秘密の部屋の真実
筆頭魔法使いの屋敷にある秘密の部屋は、皇帝教育にも出てくる。
筆頭魔法使いは家族を持てない。だが、どうしても執着の強いものが出た時、秘密の部屋に閉じ込めて囲うのだ。そうして、安心を得るという。
「俺が知っていることは、それだけだな。ウゲンは知ってるか?」
「筆頭魔法使いになれないとわかっているのですから、教えてもらえませんよ」
「なれそうなのにな。俺みたいなの見つけてるし」
「私は運が良かっただけです。本来、見つけられませんよ。賢者テラスでさえ、遅くに見つけたのですからね。ハガルは、早すぎです」
「うまくいかないもんだな」
賢者テラスは、伯爵令嬢サツキを愛していた。彼女こそ、唯一の執着だろう。
ウゲンにとっては、俺だ。
そして、ハガルにとっては、皇帝ラインハルトだ。
だがしかし!! ハガル、執着多すぎだ。初恋の女性スーリーンに、血の繋がらない家族、大魔法使いアラリーラといっぱいだ。テラスがいうには、俺とウゲンも執着されているという。どんだけ欲張りなんだよ、お前は!!
「ハガルは子どもだな」
思い返せば、とても成人した大人とは思えない。人の命を弄び、呪いを振り撒き、欲しいもの全て手に入れようとする。子どもだ。
「当然です。ハガルはもっと生きるのですよ。人としては大人でも、千年の妖精憑きとしては、まだまだ子どもです」
「そういうものなのか」
「千年の妖精憑きのことは、魔法使いでも学ぶことはありません。千年に一人しか誕生しませんし、だいたい、先代の筆頭魔法使いがしっかり教育するので、これまで、問題らしい問題が起こりませんでした」
「今代は、起こりまくりだな」
妖精金貨を生み出し、呪いを振り撒き、皇帝使って襲撃まで起こした。弱味となる家族まで持っている。
「しっかりした記録が見れませんから、実際のところ、これまでの千年の妖精憑きが何もしていない、とは言い切れません。してない、と言い切ったほうが、時の為政者にとっては都合がいいですからね」
結局、謎のままである。
「先帝はなかなか大変な立場でしたよね。アラリーラ様が誕生し、千年に一人必ず誕生する化け物妖精憑きも誕生しました。表沙汰となっていませんが、百年に一人誕生するかどうかの才能ある妖精憑きが、なんと二人同時に存在までしましたよ」
「聞いてない!!」
そこまで化け物が揃っているって、どんだけ、ラインハルトは抱えていたんだ。
ウゲンが聞いているのは、それなりの立場だったということもある。
たぶん、俺の側から離れない特別な妖精憑きということと、ウゲンは絶対、俺を裏切らないということから、色々と情報が流されたのだろう。ウゲンに教えるのは、ウゲンが命をかけてでも、俺を守ろうとするからだ。
ラインハルトは異例ずくしのものをいっぱい抱えていた。そんな中、戦争を永遠に終わらせるという偉業まで起こした。ラインハルトもまた、化け物といえば、化け物だ。
「そうだ、もう一人の百年には、会えないのか? そいつなら、色々と知ってるだろう」
「私はあの男が嫌いなので、会わせません」
「おいおい!!」
「寿命まで生きていれば、一度は、面白いものを見せてくれますよ、ハガルが」
もう一人の百年の妖精憑きには、何かあるのだろう。ハガルの名が出てきたということは、ハガルもまた、もう一人の百年の妖精憑きに、何か感じるものがあるのだろう。
「ほら、明日は、秘密の部屋に行くのですから、ゆっくりと休んでください。うまくいけば、これから忙しくなりますよ」
「そうだな」
皇族失格者スーリーンが外に出れば、貴族でも、平民でも、大変だ。
「まずは、神殿で保護だな。色々と教えてやらないとな」
生まれてからずっと城の奥深くで守られて生きてきた。さらに、秘密の部屋に閉じ込められていたのだ。もう、大変なこととなっているだろう。そう思った。
この作業、俺とウゲン、ハガルだけで行うものと思っていた。
「なんで、アイオーンがいるんだ?」
「ハガルに呼ばれた」
皇帝アイオーンまでいたのだ。
俺は筆頭魔法使いの屋敷に入れたのだが、秘密の部屋の場所を知らないし、使用人が捕まらなかったので、うろうろとウゲンと歩いている所、アイオーンに出くわしたのだ。
