壮大な痴話げんか
突然のことだった。皇帝ラインハルトと筆頭魔法使いハガルが神殿にやってきたのだ。ラインハルトがお忍びではあるが、城から出てくるのは、珍しいことだ。
「すまないな」
「いえ、何か用か?」
「ウゲンは、ここでもべったりだな」
ラインハルトは俺の側にウゲンがくっついているのに、苦笑する。ハガルがウゲンの所に遊びに来ても、ウゲンは俺からちょっと離れるくらいなんだよな。もう、馴れたけど。
「皇帝陛下におかれましては」
「口上はいい。ハガルの父親を連れて来てくれ」
「いいのですか?」
ハガルを見ていう。
ハガルは珍しく不機嫌である。ラインハルトの側にいるが、可愛らしく膨れているのだ。平凡に偽装していても、こう、可愛く感じるな。そして、俺はウゲンに足を踏まれた。
ラインハルトは、適当な椅子に座って、深く溜息をついた。
「ハガルに約束したからな。まだ、生きているだろう」
「死んだという報告は来ていませんから」
「早く連れて来てください!!」
執着の強いものには我慢が出来ないハガルは叫ぶ。
「ハガル、ほら、落ち着きなさい」
「まだ許していませんから、触らないでください」
ハガルは容赦なく、ラインハルトの手を叩いた。痴話げんかだな、まるで。
しかし、ラインハルトにとっては、相当、深刻なんだろう。
「あれくらい、許してくれてもいいだろう!!」
「父を返してくれれば、少し、許してあげます。もう一つ、やってもらうことがありますから、そちらで帳消しです」
「なっ!?」
ハガルに何をしたのやら。ラインハルトがやること全てをハガルは許しそうなのに、今回はそうではないようだ。
「ハガル、エズルには近づかないように」
「心配ない、私がしっかりと捕まえておく」
「触るな」
どさくさでラインハルトはハガルを抱きしめようとするが、ハガルはするりとラインハルトから距離をとる。これは、大変なことになってるな。
さすがに、ウゲンも、ラインハルトがとんでもないことを仕出かしたと気づいた。道具を使って、どこかに転移していく。
ラインハルトはハガルのご機嫌をとるために、席を立った。そして、ハガルを椅子に座らせた。
「たった一度のことじゃないか」
「私に対して、妖精封じの道具をあんなにしておいてですか!? 一歩間違えれば、城が吹っ飛んでいましたよ!!」
「魔が刺したんだ」
「女の服まで着せましたよね!!」
「似合ってた」
「私は男です!!」
「わかっている。だが、私はどっちだっていいんだ」
ラインハルトは甘い顔をして、ハガルの前に膝をつく。ハガルは拗ねた顔をして、ラインハルトを見下ろす。
「たった一度だけだが、良かった。これで、全て、私のものになった」
「ご、誤魔化して」
顔を真っ赤にしていうハガル。
わかっているのか、この二人は。神殿の、一般民が足を踏み入れられない区域ではあるが、神官たちやシスターたちが忙しく動いている場所だ。
いちゃいちゃしやがって。
これ、ただの痴話げんかだよ。しかも、ハガルが怒っているだけで、ラインハルトはそれを微笑ましく受け止めているだけだ。見ていて、砂吐きそうだよ。
しかし、この痴話げんかをどうにかするためだけに、ラインハルトはハガルに、ハガルの父親を返すという。
しかし、話を聞いていると、あれだな。
「ラインハルト、変態なことしたのか」
「ラインハルト様、まさか、話したのですか!?」
俺が迂闊なことを言ってしまったので、ハガルはまた、ラインハルトが握る手をひっこめた。
「言ってない!! 他人に話すわけがないだろう。エズルがお前の発言から勘ぐっただけだ」
「っ!?」
羞恥に真っ赤になるハガル。珍しく失言だったことに気づいたのだ。
妖精封じの道具は、妖精憑きを無力化する道具だ。手枷、足枷、首枷、口枷と種類はいっぱいだ。鎖まである。本来であれば、手がつけられない妖精憑きを大人しくさせるだけでなく、拘束する道具である。同じようなものを神殿の地下牢にも施されている。ただの人にはわからないが、妖精憑きである神官やシスターにとっては、地下牢係りは、苦行だ。
