お嫁さん1号
蠱毒という儀式がある。
大量の毒虫をツボに突っ込んで殺し合わせて、最後に生き残った毒虫から最強の毒を作る……というものだ。
これを自分の子供でやるのが魔界の魔族であり、まさにおぞましい風習なのだが……。
それで全員死んでしまった、というのは笑うに笑えない。
こんな儀式を主催した本人が誰よりも悪いのは当然だが……それを本人が全面的に認めていると、なかなか咎めにくい。
「感謝する……本当に申し訳ない」
了承した後も下手に出られると、なお拒絶が難しかった。
「君の状況はある程度調べさせてもらったが……よい養父母に育てられ、不満のない日々を過ごしていると聞いている。そんな中で血がつながっているだけの祖父の跡を継ごうと、まったく知らぬ土地へ出向くことを決断してくれるとは……」
(やりにくい人だな……)
(強硬策で来るより反対しにくいわね……)
止めた方がいいかな、と思わないでもない友一と桜。
しかし反対の理由を相手に言われると、なかなか発言できなかった。
「あの……魔界統一皇帝って、どんな仕事をするんですか?」
思いのほか会話の状況が緩いので、安寿は質問をした。
自分の兄弟が何をするのか、気になるところである。
「うむ……まあいろいろあるが、一番やってほしいことは子作りだな。魔族の中から多くの女性を集めるので、励んでほしい」
想像を絶するようで、しかしごもっともな意見に安寿は閉口する。
その反応を見て、ルキフェルは申し訳なさそうな顔をした。
「君の反応は正常だ。勘違いされると困るのではっきり言うが……一夫多妻制というのは魔族の女性にとっても不愉快なのだ」
腰の低い魔界統一皇帝。
自己評価が下がっているからなのか、周囲の反応に敏感であった。
「だからこそ私の後宮にいた妻たちは、互いに仲が悪かった。それがそのまま子供同士にも反映されて、なお手が付けられなくなった」
「リアル系ハーレムだなあ……」
生々しい現実を聞いて、志夫は嫌そうな顔をする。
魔族にも普通の動物としての意識があれば、男が他の女のところにいく姿など見たくあるまい。
仲が悪くなるのは当然の帰結である。
「とはいえだ、次期皇帝の妻を一人に絞るとなれば……その段階で殺し合いになる」
「嫌な話だなぁ……」
「でもそうなるよね……」
ことが単純なので、志夫にもわかる話だった。
そしてそれを聞いてしまえば、安寿もうかつに反対しにくい。
「なので私が君に期待するのは……妻同士の仲が良好な後宮を作ることだ。むしろ、他のことは一切期待していないほどだよ」
「それはそれで、めちゃくちゃ大変なんじゃ……」
「そうだ……だからこそ君には、そこに注力してほしい」
今までどおりの一夫多妻制にすれば、子供たちで殺し合いが起きる。
一夫一妻制にすれば、妻を選別する段階で殺し合いになる。
ならば『今まで通りではない一夫多妻制』にするしかない。
「もちろん私も夢想家ではない、妻同士が仲良くするにも限度はあると知っている。家と家のこともあるだろうから、全員が融和に至るなどありえない。だがそれはそれとして……殺し合いにならないことを目指してくれ」
(放っておいたら殺し合いになる人たちと結婚するのか……)
なるほど、平身低頭で頼んでくるわけである。
明星は早くも、請け負ったことを後悔しつつあった。
「……では早速、一人目を紹介しよう」
ルキフェルは、すぐそばにいた女性を手で示した。
そう、既にこの部屋にいたのである。
「大蛇のジョカだ」
「ええ、改めてよろしくお願いします。ジョカと申します」
にこにこと笑って挨拶をするジョカ。それを見て、大親一家は少し困る。
確かに気品を感じさせる美女だが、いきなり下半身が蛇の女性を妻にしろと言われたら困るところだ。
「明星、ど、どうなんだ?」
「わ、私はいい人だと思うけど……?」
保護者である友一と桜は、不安そうに明星を見る。
下半身が蛇だけどいいのか、というのは本人を前にして言いにくいので、ただ確認をする。
「え? あ、いや……俺はその……一目見た時から素敵だなあ、と……」
(……桃香がヘレルを好きだって言った時を思い出すな)
(魔族的には普通かもしれないけど……ちょっと引くわね……)
(ねえ志夫……アンタは?)
