第7話 金策と食事
第7話 金策と食事
オークキングと魔族の幹部グリズムを倒した俺は、聖女セレスと共にしばらくその場で休憩した後、近くの街へ行く事にした。
スキル【リスポーンキル】により、発生と消滅を繰り返し続けたオークキングが大量の素材を落としたので、それを売却するためだ。
追手からの逃亡を続けるにも、ある程度の所持金は確保しておきたいしな。
それにしても【リスポーンキル】...対象の再発生を擬似的に妨げる強力なスキルだ。
ただあの石の爆発以降、俺のレベルの上昇はピタリと止まっている。
魔族の転生の位置を固定していたリスポーンストーンが壊れ、発生と消滅を繰り返す魂が世界各地に散らばり、経験値の取得範囲外で漂っているのであろう。
今もどこかで生と死を繰り返している魔族を想像すると、命懸けで戦った敵とはいえ罪悪感があるな。
「あの...。」
セレスが少し悲しげな表情を見せながら、俺に声をかけた。
「ミコトが使った【リスポーンキル】というスキルですが、解除する事はできるのでしょうか?」
「なんだか魔族さん達の事を考えると、可哀想でして。」
セレスの気持ちが、俺の罪悪感と共鳴した。
「そうだな...。ありがとうセレス。試してみよう。」
俺はセレスの後押しに感謝し、左手の甲に刻まれた紋章を見つめ、意識を集中させた。
「【リスポーンキル】解除...!」
解除の発言と同時に、紋章は赤く光りだした。
「...これで解除はできたのだろうか。」
確認ができないため確かなことは言えないが、直感的に成功しているような気はする。
セレスは横で俺の手をじーっと見ていた。
「なんだか、できている気がします!」
「そうか、だと良いのだが。」
セレスの勘は鋭い所がある。色々と思う部分はあるが、この件については一旦心の隅に置いておく事にしよう。
魔族の幹部グリズム。もし解除できているのなら、いつかまた出会う事もあるだろう。
理由は不明だが、あいつはセレスの身柄を狙っていたからな。
「...そういえばセレス、本当に付いてくるのか?」
俺はセレスに問いかける。
「はい!ご迷惑でしたらごめんなさい。でも私はあなたを見続ける事にしました!」
絶対に付いて行くといった顔だ。
「...。」
「『見続ける』」か。
セレスと関わり始めて、1つ分かった事がある。
人間は、何かを必死に表現したとしても、誰か一人でもその様を見ていなければ、世界においての価値にはならない。
存在価値、すなわち使命。
セレスは、見る事で俺に価値を見出し、使命を与えた。
この呪いのようなに身体に、一筋の光りが差しているような、そんな気分だ。
「迷惑なんてないさ。そうだセレス、付いてくるにしても公務のほうは大丈夫なのか?」
仕事の邪魔をしてしまうのは気が引けるからな。
「これもれっきとした公務です!」
セレスは即答した。
救いの手を差し伸べる使命。
俺と関わる事も、セレスにとっては公務の一つといったところか。
俺はマントを被り、指輪からマントをもう一つ取り出してセレスに手渡した。
「わかった、行こうか。セレスは有名人だからな、これで身を隠しながら歩いてくれ。」
「わかりました!ふふふ...ミコトのニオイがします!」
恥ずかしくなるような事を言いながらマントを羽織い、上機嫌で歩くセレス。
...やはり、マントの陰で顔や身体を見えにくく隠す事によって、名前やLvを非表示にできるようだな。
全容を凝視されなければ、正体を知られる心配もないだろう。
周囲を警戒しながら川沿いの道を歩いていると、その先の方角に目的の街が見えてきた。
湖の畔にある街、トレイルクス。
雪解け水や湧き水などが、ここの特殊な地形に集まり、大きな湖を形成している。
その湖から分岐して流れる川や、川沿いの道を航路として利用しやすいよう管理しているのがこの交易街、トレイルクスだ。
取引が盛んで、品揃えも豊富。物流が良いので大量の素材も買い取ってくれる。
外から様々な人が集まるので、見知らぬ顔と遭遇する事も珍しくはない。
