明星の姿
大親家の近く、住宅地の道路にて。
大蛇の体を持つ魔族、ジョカとその妹たちの戦いは繰り広げられていた。
普通に考えれば、周辺被害を抑えて戦おうとするだろう。
少なくともジョカぐらいは、周囲への迷惑を考えるはずだ。
だがしかし、そんなことは全くなかった。
六人の魔族は、ド派手にあたりを破壊しながら戦い始めたのである。
「はあああ!」
「だあああ!」
ジョカの妹たちが、爬虫類の突起のような角を光らせる。
すると一瞬あとに、すさまじい閃光が計十二本の角からはなたれた。
収束されたエネルギーは、道路に当たれば大穴を開け、壁に当たれば貫通し、そのまま家屋、内部の人々にも当たっていく。
当然ながら、中に人がいるので大きな騒ぎになる。
「ふん!」
ジョカは己の大きな尻尾を巨大化させ、それを振りぬき周囲を薙ぎ払う。
それによって妹たちと比較にならない周辺被害をもたらすが、それについて彼女はなんの躊躇もない。
そして、実際何もかもが修正されていく。
どれだけものが壊れても、たとえ人が死んだとしても、魔族が行った破壊は修正される。
生活においては面倒なことだが、戦闘をするときには都合がいい。
それこそ魔界で戦う時よりも、ずっと気兼ねなく戦えるのだ。
「やっぱりジョカ姉さんは強いわ……」
「私たち五人がかりでも、勝ち目なんてないわね」
ジョカの妹たちは、五対一でも押されている状況に苦笑いした。
しかし実力差があると知ったうえで待ち構えていたのだ、当然勝算はある。
「でもジョカ姉さんには弱みがある……あの混血の子供よ」
「皇帝陛下の血を継いでいるだけの、人間との混じり物」
「今頃私たちの同志が、その混じり物を殺しているはず……」
「皇帝陛下にとっては、唯一の希望。もしものことがあれば、責任者である姉さんに罰が下るでしょうねえ」
「私たちに構っている場合なのかしら? 急がないとまずいんじゃないの? ああ、でも……姉さんが逃げれば私たちは追いかけるでしょうねえ……?」
下衆な笑みを浮かべる、ジョカの妹たち。
彼女たちは最初から、時間稼ぎに徹するつもりなのだ。
勝つことができなくても、負けないように立ち回ることはできる。
そしてそれは、実際成功していた。
「……貴方たち、落ちたものね」
ほくそ笑む妹たちを見て、ジョカは呆れていた。
少女だった時の妹たち、皇帝の孫たちへ嫁ぐときの妹たち。
そのときとは、似ても似つかない醜さだった。
後宮での生活が彼女たちを変えたのか、最初からこうだったのか。
いずれにせよ、今の彼女たちにはおぞましささえ感じる。
「落ちた? それはお姉さまじゃないの?」
「嫁ぐのではなく、立身出世を目指す。真似したいとは思わなかったけど、尊敬していたのに」
「結局お姉さまも、皇太子の妻っていう餌には勝てなかったのね」
「それを私たちに譲ってくれれば、こんなことにならなかったのに……」
「はあ……がっかりだわ!」
(まあ、そう思われても仕方ないわねえ)
その一方で、ジョカもまた客観視ができていた。
彼女自身にその気がなくとも、周囲からそう思われても仕方がない。
彼女は弁解をせず、そのことについて引っ張るのを辞めた。
「正直に言えば、妹である貴方たちと戦うのは気が引けたのよ」
そして、表情が変わる。
呆れを通り越して、無感情に変わった。
「でももういいわ……覚悟ができた。いえ……貴方たちへの愛が冷めた、というところかしら」
ごう、とジョカの胸の核が輝いた。
今までも光っていたが、その勢いが増したのである。
それと共に、彼女の尾も長く、太く伸びていく。
「ぶっ殺す」
残酷極まる発言と共に、彼女の体が跳ねた。
巨体となった彼女の尾は、それが消えるような加速と共に、五人の姉妹をまとめて捕らえた。
それこそ蛇が獲物を絞めるように、五人をそろって拘束したのである。
「あ……え?」
「本気を出せばこんなものよ……『核』の差を甘く見たわね」
一瞬の出来事のため、五人の姉妹は反応もできなかった。
