第4話 聖女
第4話 聖女
中心街を出た俺は、聖都グラディウスの領内を出る前に、まず家に寄る事にした。
そして今気がついたのだが、衛兵から奪い取り握っていたはずの剣が、いつのまにか消失していた。どこかに落としたのだろうか。
まぁいい。とりあえず家にある使えそうな物だけでも持っていくとしよう。
家に帰り、俺を拾う以前は冒険者だったという母の書斎を調べていると、大切に保管され埃ひとつ被っていない道具箱を見つけ、俺は開いた。
「この指輪、魔導具か。」
指輪をはめ、機能をチェックしてみる。
なるほど、道具袋のようなものか。物に手をかざすと物質が光子化、光情報に変換して宝石内に収納できる仕組みのようだ。
これは便利だ。ごめん母さん。貰っていくよ。
「あとは...。」
クローゼットを開くと、そこには丁度俺にぴったりなサイズの冒険服と刀が収納されていた。
<【初心者用冒険服】 必要ステータス0>
<【太刀】 必要ステータス0>
「...。」
もしかすると、こうなった時のために母さんが用意してくれていたのかもしれない。
自らの死後、いつでもどんなに弱くても、息子がすぐに冒険へ出られるように。
装備可能になるための必要ステータス。さっき衛兵から奪い取った剣をいつのまにか落としていたのは、窮地を脱した事で俺の【命がけ】による基礎ステータス上昇が弱まり、装備できなくなったって事か。
基礎ステータスに変動がある分、要求の強い武器や防具を装備しておくのはリスクがあるな。
「ありがとう母さん。」
装備を身に着け、アイテムを収納できる指輪を指にはめた俺は、花に水を与え、育った家をあとにした。
俺が騒ぎを起こしたことで、この家も徹底的に調べられてしまうのだろう。
さようなら。
フードを被り、人っ気のない荒れた道を歩きながら次の行き先について考えていた。
まず、自分がどの種族の生物なのかを知りたい気持ちがあった。
いや、どう考えても俺は人間なのだが、あそこまでの迫害を受けると多少は疑ってしまう。
そういえばアイツ、ギドルが言っていたな。魔族のような髪の色だと。とりあえず魔王領に向かってみるか。
魔王領は確か、渓谷を辿って氷山を越えた先にあると聞いた事がある。
「ただ今日は流石に疲れたな...。もう少し歩いたら休憩しよう。」
しばらく歩いていると、道はずれに崩れかけの建造物を見つけた。
今日はあそこで夜営をするか。夜風も凌げて丁度良い。
逃げることに夢中で食料の調達を忘れていたな。まぁ今日くらいは我慢するか。
焚き火をするのは止めておいたほうが良いだろう。追手に勘付かれる可能性がある。
今日は満月、夜でも多少は明るいしな。不便はないだろう。
崩れかけの壁に寄りかかって座り休憩をしながら、自分のステータスを開いた。
Lv1にしては基礎ステータスがかなり高いな。Lv50付近の水準に近い。中心街に居た時ほどではないが、今この状況下でも周囲に危機がある事に間違いはない。
俺自身が意識する危機感がスキル【命がけ】による能力の上下に反映されるということか。
「ビビリで良かったぜ。」
俺は目を閉じて、仮眠を取る事にした。
「...様」
「あの...ミコト様...!」
「起きてください...!」
誰かの声が聴こえてくる。
おかしい、俺は確か一人で...。
そうだ、俺は追手に追われていたのだった!
「しまった!誰だ!」
すぐ目の前にいる人物を咄嗟に押し離した。
「ぐへぇ!」
聞き覚えのある声とともに、人影は尻もちをついた。
「いたた...。あ!ミコト様、目を覚ましたのですね!」
「見つけられて良かったです!」
月明かりが差し、追手の全容を把握できた。
「聖女セレス...?」
一体どういう事だ?なぜ、Lv0の聖女セレスが突然ここに...。
「ちっ...追手か。」
俺は追手を警戒した。当然、聖女セレスが一人でここまで来れるわけがないからだ。
「中心街からかなり離れたはずだがな。それになぜこの場所が分かった。」
「大丈夫です!私は一人ですよ!えへへ...。」
疑う事に罪を感じるような、純粋で素直な笑顔だ。
警戒に値する事態だが、俺は聖女セレスを、一時的に信用する事にした。
「だが聖女セレス、俺が君を信用したとしても、君を追尾する形で追手が潜んでいるかもしれないだろ。」
「あ!ご心配せずとも大丈夫です!飛んできましたから!」
飛んできた!?一体どういう事なんだ。
「すまないが説明してくれ。よく分からん。」
「ミコト様が今居るこの廃墟、実は古い教会なのです!あそこで少しだけ光っているクリスタルが見えますか!?」
聖女セレスは後ろのほうを指差した。
大聖堂のクリスタルほどの大きさとまではいかないが、埃を被ったクリスタルが薄っすらと光っている。
「私は教会から教会へと、光子化して飛ぶ事ができるんです!」
まるで「凄いでしょ!」と言いたげな態度で説明をしている。
「聖女にはそんな能力があるのか。しかしなぜ俺のいる位置が分かった。」
当然の疑問だ。セーブ地点とされる教会は世界各地に多数あるからな。
「なんとなくです!」
おいおい、勘頼りだったのか。
「聖女セレスには探知能力のようなものがあるのか?」
「いいえ、探知能力はありません。なんとなくミコト様の居場所だけは分かるみたいです!」
どうして俺の居場所だけが分かるのだろうか。謎が多いな。
「公務を抜け出して、この辺りの教会を転々と飛んでいたら見つけました!」
「公務を抜け出したって...そんな事をして大丈夫なのか?」
あの厳しそうなシズルさんはきっと怒るだろう。
「大丈夫じゃないのです。多分帰ったら大司教様にまたおしりをペンペンされてしまいます。」
俺に処刑宣告をしたあの大司教...。強面の顔でそんな事をしていたのか。
いや、そんな事今はどうでも良い。本題に入ろう。
「...それで、俺に何の用だ。」
「そうでした。私はミコト様にお話ししなければならない事があるのです。」
聖女セレスは話を始めようとしていた。
「...ああ、すまん。様は抜いてくれていい。ミコトと呼んでくれ。」
これから長く話すというのに、少女から様付けで呼ばれ続けるのには抵抗があるしな。
「いいんですか!?やったあ!じゃあ、あなたも私をセレスって呼んでくださいね!」
「ミコト!私は貴方にお話ししなければならない事があるのです。」
セレスは多分、敬称抜きで名を呼び合う事が好きなのだろう。かなり喜んでいるように見える。
そしてセレスの顔が、真剣な表情に変わった。
「あなたの抱える問題は、多分、呪いとかそういった虐げられる類のものでは無いと思うのです。」
「どういう事だ。」
真剣に話を聞く価値はありそうだ。
「私はこれを、あなたに与えられた“使命”だと思っています。」
使命だと...?
「私も同じく“使命”を背負って生まれてきた者だから。なんとなく分かるのです。」
「だから、魂として近い存在だからこそ、ミコトの居場所もなんとなく分かったのだと思います。」
「あの...。うう...。」
もじもじと動き出すセレス。
「...?急にどうした。話を続けてくれよ。」
俺は続きがとても気になっていた。
「ふ...服を脱ぎます!」
「目を瞑っていてもらえますか!」
頬を赤らめて、突拍子もない事を言い出した。
「おい...急にどうしたんだ。」
状況が飲み込めず、唖然とする俺。
そしてセレスは、おもむろに僧衣を脱ぎ始めた。
勿論、目は瞑らせてもらう。