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足を引っ張ってくる者たち

 公園を去ったジョカは、にょろにょろと大親家に向かった。

 そして少し遅くなることと、自分が一緒なのでめったなことにならないといった。

 もしもの時は、むしろフォライの味方になる、とまで言って。

 それを伝えたところ、友一や志夫はにやにやと笑い……桜と安寿は『じゃあすぐに戻ってくださいね』とお願いしてきた。


 住宅地から公園へ戻る道で、彼女は上機嫌に笑っていた。

 フォライと明星の相性が思いのほかよく、うまくかみ合っている感じがするのだ。

 これなら相互的に少しずつ積極的になっていくかもしれない。

 動き出しが快調なら、妙なトラウマを残さずに済む。


 そう思えばこそ、彼女は笑っていた。

 既に夕暮れ時、公園につく頃にはいい時間だろう。

 そんな予定を組んでいた彼女だったが……。


「……」


 唐突に、表情が硬くなった。

 コンクリートの道をうねっていた蛇の尾を、唐突に止めた。


「こんなところで会うなんて……奇遇ね、とでも言おうかしら。ああでも、待ち構えていたというべきかしらね」


 今までにないほど真剣な表情で、交差点から現れた魔族たちをにらむ。

 その数はおよそ五人ほど、全員がジョカと同じ蛇の下半身を持ってた。


「ええ、そうよジョカ姉さん。少し話したいことがあってね」

「聞いた時は驚いたよ……姉さんが今更皇帝陛下からの招集に応じて、後宮に入るなんてね」


「仕方ないでしょう? こういう状況になれば、私に他の選択肢なんてないわ」


 そう、見るからに明らかだが、彼ら五人はジョカの妹である。

 妹なのだから当然だが、全員が彼女の年下であり……同時に既婚者でもあった。

 既にだった、であるが。


「……姉さん、一応聞くわ。辞退するつもりとか、私たちに譲る気は?」

「あるわけないでしょう。そもそも貴方たちは、もうすでに結婚したはず。それで結婚した相手がお亡くなりになったからと言って、すぐに次を探すなんて……尻が軽いと言われるわ」


