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お嫁さん2号

 吉備明星。

 彼は誇張なく真面目な生徒なので、月曜日になれば高校へ登校する。

 背の高さの関係上、一番後ろの角に座る彼は……窓際で外を眺めていた。


 本当にただそれだけなのだが、周囲の生徒たちは何やら彼に『深さ』を見出していた。

 魔族との混血であるが故、皇帝の血族であるが故のオーラ的な何か……とかは一切出していない。

 ただ座って外を眺めているだけなのだが、それでも絵になる。


「はぁ……明星君って、今日も格好いいよね~~」

「あんなムキムキなのに、威張ったりしないもんね!」

「口数が少なくて、勉強も真面目で……有望株だよね!」


 今も女子たちが騒いでいるが、それでも彼は意にも介さない。

 ただ黙って、外を見つめているのみである。

 物凄い集中力と、言えないこともない。


「ねえねえ安寿! 明星君ってどんなこと考えてるの?!」

「一つ屋根の下で暮らしているんでしょ? 何考えてるのかわかるでしょ~~?」

「どんな色の〇〇〇なの?!」


 そして同じクラスの安寿へ、質問をするクラスメイトもいる。

 その内容が、割と犯罪の域に達している者もいる。


「……別に? あいつだって男子だし、志夫と大して変わんないわよ」


「ええ~~?」


 女子たちは、安寿の異性一卵性双生児である志夫を見た。

 彼は同じように窓の外を見ながら、ものすごくいい顔をしていた。

 それはもう、にやにや笑いである。


(今日はどんな子が来るんだろうな~~! 綺麗な子だといいな~~!)


 今日にも新しい魔族の女子が、自宅に挨拶に来るという。

 自分のことを意識するとは思えないが、それはそれとして『自宅に頻繁に女子が来る』というのはそれだけでうれしいものだ。

 むしろ何の責任もない分、素直に喜べるともいえるだろう。

 なお、その表情は下心が丸出しだった。


「はあ? あんな下品なこと考えてそうな志夫君と一緒~~?」

「そんなわけないでしょ! もう、明星君がもてはやされるのが気に入らないの?」

「あの猿と明星君が、同じなわけないでしょ!」


「……同じ猿なんだけどねえ」


 安寿は友人たちに呆れつつ、志夫から明星の方を向いた。

 本人も言っていたが、明星は人格的にけっこう普通である。

 魔界統一皇帝の孫ではあるらしいが、内面的には一般男子高校生なのだ。

 今日新しい女の子を紹介しに来ると言われれば……やはり考えは決まっている。


(野心的じゃないならそれでいいけども……ああでも、野心的ではないとしても暴力的である可能性はあるな……それも嫌だな……)


 志夫と大して変わらない、健康的で傲慢な物思いにふけっていた。


(普通の女の子がいいんだ、普通の女の子が。可愛くなくてもいいから、こう、ハーレム内の空気が悪くならない感じならいいんだ……)


 この瞬間、彼は皇帝なみに好き勝手なことを考えていた。


(魔族でも何でも……普通の顔で、普通の背で、普通の体形で、普通の性格ならそれでいいよなあ……そんな子が俺と結婚するために来てくれるんなら……むふぁあ……って感じだよな)


 男子ならだれでも、『普通の子といちゃいちゃしてえなあ』と考えるが、考えるだけだ。恥ずかしい考えではあるが、卑しくはない。

 だが彼の場合は、誰かが来ることが確定してそれを喜んでいるのだ。思春期の安寿からすれば、卑しく見えても仕方ない。


(はあ、こんな奴のところにくるお嫁さんがかわいそうだわ)



 大親家に『お嫁さん二号』が来るのは、夕食が終わった時間である。

 これは単に食事が終わった後という意味ではなく、明星の保護者である友一と桜が自宅にいる時間帯を狙ってのことである。


「こういっちゃあなんだが……明星がこんなに早くお嫁さんを連れてくるとはなぁ……」

「連れてきたっていうか、向こうからきたのだけどね……いい子だといいんだけど……」

「ジョカさんが連れてくるんだから、大丈夫じゃないか?」

「そのジョカさんが、私的に嫌なのよね」


 長く育ててきた友人の息子を、賢しく誘惑してくる女性。

 桜としては、正直好ましくなかった。

 とはいえ、相手の理屈もわかるし……そもそもどうすれば納得できるのか、という話でもある。


 しかしながら、なんだかんだ言ってワクワクしている面もあった。

 だからこそ一家そろって、これから来る女性を待っているのだ。

 そういうメンタリティの夫婦でなければ、そもそも魔族の友人を持つことはあるまい。


(普通の子だといいなあ……)

(普通の子だといいなあ……)

(普通の子だったら可哀そうよねえ……変な子が来ても困るけど)


 子供たちも緊張してきたところで、玄関のチャイムが鳴った。


「こんばんわ、夜分遅くに失礼します」


 来るものが来た。

 ジョカがお嫁さん二号を連れて、家に来たのである。

 