何とか逃れようと五人そろって核と尾に力を籠めるが、まるで抜け出せる気がしない。
「残念だわ……妹を全員殺すことになるなんて……」
五人は時間稼ぎができている、と思っていた。
実際できてはいたが、それは彼女たちの戦術によるものではなく、妹を殺すことに躊躇していただけである。
その気になってしまえば、時間稼ぎもへったくれもなかった。
そして……もう勝てないとわかっている状況では、妹たちの反骨心も一気に冷める。
「ま、待って、姉さま! 私たち……いえ、私は間違っていたわ! 他の姉妹に合わせて、こんなことを……!」
「ちょっと待ちなさいよ! 何をアンタだけ助かろうと……」
「ジョカお姉さま! 私思うのだけど、私たちに構うよりも半端者……じゃ、なかった、皇太子殿下をお助けに行くべきでは?」
「そ、そうよ! 私たち、もう降参するわ! もう絶対、お姉さまに逆らわない!」
「今までお姉さまに助けてもらった分、私たちがお姉さまを助けるわ!」
文字通りの意味で、力の差を体感している五人。
彼女たちは自分だけでも助かろうと、必死で媚びを売る。
それに対して、ジョカは酷薄なままだった。
「ねえ、貴方たち。私がなにを一番怒っているのか、当てられる?」
当てたら助けてあげる、などとは言っていない。ただ聞いただけだ。
だが五人の妹たちは、助かる可能性にすがるしかない。
「お、お姉さまに逆らったことよ!」
「いいえ! 皇太子殿下暗殺を手伝ったことだわ!」
「お姉さまや皇太子殿下を、侮辱したことよね?!」
「五人で襲ったことかしら?!」
「妻の座を譲れっていったこと?!」
五人はそれぞれ、追い詰められた頭で必死に回答をひねり出す。
全員ちっとも悪いと思っていないが、怒っていそうな理由はいくらでも思いついた。
それに対して、ジョカは全く表情を変えない。
「じゃあ教えてあげるわ、私が怒っているのはね……」
そして、締め付ける力を強くしていく。
それはくるみ割り人形がクルミを割るように、ビキビキと五人の体を粉砕していく。
そうなれば、もはや声を出すこともできない。
「ここまでのことをして、謝れば助かると思っているところよ」
ジョカはそのまま、五人の体を潰した。
胸にある絶対の急所、核さえもしっかりと、念入りに。
五人の妹たちは、断末魔の叫びをあげることもできず、つぶれて死んでいった。
「せめて、決死の覚悟があればね……まったく、舐められたものだわ」
そう、舐めていた、侮っていた。
それがそもそもの問題だ。
「私ごときが、明星様の心配をする? まったく……見当違いも甚だしい」
彼女は決して焦ることなく、にょろにょろと公園へ向かって歩いていく。
その背後にはつぶれた五人分の死体があったのだが……それはやがて、何もなかったかのように消えていった。
人間界で死んだ魔族は、骨さえも残らないのである。
※
魔族の急所は、胸の核である。そこさえ無事なら、死ぬことはない。
だが胸の核が砕かれれば、他のどの部位が無事でも、絶対に助からない。
よって、魔族にとって相手の胸を消し飛ばすというのは……人間でいうところの、脳を砕くとか、首を落とす行為に等しい。
「一応、魔族との混血ではあったようね」
胸が消し飛ばされた明星の体を観察して、タナスはそういった。
「もしも純粋な人間なら、魔族の攻撃で体が吹き飛んでも、時間を置けば修正される。何事も起きなかったかのように、攻撃されたことさえ忘れるわ。でもそうなっていないということは、一応魔族ではあったということ。半端なり、混血なりにね」
魔族なら抵抗できた、人間なら死ぬことはなかった。
魔族でもない、人間でもない。どちらでもないからこそ、明星はあっさりと倒れていた。
その姿を見て、フォライは涙を流す。
「タナス姉さん……なんてことを!」
今までにないほど反抗的な目で、フォライはタナスをにらんでいた。
その眼には、憎悪さえ宿っている。
「この人は……この方は! こんな落ちこぼれの私にも優しくしてくださったのに……慈悲深く、素晴らしい人だったのに!」
