6.商人のお店で働き始める
「バランさん、こんにちはー。こんな時間にお店来るの珍しいですね、どうしましたか?」
ナプキンを頭に巻いている背の低い少女が、狐のお面のお手入れをしていた。
お面はきっと売り物なのだろう。
商品棚の上にも同じものがいくつか並べられているし。
「お仕事を必要とされる新入生がいらっしゃいまして」
「なるほどー。新入生って、そちらの方ですか?」
「フィーネと言います。お仕事の経験はありません」
「ウチの店で雇うかの最終判断は、パパに聞いてみないとわかんないけどね」
手に持っていた狐のお面を、堂々と商品棚の中央に置いた少女。
くりくりした目が四方八方に動き、身体も何度も方向転換するので、少女の短めな茶髪がふわっと揺れ続けていた。
「もうすぐはじまるお祭りの備品、揃ってますよー」
両手を合わせて声を張り上げると、一部通行人の視線が変わった。
「うむ。何かめぼしいものはないかな?」
――と、ひとり。またひとりと、お店の商品棚に注目しはじめる。
「じゃあ……この狐のお面、ひとつ頼むよ」
「毎度ありがとうございますー」
「こっちもひとつ、お願いね」
「はい。かしこまりましたー」
お客様と対話しはじめた少女は手が離せなくなった。
私、大丈夫かな。前世でも接客業やったことないから不安でしかない。
途端に自信がなくなるフィーネは、肩を落とす。
もし、ここで働くとして、足手まといにならないと良いのだけど……。
「おや? 君は今朝方、馬車でここに連れてきた貴族の――」
顔に見覚えのある中年男性が声を掛けてきた。
「フィーネです。お仕事を探しに寮母さんとここへ来たのですが、こうしてまた会うのは偶然ですかね……」
「何かの縁かな……? まぁ、こっちは是非とも歓迎するよ。きっと娘のコクバも喜んで招き入れてくれるよ」
「パパ、お帰りなさいー。そういえば――って、その方はパパのお知り合いだったの?」
接客を一旦止めるコクバは、フィーネの顔をじっくり見つめる。
「お知り合いというか、ここに来るまでにお世話になっただけであって……名前も知らないですし……」
「俺はマルクだ、よろしくな」
「娘のコクバです。お姉さんがウチで働きたいって話題は、パパの反応をみる限り大丈夫そうだねー」
「はい……よろしくお願いします」
頭を下げるフィーネの顔からは、不安がいつの間にか消えていた。
理想的な仕事かどうかなんてまだわからないけど、ここなら頑張れそう。
「それじゃあ、わたくしは学園に戻りますね。また何か困り事があったらいつでも声を掛けてくださいね」
そう言った寮母は、お店から離れていった。
フィーネは手を振ろうとしたが、お客様がいたのでやめておいた。