表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/35

息つく暇もないって奴

 吉備家で明星のお嫁さんになる予定だった、三人の娘たち。

 彼女たちはかなり強引に、明星の通う学校に入り込んできた。

 もしかして吉備家はこういう家風で、なんでも強引なのかもしれない。

 そうなのだとしたら、吉備桃香も大概だった可能性があるので、ちがったらいいなあと思わずにいられない。


 ともあれ、明星は当然のことながら、志夫も安寿も話を聞かずにはいられなかった。

 放課後の帰宅途中、六人はそろって、大きな公園のベンチに座って話をすることとなった。


「……あのね、こんなこと言われても困るだろうなあってのはわかるんだけど、言わせてほしいんだ」


 まず口火をきったのは、楽々森鯉だった。


「すっごい気まずい……」

(そうでしょうね……)


 ある意味素直で、ある意味まともな彼女である。

 こんなことを言ったらどうなるか分かったうえで、言わずにいられなかった。

 表情からして本心なので、明星たち三人は思わず同調する。

 すくなくとも今回の無茶は、彼女の意志ではないようだ。


「貴方たちも言いたいことはあるでしょうけど、こっちも当主様からの命令なのよね~~。実際ほら、魔界統一皇帝の血族をフリーにするのは怖いし」

(そりゃそうだ……)


 その一方で、少女にしか見えない少女人形を介して話してくる皷なのだが、彼女の説明ももっともだった。

 その気になればいくらでも適役を探せるはずが、わざわざ顔を知られている三人を、転校という形でわかりやすく送ってきた。

 それはそれで、誠意と言えなくもない。


「もう強引にさらったりしないから安心してちょうだい。じわじわ仲良くなって、あわよくば引き入れようとは思っているけど、それだけだから」

「それは安心できねえなあ……」


 自分の正体はまるでさらさないのに、内情はさらす人形師。

 その話しぶりをきいて、志夫と安寿は明星に確認する。


「なあ明星……あれ、本当に人形なのか?」

「いやまあ、確かに見た目の年齢と話方がアンバランスだけども……」

「……どうだろう、一周回って本物かもしれない。でもおとといは、アレと同じぐらい精巧な人形を遠くから操ってたんだ」


 本物なのか偽物なのかわからない、というのが人形師の強みなのだろう。

 というか理屈から言って、今目の前にいる人形と全く違う容姿の、別の人形を用意できるわけで。

 そうなったら、いよいよ見分けができないわけで。

 正直、おっかない相手である。


「ふふふ……それにしても、明星も人が悪いわね!」


 そして……めちゃくちゃノリノリなのが犬養栞であった。


「魔界統一皇帝の孫にして吉備桃一郎の孫……凄いわ、半端じゃないわ! 魔族の肉体と真金の利器を併せ持つなんて、厨二の鏡だわ! 今どきなかなか登場させられないレベルだわ! 痛々しすぎて、逆に格好いいわ!」

(この子はこの子で、一周回って清々しいな……)

(この状況でもポジティブシンキングね……)

(夢見る乙女は無敵だな……)


 漫画のような設定の家に生まれて、漫画のような修行をして、漫画のような術が使える栞。

 そんな彼女は、漫画の主人公のような明星に興奮を隠しきれなかった。


「というか、その親御さんのラブストーリーにも興味津々よ! きっと凄い恥ずかしいエピソードがてんこ盛りだわ! 妄想がはかどるわ~~!」

(事実だから困る……)

(父さんと母さんから聞いた話だと、大体そんな感じだしな……)

(下手したら、まだ話してないだけでいろいろ事情がありそうだもんね……)


