情報の共有って大事よね
なんとも鮮やかな奇襲によって、明星を倒してのけた吉備オンラ。
その姿に対して、志夫は素直な所感を述べる。
「映画の主人公みたいだ……」
「確かに……」
明星もまた、思わず同意した。
人間と魔族の混血で、小さい銃とナイフで戦うというのは、なんとも『映画の主人公』感がある。
その鮮やかな立ち回りは、予告編で使われそうですらあった。
「これを褒められると、これを教えた親父が褒められているみたいでいやなんだよね」
一方でオンラは、だぼだぼのジャージを脱いで銃やナイフをしまい始める。
出しやすい一方で、しまいにくいらしい。
そうなるとあらわになるのは、アスリートのような肉体美だった。
明星や冠者と同じ、体脂肪率の低い、筋肉質の体である。
普通なら『真面目にスポーツやってるんだろうな』と思うところだが、彼女の生まれを考えると『過酷なトレーニングを積まされてきたんだろうな』と思ってしまう。
その一方で体に傷が一切ない、残っていないので、そうした辛さがないのは幸いか。
「……ねえ、聞きたいんだけどいいかしら」
「なに?」
「貴方も冠者も明星も、やたらムキムキなのって……人間との混血だから?」
そんなことを聞いたのは、栞だった。
どうやら彼女としては、気になるところだったらしい。
「魔族も魔獣も、どれも手足がやたら細いのよ。でも私が知っている混血は、みんな手足が筋肉で太いわ。これって、人間の血が混じった結果なの?」
「……ああ、それ聞くんだ」
ややけだるげに、オンラは自分の身体的特徴について説明を始める。
「人間との混血だから手足が太い、っていうのはちょっと違う。私たちがムキムキなのは……吉備との混血だからだよ。吉備の術はただ真金の利器を出すだけじゃなくて、筋肉にも力が籠められるんだ」
(そういえばあの桃次郎さんも、村雨丸を出したとき筋肉が膨らんだような……)
「魔族と吉備の血が混じって両方の体質を継いだら、核で生まれたエネルギーが手足とか筋肉にも働くようになる。常に強化されているようなもんだから、生きているだけでムキムキになるんだ」
そういって、体形の隠しやすいだぼだぼのジャージを着直すオンラ。
「ああ、そういうことだったんだ」
「……あんた、自分のこと何にも知らないのね」
「そういうことだったんだ、じゃねえよ」
「仕方ないだろ、自分しかいなかったんだから!」
今明かされる衝撃の事実、自分がムキムキな理由。
それを知って、明星は納得し、双子は呆れていた。
「そうかそうか、確かに俺の父さんは柔かったらしいし……俺がムキムキなのは母さんの……母さんの……俺の母さん、ムキムキだったのか……」
赤ん坊のころの記憶はあっても、そこまで鮮明ではない。
まさか自分の母親がムキムキだったとは、故人の実母を神聖視する彼にとってはちょっときつかった。
「いや、だから……魔族と吉備の混血だから、ムキムキになるんだってば。吉備の血を継いでいるだけなら、そんなでもないから」
「いや、でもさ……真金の利器で戦う時はムキムキになるんだろ?」
「それはまあ」
「じゃあ一緒だって……そこは不思議パワーで解決してほしかった……」
自分が負けたことよりもショックを受けている明星。
「……あのさあ、いきなり割り込んできて、いきなりケンカ吹っ掛けて、それで図々しいとは思うけど、そろそろ本題に入っていいかな」
きちんと着替えた、とはいってもダボダボのまままだが、オンラは話題を切り出した。
「明星への要件は、さっきので大体すんだんだ。それで吉備家についてなんだけど……」
「なあ安寿、明星は吉備明星なのに吉備家じゃなくて大親家なんだな。オンラさんも吉備オンラなのに吉備家じゃないんだな……」
「犬養さんと楽々森さんと留玉さんが吉備家なのよね……」
「ああもう、うるさいな……」
細かく突っ込みを入れる双子に対して、オンラはちょっと不満を漏らす。
「……私たち混血のコミュニティは、今まであの親父が吉備家の金を抜いて、それで維持してたんだ」
(酷い話だな……)
「まあ私たちも働いてないわけじゃなかったんだ。親父の仕事を手伝い……押し付けられたり壁にされたりしたんだけど……」
(酷い話だな……)
「今収入が全然ないんだ……コミュニティ全体が無職なんだ……ニートなんだ……」
(酷い話だな……)
話題が深刻過ぎて、明星にケンカを売っている場合ではなかった。
オンラの優先順位が、ちょっと謎である。
「で、ちょうどいいから、私たち混血を雇って欲しいんだよね。私たち混血は全員が魔族へ攻撃が通るし、訓練も積んでるし戦った経験もある。そっちは戦力が足りないんだろ? 色々思うところはあるだろうけど、ここは仲良くしたい……」
