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最低最悪な魔法使い  作者: 春香秋灯
教皇長と魔法使い
16/38

復讐のついで

 俺は何かと城に呼ばれる回数が増えた。主に、葬儀のためだ。

 皇族が死んだからって、そんなに大がかりなことはしない。簡単だ、簡単。

 しかし、その簡単な葬儀でも、憂鬱になることがある。それは、皇帝アイオーンの側室の葬儀であえる。

 これで何人目だ? つい、過去を振り返って数えてしまう。

 アイオーンは俺の前で宣言した通り、側室をとったのだ。だって、皇妃メリル、公然の場でも、アイオーンを毛嫌いするんだよ。あれ見て、”あ、この夫婦、不仲だ”と皇族間でわかるのだ。だから、いい機会だ、と女が寄ってくるし、女を差し出されるわけだ。それをアイオーンは有難く受け取るのだ。

 そして、メリルはアイオーンの血族を残してやるものか、と側室を殺すわけである。メリルが手を下しているから、もう、どうしようもない。ほら、夫の浮気だから、なんて理由まで出来ているのだ。

 時には、妊娠中の側室の葬儀を行ったこともある。もう、やめようよ、これ。

 この件、かなり深刻なのだが、ハガルは平然としている。皇帝の側室が殺されること、どうなの? と。

「こうすれば、アイオーン様を殺されることはありませんから」

 あ、側室のこと、肉の壁扱いだよ。こわっ!!

 アイオーンは、皇族の役割のために、と側室を迎えたが、ハガルにとっては、側室は皇妃への目くらましである。あえて側室に目を向けさせて、皇帝に危害を加えさせないようにしているだけだ。

 女の細腕では、アイオーンを殺すのは不可能だ。だから、メリルはあえて、アイオーンの血族を残さないことに力をいれたのである。そうしている間に、メリルの子はいい感じに育っていくのだ。

 俺もいい年寄になったというのに、たぶん、これがテラスにやってやれる最後の仕事だろう、とばかりに、伯爵令嬢サツキの孫の存在が公表された。

 テラスが死に際まで後悔の涙まで流した伯爵令嬢サツキの件が、とうとう、次の段階に進んだのだ。これには、俺も黙っていられず、ハガルの元に行った。

 俺が珍しく城にやってくるので、皇帝アイオーンも、皇族たちも驚いていた。しかし、ハガルはこれっぽっちも驚いていなかった。

「遅いですよ」

 むしろ、来るのが遅いと叱られた。

「俺はもう年寄なんだ!!」

「そうですね。本来ならば、ひ孫がいるほどの年齢です。ここまで長生きしたことは、きっと、神の導きですよ」

「そんな導きなんかいらない!!」

 やっぱりウゲンに蹴られる俺。もう、年寄だからやめてぇ!!

 見た目がまだまだいい感じなので、誰もそこまで年寄なんて、思っていないんだよな。俺も時々、忘れる。妖精憑きって、すごいな。

 テラスの最後の後悔、伯爵令嬢サツキの孫は、皇族ルイによって保護されていた。ルイは、かなり特殊な存在だ。生まれた時から皇族だとはっきりしていたため、ルイは皇族の暗部として教育を受けていた。

 そして、ルイは、伯爵令嬢サツキと貴族の学校で深い関わりを持っていた。過去に蟠りがあるのだろうな。実年齢よりも老けているように見えた。

 ハガルは何かを警戒しているようだ。周囲を妖精で見回していた。

「ハガル、問題ありませんよ」

「ウゲンがそういうのなら、心配いりませんね。では、伯爵令嬢サツキの復讐劇の最終段階といきましょう」

 嫣然と笑うハガル。

「おいおい、もう、終わったんじゃないのか?」

「正確には、制裁です。よくも、気狂いを起こしたテラスを操作したものだ。悪いが、私は思い違いの愚か者を許すつもりはない。テラスの手前、黙ってやったというのに、図に乗って」

