第1話 秘密
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第1話 秘密
俺の名前はミコト。聖都グラディウスの領内で育った。
この世界では、セーブの儀式を行い“聖なる紋章”を神から授かることで、どこで命を落としたとしても、最後にセーブを行った教会の最も近くにあるロード地点で蘇生し、やり直す事ができるんだ。
もちろん、寿命は存在する。
簡単に言えば、人は寿命以外で死ぬことはない。
ただ、どうやら唯一俺だけは“聖なる紋章”を神から授かる事ができなかったようだ。
俺の持つ特異性に最初に気がついたのは、草原に捨てられていた赤子の俺を拾い、女手一つで育ててくれた最愛の母だった。
「おかあさん!夕方なのにお星様が見えるよ!きれい~。聖女様みたいだね!」
教会からの帰り道、まだ幼かった頃の俺は、母と共に夕焼けを見ながら無邪気に笑っていた。
教会で祈り、セーブの儀式を行うと、生まれ持った“初期刻印”に上書きされる形で、セーブが完了した事を表す“聖なる紋章”を授かることができるのだが、俺にはそれが浮き出てこなかった。
ちなみに“初期刻印”の状態で命を落とすと、生まれた場所がロード地点になる。
だが、俺にはそもそも“初期刻印”さえ無かった。
「そうね。」
母は、愛と悲しみが入り混じったような表情で、当時の俺を優しく抱きしめてくれた。
共に暮す日々の中、俺の持つ特異性、いわば呪については、どんなに身近な人間であろうと、母は誰にも打ち明ける事はなかった。
前例が全く存在しない現象であるため、そもそも疑われる事すらなく、秘密は容易に隠し通せたのだろう。
母がなぜ悲しそうな顔で俺を抱きしめているのか。
よく分からなかったが、なんとなく迷惑をかけているような気がして、そのとき発した言葉を俺は覚えている。
「ごめんなさい...。」
「どうして謝るの?大丈夫よ。ミコトはお母さんが必ず守るわ。」
母は優しく言葉を返した。
10年後、聖都グラディウスの中心街にある聖騎士育成学校に通う事になった俺は、眠りから目を覚まし、起き上がる前に母と過ごした記憶を思い出していた。
「行ってきます。母さん。」
支度を済ませ、誰も居ない家のリビングに出発を報告し、玄関ドアを閉めた。
1年ほど前、母は俺の持つ呪いについて話してくれた数日後、眠るように亡くなった。
神父様が言うには、どうやら寿命をむかえたらしい。
40代半ばで寿命がおとずれるケースは稀だ。運が悪かったとしか言いようがない。
「ほ~ら水だぞ~。」
母の墓の周囲に植えてある花々に水を与えるのが俺の朝の日課だ。
家は、中心街から遠く離れた草原にあり、自然が豊かで川もある。
生物も豊富で、自給自足の生活に困った事は一度も無い。
「さてと、どれくらいで学校に着くかな。」
走り出し、聖騎士学校での生活について考える。
セーブができない体質を隠しながらの授業、憂鬱だなぁ...。
まぁ悪い事ばかり考えていてもしょうがないな!
不安を誤魔化すように、駆け足で中心街を目指していた俺は、ようやく辿り着いた学校の門前で若い男と不意に衝突してしまった。
「痛って!」
「あ!ごめんなさい!」
咄嗟に謝罪した。同じ制服...同期生だろうか?
「痛えなあ。お前、気をつけろよ!」
前髪をたくしあげ、俺を睨みつけてきた。
「てかなんだ?お前のその髪の色、見たことねえぞ。灰色...魔族みてぇだな。」
「なあおいアイミ、俺様の服に何か着いてねえよなあ?」
男子生徒は、その隣にいたアイミという女子生徒に尋ねた。
「付いてない付いてない(笑)」
「ふ~良かったぁ~!てかアイミ、なんかゴミが付いているぞ...?」
「ちょっと~ギドル様ったらどこ触ってるの~も~!」
なんだこの人達...。
あまりにも威圧的な態度を取られたので、少し気分が悪くはなったが、元はと言えばぶつかってしまった俺が悪い。
「本当にごめんなさい!」
気持ちを抑え、重ねて謝罪をした。あまり関わりたくはないので、この場はとっとと立ち去ろう。
教室に辿り着き、自分の席が窓際の最後尾である事を確認した。これで安心だな。
隠し事があり、あまり目立ちたくはない俺にとっては最高のポジションだ!
