初めてのデート
大親家はそこそこの住宅地にある、二階建ての建物である。
三人の子供にはそれぞれ個室があり、全員にある程度のプライバシーが保証されている。
もちろん普通なら、明星もその部屋の中で着替えるところだろう。
だがしかし、現在の明星は部屋の中ではなく、部屋の外で着替えていた。
具体的には、玄関である。明星は自室に姿見……鏡がないのだ。女子である安寿の部屋にはあるのだが、さすがにそこに入るわけにはいかない。
なので明星は、玄関にある大きめの鏡の前で、部屋から持ってきたいくつかの服を着替えていた。
つまりは……デート前のおめかしである。
「あんたさあ……玄関に入ってくる人がびっくりするでしょ」
「別にいいだろ? ズボンはデニムで決めたし、後は上着だけだし」
なのだから、当然他の家族には見られる。
安寿は鏡の前で一人ファッションショーをしている明星を見て、すっかり呆れていた。
何がどうしようもないのかと言えば、見た目だけなら格好いいところだ。
高校一年生とは思えない高身長に、たくましい体。魔界統一皇帝云々を抜きにして、ヴィジュアルも含めたフィジカルエリート。
そんな彼が、『お嫁さん二号』とデートに行けるのだと、ものすごくワクワクしている。
はっきり言って、ものすごくしょうもない。
「ねえ、明星。アンタがスポーツとかやらなかったのって、混血だって知ってたから?」
「ああ、うん。なんとなく覚えてたんだ、父さんが人間じゃないって」
「人間じゃないから、人間とスポーツするのはズルいって?」
「そうだろ? レギュレーション違反だ、勝っても負けても気分が悪い」
どうでもよさそうに質問をして、どうでもよさそうに質問に答える。
この二人の関係は、混血が明らかになっても崩れない。
「それはまあいいけどさ……アンタ、ダサいよ」
「は?! そんなことはない! 俺は格好いいはずだ! 魔族基準ではわからんけども、俺はいつでもモテモテだった!」
「自分で言うんだ、それ……ま、本当だけどさ」
明星は自分が格好いいといっているが、これは自信過剰ではない。
本当に事実として、格好がいいのだ。
「じゃあどんな女の子も口説き放題じゃん。何で今まで彼女とか作らなかったの?」
「それは……」
「混血だから、じゃないでしょ」
「……まあな」
見抜かれているなあ、と明星は素直に答えた。
ここで『混血だから』とウソをつけばいいが、姉妹に対してはなかなかそれをしにくい。
「あんたさあ、基本的に女子に奥手じゃん。あのフォライちゃんが来るまでは、女子が来てもがっつかないと思ってたのに……」
「俺にだって選ぶ権利はあるぜ! 俺は普通の子がいいんだ、普通の子が! がっついてこない子がいいんだ!」
「まあそれはわかるけどさ……」
ここで思い出すのは、ジョカとフォライだ。
二人ともタイプは真逆だが、がっついてこないという点は共通している。
そういう意味では、明星がこうもワクワクしていることに説明はつく。
「今のアンタ、めちゃくちゃがっついてるよ」
「うう……それを言われると……」
「あの子さ~……多分こう、かわいそうな子だよ。その子に対して、立場の差を利用して、セクハラの限りを尽くすとか……無いよね?」
「し、しないよお~~」
「白々しい」
はあ、と強く息を吐く安寿。
「私は今更、あんたが混血でも全宇宙支配皇帝の子孫でも何でもいいけど」
「なんだよ、全宇宙支配皇帝って……」
「アンタが『お嫁さん』になる人に酷いことするなら……勘当するよ」
「お前親じゃないだろ!」
「じゃあ絶縁で」
安寿は物凄く見下した目線で、自分よりも背が高い明星を見た。
「っていうか、お父さんもお母さんも、きっと同じだよ。二人ともいわないけど……多分そういうことをしたら、家から叩きだす。もう敷居は跨がせない」
「……それは、まあ、そうだと思う」
実父母からお金と一緒に託された養子を、間違いを犯したからと言ってたたき出す。そこには賛否両論があるだろう。
だがしかし、大親家には大親家のルールがある。
「アンタがお嫁さんを連れてくるってことは、アタシたちにとっても家族になるってことでしょ。それであんたが『旦那様』だからって『お嫁さん』をないがしろにするなら……それはもう絶縁ものでしょ」
「……わかってるよ」
吉備明星は、吉備家でも魔界統一皇帝家の人間でもない。大親家の一員である。
「でもまあ……言ってくれたことはありがたいよ。少しは紳士な気分で、初デートを迎えられそうだ」
「そういうことよ……アンタが楽しむことより、相手が楽しいことを大事にね」
大親安寿は、にっこりと笑っていた。
「相手が楽しんでいれば、あんただって楽しいんだから」
※
大親家の近くには、とても広い公園がある。
公園というと、マンションの合間にある、滑り台などが設置された小さいスペースを想像する人もいるだろう。
大親家近くの公園は、そこよりもかなり規模が大きい。凧あげができるのは当然のこと、ちょっとした林さえも内包している、とても広い公園だった。
休日にはたくさんの親子連れが訪れて、ピクニックもするような、そんな大きな公園だった。
他でもない明星自身も、幼いころには安寿や志夫と一緒に、ここで虫取りなどもしていた。
そんな思い出深い公園で、明星は公園のベンチに座っていた。
そしてその隣には、お嫁さん二号であるフォライが座っている。
とても恐縮した様子で、縮こまって座っている。
もちろん魔族である彼女は、容姿が人間離れしている。
そのため周囲の人は『なんだあの人、コスプレか?』となるのだが、すぐに視線を切る。
それこそ印象に残らないかのようだった。
よって彼女は人目に付くから恥ずかしがっているのではなく、隣に明星がいるから萎縮しているのだ。
(楽しませろって……どうやって?)