(上半身だけなら、文句ないけどなあ……)
一緒に育ててきた、育ってきた混血児。
その趣味を知って、普通の人間たちはちょっとびっくりした。
今まで一緒に過ごしてきたので、彼が異常だと思わなかったが、それを初めて思い知った。
いやまあわからなくはない、わからなくはないのだ。
彼女が同じような生き物からモテモテでも、まったく驚くことではない。
だが人間と同じ見た目の明星が、本気で好んでいる……というのは驚きであった。
「あらあら、お上手ですね。とてもうれしくなってしまいました」
「彼女の家は、君の家の徒歩圏内に用意してある。君は未成年だから同棲させるのは良くないだろうが……頻繁に通ってあげてくれ」
「あ、一緒に住まないんですか」
「あんたね……それは無理でしょ。さすがにそこまで大きくないわよ」
志夫は同居しないことに驚くが、安寿がそれを諫める。
大親家はかなり大きな家で暮らしているが、さすがに追加で何人も暮らせるわけではない。
「では最後に改めて……」
ぺこりと、ルキフェルは頭を下げた。
「本当に、申し訳ない」
彼は、心から謝罪と感謝を伝えていた。
「請け負ってくれて、感謝している……どうか魔界の平和のため……力を貸してほしい」
こうして……大親一家と魔界統一皇帝の会談は終了したのである。
真面目に語れば単行本一冊分ぐらい引っ張れそうな明星の出自はあっさりと明かされ……。
謎を残すこともなく物語は進むのであった。
※
翌朝、日曜日のことである。
いきなり情報過多だった土曜日が終わって、一晩眠って、冷静になった双子。
何もかも明らかになったので特に質問はなかったのだが、それでも親や明星にいろいろと言いたいことはある様子だった。
「明星が魔界統一皇帝の孫で、しかも跡取りって……皇太子っていうんだっけ? すげーよな、スゲーとしか言えねえけど」
「私も~~……ぶっちゃけ、よくわかんないし……今まで知りたがっててなんだけどさ……言われても困るっていうか……ねえ?」
(うんまあ、俺も困ってる……)
先日まで明星の事情を知りたがっていた二人なのだが、実際に全部知るとすごく困っていた。
魔界統一皇帝の孫だとか、その後継者になったとか……。
昨日まで兄弟同然に育ってきた者の素性としては、ヘビーが過ぎる。
もうここまでくると、現実味がないというか、完全に他人事であった。
「しかしまあ……ヘレルのお父さんがあんな人だったとは……いや、あんな人になったんだなあ、というべきか……」
「本人が普通に後悔しているのが、逆にアレよねえ……」
(それもそう思った……)
友一と桜は、皇帝の子供や孫が全員死んでいることや、皇帝自身がそれをまともに反省していることに驚いていた。
彼ら二人も人の親なのでいろいろと思うところはあるのだが、人数が多すぎるのと環境が違いすぎるので、どこまで共感していいのか迷ってもいた。
(これだけのことが起きているのに、誰も俺の判断に反対しないな。まあそういう意味では、説得には成功したのかもな……)
皇帝がさんざん言っていたが、いきなりやってきて俺の跡取りになれというのは、普通なら反発してしかるべきであろう。
にもかかわらず、比較的常識的な感性を持つ大親一家は、だれも反対していなかった。なお、賛成もしていない。
一種の、ノーと言えない日本人であった。
「なあ明星……なんで受けたんだよ。お前そんなに女好きでもなかっただろ? あ、それとも人間の女子には興奮しなかったとか?」
「あ、いや、それは……」
反対も賛成もしない志夫だが、なぜ受けたのかは気になった様子だ。
なかなか下品なことも聞いてくるが、当然の疑問であった。
「ん~~……なんかこう、夢や目標でもあったら、断っていたと思う。でもそういうのないし……じゃあいいかなって……」
