく動いて、秘密の部屋を出入りしている。

「スーリーンは?」

「変わりません」

「わかった」

 ハガルは使用人との簡単な受け答えをしてから、部屋に入った。

 その部屋は、俺を拒絶していた。だから、入るのにためらっていると、さっさとウゲンが入っていった。俺は恐る恐ると足を踏み込めば、入れた。

 中は相変わらず豪勢だ。人一人を永遠に閉じ込めるのだから、それなりの広さと物が揃っている。

「ハガル、どうしてあの男を入れるのですか!?」

 スーリーンにかかっている魔法は相変わらずのようだ。俺を見た途端、スーリーンはハガルにしがみついた。

「ここから出すようなことはしない。エズルには、別のものを引き渡すために、来てもらったんだ。ほら、スーリーン、お別れをしよう」

 ハガルはスーリーンの手をひいた。その先にあるのは、ベビーベッドが二つ置かれていた。

 スーリーンは不思議そうに、ベビーベッドで眠っている赤ん坊二人を見ていた。俺はベビーベッドに近づくと、スーリーンは最初、怯えたが、ウゲンが笑いかけると、何故か落ち着いた。

「抱いてあげよう、最後だから」

「どうして? ハガルの愛情を受ける子よ」

「そうだけど、それは、スーリーンの子だからだよ。ほら、抱いてあげて」

「赤ん坊が生まれたら、もう、わたくしのことはいらないのでしょう!?」

「そんなこと思っていない。ほら、落ち着いて。スーリーンのことは愛してる」

「でも、赤ん坊がいたら、その愛情も三つに別れてしまうわ」

「そんなことない。スーリーンのことは帝国一、愛してるよ」

「本当? 嬉しい!!」

 何を見せられているんだ? 赤ん坊さえいなければ、バカバカしい夫婦のやり取りだ。こんなの、ハガルとスーリーン二人でやっていればいい。ここは、二人の愛の巣みたいなものだ。

 しかし、目の前には、明らかにハガルの血を色濃くひいているとわかる赤ん坊二人がベビーベッドで眠っている。ここまで綺麗な赤ん坊だ。将来は、とんでもない美貌で、世を狂わせるだろう。

 ハガルがスーリーンを落ち着かせるように抱きしめ、俺とウゲンに目で合図する。ハガルは、俺たちに赤ん坊を連れて行かせるためだけに、わざわざ呼んだのだ。

 スーリーンはハガルの胸に抱きしめられ、幸福を噛みしめている。赤ん坊のことなど、見向きもしない。その間に、俺とウゲンは赤ん坊が泣きださないように、ゆっくりと部屋の外へと運び出した。