 大親家五人が待つ居間は、もはや面接室に近い空気になっていた。

 いや、実際これから面接のようなものが始まる。

 あんまりにも問題があれば、さすがにお帰り願うところだ。


 はてさて、いかなる女性がいらっしゃるのか。


「は、はじめまして、皇太子殿下……フォライと申します……」


 警戒していた一家の前に現れたのは、ジョカとは違い足のある魔族だった。

 緑色の髪をしており、それと少しだけ色味の違う体毛が薄く体を覆っている。

 尻尾や角は牛のそれであり、とても小さくかわいらしい。

 胸にはビー玉ほどの石が淡く、弱く輝いている。


 そこだけなら『漫画の悪魔感』が強いのだが、特筆すべきは背中の翼だろう。

 こう言っては何だが、葉っぱそのものだった。

 牛の角に牛の尾に、葉っぱの形の翼。なんともアンバランスである。


 だがそのどれもが、とても小ぶりだ。

 毛の色以外は、大した異形ではない。コスプレどころか、ちょっとしたアクセサリーをつけている程度にしか見えない。


 そのうえで、顔……というよりも表情は硬く、緊張していた。恥じらってもいた。

 見た目の年齢は、およそだが安寿や志夫と変わらない。身長も、安寿と大差ない。そのうえで、胸は少しばかり豊満だ。ジョカほど無体な大きさではないが、それでも大きく見えるだろう。

 

「フォライ……うるさく聞こえるかもしれないけど、重要なことだからあえてはっきり言います。皇太子殿下だけではなく、その家族へも敬意を示すように。わかりましたね?」

「は、はい、お許しくださいジョカ様! い、いえ……ごほん、皇太子殿下のご家族様! 挨拶をしなかった無礼、お許しを……」

 

 気弱で、可愛くて、誇張されない程度に女性らしかった。

 

「ふぅ……」


 それを見て、志夫は軽くため息をついた。そのまま薄く笑みを浮かべて、明星の肩を叩いた。


(イイね!)


 それをされた明星は、真顔でうなずく。


(うん!)


 なんかもう、余計な批評がいらない『子』だった。

 このまま何の意外性もなく、見た通りの子であれば、文句をつけようとも思わない。

 志夫の視線に対して、明星は力強く同意していた。


(はあ……男ってバカね……)


 そんな二人を見て、安寿はやはりため息をついた。

 そのうえで、緊張しているフォライに話しかける。


「フォライさん、そんなに気にしなくていいわよ。こいつ、そんな大したもんじゃないし。それに私たちだって、先週いきなり皇帝陛下に会っただけなんだから」

「そ、そんな……卑下なさらないでください……! あなた方がいらっしゃらなければ、魔界は再び戦火の混乱に……!」

「それはそうかもしれないけど……肩の力を抜いていいよ、そんなんじゃあこっちも気を使っちゃうし」

「ですが……私は、その……」


 フォライは、ちらちらと、明星を見る。

 頭を、胸を、背中を、臀部を。

 それらを、視線だけで、ちらちらと見ている。


「わ、私は……」

「ごほん……フォライは緊張のあまり、うまく説明ができないようですね」


 どういっていいのか悩んでいるフォライに対して、ジョカが助け舟を出した。


「それでは……保険体育の授業をいたしましょう」


 つつつ、と、ジョカは自分の胸元を撫でた。

 そこには当然ながら、エプロンのような服で覆われている大きな胸と……野球ボールほどの石がついている。

 なめらかでつややかな表面をしており、蛇の目のような文様が薄く中央に走っている。


「私ども魔族には、角、翼、尾、核の四つが重要器官として存在しています。その四つ以外ならいくらでも再生しますが、これら四つだけは破壊されると治りません」


 そういったジョカは、隣に座っているフォライの胸を指でなでた。

 そこにはビー玉ほどの石が埋まっている。


「そしてそれらは……大きければ大きいほど、強く、そしてえらいのです。皇帝陛下はどれもとても大きかったでしょう? あの雄姿こそ、あの方が魔界で一番偉大であることの証明なのです」

「……俺も桜もヘレルしか知らなかったけど、あいつはルキフェルさんと同じくらい大きかったような」

「じゃあヘレルも、相当強くて偉かったのね……」


 魔族というものの平均を全然知らない大親一家。

 ルキフェルやヘレルがデカくて、それに比べるとジョカやフォライが小さいことぐらいしかわからないが……。


「わ、私は、その……家族の中で一番小さいんです……そんな私が、家を背負って、皇太子殿下の御傍に来て……本当によかったんでしょうか……」

「そうは言いますが、貴方の兄弟姉妹は全員既に既婚者でしょう。ならば貴方が家を代表するしかないのでは?」


 ああ、そういうことか。と、一家は納得した。

 魔族の基準では、彼女は落ちこぼれなのだ。

 そしてそれは、人間からすればどうでもいいことなのだろう。

 むしろ人間離れしていない分、人間からは好ましい。


(改めていい子が来たなあ……この幸せ者)