「それはそれですげえな……いや、わかるけど」
「あの流れは断りにくいよね……」
かなり違う理由だったが、それで志夫と安寿は納得する。
具体的な夢や目標があれば断りやすいが、それが特にないのなら反発は難しい。
しかしながら、そんな調子で『魔界統一皇帝』を引き継いで大丈夫なのだろうか。
むしろ大親一家の方が、それを心配してしまう。
「あのな、明星……おじさんな、お前が魔界統一皇帝に向いているとは思えないんだが……」
「そうよねえ、何とかならないかしらねえ……」
魔界統一皇帝に向いている人材とはどんなものだろうか。
それはわからないが、とりあえず明星は向いていなさそうである。
部下から何を聞かれても「良きにはからえ」とだけ言ってそうである。
もしもそんな奴が上司だったら嫌だなあ、と両親は思っていた。
実際のところ帝王学とかを全部すっ飛ばして子供だけ作ってろと言われているので、相手もそれぐらいを望んでいるのかもしれない。
「多分だけどさ、断ったら何度もお願いしに来てたと思うよ? だったらさっさと受けたほうがいいかなって……」
「……それもそうだな、かなり切羽詰まっていた様子だったし」
「ウチの明星に声をかけるぐらいだものねえ」
微妙に酷いことをいう養父母だが、別に悪気はない。
実際相手にしても、相当苦肉の策であろうし。
やる流れになっている中で、志夫はとんでもないことを聞いた。
「でもさあ、面接で『なぜ魔界統一皇帝を志したんですか』って聞かれたら、どうすんの?」
「ええ?! 縁故採用なのにそんなことを言われるの?! 向こうが頭下げて頼んできたのに?!」
「いやだって、ほら……トップのおじいさん以外は、納得してないかもしれないし……一応は面接を受けてくれって言われるかもしれないだろ?」
「コネ入社みたいな話だな……」
ありえなくもない話だが、果たして誰が面接を担当するのだろうか。
次期魔界統一皇帝の採用面接など、やりたいとは思えない。
「祖父の仕事に興味を持ちました……かな?」
「それだ!」
「それね!」
友一と桜は、明星の提案にのっかった。
実際には全く興味などないのだが、社会人から見れば無難な回答である。
相手が圧迫面接をしてこない限り、そんなに突っ込まれることはないだろう。
しかし次期魔界統一皇帝とはいえ、圧迫面接されないとも限らないのだが……。
圧迫面接に耐えられない者が、魔界統一皇帝になれるとは思えない。
「でもアンタさ……子作りしろとしか言われてないじゃん。それで興味を持ちましたって……相手が女性の人でも大丈夫? 言える?」
「それはそれで職業差別で、セクハラな気がするぞ……」
安寿は軽蔑の混じった目で見てくる。
明星はそれを否定しきれずにいたが、ある程度は論理的に反論する。
「それに……そもそもあの場に、女性の人がいたじゃないか。というか、あの人ともいろいろする予定らしいし……」
「……どうやって?」
朝食の席で考えることではないのかもしれないが……。
大親一家は、生物学的疑問にぶち当たるのであった。
本当に一切下心なく……五人はそろって、魔族なる生物の構造や、進化の過程に思いを馳せていた。
そんな時である。
家のドアの方から、チャイムが鳴った。
日曜日の朝から、訪問者が現れたのである。
「こんな朝早くからすみません……大蛇のジョカでございます」
噂をすれば影が差す、まさにその通りであった。
お引越しの挨拶に来た、と言わんばかりに、菓子折りをもって現れた。
日曜日の朝に、大親家へ、怪奇蛇女が、徒歩で。
「あらあら、ご丁寧にすみません。昨日もお茶をごちそうになったのに……」
「どうぞ中に入ってください、明星もいますから……」
「これはこれは、ありがとうございます」