自分が傷つけられることは、まだ我慢できる。
どうせ治るのだ、少し痛いだけだ。
だが自分を気遣ってくれた人を殺した、それは到底許せない。
あまりにも、一線を超えすぎている。
「何かしら、その反抗的な目は」
しかしその憎悪は、余りにも無意味だ。
フォライとタナスでは、戦闘能力において差がありすぎる。
だからこそ、タナスはただ苛立った。そこには恐怖も怒りもない、害虫がこちらに寄ってきた程度の不快さしかない。
「まったく……『皇太子殿下』の妻になれると考えて、思い上がったのかしら? 貴方は身の程を弁えていたけど、それさえ忘れたのね」
そう、不快だった。
はっきり言えば、その感情だけで彼女は行動している。
「貴方みたいな核の小さい分際にできることなんて……身の程弁えて、縮こまることだけだというのに」
タナスは憎悪を向けてくるフォライが、しかし意識に登らない。
彼女の脳内では、少し前に言われた言葉が反響している。
『聞いたか、皇帝陛下のお孫様が、人間界で見つかったらしい!』
『そのうえ、もう一度後宮を作るとか……女子を集めているらしいぞ』
『……どうしたタナス、その顔は。まさかお前、自分が行くとか言うまいな?』
『お前はルクス様に生涯の愛を誓ったのだろう! ルクス様が亡くなったからといって、他の皇子に……皇太子殿下の妻になるなどありえない!』
『我が一族で未婚と言えば……あ、あ、ああ……なんだ、タナスの妹の……』
『フォライだな。他にいないのなら、仕方ない。フォライを嫁がせよう』
『いやあ、わからないものだ。我が一族で一番核の小さいフォライが、皇太子殿下の妻になるとはなあ』
フォライにしても、聞いていて楽しいことではなかった。
だがタナスにしても、不愉快なことだった。
確かにタナスは、皇帝の孫の一人、ルクスという男に嫁いでいた。
一族全員が彼女を推した、一族の期待を彼女は背負っていた。
だがルクスは死んだ。他の皇帝の血族と同様に、身内の争いで死んだのだ。
その結果、フォライが皇太子の妻になるという、彼女にしてみれば許容できない理不尽が起きたのだ。
「私はね……天才なのよ!」
彼女は自分の胸、胸部の核を誇らしげにアピールした。
「その私が死んだ男の墓を一生守るはめになったのに……貴方は皇帝の妻?! ありえない!」
そして、自分より大きく劣る妹をにらむ。
「貴方は劣っているの! その貴方は、幸せになったらいけないの! ましてや、私よりも幸せになるなんてありえない!」
「タナス姉さま……それは構いません。でも、なぜ明星様を……」
「同じでしょうが!」
一族の誰もが、タナスは優れていると言っていた。
一族の誰もが、彼女の未来を信じていた。
だから彼女も、そう思っていた。
「半端者と小者が結婚するだけならまだしも……皇帝とその妻になる?! あってはならない!」
「……!」
侮辱の限りを尽くすタナス。
その彼女に対して、フォライはにらむことしかできない。
「そこまでだ……!」
だが、反論するものが起き上がった。
「お前は、もう、黙れ!」
胸に大きな穴が開いていたはずの男、吉備明星。
彼は怒りに燃えながら立ち上がる。
それを見て、フォライもタナスも目を見開いていた。
「明星様?! ご無事なのですか?!」
「な、なんで?! どれだけ核が小さいとしても、胸を吹き飛ばされれば助からないはずなのに……!」
じつは当たっていなかった、ということはない。
明星が着ていたデートの勝負服には、正面にも背中にも大きな穴が開いている。
タナスの攻撃が明星の体を貫通した証明だった。
だがその破れた服の内側には、健在な胴体がある。
筋肉に覆われた、健康極まる男の体が見えている。
そして、そこに魔族の核は見えない。あくまでも、人間の男性の胸板があるだけだった。
「……俺の核が、小さい? それは誰に聞いた? 少なくとも俺は、そんなことを言った覚えはない!」
明星は、目を見開いた。
そしてあらんかぎりの力を込めて、両手の掌を胸に向ける。
(父さん……!)