そんな道具をハガルに使ったという。想像すれば、かなりいかがわしくなる。今は平凡に偽装しているが、実際は男女問わず狂わせる美貌の持ち主である。あんな物つけたら、間違いだって起こすだろう。
「そういえば、皇帝が物凄い美女を飼っている、という噂が流れているが、元の女好きになったのか?」
それを聞いたハガルはラインハルトの足を蹴った。とうとう、ハガルにも、ウゲンの悪い癖が移ったか。いつかは、と見てたんだよな。
しかし、ハガルは大して鍛えていない。対するラインハルトは物凄く鍛えている。だから、ハガルの蹴りなんて、大したことではないのだ。
ラインハルトは苦笑した。もう、認めたようなものである。その美女はハガルだ。
「何やってんだ、あんたは!? ハガルのあの美貌は人を狂わせるんだぞ!!」
「魔が刺した」
反省なんてこれっぽっちもしないラインハルトに、ハガルは連続でげんこつで叩いた。だけど、可愛いげんこつだな。音も可愛いよ。ラインハルトは、これっぽっちも痛がっていないな。
「ラインハルト、ほどほどにしろよ」
「もう少しやりたかったがな」
「もうやりません!!」
「もう命じない命じない。それにしても、ウゲンは遅いな」
時間がかかっているのに、ラインハルトは訝しむ。前回、ウゲンはすぐ戻ってきたんだけど、確かに遅いな。
「私に知られないようにするために、いくつか巡ったのでしょう。話は聞いています。ウゲンが引き渡し先から、また、どこかに運搬されたと。ウゲンはその運搬先を転移で巡るのでしたら、時間もかかります。私は長く生きます。待つくらい、大した時間ではありません」
取り戻せるとわかっているので、ハガルは落ち着いていた。いつものハガルだ。しかし、ラインハルトが触れようとすると、叩いて許さない。
しばらくして、大きな箱と一緒にウゲンは戻ってきた。
それを見た途端、ハガルは箱の一部を吹き飛ばして、中に入っているものに駆け寄った。止める暇すらない。
「やっと、私の元に戻ってきました」
もう、姿形は人ではない。それでも、それは、ハガルにとって父親だ。嬉しさのあまり、偽装まで剥がれてしまう。
とんでもない光景だ。この世の醜さを集めたような化け物に、この世の美を集約されたハガルが笑顔で抱きついているのだ。
「死ぬまで一緒です。もう、離しません」
触れれば、とんでもない呪いがハガルに降りかかる。それすら、ハガルには大したものではない。
戻ってきたウゲンは、とても疲れた顔をしていた。だから、心配になった。
「随分と時間がかかっていたが、何かあったのか?」
「呪いの度合がとんでもなかったので、それの除去に時間がかかりました。もう、一つの牢が呪いで使えなくなっていましたよ。もう二度と、城から出してはいけない代物です」
あの化け物の保管先は大変なこととなっていた。
ハガルの父親は、妖精金貨を発生させた大本である。そのため、神殿が持つ許容量を越えていたのだ。それでも、ハガルに戻すわけにはいかないので、牢一つを潰して、対処するしかなかった。
「その牢の場所を教えてください。後で、私が穢れを取り除いておきます」
「お願いします」
すっかり機嫌がよくなったハガルは、筆頭魔法使いの顔である。もう、隠す必要もないので、ウゲンは場所を教えた。
ハガルは、俺に見えない妖精に何か命じているようだ。それで使えなくなった牢の掃除は終了なんだろう。もう、やることが、神がかっているな。
そして、ハガルは道具を使って、あの化け物を箱ごと転移させる。転移先はどうせ、筆頭魔法使いの屋敷の地下だ。
ハガルの父親を返したということで、ラインハルトは性懲りもせず、ハガルを後ろから抱きしめた。しかし、ハガルは許していない。するりとその腕から抜け出してしまう。
「まだ、許していません。もう一つ、やってもらうことがあります。そちらをしてくれたら、許してあげます」
「なんだ、まだ欲しいものがあるのか? 今度は、弟たち妹たちか」
「あの子たちが戻ってきたら、父を独り占め出来ません」
「………」
あんな化け物になった父親、欲しがるのはハガルだけだよ!! 俺は声を大にして言いたいが、我慢した。ラインハルトもだろう。プルプルと震えて沈黙する。
