四人目のお嫁さん
混血達のコミュニティ視察は、かくて終わった。
吉備家を代表して見に行った皷は、『思ったほど強くないし、過激なのはほとんどいない』と報告することにしたらしい。
まあ強すぎたら物理的に解決しなければ、なんて可能性もあったので適度に弱くて安心であろう。
混血の代表であるオンラも対等な関係は望んでいないので、適度な力関係と言える。
吉備家にもけっこうな力があるはずなので、彼ら彼女らにはそれなりの仕事と、それなりの立場が与えられるだろう。
吉備家にとって、実りの大きい視察であった。
では魔族、および大親家にとって意味がなかったかというと、そうでもなかった。
後宮の失敗、その典型例を見ることになったのである。
実際に見て『ああはなるまい』と強く思えたのだから、行った価値はあったはずだ。
そんな情報を持ち帰った後で……。
大親家は、四人目のお嫁さんを迎えることになる。
※
毎度の大親家、一家勢揃いの家庭である。
どこにでもある普通の家庭ではある、と全員が信じているが、そうではない家庭を見た後だと思うところはあった。
四人目を迎える前に、一家はその話題で盛り上がっていた。
「いやあ、凄かったよ。何がすごかったって、明星が冠者って人を殺したことを、マジで誰も怒ってないんだぜ。葬式をしたって話さえ聞かなかったよ」
「よっぽど嫌われていたんだねえ……強いこと以外、誰も褒めてなかった」
「しいて言えば、チンピラがアレの真似をしたがってたことぐらいかな。アレは尊敬していたっていうか、好き放題したかったってだけだと思うけど……」
実際のところ、アレはハーレムではあった。
いやさ、戦略シミュレーションの要素がある、一種の18禁ゲー系だったのかもしれない。
一種、男の夢ではあった。周囲に迷惑をかけることをいとわない、悪性の夢を現実にしたものだった。
本人が死んだあとは、寂しいものである。
彼も、その親も、血脈以外のすべてが捨てられて、何も残らないのだ。
「それはそうよ……私だってそうするわ、ねえあなた?」
「いやあ……そういう妄想は大学生ぐらいの時に終わらせておくべきだよなあ……」
(なぜ大学生……)
同じ大人の男性として、しみじみと否定する友一。
ある意味赤裸々な発言に、一家はそろって困惑する。
そこは嘘でも『同じ男として許せない』と言って欲しかった。
「こんなことは言いたくないけどなあ……大人の男の中には、人を力で抑圧すること自体が好き、って奴もいるんだ。俺もそういう欲求だけは理解できる……実際やったらものすごく後悔するだろうとわかっているからやらないけどな」
人間だれしも、『やっちゃいけないけどやりたい』という気持ちを持っている。
その気持ちの一つに、『他人を抑圧したい』という衝動も含まれている。
相手に不満があるとか、逆に好意をもっているとかではない。そもそもその行動自体が好きなのだ。
「いい勉強になっただろう? それこそ漫画やアニメじゃあるまいし、都合よく慕ってはくれないさ」
「それならあなたは、もうちょっと言葉を選ぶべき、ということを勉強するべきね」
「う……」
普通ならこの会話も、さして意味のないことである。
だがしかし、この一家にとっては意味があるわけで。
「今日は四人目のお嫁さんが来る日……ナベルちゃんと違ってちゃんと順番は守っている人だけども……油断はできない!」
明星は強張っていた。
今の彼には、先日のように『どんな子が来るか楽しみ~~』という精神的油断はない。余裕がないともいう。
これが大人になるということなら、大人になんかなりたくないものだ。
「願わくばフォライさんみたいに、核が小さい人が来てほしい……!」
明星は魔族主観だと最悪なことを言っているのだが、彼は人間文化で育ったので仕方ないともいえる。
今彼のところに来ている女性たちは『魔族的に問題がある』人たちばかりなので、その問題が人間目線だとどうでもいいものであることを願うばかりだ。
そうこうしていると、チャイムが鳴った。
そしてジョカと共に、女性が入ってくる。
「失礼します、明星様。新しい后をお連れしました」
その姿を見て、大親一家の全員が驚いた。
「は?」
物凄く失礼なことだが、全員口に出したほどである。
その女性は、当然ながら魔族だった。
ユニコーンのような長い角を額から生やしており、その背中からは蹄鉄そのものが翼のように生えていて、尻尾からは木がうねうねと曲がって尻尾のようになっており、核の部位には分厚い蹄のようなものが生えている。
なんとも奇怪な姿だが、そんなことは重要ではない。
なんと彼女は、子供を抱えていたのである。
「こ、子持ちの方ですか?!」
明星は思わずそう言ってしまったが、よく考えれば違うとわかっただろう。
「あ、いえ、こちらは乳母の方です。貴方の新しい婚約者様は、こちらの方です」
明星もまだ子供だが、一応は高校生である。
体格的には、大人と言っていい。
だがその、乳母に抱えられている女子は、それこそ女児であった。
完全に、犯罪である。
「お初にお目にかかります、皇太子殿下。私はドゥキアと申します、こちらの方が……」
「あの……」
「ほら、練習しましたよね? 練習したとおりにやりましょうね……!」
「えっと……えっと……」
抱きかかえられている子供は、怖そうに明星を見てはドゥキアに抱き着いている。
わりと普通の女児の反応だった。
「フラロ様! ちゃんとご挨拶しないとダメじゃないですか!」
「え、えええええええええ!!!!」
「泣いても駄目です!」
なお、それを抱いている乳母の反応もわりと普通だった。