友一と桜は普通に対応するが、明星たち三人はそれどころではなかった。
「え、いいのかよ父さん! ご近所さんから何言われるか分からないぞ?!」
「本物だとは思われないとしてもさ! コスプレしている人だってことでも、ビビられるじゃん!」
「言ってくれれば、俺から行ったのに!」
この大親家は、ド田舎ではなく住宅地に建っている。そのため子供たち三人は、猛烈に世間体を気にしていた。
だが両親たちは、むしろその騒ぎように驚いている。
「……ああそうか、お前たちに『そのこと』は説明していなかったな。」
「魔族の人たちはね、人間界だと存在感が薄いのよ」
ヘレルという友人を持っていた両親は、地球における魔族の特性に詳しかった。
そのため、ジョカが普通にここまで来たことが、何の問題もないことを説明する。
「いや、存在感がないってなによ……超目立つじゃん」
「こんな人がいたら、写真撮ってネットに流しちゃうぜ?!」
「実際そうなってるかも……ジョカさん、大丈夫ですか?」
「問題ありません。どうぞ、実際に写真を撮ってみてください」
促されたので、三人は各々のスマホで写真を撮ってみた。
そしてその画像を確認すると……。
写真は撮れているのに、ジョカだけが映っていなかった。
加工用のアプリを使えば簡単にできそうなことだが、もちろん三人ともそんなことはしていない。
ならば勝手にそうなった、としか思えない。
「私たち魔族は、この世界にとって異物なのです。そのため、私たちが何かをしたとしても……この通り、戻ってしまうのです」
彼女はびりりと、自分で持ってきた菓子折りの包みを破いてみせた。
だがしばらくすると、それこそ画像が加工されていくかのように、元通りになっていく。
「もっと言えば……私がこうして会いに来なければ、お二人も私のことなど数日で忘れていましたよ。既に魔族と縁深いご両親や、魔族との混血である明星様は忘れなかったでしょうが……」
「ヘレルの時もそうだったからな……道行く人は最初こそぎょっとした顔であいつを見るんだが、数歩で何事もなく歩き去るんだ」
「毎日のように会っていた私たち以外、誰もヘレルのことを覚えていなかったものね」
「魔族と何度も会ってなじまないと、すぐ忘れるってことか? なんかアニメや漫画みたいな話だな……」
「ヒーローとか魔法少女だと、よくある設定だよね」
(もしかして父さんは、その特性を生かしていろいろなところに無賃で侵入していたのでは……)
都合がいいのか悪いのかわからない話だが、とりあえずこの場合はいいことだ。
彼女がどこをどう歩いても、そんなに問題にはならないらしい。
「まあまあ、立ち話も……立ち話もなんですから、どうぞ中へ……」
「ありがとうございます」
尻尾でうねる彼女に対して、『立ち話』というのは少しおかしな気もした。
だがいい言葉が思い浮かばなかったので、桜はニュアンスが伝わることを期待して家へ案内する。
かくて、下半身が蛇の女性が、そのまま大親家の居間に入ってきた。
朝食もほぼ食べ終わっていたタイミングなので、そのまま食後のお茶タイムに突入する。
(おい明星……なんか言ってやれよ)
(え、俺?!)
(お前の許嫁だろ?)
(そんないいものではなかったような……)
ニコニコと笑って座っている(下半身が蛇なので、とぐろを巻いている)ジョカ。
彼女に対してこちらからアプローチを仕掛けるべきだという志夫。
なるほどごもっともだが、自他ともに認めるつまらない男、明星。
彼の引き出しには、女性と話す言葉がなかった。
「……あの、ジョカさん」
「はい、何でしょうか?」
まだ何もしていないのに、にこにこと笑っているジョカ。
その人当たりの柔らかさに、明星はかえって委縮する。
(な、なにか言わないと……!)