「やっと、貴族の掃除に取り掛かれます。そのために、ラインハルト様、囮になってください」
あの綺麗な顔で、恐ろしいことを願った。
ハガルは、隠された筆頭魔法使いとなってからずっと、帝国に仇名す貴族をそれなりに目をつけていたのだ。しかし、この貴族を一掃するのを後回しにしていた。まずは、ハガルにとって近い存在である皇族と魔法使いから始めたのだ。
魔法使いはわざと泳がせた。見習い時代から、ハガルは人身御供にする魔法使いを数人、決めていた。そして、ハガルが筆頭魔法使いとなってしばらくして、魔法使いの反乱を起こさせたのである。そして、首謀者を公開処刑した。
そこまでは、表向きである。裏では、まだ人身御供候補を閑職へ追いやったり、地位を落としたりして、小さな反乱をいくつか起こさせて、晒しものにしたのだ。
皇族では、皇族の儀式で反発を起こさせ、ラインハルトに処刑させた。そこから、わざとラインハルトの寵愛を見せつけ、ハガルへの反発を爆発させた。ハガルを気に入らない新米の皇族は、ハガルに無理難題な命令をして、痛めつけたのである。その事をハガルはもちろん、ラインハルトに告げ口する。そして、ラインハルトは段階を踏んで罰を与えた。最初は、鞭打ちである。次は、わざと勝負を仕掛けて、皇位簒奪を失敗させたのだ。皇位簒奪を失敗すると、体の一部を斬り落とすこととなる。それを免除する代わりに、筆頭魔法使いの恩恵を受けられなくする失格紋の儀式を受けさせられたのだ。
しかし、たかが儀式、と皇族は笑うのだ。物凄く痛い目にあったが、大したことがないと思っていた。そして、誰が盛ったのかわからない薬で苦しめられ、本当の恐怖に気づくのである。
筆頭魔法使いの加護を失った皇族は、病気にもなるし、毒殺だってされるし、怪我だってする。それは普通のことだが、皇族にとっては普通ではないのだ。何せ、城で守られて生きていたから、経験がないのだ。筆頭魔法使いの加護を失って初めて、恐怖するのだ。
数年もかけた掃除である。しかし、人の何倍も生きるハガルにとっては、大したことではない。ちょっと時間をかけただけである。
そして、次は貴族である。
皇帝ラインハルトが市井の前に出るという催しをすることとなった。よりによって、ラインハルトの生誕祭である。皇帝は十年に一度、大がかりな誕生パーティをする。ラインハルトは在位年数が長い。もうそろそろ寿命だろうし、ここで大きな催しにしよう、となったわけである。
そのため、大がかりな出し物と警備が必要となった。
出し物については、それが得意な貴族がいる。皇族と繋がりのある貴族数人が引き受けたという。
警備はというと、皇帝が表に出るのだから、王都中にある戦力全てである。
もう、戦争はなくなったが、内戦のために、軍部は存在する。それらを王都中に配備したのだ。常に訓練された軍隊だ。
そして、一か月に渡って、王都中の掃除である。不審者組織が入り込んでいないか、抜き打ち査察まで行われ、いくつかの組織が消された。
これには、神殿も出ることとなった。神官たち総出で、聖なる武具に身を包み、王都中を巡回である。あれだけ目立つので、催し中、悪さも出来ないだろう。何より、妖精憑きだとわかっているのだから、迂闊なことはしない。
魔法使いも半数は出された。なんと、見習い魔法使いまで出動させられたのだ。普段は表には出ない子どもの見習い魔法使いまで王都を巡回で歩くのだ。ちょっと悪さをする、物を知らない平民が、見習い魔法使いを騙して、ちょっとした騒ぎとはなり、妖精憑きの恐ろしさを市井にばらまくこととなった。これも、ハガルの企みの一つなんだろう。
俺はというと、教皇長なので、皇帝ラインハルトに近い場所で観覧である。皇族の出席はない。皇族は血筋が大事だから、城から出ることはない。その代わりに、宰相や大臣、そして、俺のような皇族の閑職が出席である。何かあっても、替えがきくからな。
皇帝ラインハルトは、それなりに高い位置で座って、催しを見ていた。ここまで市井に近い位置に来るのはない。だから、帝国民は一目、皇帝を見ようと押し寄せてきた。