街から少し離れた場所には魔王領に通じる峠もある。
今の俺が寄るには一番適した街だろう。
「セレス、この街に来たことがあるのか?」
歩き慣れたように俺の前を歩くセレスに尋ねた。
「あります!美味しいものもあります!」
美味しい物があるという話をした途端、腹を鳴らすセレス。
思えば、ここの所何も食べていないな。周囲の警戒に意識を取られていて気が付かなかったが、俺も腹が減っているようだ。
「その美味しいものとやらが気になるな。さっさと素材を売却して向かうとしよう。」
俺はできる限り目立たない土地に店を構えている素材屋を探した。
街の外に近く、路地裏にも入りやすいこの小さな店が良いだろう。
古びた木の扉を開くと、薬品のにおいをおびた空気が体を包み込んだ。
「あら、いらっしゃい。」
店員の女性は怪しく、豊満で、どことなく魔女のような雰囲気を感じた。
セレスは俺の横に立ち、商品棚を楽しそうに眺めている。
「素材を売却したい。見てもらえるだろうか。」
俺は金色に輝くオークキングの角を指輪から大量に出現させた。
道具袋の中で個数が上限に達し、100個の黒角が1個の金角に変換されていたようで、その金色の角を全て鑑定机に並べた。
店員は、金色の角を鑑定したあと、俺の身体を舐め回すように観察していた。
「やるわねぇ。オークキングの金角がこんなに。一体どうやって集めたのかしら。」
「頑張っていっぱい倒した。」
顔をまじまじと見られないよう斜め下を向きながら適当に答えた。
「いいわ、全部買い取ってあげる。金貨57枚って所ね。はいどうぞ。」
店員から金貨の入った袋を手渡され、枚数を確認した。
ついでに薬草もいくつか買っておこう。
「上薬草を金貨1枚分頼む。」
店員は金貨を1枚受け取り、テーブルの引き出しから薬草の束を取り出した。
「はい、どうぞ。」
「助かる。行こうセレス。」
セレスを呼び、なるべく早く店を出ようとした。
カウンターに背を向け歩きだすと、後ろから声が聞こえてくる。
「...私の名前はランダフィッシュ。またいらっしゃいね。」
「...。」
俺はドアを閉め、店をあとにした。
...それにしても、かなり怪しい店員だったな。
ランダフィッシュといったか。聖都の内通者でなければ良いが。
何はともあれ、金銭の確保を終えた事で多少は安心できた。
「よし、それでは飯を食いに行こうか。」
「やったー!行きましょう!こっちです!」
セレスがオススメの店に俺を案内してくれるようだ。
セレスに連れられしばらく歩くと、冒険者で賑わう繁華街に入った。
辺りは活気で満ち溢れ、食欲をそそられるような匂いが漂っている。
「ふふふ...ここです!」
セレスが指差す店の看板には“芋料理専門店”と書かれていた。
「芋か。」
芋が好きなのだろうか。
「ここ、凄く美味しいんですよ~!聖女のお墨付きです!もごもご...。」
唾液が溢れてしまうのを抑えるように口を閉じるセレス。
店に入った俺とセレスは、できるだけ出口に近いテーブルを指定し、メニューを眺めた。
「芋の揚げ物、芋の茹で物、芋の干し物、芋の菓子、芋の酒。」
芋しかないじゃないか。
「なぁセレス。芋以外の物は無いのか?」
「確かあります!多分!」
メニュー表を裏返すセレス。
なんだ、裏にも書いてあるのか。
「これとか良いんじゃないですか?凄くガッツを感じます!」
セレスが指を差した所には“芋と肉の料理”と書かれていた。
「よし、これだな。これにしよう。」
...肉があるようで安心したぜ。
互いに注文を済ませ、しばらくすると料理が運ばれてきた。
運ばれる前から既にフォークとスプーンを両手に構えていたセレス側の机には、大量の芋料理が置かれている。
「いただきます!」
食材に感謝し、食事を始めるセレス。
よほど腹が減っていたのだろう。とてつもない早さで食べ進めている。
...そういえば、誰かと一緒に食事をするのは久しぶりだな。
「いただきます。」
俺はナイフとフォークを手に取り、セレスが完食するであろうペースに合わせて食事を始めた。