(へへへ)

(何失礼なこと考えてるのよ、まったく)


 普通にもいろいろと定義があり、それこそ本当の意味で普通な子などいないが……。

 目の前の彼女は、十分普通の枠に収まっている。少なくとも、男子二人からはそう思われていた。


「……ところでさ、明星。お前もそれあるの?」


 なんてことなさそうに、志夫がそれを聞いた。


「あ、私も気になる。アンタも角とか翼とか尻尾とか……核だっけ? それあるの?」


 安寿もそれにのっかった。


「!!」


 それを聞いて、フォライが体を震わせる。

 そのことに気付いたのは明星だけだが、正直意味は分からなかった。


「……あ、いや、俺にもあるぞ。見えないだけで、角も翼も尻尾も核もある」

「へえ~~……俺も安寿もお前と一緒に風呂に入ったことあるけど、見たことねえや」

「それでよく身体測定とかできたねぇ」

「まあ混血だからな」


 それはそれとして、質問には答える。

 明星からすれば、隠すようなことでもない。

 今まで比較対象がいなかった上に、大きい方が偉いなんてことも初めて聞いたのだ。

 そんな状況で、自分の身体的特徴に対して何かを思うことはない。


「そ、そうですか……」


 そんな姿を見て、フォライは安堵している様子であった。

 やはり、明星にはそのあたりが分からない。


「どうやら好感触のようですね。受け入れてくださって、感謝しております。魔族は男女を問わず、各部位の大きさを重要視する方が多いのですが……やはり無用な気遣いだったようですね」

「ええまあ……少なくとも俺は、全部小さくても問題ないですよ。それよりも性格の方が……」

「それは私もわかっておりますので、ご安心を……」


 第一印象は良好ということで、ジョカも安心している様子だった。

 やはりここでこじれると、何も進まなくなってしまうのだ。


「ご両親様はいかがでしょうか?」

「いや……会っただけだから、なんとも」

「そうねえ……ただよさそうな子だとは思うけど」

「そうですか。いえ、懸念はごもっともです。むしろ保護者として、当然の考えかと」


 一方で大人二人は、やや慎重な姿勢だった。

 というか、顔を合わせただけで『イイ子だ』と認識する子供たちの方がどうかしている。


「健全なお付き合いのためには、段階を踏んでいくべきでしょう。本来なら大急ぎで夜の関係に進みたいところですが、それをすれば前回と同じ失敗につながりかねませんからね」

「ま、まあそうですね……!」


 明星も思春期なので、子供だけ作ってればいいだろ、とは思わない。

 むしろ男女の関係に様々な夢を抱いているのだ。


「その一方で、フォライさんもいきなり人間界に来て、何かと不安なはず……いかがでしょうか、初日は特にどこか特別な施設などを利用するのではなく……広めの公園で、ゆったりと時間をすごすのは」

(いきなりデートプラン決められた……しかもすげえ子供っぽい!)


 魔族というのは、突き詰めれば外国人である。

 それも日本に興味があって訪れたわけではなく、国の事情でいきなり見知らぬ土地へ放り込まれたようなもの。

 それでどこに行きたいとは言われてもなかなか返事はできまいし、ホスト側も困ってしまうだろう。


(でもそうするしかないか……俺にデートプランなんてないしな)


 なにより、明星は見た目が派手な割に、恋人など一人もいなかった。

 素敵な彼女ができたらなあ、と憧れていた一方で、具体的に恋人へ何かをしてあげたいと考えたことがないのである。


(下手なところに連れて言ったら、宗教上の問題とか生理的な問題にひっかかるかもしれない。ここはジョカさんの意見に従おう……!)


 何もかも奥手な彼にとって、無難な提案をしてもらうというのはありがたいことだった。


「そ、それじゃあそれでお願いします!」

「ええ、ではそのように。それでは明日にでも……学校が終わった後に」


 何もかもがトントン拍子で進んでいく。

 それに戸惑いつつも嬉しそうな明星を見て、桜はやや不安そうだった。


「大丈夫かしら、明星……あの子はいいとしても、詐欺とかに引っかかりそうだわ……」


 もう一人の保護者に対して、意見を求める。


「……俺の青春にも、ああいう人が欲しかったなあ」

「それは喧嘩売ってるのかしら」


 羨望のまなざしで明星とジョカを見つめる友一。


「ジョカさん……俺でもいいって魔族の女性をあんな感じで連れてきてくれないかなあ……」

「あんたね……」


 そして、その息子であった。

 ある意味、一家の連帯感は完璧であった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 一卵性双生児で男女とは珍しい。 これはなにか、伏線があるに違いない。 覚えておこうっと。
[良い点] ファンタジー万歳や。 [気になる点] 理詰めで考えたら、ハーレムなんぞは地獄にしか成らんと思うが・・・? [一言] そういや王道とは有ったが、何時の時代の王道とは明示してなかったな。
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