息つく暇もないって奴
吉備家で明星のお嫁さんになる予定だった、三人の娘たち。
彼女たちはかなり強引に、明星の通う学校に入り込んできた。
もしかして吉備家はこういう家風で、なんでも強引なのかもしれない。
そうなのだとしたら、吉備桃香も大概だった可能性があるので、ちがったらいいなあと思わずにいられない。
ともあれ、明星は当然のことながら、志夫も安寿も話を聞かずにはいられなかった。
放課後の帰宅途中、六人はそろって、大きな公園のベンチに座って話をすることとなった。
「……あのね、こんなこと言われても困るだろうなあってのはわかるんだけど、言わせてほしいんだ」
まず口火をきったのは、楽々森鯉だった。
「すっごい気まずい……」
(そうでしょうね……)
ある意味素直で、ある意味まともな彼女である。
こんなことを言ったらどうなるか分かったうえで、言わずにいられなかった。
表情からして本心なので、明星たち三人は思わず同調する。
すくなくとも今回の無茶は、彼女の意志ではないようだ。
「貴方たちも言いたいことはあるでしょうけど、こっちも当主様からの命令なのよね~~。実際ほら、魔界統一皇帝の血族をフリーにするのは怖いし」
(そりゃそうだ……)
その一方で、少女にしか見えない少女人形を介して話してくる皷なのだが、彼女の説明ももっともだった。
その気になればいくらでも適役を探せるはずが、わざわざ顔を知られている三人を、転校という形でわかりやすく送ってきた。
それはそれで、誠意と言えなくもない。
「もう強引にさらったりしないから安心してちょうだい。じわじわ仲良くなって、あわよくば引き入れようとは思っているけど、それだけだから」
「それは安心できねえなあ……」
自分の正体はまるでさらさないのに、内情はさらす人形師。
その話しぶりをきいて、志夫と安寿は明星に確認する。
「なあ明星……あれ、本当に人形なのか?」
「いやまあ、確かに見た目の年齢と話方がアンバランスだけども……」
「……どうだろう、一周回って本物かもしれない。でもおとといは、アレと同じぐらい精巧な人形を遠くから操ってたんだ」
本物なのか偽物なのかわからない、というのが人形師の強みなのだろう。
というか理屈から言って、今目の前にいる人形と全く違う容姿の、別の人形を用意できるわけで。
そうなったら、いよいよ見分けができないわけで。
正直、おっかない相手である。
「ふふふ……それにしても、明星も人が悪いわね!」
そして……めちゃくちゃノリノリなのが犬養栞であった。
「魔界統一皇帝の孫にして吉備桃一郎の孫……凄いわ、半端じゃないわ! 魔族の肉体と真金の利器を併せ持つなんて、厨二の鏡だわ! 今どきなかなか登場させられないレベルだわ! 痛々しすぎて、逆に格好いいわ!」
(この子はこの子で、一周回って清々しいな……)
(この状況でもポジティブシンキングね……)
(夢見る乙女は無敵だな……)
漫画のような設定の家に生まれて、漫画のような修行をして、漫画のような術が使える栞。
そんな彼女は、漫画の主人公のような明星に興奮を隠しきれなかった。
「というか、その親御さんのラブストーリーにも興味津々よ! きっと凄い恥ずかしいエピソードがてんこ盛りだわ! 妄想がはかどるわ~~!」
(事実だから困る……)
(父さんと母さんから聞いた話だと、大体そんな感じだしな……)
(下手したら、まだ話してないだけでいろいろ事情がありそうだもんね……)
自分の親世代が、ラブコメディの登場人物だと知った三人の心中や如何に。
それに興奮している栞にたいして、冷ややかな目線を向けることもできない。
「まあこれぐらいのメンタルの方が楽しく生きられると思うわよ。鯉ちゃんみたいにまともだと、このご時世生きにくいと思うし」
「……急に転校させられたから、前の学校の友達になんて言えばいいのかわからない……」
異常な事態の中では、まともな子供ほど苦労する。
ある意味では栞のほうが、現状に適応していると言えた。
「まあとにかくそういうことだから……何なら後で、お菓子をもってお詫びとご挨拶に行く予定だし、双子ちゃんもご両親によろしく言っておいてね」
皷の仕切りで、さあ解散、という流れになるところだった。
「ああ、ちょっと待ってくれる?」
そこでいきなりの乱入者が現れた。
さきほどまで木の影に身を隠していた少女が、その姿をさらしたのである。
双子は困惑するが、しかし明星と吉備家の三人は違う。
彼女の髪の色や雰囲気が、明らかに知っている男のそれだったからだ。
「本当は明星一人と話すつもりだったけど、他の奴もいるのなら話は早いよね。少し時間もらえるかな」
非常にだぼだぼとした、くたびれたジャージを着ている、髪がぼさぼさの少女。
安寿や志夫と年齢が変わらない一方で、なんとも粗暴な雰囲気の彼女は、陰気な雰囲気を醸し出しつつ名乗った。
「吉備オンラ。吉備冠者の娘だっていったら、わかるよね?」
おととい殺した男の娘が、殺した者たちの前に現れたのだった。
※
吉備冠者の娘、吉備オンラ。
そう名乗った少女の登場に、明星たちは困惑を隠せなかった。
(マジで娘居たのか……?! いや、というか……!!)