安寿からの適切なアドバイスを受け止めた明星だが、具体的にどうすればいいのかわからない。
(そうだよな……魔界統一皇帝の皇太子が隣にいるんだもんな……俺よりずっと緊張しているよな……俺だったらどうしていいのかわからん)
もしも自分だったらどうか、それを考えると胸が痛い。
(まあこの状況でがっついてこない、っていうのは俺としては好ましいんだが……)
魔族である彼女の表情の機微はわからないが、ものすごく大雑把なことはわかる。
物凄く怖がっていて、不安に襲われている。
(そうだよなあ……自分からは話しかけにくいよなあ、それなら俺から……!)
安寿からの助言もあって、明星は自分から切り出すことにした。
少し勇気を出して、隣の少女に話しかける。
「その」
「あの」
見事に、被った。
(マジで?! こんなことあるの?!)
話しかけようとしたら、ほぼ同時に相手からも話しかけられた。
相手は相手で、黙っていたら失礼だと思って、勇気を出して話しかけようとしたのかもしれない。
あまりのことに、明星もびっくりである。
「す、すみません、皇太子殿下!」
「あ、いや……気にしなくていいよ」
「こ、皇太子殿下の話を遮るなんて、ありえないことですから!」
「あ、そう?」
とりあえず話しかけよう、と思っていただけの明星である。
具体的なプランなど、一切思いつかなかった。
「あ~~……」
いろいろ考えた結果、飾るのを辞めることにした。
どうあがいても、『外国人』である彼女が喜ぶような話などできない。
色々な段階をすっ飛ばして、これから彼女は家族となる。
それなら自分のことを知ってもらって、安心してもらうべきなのだろう。
「俺さ、生まれてすぐに、父さんと母さんと別れたんだ。知ってる?」
「あ、はい! 人間の夫妻に預けたと!」
「そうそう……それでねえ、おじさんとおばさんと……安寿と志夫と一緒に、このあたりで暮らしてたんだよ」
ふと、公園の中の林をみる。
昔はあそこで虫取りをしたと、どうでもいいことのように思い出す。
今やりたいかと言ったらそんなことはないが、昔やって楽しかった、その事実は消えない。
小さいころ大事にされていた、その事実が今も心を支えている。
「このあたり、ですか」
「ああ」
「そうですか……」
しばらくの間、この町で暮らすのだ。
それならこの町が安全であると、彼女にアピールしたほうがいいだろう。
「申し訳ありません、てっきりあの家で暮らしているのだと……」
そう思っていたら、見当違いの解釈をされた。
「いや、そういう意味じゃないから! あの家付近という意味だから! あの家の近くにこの公園も含むという意味だから!」
「そ、そうでしたか! 申し訳ありません!」
「あ、いや……俺の説明の仕方が悪かっただけだから……」
明星は魔族の生態や生活習慣に詳しくないし、フォライの側も人間に詳しくないだろう。
そのため、詳しく話さないと齟齬が生じる様子である。
「いや、むしろね……そうやって確認してくれた方が、後で面倒がなくていいというか……」
「め、面倒な女ですみません……」
「あ、いや……」
普通の子がいいなあ、と思っていた。
実際フォライは普通だった。
普通の女子なので、皇太子に委縮している。
見ている分には可愛いが、接するとなると難しい。
「あ、あのさあ、フォライさんって、その……人間界に興味とかあった?」
「……それはどういう意味でしょうか」
「なんかこう……行きたいところとか、見たいものとかあった?」
明星はたどたどしくも、彼女の興味について聞いてみる。
何か要望があれば、そこを軸に話ができると思ったのだ。
「そう、ですね……」
いまさらだが、今は学校が終わった後である。
つまり既に日は傾いており、夕方になりつつあった。
明星からすればなんてことのない光景だが、フォライはそんなことが無いようだった。
「……星空が、見たいです」
「星空?」
「はい……魔界には『夜』がないんです。ですからその……昨日、空が明るくなったり暗くなったことにびっくりしまして……」
「そうなんだ……星空」
幸いにして今日は晴れている。このままのんびりしているだけで、夜空を見ることはできるだろう。
だが星空、と呼べるほどのものはない。この公園は町のど真ん中にあるため、町の光で星が見えないのだ。
それを知っている明星は、少しだけ申し訳なさそうな顔をした。
「もちろんいいけど……星空って言うのは……なんていうか、田舎じゃないとちゃんと見えないんだ」
「そうなんですか?」
「町の中だと……月ぐらいしか見えないと思うよ」
「そ、それでも十分です!」
「そう? それならこのまま……?!」
少しうれしそうにしているフォライを見て、明星は思い至った。
星空を一緒に見るということは、夜まで彼女と一緒ということであり、夜になるまで帰らないということだった。
(いいのか?!)