「ドゥキア、どうやらフラロさんは少し恥ずかしいようすね。今日のところはちょっと顔を合わせたというだけにして……」
「駄目です! ジョカ様! フラロ様は、ちゃんとご挨拶できる子です! ね!」
「えええええええ!」
「子役のオーディションみたいになってる……」
結局、四人目のお嫁さんだというフラロは、泣いたまま挨拶ができなかったのだった。
※
一旦泣き止ませるということで、退出したドゥキアとフラロ。
彼女たちが表にでたところで、ジョカがお詫びを入れた。
「すみません、皆さん。フラロさんも普段はいい子なんですが……いきなり人間界に来た上、知らない生き物に囲まれてびっくりしてしまったみたいで……」
説明やお詫びの必要がないほど、一家は納得していた。
あの幼い姿を見れば、彼女がなぜ泣いたのかなどすぐわかるだろう。
「乳母のドゥキアも、普段はあんなに怖くないんですよ。ただ緊張してしまった様子で……」
「あの、ちょっといいですか?」
ただ、志夫は少し疑問があったようである。
「ウバってなんですか?」
それを聞いた一同は、結構困っていた。
知っていても当然なようで、なかなか使わない言葉である。
だからこそ、志夫が知らないことを、とがめていいのか迷っていた。
「あのね、志夫……乳母っていうのは……いうのは……いうのは……」
安寿は説明をしようとしたが、思春期の彼女は説明をしようとしたことで言葉に詰まった。
そして思わず赤面する。
「どうしたんだよ、安寿。まさかイヤらしい仕事なのか?」
「そんなわけないでしょうが!」
「じゃあなんでそんなに怒るんだよ!」
もちろん、何一ついやらしい意味はない。
むしろいやらしいと思う心のほうが、ずっといやらしいだろう。
だがしかし、安寿は思春期なので、なかなか説明できなかった。
「あ、あれよ! 明星にとってのお母さんみたいなものよ!」
「母さん? 義母的な?」
「そう、大体そんな感じ!」
(うまく逃げたな……)
明星にとっての桜が、乳母。
まあだいたいあっているので、明星も桜も友一も特に否定しなかった。
(あれ、そう考えると俺と二人って乳兄弟なのか?)
そしてそこまで考えると、明星は自分の家族関係を考えてしまう。
今まで実の兄弟同然に育ってきたわけだが、具体的に言うと乳兄弟なのだろうか。
その厳密な定義へ思いを馳せたところで……。
「あの、おばさん。もしかして……俺って、その……」
ちょっと恥ずかしいことが気になってしまったので、ちょっと聞いてみることにしたのだった。
「……あ、ああ! そのことなら、違うわよ」
明星が何を聞こうとしているのか察した桜は、手を振って否定した。
「ただでさえ双子だったのに、貴方の分までは出せなかったわ。それに貴方、よく飲んでたし」
「そりゃそうですね……」
特に深い意味はなく、普通に無理だったらしい。
ちょっと安堵する明星であった。
「ごほん……それでは話を戻しますが、フラロさんはまだお子さんです。見た目通りの年齢だと思って構いません。もちろん、今すぐどうこうということはなく、顔を見せる程度のつもりでした」
「そりゃそうでしょうね」
友一は大人の目線からも納得していた。
年齢の離れた婚約者、というのは政略結婚がまかり通っていた時代ではよくあることだ。
明星の結婚相手は全員が政略結婚なのだから、子供でも不思議ではない。
明星の従兄弟が大勢いたことを思えば、むしろ普通なのだろう。
「ただ……乳母のドゥキアはやる気満々のようで……彼女も必死なだけなのですが……」
「出遅れているとでも思っているのかしらねえ……」
何をどう頑張っても、あと十年ぐらいは本分を果たせそうにない女の子。
周囲のお嫁さんたちは今すぐでも致せそうなので、焦っているのかもしれない。
「明星……一応確認するけどさ」
「……俺がそこまでの特殊性癖に見えるか?」
安寿の確認に、明星は腹を立てた。
明星は魔族にも興奮するが、それは明星が混血だからである。
ある意味彼はノーマルで、特殊な性癖は持っていない。
極端に幼い子供へ、乱暴したいとは思っていない。
「で、どうするんですか? もう魔界に帰ってもらうんですか?」
「志夫さんのいうように、顔合わせをしたら帰ったほうがいいと、私も提案しているのですが……」
年齢差についてはコメントしにくいが、現在の年齢については議論の余地がない。
頑張ってどうにかなる問題ではないのだから、帰るのが皆のためだと思われる。
「ドゥキアは強硬でして……まあ問題がある行為とも言いにくいので、まだ強く止めてはいません」
「実のお母さんの方はなんと言っているの?」
「彼女の方針を尊重する、と」
むぅ、と一同は黙った。
「あまりにも目に余るようでしたら、こちらから対応しますので……なにとぞ」
ジョカは一礼してから、また家から出ていった。
ドゥキアはまだ戻ってこれないであろうし、途中で拾って帰るとの考えであった。
「すごい真剣だったわねえ……」
「そりゃあ人生かかってるからなあ……」
大親家もまともなので、『そんなに真剣になることかねえ』なんて口が裂けても言えないわけで。
なにせ明星に好かれるかどうかで、一族の命運さえ左右される。
他の婚約者と争わない範囲でなら、全力を出すことはむしろ当然だった。
「……あのな、明星。保護者として言わせてもらうんだが……」
「なに、おじさん」
「今更だけど、あのとき止めておくべきだった……」
「……そうだね」
安請け合いだった、と後悔する友一。
やはり進路を情で決めるのは、安易が過ぎたのかもしれない。




