第2話 尋問
第2話 尋問
教官に連れられ、大聖堂の見える通路を通った。
凄く神々しい、大きな建物だ。
ここには、全世界に存在するセーブ地点やロード地点を統括・制御する巨大なクリスタルがあると言われている。
「ほらほら、ボーっとしていないで行きますよ。」
教官にぐいっと引っ張られる。景色に見とれ、歩速が落ちていたようだ。
「はい着きました。ここに座って待っていてくださいね。」
部屋に入ると、そこには机と椅子があるだけだった。
「ここはどこですか?」
「え~尋問室です。」
「尋問室?え?俺は罪を犯したのですか...?」
ブォン...!
「うおっ!?体が動かない!?」
俺の足元には魔法陣が展開されていた。
「あ~動かないでくださいね、動きすぎると身体が千切れて死にますよ。」
酷い扱いだ...。
「これから俺、何をされるんですか?」
「・・・。」
黙って扉を閉め、どこかへ向かう教官。場が静かになり、不安が込み上げてきた。
俺は...処刑されてしまうのだろうか。
いやいや、流石にそこまでの事はしないだろう。
何もしていないのだから。
しかしこの扱いは、どうしてもそういった悪い方向に物事を考えてしまう。
...ガチャ!ゴォン!
「うわっ!」
突然扉が開き、重く冷たい音が部屋に響き渡る。
「はいお待たせしました。」
マリエル教官と、その後ろに立っている...眼鏡をかけクールな雰囲気の女性は誰だろう。
「それでは、尋問を始めます。」
「私は聖女様の側近、そして本件の聴取を担当するシズルと申します。」
眼鏡をクイッと動かし、名乗るシズルさん。
「あの聖女様の側近ですか!?」
聖女様の最も近くにいる存在の登場に驚き、つい声を上げてしまった。
「・・・。」
「先程、マリエル教官から事情を伺いました。」
「あなたはどうやら、セーブができない特異体質を持っている可能性があるという事ですね。」
「可能性があるというか、絶対にセーブが出来ないんですよ。」
俺はキッパリとそう言った。教会には何度も行ったさ。
「俺は一体どうすれば良いんですか?」
「...あなたに質問をする権利はありません。」
冷たい対応だ。強まる不安に気持ちが押しつぶされそうだが、堪えるんだ。
「話を続けます。」
「生後、初期の刻印すら無く、教会で祈りを捧げてもセーブが出来ず、聖なる刻印の施しも受けられない。」
「その事はもちろん、貴方の親も知っておられましたよね?」
母さんを巻き込みたくはなかったが、正直に答えた方が良さそうだ。
「...はい。」
「これは、母親も罪に問われる可能性があります。」
「母さんは関係ない!...です。」
つい、声を荒立ててしまった。母さんは悪くない。言わずもがな俺も悪くない。セーブが出来ない事だけが悪いんだ。
「母さんは、聞かれたら正直に答えろとだけ言っておりました...。」
「刻印や紋章が無いこと以外は普通の人間と同じだと、孤児の俺を人として育ててくれました。」
「それに、もう母さんは寿命で亡くなってい─」
「分かりました。」
冷徹に、話を切るように喋り出す
「さしあたっては、この世界で最も聖力の高い大聖堂で、聖女様による直接的な紋章の付与を執り行います。」
「そこで、本当にセーブが出来ない人間なのか。いや、そもそも貴方が人間なのかを調べさせて頂きます。」
「なにせ建国以来前例のないことですので。ご容赦ください。」
シズルさんが話を終えると、急にマリエル教官が立ち上がった。
「危険です!聖女様と直接対面させるなんて...何か起こったら...。」
聖女様の身を案じるマリエル教官。
「俺が...俺が聖女様に何か危害を加えるとでも思っているんですか?何もするわけないじゃないですか。」
なんなんだこの空気。
もう、全てが嫌になりそうだ。
