奴隷の品格
ある日のこと、俺は異世界に来ていた。
勇者として召喚されたらしいのだが、あいにくと俺は何一つ特別な能力を持たない一般人だった。
そのことが判明すると、俺を召喚させた王様は怒り狂った。
何の能力も持たされずにいきなり異世界にい連れてこられた俺の方が怒りたいのだが、武器を構えた騎士に囲まれては何もできない。
俺はあっさりと奴隷として売り払われた。
その場でいきなり処刑されなかったのは幸運だったのだろう。
高難度ダンジョンに放り込まれるとか猛獣や魔獣の跋扈する魔境に追放されるとかよりもましだったのかもしれない。
もしかすると、無一文で右も左も分からない異世界に放逐されるよりも生存率は高いのかもしれない。
でも、奴隷スタートはあんまりだ。
この後強力な能力に覚醒して成り上がることにワンチャン賭けるしかないのか。
俺は今、檻に入れられて奴隷商の店に連れて行かれる途中だ。ドナドナ~
同じ檻の中には数名の男女が入れられている。
全員が犯罪の罰として奴隷に落とされた犯罪奴隷なのだそうだ。俺も含めて。
俺は無実だ~!!
だが、話を聞いてみると彼らも似たようなものだった。
貴族から無理難題を要求され、応えられなかったら捕まった。
貴族との付き合いもある大商会の不正が発覚したと思ったら、全然関係ない商人が犯人として捕まった。
犯罪の被害に遭ったので届け出たら、そのまま犯人として捕まった。
こんなのばっかりだ。
ヤベーなこの国。腐りきってやがる。
俺が勇者に相応しい凄い能力を持っていたとしても、やっぱり奴隷のごとくこき使われたんじゃないかと思うぞ。
犯罪奴隷と言っても、ここにいるのはまともで善良な連中ばかりだ。
本気で危険な盗賊とか殺人鬼とかの重犯罪者は、もっと別の所で監視付きの強制労働になるらしい。
そんな気の良い奴隷仲間と檻の中で愚痴り合った。
奴隷商の店に着くまでに、だいぶ打ち解けることができた。
「あなたたちはこれから、奴隷としての教育を受けてもらいます。」
到着した俺たちを待っていたのは、奴隷商の男だった。
奴隷商は購入した奴隷をただ右から左へと売りさばくのではなく、付加価値を付けて高く売るようだ。
職業訓練でもするのだろうか?
「まずは、奴隷としての心得からです。重要なことですから心して聞いて下さい。」
くっ……
まずは奴隷としての自覚を植え付けるつもりか。
奴隷商の丁寧な喋り方が却って不気味だ。
だが、たとえこの身は奴隷に落ちようとも、心までは奴隷にならないぞ!
「奴隷だからと言って主人の言いなりになっていてはいけません。むしろ、主人をコントロールするつもりでいなさい。」
……は?
一瞬何を言っているのか分からなかった。
周りを見ると、奴隷仲間達も同じように目を点にしていた。
よかった、この世界の常識ではないらしい。
「当店の高級奴隷を購入するのは主に裕福な王侯貴族。御存じの通り、彼らの多くは素行も頭も悪いのです。」
ぶっちゃけちゃったよ!
いや、一緒にドナドナされた仲間に聞いて想像は付いていたけど。
自分の客だろ、そいつら。 そこまでぶっちゃけていいのか?
「身分が高く、権力も持っているので不正や違法行為を行う者も少なくありません。」
そういや、俺を奴隷にする際に罪をでっちあげるように強要されていた下っ端役人が「ばれたら自分が奴隷落ちする~」と泣いていたけど。
国のトップからして不正まみれなのだ、その下の貴族とかはやりたい放題だろう。
「奴隷であるあなた方が犯罪の実行役を行わされることもあるでしょう。主人の命令に逆らえない奴隷は罪に問われませんが、荒事の中で殺される危険性は常にあります。」
この世界(この国だけかもしれないが)の奴隷に人権はない。
魔法で主人の命令に逆らえないように行動を強制されるらしい。
自由が無い分、奴隷のやらかしたことは全て主人の責任になる。
ただし、人権が無いから奴隷を殺しても殺人罪にはならないらしい。
殺人罪にはならないが他人の奴隷を殺すと賠償責任が発生して、支払えないと奴隷落ちすることもあるらしい。
「高級奴隷を使い捨てることは本来あり得ないのですが、相手は金と権力を持った阿呆です。奴隷となった皆さん自身が価値を見せつけ、自衛する必要があります。」
つまり、役に立たないと思われたら返品されるのではなく面白半分に殺されるような可能性もあるから、金額以上の価値を示せといったところか。
それにしても、こいつ実は貴族が嫌いなのか? いちいち言い方が酷いんだが。
「更生する見込みがあれば正しく導いてあげて欲しいですが、そうでないならば、巻き添えにならないうちに破滅させることをお勧めします。」
……ヤベー。こいつ、真っ黒だ。最初から崩さない笑顔が黒い。
奴隷以上に貴族を見下してやがる。
どう見てもこいつの思想は反体制だろう。王侯貴族雇用達の奴隷商のくせに。
俺たちは奴隷商に売られたと思っていたが、それ以上にもっと危険な場所に来てしまったらしい。
王様を筆頭に国中が腐っているから、反体制の危険な組織の方がまともに見えるからあれだが。
この国、色々と終わってるなぁ。
結局、俺達は奴隷教育をみっちり受けることになった。
まあ、自分の価値を高めておかなければ命が危ないのは確かそうだし、元より奴隷に拒否権はない。
奴隷教育は多岐にわたった。
読み書き計算は基礎の基礎。
政治経済地理歴史、貴族の勢力分布から国際情勢まで。
礼儀作法にテーブルマナー。王侯貴族向けの奴隷だから必要なのだろう。
音楽絵画美術芸術。奴隷に何を求めている?