「その節は、色々と、ウチの筆頭魔法使いがご迷惑をおかけしました」
どれのことだろう? 思い浮かべても、色々とありすぎて、どこれのことかわからない。だから、俺は首を傾げるしかなかった。
「さすが、皇帝候補に真っ先に上がった方ですね。心の広さも皇帝並です。私では真似出来ません」
「いやいやいやいや、ハガルと関わってから、あんまりにも迷惑かけられすぎて、どれのことかわからなくなったんだよ。あいつ、本当に酷いの。ラインハルトが生きている時なんか、神殿で痴話げんかだよ。お陰で、神官たちも、シスターたちも、ものすごく心が広くなった」
「そうなんだ」
憂鬱な顔をするアイオーン。まだ、ハガルのやらかしで色々と経験させられてるんだろうな。
ハガルがまだ来ないので、秘密の部屋の前でちょっと会話することとなった。
「スーリーンは、どんな女性なんだ?」
実は、名前だけで、見たことすらないのだ。
まさか、何も知らないとは思ってもいなかったアイオーンは驚くも、すぐに穏やかに笑った。
「いい子ですよ。私は妹が欲しかったのですが、残念ながら、私より下はいませんでした。だから、スーリーンのことを妹のように可愛がりました。今もそうです。人を悪く言わない、だけど、自らの価値を随分と低く見る子でしたね。なのに、ハイラントはスーリーンのことを酷く嫌っていて。スーリーンは逆に兄のハイラントを慕っていたから、見ていて、可哀想でした。不思議に思っていたら、スーリーンが皇族失格となってから、ハイラントが秘密を私の前で吐き出した。血のつながりがないとは」
「聞いた。母親違いなんだってな」
「ハガルから、何も聞いていないのですか!? しまったな、私から話していいのかどうか」
「私は知っています」
普段から、皇族同士で話している時は、口を挟まないウゲンが珍しく、間に入ってきた。
アイオーンは見た目通り、優しい皇族だ。それなりに、知っているから、ウゲンを注意することはなく、その無礼を許した。
「父親も違います。ハイラントの本当の父親は、ラインハルトの怒りを買い、処刑されました」
それは、確かに隠し通さなければならない秘密だ。
ハイラントの父親は、賢者テラスに対して失礼なことをしたという。ラインハルトは、筆頭魔法使いや賢者に対してはきちんとする男だ。皇族が契約から、筆頭魔法使いや賢者に悪態をつくことを許さない。それをハイラントの父親はしたのだ。
結果、ハイラントの父親はラインハルトによって処刑された。
残ったのは、お腹にハイラントを宿した母親である。母親はこのまま親がわからない子を生み出すか、それとも、処刑された父親の子を生み出すか、選択を迫られた。
実は、スーリーンの父とハイラントの母は、親同士が決めた婚約者だ。当時はまだ、婚約破棄はされていなかった。ハイラントの母は、別の男と子が出来たということで、婚約破棄するつもりだったが、まだ、していなかった。その関係を利用したのだ。
スーリーンの父は既成事実を作られ、そのままなし崩しで結婚となった。それから誕生したハイラントだが、あまりにも早い誕生に、スーリーンの父は気づいた。そして問い詰めれば、ハイラントの母は暴露したのだ。
それから、スーリーンの父は、ハイラントの母には一切、手をつけず、皇族の仕事で外に出た時に一目惚れした貴族の娘との間に、スーリーンを誕生させた。
元は、そのまま貴族の娘の子のまま、スーリーンは育てられるはずだった。スーリーンの父もそのつもりだった。それを取り上げたのが、ハイラントの母である。
今だに子がハイラント一人ということで、ハイラントの母は肩身の狭い思いをしていた。しかも、スーリーンの父は関係を一切断って、それは、スーリーンの祖父母まで協力したのだ。ハイラントの母の不義理をスーリーンの祖父母だけでなく、ハイラントの祖父母も知っていたのだ。だから、ハイラントの母は黙って耐えるしかなかった。
だが、スーリーンの誕生をハイラントの母は許せなかった。ハイラントの母は、暗部を使ってスーリーンの母を殺し、スーリーンを手に入れ、いかにも自らが生み出したように偽装までしたのだ。
こうして、スーリーンだけ何も知らずに育てられ、この事実を知るハイラントからはいじめられ、ハイラントの母はスーリーンを虐待した。