自分の中の、父親から受け継いだ部分。
魔界統一皇帝の、その血統に力を籠める。
すると、明星の胸が輝いた。
そこになかったはずの、魔族の核が光とともに現れる。
その光の強さに、その大きさに、タナスもフォライも目を奪われた。
「……ルクス様」
「皇帝陛下……!」
タナスは夫だった男を、フォライは一度会った皇帝の姿を思い出した。
明星の胸に輝く、惑星のごとき文様の巨大な核。
それはまさしく、魔界統一皇帝ルキフェルと同一であった。
「おおおおお!」
核の出現に応えるように、明星の頭部から角が、背中から翼が、臀部からしっぽが。
それぞれ、ルキフェルと全く同じ、金属製の雄々しき部位が出現する。
そしてそれらは、若き瑞々しさにあふれていた。
「……そんな!」
半端者と見下していた明星が、その実自分よりも巨大な、皇帝と同じ核を持っていた。
その事実に、彼女は自信を一気に喪失する。
こんなことは、あってはならないことだ。だが実際、そうなっている。
魔界統一皇帝、ルキフェル。
彼がなぜ魔界を統一できたのかと言えば、単純に彼が強かったことがある。
だがそれだけではない、彼の子供が、孫が、彼の血を継ぐ誰もが同じように強かったからだ。
ならば孫の一人である明星が、ルキフェルと同じだけ強かったとしても全く不思議ではない。
「……フォライさん、ありがとう。俺のことを、気遣ってくれて」
「え?」
魔族の姿を顕にした明星。その雄姿に見惚れていたフォライは、話しかけられたことで我に返った。
「俺の核とか角とかが小さいかもしれない、それを言ったら傷つけるかもしれないと思って、いろいろ気を使ってくれたよね」
「……そ、その、失礼をしました!」
「いいんだ、最初に見せておけばよかったんだ」
我に返ったフォライは、思わずときめいた。
どんな魔族の女もときめくような、男の中の男となった明星。
その彼が、自分を気遣ってくれている。自分に敬意をもって、優しく接してくれている。
「でもいいんだ。俺は誰から何を言われても、そんなに気にしない」
確固たる意志を持って、明星はタナスをにらむ。
その威圧に、タナスは腰を抜かしかけた。
「……俺は頭の出来が良くないけど、それでも憶えていることがある。笑われるかもしれないけど、信じてくれないかもしれないけど、俺には父さんと母さんの思い出があるんだ」
魔界統一皇帝、その孫に敵視されている。
力の差が歴然としているからこそ、抵抗する気も起きなかった。
「まだ俺が、母さんのおなかの中にいた時……父さんと母さんが、話しかけてくれたことを、なんとなく憶えている。父さんと母さんが、俺をおじさんとおばさんに預ける時、最後に抱きしめてくれたことを憶えている」
明星が何を言っているのか、頭に入ってこない。
「それだけじゃない。おじさんとおばさんが、俺を育ててくれたことを憶えている。安寿と志夫と同じぐらい、愛してくれたと憶えている。安寿と志夫が、俺のことを兄弟だと思ってくれていたことを憶えている」
そして明星自身、タナスをにらむ一方で、あくまでもフォライに話していた。
「だから俺は! 初めて会った人に否定されても、傷ついたりしない! そんなことで、俺は自分を否定しない!」
彼は、自分がなぜ怒っているのか、それをフォライに伝えているのだ。
「だけど……君が傷ついたことは許せない!」
「明星様……」
「タナスとか言ったな……今すぐフォライさんに謝るんだ!」
そしてそれを、タナスも感じ取った。
そう、目の前の男、男の中の男、皇帝唯一の孫、吉備明星。
たくましい角と翼、尾と核。それを持った彼と、フォライは結ばれるのだ。
「酷いことを言ってごめんなさいってな!」
そんなこと、彼女は許容できなかった。
「誰が……誰が謝るものですか!」
フォライは下だ、下でなければならない。
そうでないと、自分がみじめでたまらない。
「フォライは……不幸で惨めじゃないとダメなのよ!」
タナスは翼をはためかせ、衝撃波を放った。
それは明星とフォライを、まとめて吹き飛ばす攻撃だった。
「そうかよ……!」
それを、明星は体を張って止める。
魔族となった彼の体には、そんなものは通じない。
背後にいるフォライには、そよ風ほどしか届かない。
「お前とは……仲良くなれそうにないな!」
飛び出した明星は、拳を振りかぶる。
圧倒的な速度をもって接近し、タナスを思いっきり殴っていた。
(な?!)