 自分の親世代が、ラブコメディの登場人物だと知った三人の心中や如何に。

 それに興奮している栞にたいして、冷ややかな目線を向けることもできない。


「まあこれぐらいのメンタルの方が楽しく生きられると思うわよ。鯉ちゃんみたいにまともだと、このご時世生きにくいと思うし」

「……急に転校させられたから、前の学校の友達になんて言えばいいのかわからない……」


 異常な事態の中では、まともな子供ほど苦労する。

 ある意味では栞のほうが、現状に適応していると言えた。


「まあとにかくそういうことだから……何なら後で、お菓子をもってお詫びとご挨拶に行く予定だし、双子ちゃんもご両親によろしく言っておいてね」


 皷の仕切りで、さあ解散、という流れになるところだった。


「ああ、ちょっと待ってくれる?」


 そこでいきなりの乱入者が現れた。

 さきほどまで木の影に身を隠していた少女が、その姿をさらしたのである。


 双子は困惑するが、しかし明星と吉備家の三人は違う。

 彼女の髪の色や雰囲気が、明らかに知っている男のそれだったからだ。


「本当は明星一人と話すつもりだったけど、他の奴もいるのなら話は早いよね。少し時間もらえるかな」


 非常にだぼだぼとした、くたびれたジャージを着ている、髪がぼさぼさの少女。

 安寿や志夫と年齢が変わらない一方で、なんとも粗暴な雰囲気の彼女は、陰気な雰囲気を醸し出しつつ名乗った。


「吉備オンラ。吉備冠者の娘だっていったら、わかるよね?」


 おととい殺した男の娘が、殺した者たちの前に現れたのだった。



 吉備冠者の娘、吉備オンラ。

 そう名乗った少女の登場に、明星たちは困惑を隠せなかった。


(マジで娘居たのか……?! いや、というか……!!)


 どうしようもないクズではあったが、それでも父親ではあったのだ。

 だとしたら、自分は彼女に申し訳ないことをした。

 いや、そもそも何をしに来たのか。もしかして報復をするのではないか。

 もしかして他にも仲間がいて、周辺に隠れているのではないか。

 などなど考えることは多かったのだが……。


「なあ明星……俺もう、誰が誰だかわかんなくなってきたんだけど……」

「私もそうよ。もうちょっと間を置いてくれないと、人物が消化できないんだけど……」

「俺もそう思う……」


 キャラクターの整理が済んでいないのに、新キャラが現れた。

 明星もそうだが、双子も混乱していた。

 情報が多すぎて、理解しようとさえ思えなくなってきた。


「冠者の娘、か……。奴は未婚だったはずだけど、私たちに隠していただけでしょうね。奴は混血だったけど、貴方も混血なのかしら?」

「まあね、一応真金の利器も使えるよ」


 その一方で、おそらく最年長であろう皷が話を仕切り始めた。

 その顔からは表情が抜け落ちており、おそらく『操作している本人』がそこに神経を割かなくなった、ということだろう。


「親父が死んだ、殺されたのはすぐ知ったよ。最初は桃次郎って人に返り討ちにされたのかと思ったけど、あんたたちがやったんだってね」

「……仇討ちか?」


 このご時世で、仇討ちをされる目に合うとは思わなかった。

 しかも冤罪でも親の因果でもなく、自分が実際に殺した男の娘が相手とは。

 なんかもう、何を思えばいいのかもわからない。


「まさか」


 やさぐれている雰囲気のオンラだが、それは父親が殺されたからではないらしい。

 むしろ親が殺されたことに対して、嬉しそうですらある。


「あの親父、外面(そとづら)だけは良かったらしいけど……知った通り、中身は最低の屑だからさ。ぶっ殺されてせいせいしたよ。あいつの計画がうまくいって、何をやってもよくなったら……アンタたちもそうだけど、私や姉さん、妹も『使われて』いたと思うしね」

「マジかよ、クソじゃん……」

「そ、そういう奴、いるんだな……」


 実話でもありえることだが、志夫は思わず感想を漏らした。

 まともな家で生まれた彼からすれば、本当に信じられないことなのだろう。


「明星、アンタ間違ってないよ。私はそう思う」

「わかってくれてうれしいよ」


 実の娘からここまで言わせるのだから、さぞ酷い男だったのだろう。

 そんな男がこの世を去ったことに、安寿は心底から安堵していた。


「私たち混血のコミュニティがあるんだけど……ぶっちゃけ、アイツの死を悲しんでいる奴はほとんどいないよ。母さんたちも喜んでる、これで自由だってね」

(え、混血って結構いるのか? いやまあ、いても不思議じゃないけど……)