事実を知って、俺は呆れた。誰にって、ハイラントとその母親にだ。自業自得だろう。大人しくしていればいいのに、余計なことを仕出かしたのだ。
「ハイラントの母親は、今、どうしてる?」
この事実を知るハガルは、何もしないわけがない。
「この屋敷の地下牢で生きていますよ。見せてもらえませんが」
ラインハルトは、ハイラントの母親の身柄をハガルに差し出したのだ。
本当に余計なことをしてくれた。最後の最後まで、ハイラントの母親は、自らの失敗を隠すためといえども、やり過ぎたのだ。
「知っていますか? ハイラントの母親側の血族は、もう、存在していません」
「ハガルか?」
「あの皇族の儀式で、ことごとく、皇族失格者にされました。あの儀式で残ったのは、ハイラントのみなんですよ」
「………」
ハガルは、天罰なんてちょっと痛いだけ、と言っていた。そうなのだ。ハガルにとって、皇族を皇族失格者にすることなど、大したことではないのだ。
「実際は、どうなのか、もうわかりません。過去の記録を読みましたが、ハガルは、本当に前例のない存在なんです」
「俺も、読みたいんだが」
「いいですよ」
呆気なく許可された。簡単だな。
「一人で抱えるには、ハガルの存在は、大きすぎる。あそこまで前例のない存在だと、制御する自信がありません。それに、あなたは私よりも、皇族の血筋は上でしょう」
「………そうだ」
表には絶対に出ない話だ。ラインハルトほどではないが、俺はそれなりに強い血筋だ。皇帝アイオーンに万が一の事が起こった時の、隠し玉だ。
一皇族の時は、愚か者をしていたアイオーンだが、実際は、かなり優秀な皇族だった。それを隠していたのは、皇帝になりたくなかったからだろう。
だが、ハガルも、先帝ラインハルトも、アイオーンの優秀さを見破っていた。どんなに隠したって、見る目のあるラインハルトと、才能の化け物を誤魔化しきれない。
「何かあった時は、俺がいる。適当にしなさい」
「ありがとうございます」
少し、肩の荷が降りたような顔をされた。
それからは、談笑である。お互いの共通話題はハガルだ。俺はハガルの過去の悪行を散々、吐き出してやった。それを聞いたアイオーンは真っ青だ。もう、あいつ、欲望の赴くままだからな。
そうしていれば、随分と遅れてハガルがやってきた。
「遅くなりました。すみません」
「忙しいから、仕方がない」
「ちょっと魔法使いに罰を与えていたら、夢中になりすぎて」
「………」
イヤな話だな!! 俺もアイオーンも、引いた。どんだけ、人をいたぶるのが大好きなんだよ、この妖精憑きは。
「ハガル、ほら、入る許可をください」
「もう、許可を出していたから、勝手に入ればいいのに」
ハガルがドアを開けて、俺たちを中に入れてくれた。普通に入れるな。
初めて見るスーリーンは、ふわふわした、砂糖菓子のような雰囲気の子だ。もう成人しているというが、世間知らずな感じがする。
最初、アイオーンを見て笑顔を見せるが、続いて入ってきた俺とウゲンにスーリーンは怯えた。そして、最後に入ってきたハガルがスーリーンの側に行けば、満面の笑顔になった。
「紹介する、こっちは、教皇長エズル、こっちは、王都の教皇ウゲンだ。エズルは皇族、ウゲンは妖精憑きだ」
「は、はじめ、まし、て」
少し警戒するも、スーリーンは小さい声でいう。声も可愛いな。
「ほら、スーリーンは座って座って。お茶出すから」
ハガルは下町の口調と態度だ。乱雑だが、それをスーリーンは普通に受け止めている。彼女は、この全てを偽装したハガルを知っているのだろう。
そして、そんなハガルのことを心の底から慕っている。
俺たちが席について、アイオーンが話しかけても、スーリーン、聞いてはいるが、ハガルを目で追っている。常にハガルがどう行動に出るか、待っていた。
「あ、菓子が足りない。俺、ちょっととってくるよ。そうだ、スーリーン、外に一度出てみたら?」
「外? どうして?」
「許可するから、出ていいよ。ほら、アイオーン様に筆頭魔法使いの庭園を案内してもらうといいよ。神殿にも行ってみたら?」
「どうして、そういうの?」
アイオーンも、俺も、良い提案なのに、スーリーンはそうではない。真っ青になって、ハガルにつかみかかった?