進退窮まった明星の口から出た言葉は……。
「そ、その……次の子が来るって話でしたけど……いつ頃ですか?」
「このバカ!」
明星のほほに、ごん、と安寿の拳がめり込んでいた。
明星自身は彼女との共通の話題を必死で探した結果なのだが、第一声としては最悪が過ぎる。
「あんたね……女へ別の女の話をするって何よ! しかも来て早々に!」
「お前それ最悪だぞ?! 俺でもわかるぞ?」
「ごめんごめんごめん!」
「私に謝ってどうする!」
「早くあっちに謝れよ、ヤバいだろ!」
志夫も安寿と同意見のようで、左右から挟むように殴ってくる。
さすが双子、息ぴったりだった。
「お二人とも、どうか気になさらないで下さい。私も今日は、それを伝えに来たようなものですから」
やんわりと、ジョカは双子の暴力を止めていた。
その表情は、相変わらず穏やかなものである。
今の失言に、眉ひとつ動かしていなかった。
「あのジョカさん、イイんですか? 今なら婚約破棄で慰謝料取れますよ! 私証言しますよ!」
「気になさらないでください。そもそも私は日本国民ではないので、訴訟の舞台に立てませんよ」
「あ、そ、そうでした……。っていうかその理屈だと、明星って戸籍上は生涯独身なんだね」
(結構殴られているんだけど、それは訴訟していいんだろうか……俺一応日本国民だし……)
いくら体格がいいと言っても、顔を殴られたら痛いに決まっている。
顔を押さえながら、明星は話の続きを待った。
「私に続くお嫁さん候補ですが、明日には来ます」
「……なに、二日おきに来るの? 最終的に何人になるの?」
「おいおい……俺だったらまず顔と名前を覚えられねえよ……」
(それは俺もだな……)
ジョカは一人目ということや、下半身が蛇ということで覚えやすいだろう。
だが明日明後日に二人目三人目と続けば、各々を覚えられる自信がない。
最終的に何人を目指しているのかわからないが、三日目で二人目が来るというのは相当な急展開が予測される。
「……いえいえ、さすがに三人目は少し先ですよ。二人目が早いのは、私が実質番外扱いだからです。まあ……お目付け役のようなものだと思っていただければ」
からりとした態度に、明星も双子も首をかしげる。
ジョカもお嫁さん候補的な存在なのだが、そこに思い入れがない様子なのだ。
普通なら大チャンスと考えて、独占とは言わないまでも優位を得ようとするはずだ。
「どうやら私ががっつかないことが不思議な様子……ではそのあたりを説明しましょうか」
無欲を装っているわけではないと、彼女は説明を始める。
「私をはじめとして、貴方に紹介する女性は誰もが初婚です。普通なら特に意味はないのですが、今回のような状況では深い意味があります」
「えっと……それは?」
「野心を持たない女性がほとんど、ということですよ」
明星もルキフェルも、後宮がぎすぎすしたら嫌だなあ、とは思っている。
そのためにはまず、野心家の女性を後宮に入れたくない。
しかしながら、野心があればあるほど、その本心を巧みに隠そうとするだろう。
その選別は難しいのだが……。
「考えても見てください。野心のある女性なら、まっさきに貴方の従兄弟と結婚しているはずです」
「それはまあ……そうですね」
明星は唯一の後継者であるため、その明星と結婚すればまず『皇帝の妻』については確定する。
しかし最初からそうなると決まっていたのではなく、親族が殺し合って全滅した結果、なんとか探し出してのことであった。
極めてイレギュラーなことであり、想定できたものは一人もいない。
「強い野心を持っていた女性は、既に結婚済み……もちろん残った女性に野心がないとは言いませんが、それでも貴方の従兄弟と結婚した方よりは低いでしょう」
「まあそうだよね……何が何でも一番になりたいって人でも、殺してでも成り上がるって人と、ちょっと足引っ張ってやろうって人に分かれるもんね」
「それ大差なくないか?」
ジョカの説明に安寿は納得するが、女子に夢を持ちたい志夫は微妙に嫌そうである。
「あの……それじゃあジョカさんは野心が無くて……俺に愛されたいとか、俺の一番になりたいとか、思ってないってことですか?」
「正直に申し上げて、その通りでございます」
明星の質問に対して、ジョカは営業スマイルであった。
「……そ、そうですか」
正直な返答に対して、明星も正直複雑な気持ちであった。
「いやまあ……初めて会った人からアプローチされるのも不気味だし、皇帝の孫ってだけの男にぞっこんって言うのも嫌だし、俺の一番になりたいから殺し合うとかされても困るけども……お嫁さん一号からそんなドライだとそれはそれで嫌だなあ……」
「まずお嫁さん”一号”っていうのが、女子的にアウトなんだけどね」
「うっ……」
思春期の男子の赤裸々な男心を吐露する明星だが、思春期の女子のあけすけな軽蔑を聞くとそれはそれで胸が痛む。