 冠者自身が実際どの程度本気だったかはともかく、彼の親世代は混血をたくさん作って兵隊にして、ルキフェルへの反抗勢力を作るつもりだったのだ。

 ならば冠者にも同世代がたくさんいて、さらにその子供世代も多くいるのだろう。

 混血児は自分だけだ、と思っていた明星にとって青天の霹靂である。


「だからさあ、姉妹も母さんたちも、アンタにお礼をしたいって言ってるんだ。わたしもそうなんだけどね」


 少しばつが悪そうに、オンラは視線を切った。


「ちょっと、思うところがあるんだ」


 相変わらず、彼女からは怨嗟や憎悪を感じない。

 割と本気で、親が死んで喜んでいる。

 それはとても悲しいことであり、彼女が悪いわけではない。


「もしも何かあって……私がアンタを殺そうとして、アンタに返り討ちにあったとして……」

(その発想が既に怖いな……)

「あの親父が、何をするのかって考えたんだよ」


 そこで唐突に、親への憎悪が噴き出た。


「きっと『不出来とはいえ俺の娘に勝つとはすごいな、俺の仲間にしてやろうか』って言うと思う」


「確かに言いそうだし、言われたら腹が立つよね……」


 おそらく一般的な感性であろう鯉が、それを認めていた。

 あれだけ自己中心的な男なら、自分の利益だけを押し通しそうである。


「だろ? だから私も少し考えた。このまま『あのクソ親父を殺してくれてありがとう、友達になって』とかいったら、親父と一緒になっちまうってね」

「……それはわかるけども、どうしたいんだ?」

「あんなんでも一応親だし、養ってくれてはいた。それが殺されたのに、何もしないのは……まあよくない。ってことで、ちょっと勝負してくれない?」


 憎くはないが、一応のけじめは必要だった。

 彼女の言い分も、わからなくはない。


「とはいっても、六対一は厳しいし……」

「まて、俺も入ってるのか?!」

「私も?!」

「戦う気のない奴もいるだろ? 一対一で、殺し無しで、アンタとやろう」


 割とぐいぐい進めていくが、一応了解はとっていた。

 あくまでも、いきなり仕掛けることはない。

 それが心証をよくしていたのか、明星は受けることにした。


「わかった……まあ気持ちはわかるしな」

「ありがと」

「みんなは下がってくれ」


 明星は直感的に理解していた。

 目の前の彼女は、自分を殺せるほど強くないと。

 加えてタナスや冠者と違って、殺意もないと。

 だからこそ試合を受けていた。


「……それじゃあ、やるぞ」


 明星は服を脱ごうとした。

 あるいは彼女も、服を脱ぐのだろうと思っていた。


 だが、オンラは服を脱ごうともしなかった。

 このままでは服が破れて悲惨なことになるのに、まるで手をかけなかった。

 そのうえ、真金の利器も出そうとしない。

 彼女が最初のワンアクションに選んだのは、ポケットの中に突っ込んでいた手をぬいて、伸ばすことだった。


 すると、まるでスパイ映画のように、袖から金具がのびて、小さな拳銃(・・)が手に収まる。

 彼女は実に訓練された動きで、その引き金を引いた。

 それこそ、明星になんの反応も許さないほどである。


 小さい口径の、二発しか撃てない、射程距離も短いデリンジャー。それも両手で保持をしない、やや不安定な片手撃ちである。

 だがそれはこの局面では正しく機能し、明星の脳天に弾丸を届かせる。


「あ?」


 もちろん、そんなに強い弾ではない。

 当たったところで、脳みそをぶちまけるようなことはない。

 それでも明星の意識を刈り取るのは十分で、大きな体の彼は後ろに倒れはじめた。


「……!」


 そして、その体が倒れきるより早く、オンラはデリンジャーを投げ捨てて彼に接近し、マウントポジションをとった。

 そのままもう片方の手から小ぶりなナイフを取り出し、それを明星の胸元に突き付ける。