ラインハルトの傍らには、筆頭魔法使いハガルが立っていた。城ではあんなにくっついているというのに、外ではラインハルトの少し後ろに控え、穏やかに笑って、催しを見ていた。
「もう、襲撃してくれ、と言っているようなものだな」
ここまで帝国民が近いのだ。皇帝ラインハルトの命を狙う勢力は出てくる。
見物客からか、それとも、演者からか。
「妖精はどうなんだ?」
目に見えない防備が気になった。俺は後ろに控え立つ王都の教皇ウゲンに聞いた。
「野良の妖精ばかりですよ」
「また、隠しているのか」
俺は一度、視認化させたハガルの妖精を見ている。一部だというその数は、とんでもなかった。
ハガルはただ、笑っている。ああやって、力を隠して、敵を油断させているのだ。妖精憑きは基本、帝国のものだ。しかし、全て、帝国が保護出来るわけではない。儀式を受けない者だっているのだ。そうなると、野良の妖精憑きだって存在するのだ。
実際、貴族や貧民が、妖精憑きを隠し持っていることがある。突然、教会に連れて来られた妖精憑きが、実は貴族の子飼いだった、ということは珍しくないのだ。
ハガルは、目に見えない力まで隠して、敵を油断させているのだ。
そうしていると、ハガルの狙い通りに、演者の中からラインハルトへの襲撃が起こった。しかし、そんなこと、帝国の軍部等、読んでいる。すぐに収拾に入る。
その中で、とんでもない手練れの男が皇帝ラインハルトの前まで迫ってきた。それを守るように筆頭魔法使いハガルがラインハルトの前に立つ。
ハガルは穏やかに笑っている。手練れの男は、ハガルと見えない戦いをしていた。ただ、見合っているだけだ。しかし、手練れの男は絶望で真っ青になって、膝を折った。
帝国民は大変な騒ぎとなった。皇帝襲撃である。その余波を受けてなるものか、と滅茶苦茶に動いて逃げるのだ。
それは、舞台を見る側の重臣たちもだ。しかし、ハガルが前に出ているので、逃げるわけにはいかない。ハガルの絶対の防備を信じていないことになる。それは、筆頭魔法使いの不信に繋がるのだ。
俺は、ウゲンがいるから、逃げる必要はないけどな。他の奴らがどうなっても、俺だけは無事だ。それでも俺が死んだら、その時は、ウゲンも一緒だ。それでいい。
「ハガル、騒ぎを納めなさい」
それまでただ黙って座っていた皇帝ラインハルトがハガルに命じた。
ハガルはラインハルトの前で膝を折った。その途端、見渡す限りが視認化した妖精で溢れかえった。
一生涯、ただの人が妖精を見ることは、ほとんどないだろう。妖精憑きといえども、自らが持つ妖精を視認化させるのは不可能だという。
ハガルは、見渡す限り、いや、後から聞いた話だが、帝国中をハガルの持つ妖精で埋めつくしたのだ。
空まで覆いつくす妖精が一斉に顕現した。その事に、逃げていた帝国民たち、皇帝を襲撃した勢力まで、動けなくなった。
「皇帝ラインハルト様、誕生、おめでとうございます!!」
ハガルはよく通る声で、ラインハルトを祝う言葉を発した。それと同時に、妖精たちは、綺麗な花を天から降らしたのだ。
それは、奇跡のような出来事だった。見たこともある花もあれば、珍しい花もある。そんな花が、空から降ってくるのだ。子どもたちはその花を手にしようと動き出した。
子どもが動き出すと、大人たちも動き出す。
「皇帝陛下、おめでとうございます!!」
もう一度、ハガルはいう。それに呼応して、帝国民たちは、皇帝ラインハルトへの祝いの言葉を発した。
そうして、ハガルが奇跡を起こしている間に、襲撃犯たちは捕縛され、会場からいなくなっていた。
帝国中を騒がせた妖精の視認化と、空から降ってくる花の奇跡は、筆頭魔法使いハガルの悪戯であることを帝国中の新聞が喧伝した。
一生に一度あるかないかの奇跡を起こした当のハガルは、忙しいはずなのに、神殿にやってきた。お忍びの皇帝ラインハルトと一緒である。
「もう、許してくれてもいいだろう!! 私は囮までやったんだぞ」
「だからって、せっかく囲った妖精憑きを処刑しろだなんて、酷いではないですか!?」
「私は殺されそうになったんだぞ!!」
「自業自得です。ラインハルト様の過去の所業が悪いからですよ。女好きの果てに、ハーレムなんか隠し持っていて」