これを聞いて、喜んだのはむしろ明星である。
なにせ吉備家の根源的問題、戦力不足の解消がされるのだ。
この話が進めば、明星は本格的にお役御免である。
「へえ、そうやってじわじわ乗っ取ると?」
そういってからかってきたのは、皷である。
「確かにウチは戦力が欲しい。早急に欲しいとかじゃないけど……このままじゃまずい。桃次郎さんも御年だし、傷を負ったしねえ。でも……親戚とはいえ外部の独立勢力じゃあねえ……」
「……」
「反論しないの?」
「別に? 言われると思ったし、疑わない方が怖いよ。そもそも親父が裏切り者だしね」
「からかいがいがないわね」
吉備家からすれば、オンラ達を信じる理由が一つもない。
とはいえ、そんなことはオンラ側からしても承知の事実だった。
「仕方ないよ。そもそも対等の関係なんて最初から求めてないし、求められても困るんだ。そっちはさっさと対応しなくても何とかなるけど、こっちはさっさと何とかしないととんでもないことになる」
オンラはあくまでも、大人の対応をしていた。
「とりあえずさ、視察だとか捜査だとか、そういう名目でもこっちに来てほしい。交渉からでも始めたいんだ」
「……まあそうでしょうねえ。実際こっちとしても、放置するなんてできないわ。とりあえず桃次郎さんに話しておくわね。まあ今は動けないでしょうし、私たちが見に行くと思うけど……」
ちらちらと、明星の方を見る皷。
「超強いボディーガードが欲しいわね~~」
「ドローンでリモートワークしている人に、ボディガード?」
「まあまあ、真面目な話、貴方もちょっとは興味あるでしょう?」
「……まあ正直」
「だったら~~ね?」
これはこれで強引と言えるのではないだろうか。
力づくではないが、どんどん押し込んでくる。
「ちょっと明星! この間怒られたばかりじゃないの!」
「……まあいいじゃねえか、安寿。放っておいたらそれはそれで怖いだろ?」
「志夫! 何言ってるのよ!」
「……父さんと母さんに話して、ジョカさんとかといっしょに行けばいいじゃん」
「……まあそうだけど」
志夫の建設的な意見に対して、安寿は黙った。
明星本人が直接行くかどうかはともかく、ジョカや両親には話すべきだろう。
「ジョカ?」
その名前に対して、混血及び吉備家の面々は首を傾げた。
この状況で両親の名前が出るのはわかるが、ジョカという者は誰か。
一体どんな関係なのか、不思議そうである。
※
ルキフェルの一族が同士討ちでほぼ全滅して、明星が次期魔界統一皇帝になることを説明中。
※
「バカじゃないの?」
オンラの感想は、志夫と同じだった。
「まさか私の親父よりも馬鹿な父親がいたなんて……」
「反省はしているから……自分がバカだって、認めてたから……」
「救えないな……子供からすればとんでもない話だよ」
明星は一応弁護するが、それでもオンラからすれば呆れるほかない。
いやさ、もはや軽蔑の域だった。
とはいえ、それは本人たちも認めているので仕方ないのだが。
「魔界統一皇帝の存在を聞いたばかりの私たちは、その話を聞いてどう思えばいいのかな……」
鯉は先日から始まった情報量の暴力に、すっかり頭を痛めていた。
脅威となる存在を知ったすぐ後で、その脅威がものすごい速さで自滅しているという現実。
そして自分たちがさらった男が、魔界統一皇帝の血を継ぐものどころか、その後継者に確定している。
明星を巡る状況の複雑さは、留まるところを知らなかった。
「人類史を紐解いても、アレキサンダー大王みたいなのはいるし……一概にあり得ないとは言えないわね」
なお、栞。結構前向きにとらえて、それで終わらせていた模様。
「……仲のいい後宮か、確かに他に手はないわね」
そして皷は、魔族たちの最終的な結論に理解を示していた。
「ルキフェルが魔界を統一するまでは、跡目を継げなくても他所に逃げて再起を図れたんでしょうね。でも統一してしまった以上、それも無理。次期皇帝になれなければ、仲の悪い兄弟姉妹に殺される。全員死ぬまで戦うしかなかったのねえ……」
(つまり俺の後宮も下手をすればそうなると……嫌だなあ……)
既にナベルとフォライの間柄が不穏なので、もうその未来が規定になりつつある。
三人しかいないのに険悪なのだから、あと一人増えただけでもとんでもないことになりそうだった。
「まあとにかくそういうことなんで……もう『知らなかった』とか『聞いてなかった』とかでブッキングしないでほしいんだよ……。だからジョカさんたちも一緒に来てもらう」
改めて、他のことに首を突っ込む余裕がないと悟る明星であった。