3.精霊を呼んでみる
最低限の手荷物、理不尽に大きく揺れる馬車、これからのことを考える余裕なんてなかった。
「お嬢さん、まだ外は冷えるからこれ被っておきなされ……」
フィーネと同伴していたのは、三十代後半くらいの男性商人。いま乗っている馬車も、この中年男性の所有物である。
初対面とはいえ、フィーネを気を遣ってくれたのか、ニワトリ……じゃない、コカトリスをモチーフにした頭が特徴的な白いフードを差し出してきた。
「あっ、ありがとうございます……」
素直にお礼の返事をして、コカトリスのフードを被りこんだ。
ふんわりした生地で出来ていて、とてもぬくぬくする。朝日が昇るまでの寒さは、これでしのげそうだ。
これから向かうのは、王都ハリアにあるレゾナム学園。
フィーネは貴族として、一年間そこで学園生活を送ることになる。
学費や生活費は流石にキャルディン家の両親が出すだろうが、後から請求されても困らないように働く場所も考えていかなくてはいけない気がする……。
卒業後のことはまだ頭にないが、キャルディン家の実家に戻る気力がわかなさそうなので、独立して自由に生きる道でも考えておこうかな。
王都ハリアには、お昼過ぎた辺りに到着する予定だから、深くは考え込むことは出来なさそうだが妄想が膨らむ。
「ここらで一旦休憩しようか」
男性商人のひと声で、馬車が止まった。
一瞬、静まり返り、川の音が流れているのが聞こえてきた。
「この辺りには自生している植物とか、よく取れるんでね。ちょっと探索に出かけるから、馬車から離れすぎないところでゆっくりしてな」
――とだけ言ってきた男性商人は、馬車から降りて草むらの中に入っていく。
フィーネは、このまま馬車の中で寝る……には、ちょっと暇をしそうなので一旦降りることにした。
最低限の手荷物のなかにこっそり紛れこませていた、一冊の魔道書を手に持って。
「いろんな魔方陣が描かれているね」
パラパラとめくって中身を確認する。他の冒険者とかですらひと目がつかなさそうな時間帯であり、男性商人の目も今ならない絶好の機会。
せっかくだし、座学なしでも使えそうな魔法を試し撃ちしてみたい。
そうだ。ファンタジーの世界にいるのだから、精霊でも呼んでみようかしら。
まず頭の中で精霊の姿をイメージをして……。
――うーん、難しい。魔法を唱えていないので、当然何も出てこない。
フィーネは手に持っている本を一旦閉じた。
いったん整理しなおしてから再挑戦してみよう。
そう思った矢先。
……精霊、AIアリスを起動します。
一瞬、何か機械のような言葉が聞こえたような。
ブロロロロロロ――。
「きゃあああああーっ!」
突如、突風が吹き荒れる。フィーネは飛ばされないように、必死にフードを下方向に押さえ込んだ。
川の水が空中に渦巻き、やがて徐々に風は和らいでいく。
「インストール……インストール……。フィーネさま、はじめまして」
水色のショートヘアに、青色セーラー服を着た、フィーネと同じくらいの体格をしている美少女が、川岸に立っていた。
頭部にはセーラー服と同じ色合いのリボンを付けており、どことなく愛らしさが出ていた。
「こちらこそ、はじめまして…………えっと、名前とかあるのかな?」
「私はアリス・リーゼエッタ。フィーネさまをお助けする為に呼ばれた精霊でございます」