 あまりにも見事な、訓練された、完ぺきな奇襲。

 その場の全員の想定を上回った彼女は、悠々と明星の再生を待った。


「……な、なんだ?」

「動かないほうがいいよ。いま私は、アンタの急所にナイフを突きつけているんだからね」


 魔族との混血である明星にとって、頭部はいくらでも再生できる場所である。

 小さい口径の弾丸に撃たれただけなら、すぐに復帰が可能だった。

 だがそれでも、詰んだ体勢での復帰に過ぎない。


「……は?」


 気づけば仰向けに転がされ、馬乗りにされ、胸元にナイフを向けられていた。

 何が起きたのかわからない明星は、ただただ困惑する。


「私たち混血は、魔族になって『核』を露出させない限り死ぬことはない。たとえ全身を粉々にくだかれたとしてもね。でも……人間の姿の時に胸に何かを突きさされた状態で、核を露出させようとすれば……それはそのまま、核を貫かれた状態になってしまう。そのまま死ぬんだよ」


 その明星に対して、オンラは悠々と『混血』の弱点を説いた。


「試してみる?」

「い、いや、試さない! 俺の負け!」

「そっか」


 何事もなかったかのように、オンラは立ち上がった。

 最高スペックを持って生まれた明星、あの冠者を力押しで圧倒した明星、それをあっさりと制したことに吉備家の面々は震え……。

 大親家は……。


「え、今、銃撃った?!」

「なんで銃とかナイフとか持ってるの?!」

「親の教育だよ……。小さいころから、ずっと教え込まれた。外したらすごく怒られてね、自分の体に撃たれたりした」


 魔族よりもよほど異質で無縁な、『現実の武器』。

 それを彼女が当然のように使ったことに、双子は困惑を隠せなかった。

 そして、悲しい日々が開かされてしまう。


「あとねえ、明星。コレ大事なことだから覚えておいたほうがいいよ」

「な、なに?!」

「私たち混血は、魔族や人間の完全上位互換じゃない。混血だからこその弱点もある」


 放り捨てたデリンジャーを回収しつつ、彼女は明星が知らなかった、知るはずもなかった弱点を説く。


「純粋な魔族は、人間や人間世界の武器で攻撃されても修復する。胸の核を壊されても、何事もなかったかのように修復する。だから人間が魔族を殺すには、真金の武器がいる。これは人間側も同じでね、魔族が角や翼、尻尾で攻撃しても修復される」

(タナスがそんなことを言っていたような……)

「でも私たち混血は、どっちの攻撃も完全に通じる。純血の魔族なら、どんなに貧弱でも効かない『普通の拳銃』も、私たちには致命傷につながるんだ」


 混血である明星や冠者、オンラは『人間界の食べ物』も『魔界の食べ物』も簡単に食べられる。

 だがそれは、魔族からの攻撃も、人間からの攻撃も、どっちも完璧に通るということだった。


「気を付けたほうがいいよ」

「あ、はい……」


 なんとも鮮やかな実践授業だった。

 一応撃たれたのに、まるで恨みやら何やらが残らない。

 それこそ、合気道の技を体験して「すげ~~」となったようなものだった。


(いやまあ……日本では拳銃を持ち歩かないほうがいいよ、というのは野暮なんだろうな……)


 いきなりお出しされた『非日常』。それによって、一行はびっくりせざるを得なかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。 混血…面白い生態ですね。
[良い点] どんなクソでも親は親、どんな親でもクソはクソ。 [気になる点] まだ分からんが、結局の所、それぞれのコミュニティにどれだけの数が所属しているのか、に帰結するんやろか。 [一言] ボクシング…
[一言] 魔族と結婚すると脳内嫁と思われたりするんじゃ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