 段階を踏んだのだ。ハガルにとって、どうしても許せない何かをしたのだ。

 皇族ルイは、ハガルが何に対して怒っているのか、わかっていない。てっきり、伯爵家の復活についてだと思っていた。アイオーンもそうだ。

「言っておきますが、そいつをどうにかしないと、伯爵家は滅び去りますよ」

「そうなのか!?」

「伯爵令嬢サツキが命をかけてまで復讐をしようとしたのも、そいつが原因です。幼い頃から、洗脳されたのですよ」

 そう言って、ハガルは一冊の本を机に置いて、開いた。

 綺麗な字で書かれた日記だ。その字に見覚えがあった皇族ルイは奪うように日記を手にして、ペラペラとめくって、怒りに震えた。

「その魔法使いは、どこに」

「逆らえないでしょう。人質がいます。あの男がどんなに頑張ったって、私には勝てませんよ。今頃、無駄な足掻きをして、絶望しています。普通ならば、見捨てるべきなのに、見捨てられない。妖精憑きの悪い部分が足を引っ張っています」

「魔法使いの唯一をハガルが人質にとったわけか」

「そうです」

 その話で、俺は、過去に、魔法使いによって養女になったという話題が貴族間で賑わったことを思い出した。そして、その魔法使いが誰かもわかった。

「そこまで凄い魔法使いなのか?」

「表向きは、ただの魔法使いです。実際はテラスと同等の、百年に一人生まれるかどうかの才能ある妖精憑きです。私が誕生しなかったら、彼が筆頭魔法使いとなることに決まっていました。だから、教育もされていましたよ。ですが、性格が優しすぎる、とテラスに判断され、予備となっていました。それも、本気になれば、人を弄ぶことも出来る。だが、こういうことは、私に許されたことだ。あの男はただ、筆頭魔法使いの予備として、大人しくしれいれば良かったというのに」

 論点がずれてきている。ハガルの悪い癖だ。妖精憑きの感性が強く出ているのだ。

「そういう問題じゃない。そいつのせいで、サツキはっ」

「そこは、運がなかっただけです。本当に、そうとしか言えない」

「どうして!?」

「後でわかったことです。サツキの子に、凶星の申し子がいました。あれに関わった者は皆、運命を捻じ曲げられます。サツキの復讐も、死も、全て、あれが原因です。そこは、神からの試練です」

「は? 試練だと!?」

 皇族ルイはハガルにつかみかかった。試練で済まされることではないのだ。俺だって、そんな言葉で納得できない。

「あなた方は伯爵令嬢サツキの関係者だから、そう感じます。ですが、外野は違います。試練なら仕方ない、と納得します。凶星の申し子は厄介なんです。殺すわけにもいかない。かといって、閉じ込めても、その力は漏れ出ます。私も色々と試しましたが、あの力の封じ込めは失敗しました。だから、試練として片づけるしかありません」

「お前は、帝国最強の妖精憑きだろう!!」

「大魔法使いアラリーラ様と同じです」

「っ!?」

「私の手にも負えない存在はあります。私は皇族の犬と成り下がることで、どうにか封じ込めされました。ですが、神の気まぐれで与えられる試練は、本当の意味で、封じ込めは不可能なんです。そういうものは、穏便に扱い、退場してもらうしかありません。幸い、凶星の申し子は亡くなりました。もう、これ以上の災いはないでしょうね」