帳簿の付け方に公文書の書き方、貴族同士の手紙の書き方に筆跡をまねる技術。だから、奴隷に何をさせるつもりだ!?
情報収集の技術に人心掌握術、思考を誘導する話術。スパイ教育じゃないよな、これ?
戦闘訓練に身近なあらゆるものを武器にする技術。暗殺者の養成じゃないよな、おい!?
そして最後に、奴隷に掛ける隷属魔法の詳細と回避する技術。それ、奴隷に教えちゃ駄目なやつだろ!
何だか、奴隷商の本気が窺える教育内容だった。
数ヶ月後、教育を終えた俺達はどこへ出しても恥ずかしくない立派な奴隷に育っていた。
「奴隷教育に堪えたあなた方は、もう一人前の奴隷です。出荷された先で存分にその力を振るってください。」
奴隷商の言葉に、俺達は奴隷商と同じ笑顔を貼り付けた顔で頷く。
教育を通じてよ~く理解した。この奴隷商は、腐敗した王国を憂いた過激な愛国者だ。
もしもテロリストになっていたら、さぞや多くの血が流れただろう。
変わらぬ笑顔の仮面の下には激情が渦巻いている。
それは今の俺達も同じだ。
奴隷を縛る隷属魔法は強力だが、万能ではない。
奴隷の行動を制限することはできるが、心の中までは縛れない。奴隷に「俺を尊敬しろ!」と命令しても効果はない。
また、奴隷に対する強制力を伴う命令は融通が利かない。
例えば、秘密を絶対に喋るなと命令した場合、たとえ命令した主人に対してでも喋ることはできない。秘密を含んだ内容を関係者に伝える伝達役もできなくなるのだ。
だから、単純労働専用の奴隷以外、特に頭脳労働もこなす高級奴隷ではよほど考えて『命令』しなければ使い物にならなくなる。
頭の悪い貴族にそんな器用なまねはできない。
特に命じられる前から次の仕事の準備を始めるような有能な奴隷に対しては、下手な『命令』は仕事の邪魔にしかならない。
つまり、俺達は有能さを見せつけるほどに自由に動けるようになる。
奴隷に好き勝手やらせることに危機感を持たないのは、最終的に奴隷は主人に逆らえないからだろう。そのための隷属魔法だ。
確かに、奴隷が反抗的な態度を取っても『命令』でどうにでも押さえ込める。
だが、奴隷が反抗することなく、主人の仕事をどんどん片付けて行ったらどうだろう?
細かい指示を必要とせずに主人の行うべき仕事を素早く的確にこなして行ったなら、それらの仕事を奴隷に丸投げするようになるだろう。
その結果、奴隷に依存することになる。
奴隷が無理だと言ったことは主人も行うことができず、奴隷が最善と判断した方法を主人も採用する。
これが奴隷商の、そして俺たちの考える「主人をコントロールする」奴隷の姿だった。
さあ、待っていろ、ご主人様。
権力者とは所詮国家と国民の奴隷に過ぎないことを、俺達が教えてやろう。
そして、使えない奴隷は捨てられる運命だということを。
この世界を動かしているのは、我々だ!
奴隷と主人の関係は、奴隷に一方的に命令できる主人側に主体があり、命令に従うだけで自分の好きなことができない奴隷側には主体性がありません。
しかし、奴隷に依存して行くと主人は奴隷無しでは何もできなくなり、一方奴隷の方は主人がいなくても何でもできるようになる。
といった具合に関係性が逆転するような話を何かで聞いたことがあります。
奴隷だってただ命令を聞くだけのロボットではありません。意志を持った人間である以上、命令を出す主人の側に影響を与えることもあります。
さらに押し進めて考えれば、主人を思い通りに操る奴隷だっているかもしれません。
そんなわけで、主人を操って世直しを目論む奴隷集団と言うものを考えてみました。