ハーレムは初めて聞く話だな。俺も知らない話なのは、表に出していないからだろう。隠したということは、亡くなった賢者テラスが何かしたのだ。
ハーレムの話題は、ラインハルトにとっては、言い返せないのだろう。そこで黙り込んでしまう。
「ハガル、ここは、お前らの痴話げんかの場所じゃないぞ」
俺はバカみたいに仲裁に入った。本当に、何事かあると、お前ら二人は神殿にやってくるな。いくら信者も入れない区域といったって、神官たちやシスターたちが見ているぞ。
しかし、もう、皆、馴れた。ハガルが怒って城を飛び出すと、それをお忍びで追いかけてくる皇帝。こういうのは、もう、勝手にやらしておくに限るのだ。
「襲撃犯に妖精憑きがいたのですか」
ウゲンが話題を別に持って行ってくれる。しかし、それ、絶対にまずいと勘が告げている。
「そうなんです!! 随分と昔から目を付けていた野良の妖精憑きですよ。やっと地下牢に囲ったというのに、襲撃犯だから処刑しろ、とラインハルト様が命じるのですよ」
「男ですか? 女ですか?」
「男です。友達になりたくて、捕縛しました」
「ああ、そうなんだ」
ウゲンは特に何も感じていない。むしろ、良かったね、と見ている。
うーわー、とんでもないよな、ハガル。友達になりたいからと地下牢に囲うって、どうかと思うぞ。もう、感覚がおかしい。
直接ではないが、ウゲンから、ハガルの奇行はそれなりに聞いている。
ハガルは見習い魔法使い時、貴族が隠し持つ暗部をおびき寄せるために、わざと女遊びを派手にやっていたのだ。そこで、近づいてきた暗部の女を身請けして、表向きは逃げられたと言いながら、実際は地下牢に閉じ込め、隠された美貌で篭絡し、主人である貴族を破滅させたのだ。そして、篭絡した暗部の女を地下牢に閉じ込め、飼い殺しにした。
同じことを野良の妖精憑きにしているのだ。しかも、よほど気に入っているのだろう。処刑の命令をハガルは拒否している。
ハガルは囲うもの全てに執着を持っているわけではない。地下に囲った暗部の女は全て、皇帝ラインハルトによって殺された。しかし、ハガルはこれっぽっちも気にしなかった。
しかし、皇族失格者スーリーンは、行方不明になっただけで怒り狂い、ラインハルトを責めたのだ。
きっと、地下に囲った野良の妖精憑きにハガルは強い執着を持っているのだ。だから、どうしても処刑させたくない。
ラインハルトは、適当な椅子にハガルを座らせ、その前に膝をついた。
「ハガル、あれはダメだ。私を殺そうとしたんだぞ」
「過去の戦争で、暗殺失敗した敵国の捕虜は生かしたではないですか」
「っ!?」
ラインハルトが皇帝になったばかりに起こった戦争だな。話では聞いたことがある。その時、筆頭魔法使いだったテラスは、暗殺者を防げなかったため、賢者になったのだ。
「いや、捕虜は基本、返還だったから、生かしておいただけだ」
「返還せず、帝国に残りましたよね。そのまま帝国民となってます。処刑していませんよね」
「そ、それは、その、私もまだ若かったんだ!!」
それは、皇帝としてのたった一つの失策だ。
今のラインハルトであれば、暗殺未遂を起こした捕虜は、敵国に返還出来ないならば、処刑しただろう。しかし、皇帝となったばかりのラインハルトは、そこまで考えが回らなかったのだ。
「だったら、若い私の判断として、秘密裡に見逃してください」
「しかし、何もしないというのは」
「こういう時こそ、邪魔な貴族の一掃です」
ハガルは折りたたんだ書類を開いて、ラインハルトに見せる。
「妖精の呪いの刑ですよ。随分と昔に、許可をいただいています。まとめて、帝国に仇名す貴族を一族郎党、一掃しましょう。いい目くらましにもなってくれます」
嫣然と微笑んでいうハガル。
ラインハルトは疲れたように笑って、ハガルの膝に顔を埋めた。
「それで、許してくれるのか?」
「はい」
「もう、好きにしなさい」
「ありがとうございます、ラインハルト様」
ハガルは、ラインハルトの頭を優しく撫でた。よほど嬉しい事なのだろう。ハガルの偽装は剥がれた。




