親の因果
何事も起きることはなく、フラロはドゥキアの元へ戻った。
フラロ捜索に参加した退治屋や混血達は一旦帰り……大親家へ残ったのは、ジョカとフラロ、ドゥキアだけとなった。
「ごめんなさい……本当に、なんと謝ればいいのか……」
リビングにて話をすることとなった、大親家とジョカ、フラロ、ドゥキア。
現在フラロは泣き疲れて、ドゥキアにしがみついたまま寝ている。
その彼女へ、桜は謝っていた。
「何をおっしゃいます、桜様。今回のことは、私の失態です」
その桜へ、ジョカがむしろ謝っていた。
「端的に申し上げて、私がご一緒すれば避けられた事態……ナベルさんよりも幼い彼女を、一人にしてしまった私の失敗……」
桜がやろうとして成功したことは、つまりは『息抜き』であった。
母親が息抜きをするなら、子供の面倒は他の誰かが見るべきだ。
それができる者が近くにいるのなら、なおさらに。
「自分の仕事を投げて、貴方にお任せしてしまった、私の弱さです」
「それをいうのなら、私も……」
「いえ、お二人は何も悪くありません」
ドゥキアは、抱きしめているフラロを撫でた。
「フラロ様のことは、私が責任を持って預かっているのです。ならば私こそが責任者……この度は明星様やご友人の方に、骨を折らせてしまい感謝の言葉もありません」
改めて、明星に感謝を示すドゥキア。
「正直に申し上げて、明星様がここまでの勢力を人間界で築き上げていたとは……侮っておりました、お許しください」
「いや、勢力って……」
「明星様が一声をかけてくださって、あそこまでの者が動く……素晴らしいことです」
そう、なのかもしれない。
確かに明星は、この短い期間で大きく勢力を伸ばしていた。
(そうか……無駄じゃなかったんだな……母さん周り)
巻き込まれた当初は、ただただうっとうしいだけだった。
なぜこんなことに、と思わないでもなかった。
なんなら魔族退治の家系でありながら、魔界統一皇帝の息子と結婚したことを呪ったほどである。
だがそれのおかげで、『何も起こらなかった』。
自分は散々振り回されていたが、それの結果が『迷子を助ける』だったなら。
それはなんとも、分相応のようでいて、分不相応のようでいて。
「……力になれて、よかったです」
本当に、心からよかったと思えた。
「桜様にも、感謝を。貴方とお話をして、いろいろと自分を見つめ直しました」
ドゥキアは、桜にもお礼を言う。
フラロが迷子になってしまったことは残念だが、ドゥキアと何とかするという目的は達成された。
「皆さんのおっしゃる通り、フラロ様と一緒に魔界に帰ろうと思います。明星様とフラロ様の仲を深めようと焦りましたが……ここで暮らすこと自体が、フラロ様の為になりません」
なんとか、落ち着くところに落ち着いていた。
強制されたわけでもなく、誘導されたわけでもない。
彼女はフラロのためを思って、最善の決断に至ったのだ。
「そうですよ! いきなり外国に連れていかれたら、そりゃあ怖いですよ!」
「どうしようもないなら仕方ないですけど、そうじゃないならなあ……」
安寿も志夫も、その判断を肯定する。
幼い子供にとっては、いきなり外国に連れていかれたら怖いだろう。
それが原因で反発したり、性格がゆがむことも考えられる。
「それに……」
ドゥキアは、改めて明星を見た。
「明星様は、お優しい方です。さして親しくない子供のために、全力を尽くしてくださる。であれば、無理に親しくさせることは、悪手なのでしょう……」
「そ、そうですか……」
期待が重いので、困惑する明星。
だがここで『そんなことないですよ』というと、いろいろ不味い。
なのでなんとか濁していた。
「明星様……本当にご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした。私どもはこれにて、帰らせていただきます」
「では私は送ってきますので……」
彼女はフラロを抱えると、一礼をして去っていった。
ジョカもそれに続いて、一家へ頭を下げるとついていった。
それを見届けた一同は、はあ、と気を抜いた。
迷子になったことも含めて、今までで一番しんどかったのかもしれない。
「……明星、おまえと一緒に居ると飽きないよ」
「明日学校に行ったとき、なんていえばいいのかしら……」
「悪い……マジで悪い」
フラロ捜索に参加した、安寿と志夫。