 神の試練で終われないのは、深く関わった者たちだ。皇族は頭を抱えて唸った。そんなルイの後ろに立つハガルは、耳元に囁くようにいうのだ。

「とりあえず、サツキに復讐を囁いた魔法使いには、納得のいく苦しい死を与えてあげます」

「どうやるんだ?」

「内緒ですよ」

 俺やアイオーンに聞かせられない内容なんだろう。ハガルは皇族ルイにだけ聞こえるように、やらかした魔法使いへの制裁方法を囁いた。

 制裁方法を聞いた皇族ルイは笑った。

「ぜひ、見たい」

「あなただったら、許してくれますよ。楽しみですね」

「これで、やっと、サツキの復讐は終わる」

「………」

 無言で笑うハガル。ルイは、何も気づいていない。アイオーンもだ。俺だけが気づいていた。





 俺が出来ることなんて、たかが知れていた。テラスの最後の後悔を解決するのは、やはりハガルだ。

 皇族としての立ち合いは皇族ルイが行うことが決まっていた。何せ、伯爵令嬢サツキの孫を見つけてきたのはルイだから、そこは当然だ。

 神殿に戻る時、何故かハガルもついてきた。何か話があるのだろう。

「ウゲンには、また、お世話になりましたね」

 神殿に入れば、ハガルは突然、ウゲンにお礼をいう。

「あの男のことは、気に入らなかったから、丁度良かった」

「お前ら二人だけでわかる会話やめて!?」

 ハガルに嫉妬した。俺のウゲンなのにな。それを見て、ウゲンは喜んで、すり寄ってきた。

「浮気ではありませんよ。ハガルが単独行動する時、それを邪魔する魔法使いがいたので、それを邪魔してやっただけですよ」

「思い通りにならないと、苛立つのは、力の強い妖精憑きの悪い習性ですね。随分と、怒っていましたよ」

「ざまあみろ」

 笑うウゲン。相当、その魔法使いのことが嫌いだったのだろう。

「テラスでうまくいったから、私でも同じことをしようとしただけですよ。だいたい、テラスでうまくいったのは、サツキ関連だったからにすぎない。恋は盲目にします」

「そうだよな」

 ハガルも初恋の女性スーリーンは思い余って、秘密の部屋に閉じ込めちゃって、後悔しまくってたな。

「これで、ルイも思い残さず死ねますね。めでたしめでたし」

「他人事!?」

「当然です。サツキの復讐なんて、とっくの昔に終わっているのですから。それを知らないのは関わった者たちですよ。今も、サツキを理由にして、悪さしているだけです。もう、利用されているだけですよ。それをいい加減、終わらせるために、サツキの孫を表に出したのです。本当は、違う子にする予定でしたが、ルイが連れてきた子でも良かったので、それに乗りました」

 実は、ハガルもいい加減、サツキの復讐に飽きてきたんだな。そんな顔している。ハガルにとっては、サツキの復讐劇も遊びなんだ。

 だが、おかしなことを言っている。

「サツキの復讐が終わったって、どういうことだ?」

「ここだけの話ですよ。ある伯爵は、サツキの復讐を手伝っていたんです。ですが、もういい加減やめさせたかった伯爵は、言いいました。幸せになった者が勝ちだ、と。それを聞いて、サツキは復讐を辞めました。だから、とっくの昔に、サツキの復讐は終わってたんです」

「それをルイに話してやれば」

「ルイの寿命はそう残されていません。最後の思い残しに、こんな話をしたら、ぽっくりいってしまいますよ。さすがに気の毒なので、黙っていました」

「………」

 ハガルなりの思いやりだ。

 だが、これは判断が難しい。教えないことがいいように聞こえるのは、ハガルだからだ。ハガルは話し方で人を魅了したり、篭絡したり出来る。姿は偽装していても、持前の能力は高いのだ。

 だから、全て正しいことをしているわけではないのだ。

「もう、そんな疑うように見ないでください。今回のことは、魔法使いを見せしめに懲らしめるためもありますから。油断すると、偽装して力を隠している私を格下に見る魔法使いが出てきます。だから、定期的に、こういうことをするだけです。まあ、今回は、実に楽しみですけどね。貴重な妖精憑きです。存分に利用させていただきます」