 部屋の外に出れば、使用人たちが赤ん坊を俺たちから引き取った。

「なあ、どうして俺たちが連れ出す必要がある? そこら辺の使用人でもいいだろう」

「彼らには、強力な契約が結ばれているからですよ。ここで働く者たちは、あの部屋から人と連れ出せない契約がされています。だからでしょう」

「それだけ!?」

「大事なことですよ。秘密の部屋から何か持ち出したり、連れ出したりされたら、大変なこととなりますよ。屋敷の支配者である筆頭魔法使いが怒り狂います」

 過去に、そういうことがあったのだろう。だから、この屋敷で働く使用人たちには、それなりの禁忌事項を妖精の契約として結ばされているのだ。

 俺とウゲンは別の部屋に案内され、ハガルが来るのを待つこととなった。

 あれほどの執着をスーリーンが見せたのだ。簡単には離れられないだろう。待っている間に、また、赤ん坊が運び込まれた。ついでに、ベビーベッドもだ。

「あの、これ、置いてかれても」

 使用人たちに言っても、返事はない。そのまま赤ん坊は部屋に放置される。それをウゲンは様子見をしたりする。

「まさか、ウゲン、子育ての経験がある?」

「当然ですよ。妖精憑き同士で育てあいますから。出産経験のある妖精憑きが母乳をあげますよ。神殿にもいます」

「そ、そうなんだ、すまん」

「不貞を疑ったのですね。確かに、エズル様と出会う前までは、普通に女好きでしたからね」

 そう、ウゲンは立派に女が好きなのだ。俺にさえ出会わなければ、普通に、そこら辺の女と結婚しただろう。

 手慣れたように赤ん坊を抱き上げるので、ウゲン、実は子持ちだったのではないか、と疑ってしまった。

「ご安心ください。私は身ぎれいです。寧ろ、エズル様のほうが、薄汚れているでしょう。色々と試しましたしね」

「………」

 顔向けできない。俺自身は最低だってのにな。ウゲンは真摯だ。

 そうやって赤ん坊をあやしながら待っていると、やっとハガルがやってきた。

「お待たせしました。スーリーンがなかなか離してくれなくて」

「たまにいるぞ、ああいう、赤ん坊にまで嫉妬する母親」

「知ってます。逆の嫉妬深い父親も見たことがあります。ですが、スーリーンのは、そういうものではありません。まず、目を離すと、赤ん坊を捨てようとします。だから、使用人を常駐させていました」

「それも、部屋の魔法なのか」

「そうです。妖精憑きは執着が強いですが、強く執着されることも喜びます。あの部屋の制御は最低としましたが、どんどんと魔法に毒されていきます。即時、効果が出るか、時間をかけて魔法に毒されていくかで、行きつく先は同じなんです」

「それにしても、それで、よく、ここまで育てさせたな」

「乳母をつけました。すぐに連れ出したかったのですが、赤ん坊の引き取り先の準備が出来ていませんでした」

「ハガルらしくないな。準備を先にしていそうじゃないか」

「スーリーンが育てたい、と最初、言っていましたから」

 それは、出産前の話だろう。ハガルはスーリーンの願いを叶えるため、赤ん坊を外に出す準備をしなかったのだ。

 だが、実際は、生まれた赤ん坊をスーリーンは邪魔と見た。ハガルの愛情が赤ん坊へと移っていくのが我慢ならなかったのだ。

「それで、皇族にするのか?」

 ハガルは、スーリーンの子を皇族にするために、様々なことを行った。本来では皇族失格者であるスーリーンの子は、ただの人である。それをハガルは化け物じみた力で捻じ曲げ、子どもを皇族にしたと聞いている。

「いえ、外に出します」

「どうして!? そうか、仮親が見つからなかったのか。だったら、俺が」

「あなたは、女を抱けないことは有名ですよ」

「間違いが起こることもある、と言ってしまえばいい。俺に任せなさい」

 簡単に受け入れた。近くで、ウゲンが俺を睨んでいるが、蹴ったりしない。ほら、人助けだ。

「いえ、スーリーンの産みの母親の血族で、ちょうどいい家門がいます。そことは話がついています。貴族ですから、貴族から発現した皇族として、誤魔化せるでしょう」

「十年に一度の舞踏会だな」

「無理に皇族にしなくてもいいと思っています。むしろ、私とは関わらないほうが、この子たちのためでしょう」

「スーリーンの血を皇族に残すんじゃないのか?」

 ハガルの計画では、ハイラントの血筋を根絶やしにし、スーリーンの血筋を皇族に残すことで、やっと、ハイラントへの復讐が終わることとなっていた。

 ハイラントの血筋は表向きでは絶えている。しかし、皇妃メリルの子は、ハイラントの子である。ハガルは、どうにか皇妃メリルの子を殺したいが、それを皇帝アイオーンが許さないので、待っているのだ。