やはり明星にハーレムは早すぎたのかもしれない。
「傷つけてしまったのなら謝りますが……下手に飾らない方が、私のことを知ってもらえるかと思いまして」
「いやまあ……そうですけどね。ずっとニコニコして当たり障りのないことを言われていると、スゲー怖いし……」
とはいえ、明星も納得できた。
先ほどの失言で傷ついていないのは、突き詰めれば好きじゃないからだ。
惚れた男から「次の女は?」と言われたらすごく嫌だろうが、そうでもないなら仕事感覚で接せるのだろう。
もちろん、明星の失言だとわかっているからというのもあるはずだが。
「……あの、ジョカさんって仕事のできる女って雰囲気なんですけど……野心とかなかったんですか?」
男性に媚びを売るような振る舞いではなく、あくまでも仕事的な振る舞いをしているジョカ。
下半身が蛇なのでそこに目を奪われがちだが、背筋の伸びた姿勢やはきはきした発言からはできる女の雰囲気がある。
それを感じ取った安寿は、素朴な疑問をぶつけてみた。
「野心がないわけではないのですが……次期皇帝の妻だの、次期皇帝の母だの……そういうものになりたいという野心はありませんでしたね」
お目付け役を任されているだけに、彼女の心には一本の芯が通っていた。
若い社会人、という雰囲気である。それを見て、まだ学生の三人は思わず憧れそうになっていた。
「ルキフェル様のおかげで戦争が終わり、平和な世の中になったのです。どうせなら自分の力で身を立てて、私自身が有名な人物になりたい……そういう野心がありました。実際先日までは、戦乱からの復興に従事を……」
「へ~~……キャリアウーマンさんだ」
「ハーレムでネチネチ争ってるより、そっちの方が格好いいな~~!」
「魅力的な人だな……この人だけでいいような気が……」
女性の身で政治家を志していた、ということだろう。
地道にキャリアを重ねて、いずれば国政に……。
日本風に言えば、そういう感じなのかもしれない。
「正直結婚については諦めていたので、縁談を持ち掛けられても断るつもりでした。しかし皇帝陛下の失政を知って……さすがにこれはまずいと思った次第です」
彼女は自分が出世するためというよりも、魔界を安定させるために今回の後宮に参加したらしい。
経歴からしてそれが明らかなため、ルキフェルも一番最初に送り込んだのだろう。
「そういう理由で、私は積極的ではないのですよ。むしろそれを証明するためにも、貴方を独占する期間は短いほうがいいのです」
「そういうことですか……」
「とはいえ……」
ジョカは机の下を通して、自分の長い尻尾を明星の体に巻き付かせた
そして不意を突かれた明星の体を、前に傾けさせる。
「私も後宮入りした身……手を出しても構いません」
「え?」
前に傾いた明星へ、その美しい顔を近づける。
「もちろん後宮がある程度安定した後で、のことですがね」
「あ、はい……」
「期待しますので、頑張ってください」
なんとも蠱惑的で、ズルい大人の振る舞いだった。
色っぽく見せようという下心で行う、色っぽいしぐさだった。
「頑張ります……!」
それが分かったうえで、つい乗ってしまう男の下心。
明星は今までになく男らしい顔で、全力で請け負っていた。
(実際手を出せるわけだしな……!)
実際に手を出して問題のない女性が、頑張ったらご褒美を上げると言ってくれた。
目の前に人参をぶら下げられた馬のように、ものすごくやる気を出していた。
「うわあ……ちょっとがっかり……」
「がっかりって、どっちが?」
「両方……そりゃあ明星は手を出してもいいんだろうし、あの人もやる気を出してくれないといけないんだけどさ……」
「そうだな、仕事だもんな」
大人の女性には、生真面目でいてほしかった。
そんな幻想を裏切られた安寿は、少し嫌そうである。
一方で志夫は、頷きながらも確認をした。
「あの、ジョカさん。少しいいですか?」
「はい、何でしょうか」
「……俺にも明星と同じことしてくれませんか?」
志夫は今までにないほど真剣な顔で、大人の女性に大人のスマイルを要求する。
「あらあら……」
「駄目ですか……!」
「私の身は、国家に捧げているので……」
すぐそばに明星がいる状況で、うかつなことはできない。
だからこそ、彼女はいろいろと抑えた。
「ごめんなさいね?」
「ありがとうございます……!」
色気のある断り文句だった。
だからこそ、心に響いていた。
心に響くか否か、それは真偽に左右されるものではないのだ。
しいて言えば、心に響くことこそが真実だった。
「ふぅ……桜、お前のことを愛している。だから……俺も断られてきていいか?」
「断るわ」
家庭のある男、友一。
彼は一応妻に確認をした結果……色気のない断りをされてしまうのだった。