それにしても人数が少ないな...。聖都とはいえ、世界的に人口が少ないってのは本当だったんだな。
ガラガラガラ...。
教室のドアが開く音が聴こえた。
「はい皆様、入学おめでとうございます~!」
このお姉さんが担当の教官なのだろうか。どことなく顔立ちが若い頃の母さんに似ているな。
「今期の生徒の担当をする事になりました、マリエルと申します~!」
「ここ聖騎士育成学校は、聖都グラディウスの国民として、必ず通う事になっております~!」
「みんな、仲良くしてくださいね~!」
すごく明るい教官だな...。
「それでは~!さっそくですが、最初の授業に移ります~!」
登校初日、序盤から嫌なこともあったが...まぁ今は忘れよう。学校での初授業、楽しみだ...!
「まず始めに、皆様には一度消滅をしてもらって、ロード地点からやり直す一連の流れを体験してもらいます!」
「「「うおおおおお!」」」
テンションが上がり、生徒達が騒ぎ出した。
ただし俺を除いてだが...。
なんだって...。
最初の授業で、大きな壁に当たってしまった。俺はセーブをした事がないから、もちろんロードも出来ない。一度消滅してしまったら二度と生き返れないのだ。
「お前、何固まってんだ?」
「ははは、笑えるわ~」
「ビビりすぎだっつーの!」
近くの席に座っている生徒達が俺をからかっているようだが、そんな事はどうでも良い。気にする余裕は無い。
ど...どうすれば...!
何の解決策も思い浮かばず、流れに身を任せ、生徒達に付いて行く形で実演広場まで来てしまった。
校舎の側にある教会でセーブの儀式も行った。言わずもがな、俺には全く効果が無い。
体調が悪いとか、隠れて抜け出すとか、色々方法はあるかもしれないが、この学校に入学して最初の授業だ。評価にも響くし、何より目立ちたくはない。
はぁ...俺はこの先もずっとこんな不安を抱えながら生活をするのか...。
パンッ!
マリエル教官が手を叩いた。
「はいそれじゃあ!私があなた達1人1人に強力な魔術を放つ前に!まずは【痛覚遮断】を習得してもらいます~!」
「不安がらないでくださいね!これは、子供でも無条件で覚えられる簡単なスキルです~!」
「まずですね!皆様の“聖なる紋章”に私が手をかざして、スキルを付与します~!」
「それでは順番にやっていきますね~!」
「はい次の子、はい次の子!」
生徒に対し、テンポよくスキルを付与して回り、ついに俺の順番が近づいてきた。
セーブの恩恵を受けられなかった俺には、そもそも“聖なる紋章”が無いので、スキル付与も不可能だ。
「はい次の子!」
「あ、マリエル教官!俺、すでに【痛覚遮断】は習得しています!」
しまった...! バレてしまうのを恐れ、咄嗟に嘘をついてしまった。
「あら~!優秀なのね!上級騎士の家系の子かしら?」
「分かったわ!はい、次の子ね!」
...俺は、嘘をついてしまったことを悔やんだ。
人を騙してやり過ごすなんて、物事を後回しにしているだけで、結局は後々になって大変なことになり、信頼を傷つけるからだ。
全ての事情を話してしまったほうが、今後の自分の為になるのではないだろうか。
それにあの明るいマリエル教官の事だ。何か、上手く対応してくれるかもしれない。
「はーいそれでは【痛覚遮断】を発動してから先生の前にきてください!誰からでも良いですよ~?」
土壇場になり、みな緊張し始めたのか、顔を合わせ戸惑う生徒達。
いや、本当に指名式じゃなくて良かった。真っ先に俺が指名されでもしたら速攻でバレてしまうからな。
「じゃあ俺いきま~す!」
今朝、俺とぶつかった生徒だ。確かギドルだったか?同期生だったのか...はぁ。
「【痛覚遮断】!こうですか?」
「はい!できてます~!自分の頬をつねって確認してみてください!」
「うわマジだ!全然痛くねぇや!面白すぎんだろ!」
痛覚遮断、便利なスキルだな。ただ、痛みを感じないというのはリアリティに欠けていて、人の心の成長を遅らせたりはしないのだろうか。
「効果は10秒くらいなので、さっそく強力な魔術で完全に消滅させます~!」
「了解ッス!いつでも撃ってきて良いッスよ~!」
覚悟を決め「よし来い!」と言わんばかりに構えるギドル。
「あ、消滅後は、校舎の教会の側にあるロード地点に蘇生しますので、復活したらまた実演広場まで来てください~!」
「えいっ!」
ボォォォォオォオオオオオ!!!