皇太子、吉備明星。
現在彼は高校一年生であり、門限というものがある。
晩御飯を食べないと怒られるし、そもそも女の子と一緒に遅くまで外にいるというのは良くない。
いや実際には危なくないかもしれないが、怒られても反発はできない。
(いや、しかし……! 自分から聞いておいて、駄目ですなんて言えない……!)
だが明星としては、期待している彼女へうかつなことは言えなかった。
どうしたものか迷うところである。
(スマホもってりゃ家にかけられたのに……デート中は家に置いておこうと思った俺のバカ……!)
「失礼ながら、聞かせていただきました」
ベンチの後ろから、にょろりとジョカが現れた。
二人の間に挟まるように、後ろから身を乗り出してくる。
「二人で星空を見る……結構なことじゃないですか。別に夜通しで見るわけでもなし……私の方からご両親へ連絡させていただきますよ」
「テレパシー的な?」
「いえ、徒歩で戻って一報を」
「そ、そうですかすみません……」
「いえいえ……それよりも、おやつ代わりにこれをお渡ししますね」
ニコニコと嬉しそうなジョカは、あたたかな布包みを二人の間に一つずつ置いた。
「こちら、魔族用と人間用のご飯です。小腹を満たす程度の量しかありませんが、これでもつまみながらごゆっくり……」
「ど、どうも……」
「ジョカ様、ありがとうございます……」
嬉しそうに世話を焼くジョカ。
どうやら彼女としても、この状況はいいものらしい。
「ああ、そうそう。一応念のため言っておきますが……」
その一方で、しっかりと釘を刺した。
「お二人が普通に座っている分には、周囲の人はなんとも思いません。仮に明星さんを知っている人が見かけても、ああ明星君が椅子に座っているなあ、としか思いません。隣に座っているフォライさんを見ても、隣に誰か座っているな、と思うだけです。印象にも残らず、すぐに忘れるでしょう」
「はあ……」
「ですが……もしも明星さんの青春|(隠語)が爆発した場合、具体的にはキスとかそういう過度な接触をしようとした場合……」
「周囲からは、どう見えるんですか?」
「パントマイムのように見えます、そのように覚えられます」
「何もしません!」
ただでさえ恥ずかしいことを、周囲から一人芝居だと思われたら、それこそ表を歩けない。
魔族であるジョカやフォライはノーリスクだが、近くで暮らしている明星にとっては死活問題である。
「まあ手をつなぐぐらいにしておくことですね……割と真面目な話ですが、片方がイケる! と思ってももう片方は駄目なんてよくあることです。今日のところは本当に、何も起きなかった、残念残念ぐらいがいいですよ」
(この人意外とフランクだし、アドバイスは適格だな。もしかしてもっと仲良くなれるかも……)
監督役らしく、今後のためのアドバイスをするジョカ。
ちょっと夜更かしぐらいはいいけども、本格的に大人になったらだめだよ、ということだった。
それだけ言うと、彼女はにょろにょろと去っていく。
その背中を見送ると、二人は改めて、ぎこちなく笑いあった。
「そ、それじゃあ……しばらく待とうか」
「は、はい、そうですね……」
まだまだ経験の浅い二人には、これぐらい遠回りな方が、これぐらいおぜん立てされた方がちょうどいい。
誰かの意思に従うこの状況をどこかで歓迎しつつ、二人は夜空を待っていた。
そして……。
その二人を、遠くから見つめる影があった。
「フォライ……!」
その顔は、祝福の対極にある顔をしていた。