 彼女たち五人は、未亡人だった。夫に先立たれた身なのである。

 それ自体はとても悲しいことだが、これから結婚しようという姉に夫を譲れ、というのは尻が軽いどころではない。


「なんでよ、姉さん。ジョカ姉さんは、今までずっと、どんなお願いでも聞いてくれたじゃない!」

「限度があるわ。そもそも私がどうこうできる立場じゃないし……貴方たちもいい加減、自分の行動に責任を持ちなさい」


 ジョカの妹たちは、全員が皇帝の一族に嫁いだのだ。

 つまり明星の従兄弟に当たる、皇帝の孫たちの一人と結婚し、後宮入りしたのだ。

 そして……明星以外全員死んだ、という結果に巻き込まれたのである。


「……そう、驚いたわ。ジョカ姉さんに、皇帝の寵愛を求める欲があったなんてね」

「違うわよ。皇帝陛下の血筋を残すため、争いのない後宮を作るためよ」

「そんなの……ただの上辺、奇麗ごとじゃない!」


 ジョカの妹たちの顔は、まさに悪そのものだった。

 自分さえよければそれでいい、そんな顔をしている。

 自分の邪魔をする者は、誰でも悪であると断じる顔をしていた。


「正直に言いなさいよ、姉さん! 姉さんだって皇帝の妻になりたいんでしょう?! そして次の皇帝の母になって、絶対的な権力が欲しいんでしょう?!」

「そうよそうよ! こうなると読んでいて、それで私たちに順番を譲って、ほくそ笑んでいたんでしょう?!」

「皇帝の妻になるためなら、半端者にも尻尾を振るの?! それでもいいの?!」


 もう何が何だか、という雰囲気だった。

 魔族ゆえに大きな声を出しても、誰も気付かない。

 だがそれでも、同じ魔族であるジョカは辟易していた。


「品がないわね……貴方たちを少し甘やかしすぎたのかしら」


 明星以外の一族が全員死んだことに、彼女たちが絡んでいるとは思わない。

 だがしかし、以前の後宮の悪しき風習に染まっていることは事実だった。

 あるいは、最初からこうだったのかもしれない。


「譲る気がないのなら……仕方ないわね」

「ええ、もう私たちにチャンスがないのなら……せめて、姉さんにも負けてもらうわ」


 五人の妹たちは、胸元の核を光らせながら前に進む。

 魔族にとって、戦闘態勢に入ったことを意味していた。


「私たちの仲間が、最後の生き残りへ襲撃をかけているわ」

「もしも姉さんが私たちに協力してくれるなら、それを止めてもよかったのだけどね」

「もう遅いわ……私たちを全員倒しても、もう姉さんは間に合わない」


 彼女たちは、五人いる。

 そのうえで勝つつもりはなく、時間稼ぎに専念するつもりのようだ。

 あくまでも足止めであり、ジョカを明星の元へ行かせないつもりである。


「……馬鹿ね、本当に馬鹿ね」


 自分が不幸になるのなら、全員不幸になってしまえ。

 そんな浅はかすぎる欲求に身を委ねた妹たちを、彼女はただ憐れむ。

 そして……見下した。


「いいわ……姉として、せめてもの情けをかけてあげる」


 ジョカもまた、胸元の核を輝かせた。

 それは妹たちよりも大きく、激しく光っている。

 それがそのまま、彼女の格を示していた。



 日が暮れる前は人の多かった公園も、だんだんと日が暮れていく中で人が減っていく。

 これが本当に星空の奇麗な公園なら人が残っていたかもしれないが、そんなこともないのですぐに人は減っていった。


(いいなあ……)


 しみじみと、明星は浸っていた。

 隣に女の子がいて、一緒に星空を待っている。

 だんだん日が暮れていくことも含めて、『いい』であった。


 やや女子的な言い回しをすれば、「ロマンチック」な状況だった。

 華やかでも18禁でもなく、それこそ中学生や小学生が憧れるようなシチュエーション。

 じれったいようでいて、ちょっとワクワクする。そんな甘酸っぱい時間だった。


 ちらりと隣のフォライを見れば、同じような雰囲気を出している。

 ただ星空を待つだけなので、何も言う必要はない。だからこそ、沈黙も悪くない。

 話さなければ、という焦燥がなかった。


「あ、あの……皇太子殿下……」

「ん? な、何かな?」

「よ、よろしければ……このショクパンノミをどうぞ……」


 さきほどジョカが置いていったお弁当。明星の分としておにぎりが二つ入っており、フォライの分として蒸された木の実が三つ入っていた。

 その木の実がショクパンノミというのだろう。

 そのうちの二つをフォライは食べたが、三つ目には手を付けていなかった。


「その……先ほどの……皇太子殿下の御食べになった……」

「おにぎりだ」

「ああ、オニギリが二つでは足りないのではと……」


 その時、明星に何かが走った。


 自分のおにぎりが二つで、フォライの分が三つなのか。

 てっきり中身がスカスカで三つじゃないと足りないのではと思ったが、実際にはこの状況を想定してのもの。


(ジョカさんの気づかい……イイ!)


 会話のきっかけにするべく、こうしてあえての偏りを残したのだ。


(欲を言えばあ~んをしてほしいところだが……それはまだいいな)


 あらかじめ準備されていたシチュエーション、ジョカの掌の上だとはわかっている。

 だがそれはそれとして、のっかるのは楽しそうだった。


「あの……ご迷惑でしょうか?」

「あ、いや……そんなことないよ、ありがとう」


 ショクパンノミなる物を、明星はフォライから受け取った。

 そしてそれを口に運び、食べてみる。


(……食パンを潰して固めたみたいな感じだ)


 不味いとか食えないとか、ものすごく美味しいとか旨いとかではない。

 穀物だ、主食だ、という感想だった。お弁当形式ならともかく、食卓に並ぶなら何かと一緒に食べるのだろう。


(ジャガバタにしたら美味そうだな……)

「お口にあいませんでしたか?」

「ああ、いや……そんなことないよ。普通においしい」


 明星はちょっとだけ嘘を言った。

 普通に食べられる味だよ、というのが正解である。

 なお、それを言った場合すごく嫌われる模様。


「……魔界ではみんなこれを食べるのか?」

「……そ、そうですね」

「じゃあ父さんもこれを食べてたんだなあ……」

「あ、いえ……ヘレル様はきっと、もっといいものを食べていたのではないかと……」

(米みたいな話だな……)


 改めて、イイ感じだった。

 一気に関係が進展しなくてもいい、臆病なぐらいでちょうどいい。

 こうやって少しずつどうでもいいことを話しながら相手のことを知っていって、尊重し合える関係になれたらどれだけ素晴らしいだろう。


(なんかもう、ジョカさんとこの子だけでいい気がしてきたな……それはそれで火種になるらしいけどなあ……)