当時は『迷子探し』という割と普通のイベントだったので深く考えなかったが、よく考えると明日どんな顔をしてクラスメイトに会えばいいのかわからない。
「そこは普通に、親戚の子供が迷子になったから探しに駆り出された、と言えばいいだろう。外国人の子供だって言えば、とくに突っ込まれることもないはずだ」
「父さん! ナイス!」
「そうよね! 明星の親戚っていうか、結婚相手だもんね! 外国人でもオッケーよね!」
友一からの提案に、双子は飛びついた。
明星の説明とも矛盾していないし、(当たり前だ)何もおかしなことはない。
「おじさん、ありがとう……俺も明日はそう報告するよ……」
「なあに、大人は言い訳を考えるのが仕事みたいなところがあるからな」
(それは尊敬できないよ、おじさん……)
「それに……俺もヘレルや桃香と過ごしていた時は、それはもういろいろあったからな。その時に言い訳をしていたもんだ」
改めて、だが。
この友一と桜は、明星の両親の学友だった。
いや、ヘレルは学校に通っていたとは思えないので、そこは違うだろう。
正しくは、学生の時友達だった、ということだ。
それも、子供を託され、預かるほどに。
「父さんと母さんの時も……いろいろあったの?」
最近気を張っていた明星は、少し幼い雰囲気になりながら訪ねた。
今まではなかなか聞けなかったことだが、ヘレルや魔族のことを双子が知った今なら聞ける。
「俺さ……ちょっと聞きたいな」
「そうか……まあいろいろあったが……」
友一は同じ時代を過ごし、今もともにいる桜を見ながら、浸りつつ話始めた。
「ヘレルの奴は、へらへらしている割にモテてなあ……今にして思えば、魔界統一皇帝の息子だから、いろいろと利用価値があると思われていたのか、いろんな奴からちょっかいをかけられていてな」
「魔法使いの国『ラピュータ』から来た、魔女のバルニ・バーニちゃん。タテガミ属が暮らすフウイヌム国からきた、貴族令嬢ジーワちゃん。あとはブロブディンナグ国から来たリリパットちゃん……懐かしいわねえ」
「ああ、アイツらとだけで二人の結婚式をやったんだもんな……男は俺一人で、肩身狭かったけど」
「ごめん、おじさん。もういいや、なんか嫌な予感がしてきた……」
明星はすっかり気落ちして、ものすごくイヤそうな顔をした。
「……なあ明星、もしかしてお前の親父さんって、少年誌系の『ハーレム主人公』なんじゃねえの? ほら、複数ヒロインがいるタイプの」
「その場合、貴方のお母さんは正ヒロイン、あるいはそのルートに入ったってことに……」
「やめろ! 深く考えるな! 俺の父さんと母さんは、あくまでも普通に恋愛をして、互いだけを思いあって、そのまま俺が生まれたんだ! そのはずだ! 俺の父さんが、母さん以外の女とドキマギしたなんて嫌だ!」
思い出の中にいる両親は、いつでも美しい。
そして故人である二人を、明星は神格化し、美化していた。
まさか自分の父親がモテモテで、母親が他の女と競り合って勝ったとか……。
そんな生々しい話、聞きたくない。
「そう考えると、お前すげえよな。爺さんは覇道系のハーレム系主人公で、父さんはライト系のハーレム主人公で、お前はお前でリアル系のハーレム主人公だし……」
「いやだ~~! そんなの嫌だ~~!」
噂をすれば、影が差す。
明星は情報を聞き出そうとしたことを後悔し、耳をふさいでいた。
今までの流れからして、父親のハーレム要員が訪ねてきそうである。
「俺は、自分のハーレムだけで手一杯なんだ~~!」
※
「ここが友一と桜のハウスね? あらあら、表札にもちゃんと友一と桜、明星の名前が……」
騒がしくなっている、大親家。
そこの玄関へ、一人の女性が訪れた。
年齢は桜や友一と同じほどで、しかし如何にも派手な服を着ている。
「別の名前もあるわね……なんて読むのかしら……本当に子供へ難読な名前を付けるなんて、平凡な名前を嫌がっていたあの二人らしいわあ」
とても、嬉しそうに笑っている彼女。
魔法使いの国『ラピュータ』から来た、魔女のバルニ・バーニ。
日本にいたとき友人だった二人と、その子供。
さらに自分が愛した男の息子へ、会いに来たのだった。
「さあ、明星……貴方の産婆! バルニ・バービおばちゃんの登場よ~~!」
※
親の因果に子が報い。
なんとも嫌な言葉である。
明星が自分のハーレムにだけ専念できる日は、当分先のようだった。
今回にて、一旦この物語は〆させていただきます。
ほぼ一か月の間、お付き合いくださりありがとうございました。