 ハガルにとって、人の生など一瞬だ。その内、メリルも、アイオーンも死ぬ。そうしたら、さっさとハイラントの血をひく皇族を処分してしまえばいいのだ。

 待っている間に、てっきり、スーリーンの血筋の皇族を立派に育てるものと思っていた。まさか、手放すとは。

「私の近くに置いていたら、スーリーンと同じことをしてしまいます。皇族であれば、避けられないでしょう。だったら、私の手から離れ、どこかに隠されたほうがいい」

「まさか、養子先をハガルは調べないのか?」

「はい。スーリーンの母親の生家に任せました。私は、この子たちを抱きしめるのも、これで最後です」

 ハガルは弟たち、妹たちを育てるのを手伝っていたから、赤ん坊の扱いも上手だった。赤ん坊たちも、ハガルのことをわかっているようで、笑顔を見せる。

「時々、スーリーンも正気に戻って、赤ん坊をあやしていました。ですが、万が一のことがあるといけないので、抱き上げることだけは、させませんでした。本当に、可哀想なことをしました。スーリーンは、子どもを育てたがっていた」

 ぽろぽろと涙を零すハガル。途端、偽装が剥がれる。それほど、ハガルにとって、悲しい出来事だった。






 教皇長をしているからか、それとも、神殿という場所だからか、よく、思い残しの懺悔なんてものをしに来る人たちがいた。

 その中には、稀に、たまに、滅多にではないが、皇族がやってくることもある。

 神殿での懺悔というものは、一切、表には出さない。相手が誰だろうとだ。神官たちもシスターたちも、その心がけだけはしっかりしている。

 だからといって、信頼関係がないといけないと考える人もいるんだ。

 俺は教皇長で皇族だからだろう。よく、先の短い皇族の懺悔を聞くのだ。

 そして、その日もいたんだな、懺悔。

「こうやって話すのは、初めてですね」

「本当に」

 穏やかに笑う老婆は、皇族失格者スーリーンの祖母である。

 俺は皇族の中身はこれっぽっちも知らない。どういう相関図かも知らないんだよな。誰が皇帝の手足として動いているか、ということだって知らないでいる。

 だけど、スーリーンの祖母は、有名な女傑だ。皇帝ラインハルトと同じく、貴族の学校に通い、それなりの実力を見せていた。皇族としても、かなり容赦のない女であった。容赦なく、役立たずの貴族も、皇族も、蹴り落としたのだ。これで口だけならば笑い話なのだが、この女傑、体術も剣術も負けず劣らずで、美貌もあり、頭もいいときていた。だから、皇帝ラインハルトもさすがに手が出せなかったのだ。

 この女、年寄だから、と大人しくしているような人ではないんだな。ハイラントの母も、ハイラントも、絶対に許せなかったはずである。それくらい激しい情念も持っているのだ。スーリーンの祖母は、婚約者もいた男を押し倒し、力づくで手に入れたのだ。

 もう老い先短い老婆だから、なんて甘いこと考えてはいけない。こういう人は、死ぬまで元気なんだよ。だから、気を付けないといけない。

 スーリーンの祖母としては、ウゲンが側にいるのが気になるようだ。

「ウゲンは俺の魔法使いだ。例え、男でも、女でも、二人っきりにはさせない。とても口が固い男だから、安心してほしい」

「話してもらっても困るようなことはありませんよ。ただ、世間話をしたかっただけです。主に、ハガルとスーリーンのことです。

「それは、ぜひ、聞きたい」

 ハガルとスーリーンの繋がり、あまり知られていない。皇族でも、ハガルが見習い魔法使いとして仲が良かった皇帝アイオーンでさえ、二人が繋がっていることを、打ち明けられるまで、知らなかったのだ。

 ウゲンは許可がおりたものとして、給仕に徹した。まあ、ウゲンはハガルから聞いていそうだな、そういうこと。妖精憑き同士、話があうから、相談にも乗ってそうだ。

 ウゲンが淹れたお茶も疑うことなく飲むスーリーンの祖母。その動作一つ一つ、妙に緊張するよ。俺は、小心者なんだ。

「わたくし、ハガルとスーリーンが繋がっているなんて、ハガルが筆頭魔法使いとして表に出るまで、知りませんでした。驚きましたよ」

「ハガルが筆頭魔法使いのほうが、俺は驚いたけどな」

「皇族で知っている者は、本当にいませんでした。貴族でも宰相しか知らなかったと聞いて、悔しかったですよ。魔法使いは、実力も年齢もそれなりの者たちは知っていたそうです。噂では、大したことがない、と言われ続けましたし、あまりにも平民寄りの妖精憑きでしたから、わたくしも騙されました」