「ちょっと気になるから、俺も見せてもらっていいか?」

「えー、ウゲンに叱られてしまいますよー」

「ウゲンも一緒だし、いいだろう」

「内容がー」

 よほど、俺には見せたくないのだろう。頼んでも、ウゲンを理由に断られた。

 ウゲンも気になるので、ハガルに小声で訊ねている。ハガルは仕方ない、とばかりに耳打ちだ。

「許可しません。エズル様、諦めてください」

 よほど、やばい内容なんだな。

「しかし、伯爵令嬢サツキとは、縁がないわけではない。テラスの思い残しだ。テラスを陥れた魔法使いの末路を見て死にたい」

 俺も先はそう長くない。死後の土産話をテラスに持っていきたかった。

 テラスは俺の初恋だ。もう、どうしようもないのだ。

「あなたには、綺麗なものだけを見て死んでほしいです」

「頼む」

「………わかり、まし、た」

 俺が頭を下げれば、ウゲンは折れてくれた。





 場所は秘密ということだ。道具を使って移動した先は、どこかの森だった。

「もう、処置は終わっています。ついでなので、皇帝に失礼な態度をとった魔法使いも処刑することとなりました」

 とても楽しそうに笑っていうハガル。ハガルが喜ぶということは、相当、気持ち悪いことなんだろうな。

 一緒についてきたウゲンは、気持ち悪いものを感じるのか、顔が真っ青だ。

「大丈夫か?」

「ここは、妖精憑きにとって、かなり危険な場所です。妖精がおかしい」

「ここでは、妖精を狂わせる香の材料が作られています。あの、妖精殺しの毒も、同じ製造方法でしょうね」

「まさか、ハガル、ここは」

「内緒ですよ」

 すでに先に来ていた皇族ルイは顔色が良くない。先が長くないからだろう。だけど、嬉しそうに笑って、何かを踏みしめていた。

 俺は地面のあちこちを見て、気持ち悪くなった。あちこちに、人が埋まっているのだ。顔だけ出ているが、そのどれも、生気がない。虫にたかられて苦しんでいる者だっている。

 皇族ルイがいる辺りだけ、妙に元気そうだ。ハガルを見つけて、必死に叫んでいた。

「ハガル様、お許しください!!」

「お慈悲を!!」

「我々が間違っていました!!!」

 あれか、ハガルに逆らった魔法使いは。埋まっているが、元気そうだな。

「さすが妖精憑きは頑丈ですね。呪いにかかった妖精憑きを飼っているのですが、一年、飲まず食わずでも元気でしたよ。今も元気に従順に、私に従っています。そうですね、一年、気狂いせず、生きていれば、助けてあげます」

「そ、そんな」

 絶望する埋められた魔法使いたち。

「なあ、魔法使いなら、ここを抜け出すのは簡単だろう」

 妖精憑きだから、こんな場所で埋められたって、脱出なんて簡単そうに見えた。人には無理だな。土は重いんだよ。

「妖精全て取り上げましたし、妖精封じの枷もつけています。そして、この場では妖精は皆、狂います。土地が悪いのですよ」

「そうなの?」

「そうです」

 一応、ウゲンにも確認したら、頷かれた。

「ハガル!!」

 そんな中、恨みをこめて叫ぶ魔法使いがいる。この中で、一番、年老いた男だ。

「元気ですね。もうそろそろ寿命だというのに」

「私は伯爵家復興という役割をしっかりとしました!! それなのに、どうして、こんな目に」

「貴重な百年に一人誕生するかどうかの才能ある妖精憑きだから、材料として使ってみたくなりました」

「はぁ!?」

「ほら、せっかく妖精を狂わせる香を作る一族と伯爵令嬢サツキを通して縁が出来ました。だったら、妖精憑きを使って、香を作ってみたいではありませんか。効能がどうなるのか、楽しみですね。ついでに、私に逆らう魔法使いでも実験です。どう違いが出るのでしょうか」

「だったら、貴様の体も使ってみたらどうだ!?」

「必要ないでしょう。あなたがただけで、比較実験は終わりです。だいたい、私の死体を使うと、とんでもない穢れを世に放つこととなってしまいますから、帝国が滅びますよ」

「私だってそうだ」

「だから、あなたが持つ聖域の穢れは、私は引き受けてあげます。安心して、材料になってください」

 笑顔だ。子どもみたいに笑っている。

 まず、話は通じないのだ。ハガルは復讐とか、そういうもの、関係ないのだ。ただ、そこにあるから、試してみよう、と行動しているだけである。

 ハガルにとって、妖精憑きもまた、玩具だ。

 ハガルがただ触れただけで、百年の妖精憑きが持つ聖域の穢れは移動したようだ。男は真っ青になった。そんな男の顔を皇族ルイは踏みしめる。

「ルイ、ほどほどにしてくださいね。最低でも一か月は生きていないといけないと言われました。あ、エサやりの時間です。これも、私の役割なんですよ。ほら、妖精憑きは暴れるからって、言われました」

 ハガルは妖精を使って、無理矢理、口を開かせ、ひしゃくで掬った怪しい液体をどぼどぼと口に流しいれた。

「零しても大丈夫ですよ。いっぱいありますから。頑張って、気狂いしないように。気狂いになったら、即、材料ですから」

「ハガル様、あげすぎです!!」

「えー、もっとあげたいー」

「こっちのにあげてください」

「はい!!」

 気持ち悪い顔に嬉々としてエサやりをするハガル。妖精殺しの一族の者たちなのだろう。色々と大変な目にあったのか、ハガルのご機嫌取りに必死だった。

「早く気狂い起こしてくれないかなー」

 あまりに楽しいのか、ハガルの偽装は剥がれて、その男女問わず魅了する美貌を晒した。

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