 今更ながら、安寿の忠告を思い出す。

 この子のために、何ができるだろうか。

 そう思うと、男としての責任感がわいてくる。

 次期魔界統一皇帝を目指すものではないが、あるいはそれを真剣に目指す動機になりうるものだった。


「……もう、すっかり太陽が沈みましたね」

「あ、ああ……そうだな。もう少ししたら、空も……」


 奥手な二人だが、それでも緊張感は抜けていた。

 人気のなくなった公園で、二人は星空を待つ。

 そして二人は、その時間を共有するのだ。


「ずいぶんと楽しそうね、フォライ」


 だがそこに、水を差すものが現れた。

 普通の人間ではありえないことに、魔族であるフォライのことをしっかりと認識している。

 そしてその声を聴いたフォライは、一気にすくみ上った。


「た……タナス姉さん……!」

「姉さん?」


 明星はフォライの動揺ぶりに驚きながら、乱入者を見た。

 そこにいるのは、確かにフォライと似た女性だった。

 髪の色、体毛の色、角の形、翼の形、尾の形、核の形。

 それらがすべて、フォライと同じに見える。


 だがしかし、角、翼、尾、核。それら四つの『大きさ』だけは、明らかに異なっていた。ジョカほどではないが、フォライよりもかなり大きい。

 ジョカの理論で言えば、彼女はフォライよりも数段強く、えらいということになる。


「まあ貴方みたいな雑魚なら……人間の血が混じった半端者がふさわしいんでしょうね」

「タナス姉さん……皇太子殿下に、そんなことを言うなんて……!」

「皇太子? 誰がその半端者を次期皇帝と認めたのよ」


 タナスは明らかに、明星を見下している。

 明星本人としては、なんとも反論できない理論だった。


(そりゃそうだ……)


 むしろ彼自身こそが、一番実感に乏しい。


「皇帝陛下も、乱心なさったわ。自分の血族が絶えたのなら、他のものを後継者にすればいい。自分の血にこだわった結果……人間界に逃げ出した臆病者が、人間を相手に作った半端者なんかに帝位を託すなんて」

(反論しにくいな……)


 タナスの暴言を、明星は静かに聞いている。

 もしも自分がタナスの立場なら、行動したり発言するかはともかく、内心ではそう思うだろう。


「こんな……角も翼も尾も核も……布に隠れるほど小さいような、人間と区別のつかない男が皇帝なんて……!」

「タナス姉さん! 止めて!」


 泣きながら、フォライは叫んでいた。

 それを見て、明星はむしろフォライに驚く。


(なんで泣くんだ?!)


 明星がバカにされて、フォライが泣く。

 よほど親密になった後ならともかく、二回しか会っていない関係でそうなる意味が分からない。


「タナス姉さん……そうやって、小さいって言われるのは、とてもつらくて悲しいの……私もそうやって、ずっと言われていたから、わかるの……」


 魔族全体を見ても、フォライは各部位が小さい。

 だからこそ彼女は、誰よりも下に見られていたのだろう。

 そんなフォライだからこそ、明星以上に反応してしまったのだ。


「タナス姉さん……酷いことを言わないで!」

「酷いこと? こんなふうに?」

「きゃああああ!」


 タナスは翼をはためかせ、衝撃波を放った。それによって、フォライは大きく吹き飛ぶ。

 あまりのことに、明星は反応できなかった。

 魔族の攻撃云々ではない、こんな簡単に姉が妹を傷つけるとは思わなかったのだ。


「フォライ大丈夫か……?!」


 明星は、倒れているフォライを見て驚いた。

 風にあおられて倒れた、どころではない。

 まるで熱風に焼かれたように、全身から煙が吹き上がっている。


「お、おい、アンタ……妹に何をしてるんだ?!」

「……くだらないわね、弱いのが悪いのよ。まあもっとも……一応は私の妹、純血の魔族。すぐに治るわ」


 タナスの言う通りだった。

 焼け焦がされたフォライだが、見る間に火傷が消えていく。

 苦痛に耐えている顔をしているが、それでも傷は再生していくのだ。

 これは魔族の攻撃が人間界に影響を及ぼさないとかではなく、魔族本来の再生能力である。

 胸元の核がある限り、魔族は死ぬことがない。


「だからって、痛めつけていいことには……!」

「……」


 モラルを説こうとする明星を、タナスは虫でも見るような眼で見ていた。

 汚らしいものを見てしまった、という顔である。


「な、何をするつもり……」

「明星様! 逃げて!」


 タナスが何かをしようとしている。明星にはそれが何なのかわからなかったが、それを察したフォライは叫んでいた。

 タナスのこめかみから生えている二本の角が、熱閃を放ったのである。

 極太のビームともいうべきそれは、明星の胸をくりぬいていた。

 大きな穴が開いた、どころではない。胴体の半分近くが焼失して、その中に有った臓器や骨ごとなくなっていたのだ。


「……!」


 そんな破壊を受ければ、立っていられる道理はない。明星は大きく音を立てて、公園の地面に倒れていた。


「明星様~~~!」


 それを見て、自分が傷ついたこと以上に、フォライは叫んでいたのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 三作目を読ませて頂いています。 みな切り口がオリジナリティが強く楽しく読ませてもらっています。 頑張ってください。 魔王の下僕は本当に秀逸でした。
[一言] 更新お疲れ様です。 いまさっき気づいて最新話まで読み進めました。 面白いですね!
[良い点] 王道や。 [気になる点] 明石さんが、所謂「王道」書いてんの読むと、何か背中がぞわぞわする。 [一言] こんなバカが居るか?と言う思いと、居るなあ・・・と言う思いと。
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