「わたくしは、もう、いらない?」
「そうじゃなくって、気晴らしになるから。わかってる? スーリーンはここに入って、ずっと、外に出ていない」
「別に、外に出たいとは思わない」
「許可するから、外に出てみよう。ほら、手伝って」
とうとう、ハガルは力づくでスーリーンを引っ張った。
迎え入れる時もそうだが、スーリーンは何故かドアから距離をとっていた。ドアを開けたのは、ハガルだ。
この部屋の主は本来、スーリーンだ。本来ならば、許可をとってドアを開けるものだ。だが、ハガルはノックするとすぐにドアを開けた。
ハガルは鍛えることを禁じられて力がない。だから、俺とアイオーンも手伝って、スーリーンの背中を押した。ハガルは、ただ、スーリーンの手をつかんで、エスコートである。
「い、いやぁ!!」
ところが、ドアに近づくにつれ、スーリーンは泣き出し、半狂乱となった。
「大丈夫だから。ほら、スーリーン、外に出よう」
「出たくないって、言ってるでしょう!!」
とうとう、スーリーンはハガルの手を払った。しかし、俺とアイオーンの力づくに、どんどんとドアへと近づけさせられる。
「スーリーン、外に出よう」
「ここにずっといたって、不健康なだけだ」
俺とアイオーンで説得するが、とんでもない形相となったスーリーンは抵抗した。
「離して!! ハガル、いやぁあああー-----!!!」
悲鳴のような声に、ハガルは泣きそうな顔になりながら耐えた。ハガルさえ我慢すれば、スーリーンは外に出る。
外に出てしまえば、部屋の魔法は解除されるだろう。そうしたら、スーリーンは普通に暮らせるはずだ。そう、俺は思っていた。
そうして、力づくでスーリーンは部屋の外に出された。これでいい、と俺とアイオーンは思って、スーリーンを離したのだ。
ところが、スーリーンは拘束がなくなると、そのまま部屋に戻っていき、ドアを固く閉じた。
「スーリーン!!」
アイオーンがドアをガチャガチャと操作したが、びくともしない。俺は体当たりまでしたが、ドアは開かなかった。
「そんな、どうして」
アイオーンでも予想外のことだった。俺だってそうだ。スーリーンがそのまま部屋に戻るなど、考えてもいなかったのだ。
部屋の中の音は一切しない。耳を澄ましても何も聞こえない。
そして、気づく。
「ウゲン!!」
側にウゲンがいないことに気づいて、俺はドアをどんどんと叩いた。ウゲンと離された。
だが、すぐにウゲンは外に出された。ぽいっと捨てられるようにだ。
「恐ろしい部屋ですね。あれは、不可能です」
妖精憑きだからだろう。ウゲンは、この秘密の部屋の真実に気づいた。
「どういうことだ? 外に出れば、魔法が解けるんじゃないのか!?」
「この魔法は、帝国中に根ざしています。つまり、一度、かかったら、二度と、解けません。どんなことをしても、彼女はこの部屋に戻ってきてしまいます」
「ハガルが許可したじゃないか!!」
「言葉の上でも、気持ちでも、許可を出しています。しかし、執着は切れません。この部屋は、支配者の感情に左右されます。ハガルの気持ちが冷めない限り、いくら許可を出しても、魔法は解けません」
とんでもない魔法だ。神の領域といっていい。そんなものが普通に存在しているのだから、恐怖でしかない。
ウゲンだけは問題ないと判断されたのだろう。ウゲンがドアに手をかければ、簡単に開いた。しかし、中に入れるのはウゲンだけだ。
俺とアイオーンは、部屋の外から見た。
ハガルに縋りついて大泣きするスーリーン。それを苦笑して慰めるハガル。
「外はいい所だぞ。楽しいことがいっぱいだ」
「そんなものいりません!! ここに、ずっといます。捨てないでください!!!」
「捨てるなんて、しない。わかった。もうしないから、泣かないで」
「そう言って、また、人を使って、外に出そうとするのでしょう!! もう、誰にも会いません」
「アイオーン様には会おう。もうしないから」
「イヤ!!」
魔法によって気持ちまで操作されたスーリーン。兄の悪友アイオーンすら拒絶した。
そんなふうに言葉にまで出されたアイオーンは、心底、傷ついていた。本当に、妹のように可愛がっていたのだろう。
「うまくいかないものだな」
「スーリーンが幸せなら、いいんだ。私は結局、スーリーンを助けられなかった。何も知らず、ハイラントの隣りで笑っていた。スーリーンが売られた先の店で、普通に遊んでいたんだ」
「っ!?」
「それまでは、普通に女遊びをしていた。だが、今は出来ない」
スーリーンが女遊びの店で売られ、あと少しで、男相手に商売していた、という事実を知ったアイオーンは、悪い遊びが出来なくなっていた。