顔面を殴られたタナスは、まるでボールのように吹き飛んだ。
いや、車に撥ね飛ばされたかのように、だろう。勢いよく吹き飛んで、そのまま公園の地面に転がっていく。
「な……殴られたの?」
顔面が変形するほど殴られたタナスは、自分が『殴られた』ということに驚いていた。
「こ、こいつ……」
彼女は屈辱に震えた、というわけではない。
彼女はむしろ、不可解さに困惑したのだ。
(こいつ、やっぱり半端者だ!)
魔族の核は、力を生み出す。
そしてそれは、角や翼、尾に込めることで効果を発揮する。
よって魔族が魔族として戦うのなら、手や足で攻撃することはまずない。
明星は魔界統一皇帝と同じ姿、同じ力を得たが、その使い方が分かっていないのだ。
魔族の体になったのに、人間と同じ戦い方をしているのだ。
(これなら、勝てる……殺せる!)
彼女は勝利を確信した笑みと共に、核を光り輝かせる。
それは明星の胸に輝く核に比べて、光も大きさも大きく劣るが、正しい使われ方をしていた。
核の力を、角、翼、尻尾。それらすべてに供給し、すべての力を増幅させる。
それは彼女をして、否、魔族の最大にして最強の一撃。
(この一撃で、この半端者と身の程知らずを……まとめて殺す!)
核の力を尻尾に込めれば、尻尾は強く、大きくなる。
核の力を翼に込めれば、拡散する衝撃波、全体を守るバリアを展開できる。
核の力を角に込めれば、角から収束された熱閃を放つことや、角そのものに破壊力を宿らせることができる。
ならば魔族最強の一撃は……。
(尻尾で地面から跳び! 翼で軌道を調整し! 角で突撃する!)
つまりは、頭突き。
核から発せられる力を最大に発揮する、最強の一撃。
すなわち、衝角突撃である。
「なんだ……?」
当然ながら、明星はそれを知らない。
ロケットスタートのような姿勢、ラムアタックの準備に入ったタナスに、明星は警戒をするものの何をしていいのかわからない。
そしてその混乱を狙うように、タナスは突撃を仕掛けた。
「はああああああ!」
それは、まさにロケットだった。
最大に強化された尻尾が地面を吹き飛ばし、その反動で地面と平行にタナスは突撃する。
牛のような形の角が激しく熱を帯び、肥大化し、明星の核を打ち抜かんと肉薄する。
「!」
明星は、とっさだった。
遠間から頭突きしてくるなんて思ってもいなかった彼は、考える暇もなくとっさにその角を両手でつかもうとする。
(バカが! せっかくの核が、持ち腐れだな!)