「お孫さんから、ハガルの話はされませんでしたか?」

 聞き上手な感じがする。この穏やかな感じを表に出されれば、孫ならば、甘えて言いそうだ。

「スーリーンは、とても特殊な立場でした。残念なことに、わたくしとスーリーンが二人っきりで会うことは出来ませんでした。いつも、監視するように、あの女がスーリーンの側についていました。まさか、暴力をふるっていたなんて、ハガルに告げられるまで、気づきもしませんでした。だから、事実確認をした後、あの女を痛めつけてやりました」

 こわっ!! ハイラントの母親を”あの女”呼ばわりである。もう、それだけで恨みの大きさがわかるというものだ。しかも、穏やかに笑っていうのだ。違う意味で怖いよ!!

 だけど、笑顔もすぐに消えてなくなった。

「それが、あの女を怒らせたのでしょう。皇族失格となったスーリーンが城の外に連れ出され、人買いに売られたのは、わたくしへの恨みをスーリーンを使って晴らしたのですよ」

「とんだ逆恨みだ」

「本当に。あの女は、ハガルとスーリーンの繋がりを知っていても、やったでしょう。ハガルは、とても礼儀正しい子でした。わざわざ、わたくしに挨拶に来たのですよ」

「いつですか?」

「筆頭魔法使いとして表に出てすぐです」

 ハガルは、スーリーンの祖母、父親、母親に挨拶に行ったのだ。よくある、娘さんをください、というのだ。

「もしかして、スーリーンが皇族失格になること、ハガルは先に話していた?」

「まさか!! 皇族であっても、そうでなくっても、妻に迎えたい、と言ってきました。わざわざ言いに来たので、どうしてか、と聞いたら、何度も断られているけど、諦めきれないから、しつこく口説き続ける、と言ってました。だから、一年だけ時間を欲しい、とお願いしただけです。いい子でしょ?」

「そうですね」

 ハガルは、真剣だった。スーリーンを正攻法で手に入れようとしていた。

「でも、あの女は気に入らなかったのね。筆頭魔法使いに見染められたなんて、腹が立ったのよ。だから、賭けたの。スーリーンが皇族失格になるほうへ。皇族失格になったら、だいたいの人は混乱する。それを利用して、ハイラントを使って、スーリーンを連れ出させたのよ。そして、人買いに売った。あまりに手際が良過ぎて、こちらも油断していたわ。あの移動時に、スーリーンを誘拐されるなんて、思ってもいなかったの。本当に、スーリーンには可哀想なことをしたわ」

「皇族失格となったスーリーンのことは、どう思っていますか?」

「もちろん、可愛い孫よ。スーリーンは貴族として育っていく、と聞いていたから、それも応援するために、わたくしも政治の世界に戻るつもりだったの。なのに、あの女は余計なことをしてくれた。生家の力を勝手に使って、スーリーンの母を暗殺し、スーリーンを我が子と偽装して、側に置いた。あの時、わたくしの手で殺しておけば、こんなことも起きなかったでしょうね。わたくしも、歳をとって、甘くなったわ」

「人質にとられたからでしょう」

「………」

 スーリーンのことが大事だったから、彼女はあえて、手を引くしかなかったのだ。スーリーンの父親も、祖母も、ハイラントの母親に脅されて、仕方なく、従ったのだ。

 本当に、スーリーンのことを愛しているのだろう。きっと、貴族として育っていても、この祖母は見守り、手助けしただろう。

「スーリーンとは、皇族失格してから、会いましたか?」

「一度だけ、会わせてくれました。息子と一緒に会いに行きましたが、すっかり見違えて、綺麗になっていましたよ。ハガルが大事にしているのは、見ただけでわかります。部屋の魔法に雁字搦めにされていましたが、あの女とその息子の側にいる時とは違う、本当の幸福を得ていました」