何十メートルだろうか。かなり大きな火柱に焼かれ、叫ぶ暇もなく一瞬にして消し炭になるギドル。
肉が焼かれているような、生々しい臭いが鼻をついた。
「う~ん。ちょっと臭いがありますね。火の魔術はやめておきましょう!次の方からは圧死の方向でいきます!」
「「はははは!」」
俺は全然面白くはなかったが、場は一気に笑いに包まれた。
というか、圧死は圧死で血とか色々飛び散ってエグいのではないだろうか...。
「あの...マリエル教官!」
つい、俺は口を開いてしまった。
場の明るいムードが、俺の背中を押したのかもしれない。
早く事情を説明してスッキリしたいという気持ちが、話すなら今しかないと急かしたのだろう。
今の勢いに任せるように、自分の持つ呪いについて、この場で教官に打ち明ける事にした。
「ん?なんでしょうか?えーっと確か、ミコト君かな?」
教官は首を傾けながら、俺の発言を待っている。
「実は俺、セーブをした事がなくて。というかセーブが出来ないんです!」
「さっきはスキルを既に覚えていると嘘を付いてしまいました。ごめんなさい!」
「俺、どうしたら良いでしょうか...!」
スッキリした。正直に話すことで、肩の荷がおりた。
マリエル教官の雰囲気が母さんに似ていたからか、すんなりと話す事ができたのかもしれない。
「ん...?え?どういう事でしょうか。」
マリエル教官の目が急に大きく開いた。
「セーブをした事がない?それどころかセーブができない?」
「ちょっと“聖なる紋章”があるかどうか確認させて頂きますね。」
盛り上がっていた場が、急に静まり返った。
俺に手をかざす教官。
信じられないといった表情でかなり戸惑っているようだが、無理もない。
「あら本当だ、驚いた。紋章が無い。信じられない。」
「今すぐにでも色々聞きたい所だが、う~ん。ここで事情を聞くのもアレだね。」
「ごめんね~みんな~!今日の授業は一旦中止!教室に戻り、指示を待ってね~!」
生徒達に呼びかけるマリエル教官。
「なにあの人...紋章がないってどういうこと?」
「セーブができない?人外って事なのか?」
コソコソと話をする生徒達。
はぁ。こうなったか。
クラスメイト達が、得体の知れない物を見るような目を俺に向けている。
今覚えば、教官と2人きりになれるタイミングで打ち明けたほうがよかったのかもしれない。
いや、タイミングなんて無かった。あのまま黙っていたら、魔法で圧死させられている所だ。
「はいミコト君、こっちに来なさい。」
早足で歩くマリエル教官に腕を引っ張られ、どこかへと連れて行かれる。
まるで、人間の扱いを受けていないような、家畜や奴隷を鎖で牽引するような、例えるならそんな力の入れ具合を感じた。