もしも明星が自分の体の使い方を、魔族の戦い方を知っていれば、タナスなど相手ではなかっただろう。
だが明星はあくまでも人間の延長として、手で対応しようとしてしまった。
いくら再生できるとしても、腕の力でラムアタックを止めるのは無謀である。
人間の格闘技で言えば、全体重を込めた正拳突きを、小指一本で止めるようなものだった。
「おおおお……おおおお!」
明星は、そんなことを知らなかった。
尻尾で地面に踏ん張ろうとせず、翼でバリアを張ろうとせず、あくまでも足だけで踏ん張り、手だけで受け止めていた。
フォライはただ、身をかがめて震えることしかできない。
そして……フォライは突撃が終わったこと、自分が無事であることを認識して、何が起きたのかを見ようとした。
「……そんな」
守られた、フォライをして信じられなかった。
タナスの最大最強の一撃を、その二本の角を、明星は腕力でつかみとどめたのである。
「ば、バカな……!」
ましてや、受け止められたタナスの心中や、いかに。
「よくわからねえが……俺を殺したいって気持ちは、しっかり伝わったぜ!」
タナスの角をつかんだ明星は、そのまま両腕に力を籠める。
相手を固定しようとするのではない、つかんでいる角をへし折ろうとし始めたのだ。
「あ、あ、あ……!」
「だりゃあ!」
ぼきい、と鈍い音を立てて、タナスの立派な角はへし折られた。
彼女の自慢だった、誰もが羨んだ、最高のステータスが喪失したのだ。
「あ、ああああああ!」
それは当然ながら、すさまじい激痛だった。
魔族にとって、角は核に次ぐ重要部位。そこを喪失すれば、死なないまでも再生できない。
それは致命傷に次ぐ甚大な傷みを意味し、人間でいえば手足の粉砕骨折に等しかった。
「ふぅ……」
それをした明星は、一息を付いた。
極めて非効率的な戦い方をした……それに気づいてもいない彼は、倒した彼女を見下している。
「どうやら本当に、そこは再生しないんだな……」
「あ、あが……よ、よくも私の角を……!」
泣きながらもだえるタナスの姿を見て、明星も少しは罪悪感を憶える。
だがしかし、自分は殺されかけたのだ。罪悪感と言っても、後悔するほどではない。
「半端者の分際で……!」
「いや、だから……それは罵倒にならないぞ。俺にとって、半端であることは当たり前だ。それを言われても、正直全然傷つかない」
改めて、明星は胸を叩いた。
そこには巨大な核があるが、明星は決してその核を誇示しているのではない。
「父さんと母さんは、俺がこういう生き物に生まれると知ったうえで、俺を生んでくれた。おじさんもおばさんも、俺がこういう生き物だと知ったうえで育ててくれた。だから、半端であることに引け目は感じない」
「……そんなお前が、魔界統一皇帝になるだと?」
涙を流しながら、タナスは呪いの言葉を吐いた。
自分を見下ろしている男に、少しでも傷を刻むために。
「どうせお前など……間に合わせとして適当に選ばれただけだ! もしもお前以外に血族が見つかれば……純粋な魔族が見つかれば、お前などお払い箱だ!」
「別にいいよ、そんななりたいわけでもないし。それにそっちの方が、きっといいはずだ」
この言葉に、タナスもフォライも耳を疑った。
皇帝の血を継ぐ者たちでさえ、狂うほどに渇望した地位。
それを彼は、いらないと言ったのだ。
文化や価値観の違いに打ちのめされたのは、むしろタナスの方だった。
「俺が魔界統一皇帝の座を継ぐと決めたのは、ルキフェルさんが俺に頼んできたからだ。あの人がもういいって言うんなら、それで別に……」
「頼んだ? あの方が? 魔界統一皇帝陛下が、お前ごときに礼をとった?」
タナスは、強がりを込めて嘲笑する。
「そんなものは、演技だ演技! 誰もお前なぞに、心底から敬意を向けるわけがない!」
「それもお互い様だ。俺だってあの人に、心底の敬意なんて向けてない」
角を折られた激痛の中では、嘲笑するにも力がいる。
だがその力は、まったく無意味だった。
「初めて会った同士で、心底の敬意なんて交わせるかよ。上辺だけでも十分だろ? 少なくとも俺は、それで十分だ」
一瞬、目を閉じる。
今の自分と同じ角や翼、尻尾、核を持つ『血縁上の祖父』を。
「あの人は、俺だけじゃない。俺を育ててくれた、おじさんやおばさんにも敬意を払ってくれた。あの人は誰に敬意を払うのか、わかっている人だ。だから俺は……力を貸してもいい気分になったんだ」
明星はそこまで言って、倒れていたフォライに手を差し伸べる、
腰を抜かしていたフォライは、びくびくしながらも、その手をつかんだ。
雄々しく、力強い、皇帝の血族の手だった。
「この子もそうだ……俺のことなんか全然知らないのに、俺が傷つくんじゃないかって気を使ってくれた。これから先どうなるのかわからないけど……仲良くできるって思ったんだ」
「明星様……」
優しく、温かく、明星はフォライを抱き寄せる。
フォライはその優しさに感動しながら、自分の体重を預けていた。
そしてタナスは、それを見た。
そこでようやく、彼女の心が折れた。
「あ、あああああああああああああ!」
タナスは下に見ていた妹の幸せを直視して、子供のように泣き叫んでいた。