「魔法でゆがめられているのに?」

「ハガルから聞きました。あの部屋から出られなくする程度に魔法を緩めていました。部屋を出るようなことを言ったり、行動を起こしたりしなければ、後はスーリーンの意思です」

「………」

 スーリーンの父親と祖母が会ったのは、たぶん、秘密の部屋に閉じ込められたばかりのスーリーンだろう。

「わたくしの後悔は、あの女との婚約を許してしまったことです。口約束の上、皇族同士、よくあることでした。大人になれば、気持ちは変わりますし。だけど、この口約束をあの女に逆手にとられてしまった。あの女の不貞を知った時、互いの家で話し合いを持ちましたが、あの女の母親は、ラインハルトの娘を娶れたのだから、なんて偉そうに言ってきました。その場で殴ってやりましたけどね。その場では黙ってやりましたが、ラインハルトが子を作れないことは、わたくしも知っていることでした。不貞で出来た子のくせに、本当に、図々しい女。親子そろって、最低でしたが、それ以外は立派な家でした。だから、息子は我慢したのです」

「あなたは反対したのですよね」

「本人たちがいいというので、引き下がりました。拒否してもらえれば、あの女を痛めつけ、不貞も表沙汰にしてやっても良かったのですから。息子がいいました。生まれてきた子が可哀想だ、と」

「今はどう思っていますか?」

「スーリーンを人買いに売った後、息子はあの女の息子に真実を話しました。ハイラントは、血のつながりがあると信じていたのですよ。それどころか、反逆者が父親と知って、絶望していました。そして、わたくしと息子は、その事実をいつか公表する、と脅しました。あの女の生家にまでハイラントは泣きつきましたが、味方をするのは、結局、ハイラントの祖母のみでしたよ」

「公表してしまえば良かったのに」

「真実を知った後、ハイラントは苦しいばかりですよ。ハイラントを大事にしていた母親は処刑され、父親と思っていた者からは冷たくされ、わたくしもハイラントを公然と嫌いました。頼れるのは、母方の祖母のみとなって、身内は全て敵ですよ。さらに、皇帝ラインハルトには目をつけられていましたからね。ラインハルトが亡くなった時は、救われた気になっていましたが、今度は、妙な欲を持って、親子揃って、身の程を知らない血筋なのね」

 生きたまま、苦しめたのだ。

 ハガルは、ハイラントに味方のような顔をして、体術や剣術を使えなくして、身内を敵に変えていた。

「ハイラントの母方の生家は、皇族を殺す毒を隠し持っていましたが、ご存知でしたか?」

「知っていますよ。ハガルも、知っています」

「っ!?」

「ハガルは徹底しています。ハイラントの血筋を母方の生家まで根絶やしにしています。皇族失格となった者たちのその後を見てごらんなさい。ハイラントの母方の従姉妹、従兄弟は、全て、平民ですよ。無事に生き残っていないでしょうね。ハガルのほうが、平民としての知識も伝手もあります。何もしないはずがない」

 もしや、と思っていた予想が当たった。ハガルは、ハイラントが皇族を殺す毒を使うほうに賭けたのだ。そして、ハイラントにとって、悪友に処刑される、という最悪の最後を与えた。

 スーリーンを人買いに売ってから、ハイラントは生きていて、苦しいばかりだっただろう。自業自得なのだが、それを与えたのは、ハガルだ。

「これで、わたくしが話すことは終わりです。最後に、スーリーンの子にまで会えましたし、思い残すことはありません」

「どこにいるのか、知ってるのか?」

「ハガルは知りません。あえて、後追いをわたくしと息子に任せただけです。報告すら拒否しました」

 ハガルは徹底していた。万が一、聞いてしまったら、ハガルは取り戻そうとする。

 あの秘密の部屋には、スーリーンはもういない。スーリーンは出産後、五年も生きなかった。

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