「マリエル教官、大丈夫です。彼はまだLv1ですし、いざとなれば大聖堂の上級衛兵が即座に取り押さえます。」
「それではミコト君、大聖堂へ向かいましょうか。」
そう言ってシズルさんは、俺に手枷を付けた。
マリエル教官、シズルさんが前を歩き、数人の兵が俺を囲いながら大聖堂へ向かった。
罪人になった気分だ。俺はもう、何も喋る事ができない。
雨が降り始めた。
石畳にしずくが落ち、その濡れた部分の数を数えている。
「おい、早く歩け!」
下を向いて歩いていたため気が付かなかったが、もう大聖堂の扉の前に到着していたようだ。
大きな扉が、音を立てながら開きはじめる。
ああ...聖女様との初対面が、こんな形になるなんてな。
扉が開くと、大聖堂の奥で青く美しく光輝く大きなクリスタルを背に、一人の少女が立っていた。
「あなたがミコト様ですね!お話は聞いております!」
クリスタルの後光で顔はよく見えないが、聖壇に立つ少女は、可愛らしい無邪気な声で俺に話しかける
「私は聖女。聖女セレスと申します!」
聖女セレスが自己紹介をしたと同時に、ゆるやかに回転する光の屈折が切り変わり、その全容を視認できた。
まだ幼い子供の程の背丈。髪は腰辺りまで長く、美しいブロンドカラーで、瞳は青く、その輝きは大聖堂のクリスタルのようだった。
曇りがかった、外で降る雨に似た気分を完全に忘れ、時間が限りなく圧縮されたような感覚の中で、俺はただただ聖女セレスを見つめていた。
<聖女セレス Lv0>
彼女の頭上に薄く表示されたレベルの数値を、俺は見てしまった。
自分より数値の低い相手のレベルは、確認する事ができるらしい。
「...大丈夫ですよ。私があなたを救いますから。」
純粋無垢な笑顔で、さっきまでの俺の気持ちを察したかのように、聖女は言った。
聖女セレスと対面した俺は、その後すぐに、この世界で最も聖力が高いとされる大聖堂と聖女によるセーブの義を執り行う事となった。
「それでは、あそこに立ってください。」
シズルさんが、俺の立つ位置を指示した。聖壇の前にある、あの魔法陣の中心に立てばいいのだろうか。
「おい、さっさと行け!」
衛兵に引っ張られ、魔法陣の中心に突き飛ばされる。
俺は地面に倒れ込み、しばらくすると痛みを感じた。
手の甲を強く擦ったようだ。
怪我をしたばかりなので血はまだ出ていない。どうせ後々、かさぶたになるんだろうな。
痛えな...。
「それでは聖女セレス。始めてください。」
シズルさんが聖女セレスに指示を出す。
「わかりました。」
俺はその場に立ち上がり、クリスタルの後光によって美しく光輝く聖女セレスを前にするが、すぐに目を逸した。
俺の目はもう死んでいるからだ。こんな顔を、純粋で優しい人には見せたくない。
「それでは、始めます。」
スゥ...。
僧衣が擦れる音が聴こえる。
手を合わせ、祈りはじめる聖女セレス。
次第に、魔法陣が黄金色に輝き始める。
その神々しい輝きは、まさに今、神がこの場を見ているという確かな気配を感じさせるものだった。
「天におられる我らが神よ。どうか彼の者に蘇生の祝福を。」
聖女セレスが祈りを終えた途端、輝きを増す魔法陣とクリスタル。
その輝きは、大聖堂全てを飲み込むほどだった。
良かった.....。
これで俺はやり直せる。いや、ここから始めることができる。
やがて、祝福を感じさせるような優しい光りの眩さが収まり、雨の音が響いた。
「一体どういうことだ!」
「こんな...聞いた事がないぞ!」
「恐ろしい!やはり魔族の者か!?」
「人外に他ならん!」
周りに居た衛兵達が突然声を上げる。
キョトンとした表情で、騒ぐ者達を見渡す聖女セレス。
「...え?失敗したのか?」
俺は、大聖堂で初めて声を発した。