どうしようもないクズではあったが、それでも父親ではあったのだ。
だとしたら、自分は彼女に申し訳ないことをした。
いや、そもそも何をしに来たのか。もしかして報復をするのではないか。
もしかして他にも仲間がいて、周辺に隠れているのではないか。
などなど考えることは多かったのだが……。
「なあ明星……俺もう、誰が誰だかわかんなくなってきたんだけど……」
「私もそうよ。もうちょっと間を置いてくれないと、人物が消化できないんだけど……」
「俺もそう思う……」
キャラクターの整理が済んでいないのに、新キャラが現れた。
明星もそうだが、双子も混乱していた。
情報が多すぎて、理解しようとさえ思えなくなってきた。
「冠者の娘、か……。奴は未婚だったはずだけど、私たちに隠していただけでしょうね。奴は混血だったけど、貴方も混血なのかしら?」
「まあね、一応真金の利器も使えるよ」
その一方で、おそらく最年長であろう皷が話を仕切り始めた。
その顔からは表情が抜け落ちており、おそらく『操作している本人』がそこに神経を割かなくなった、ということだろう。
「親父が死んだ、殺されたのはすぐ知ったよ。最初は桃次郎って人に返り討ちにされたのかと思ったけど、あんたたちがやったんだってね」
「……仇討ちか?」
このご時世で、仇討ちをされる目に合うとは思わなかった。
しかも冤罪でも親の因果でもなく、自分が実際に殺した男の娘が相手とは。
なんかもう、何を思えばいいのかもわからない。
「まさか」
やさぐれている雰囲気のオンラだが、それは父親が殺されたからではないらしい。
むしろ親が殺されたことに対して、嬉しそうですらある。
「あの親父、外面だけは良かったらしいけど……知った通り、中身は最低の屑だからさ。ぶっ殺されてせいせいしたよ。あいつの計画がうまくいって、何をやってもよくなったら……アンタたちもそうだけど、私や姉さん、妹も『使われて』いたと思うしね」
「マジかよ、クソじゃん……」
「そ、そういう奴、いるんだな……」
実話でもありえることだが、志夫は思わず感想を漏らした。
まともな家で生まれた彼からすれば、本当に信じられないことなのだろう。
「明星、アンタ間違ってないよ。私はそう思う」
「わかってくれてうれしいよ」
実の娘からここまで言わせるのだから、さぞ酷い男だったのだろう。
そんな男がこの世を去ったことに、安寿は心底から安堵していた。
「私たち混血のコミュニティがあるんだけど……ぶっちゃけ、アイツの死を悲しんでいる奴はほとんどいないよ。母さんたちも喜んでる、これで自由だってね」
(え、混血って結構いるのか? いやまあ、いても不思議じゃないけど……)
冠者自身が実際どの程度本気だったかはともかく、彼の親世代は混血をたくさん作って兵隊にして、ルキフェルへの反抗勢力を作るつもりだったのだ。
ならば冠者にも同世代がたくさんいて、さらにその子供世代も多くいるのだろう。
混血児は自分だけだ、と思っていた明星にとって青天の霹靂である。
「だからさあ、姉妹も母さんたちも、アンタにお礼をしたいって言ってるんだ。わたしもそうなんだけどね」
少しばつが悪そうに、オンラは視線を切った。
「ちょっと、思うところがあるんだ」
相変わらず、彼女からは怨嗟や憎悪を感じない。
割と本気で、親が死んで喜んでいる。
それはとても悲しいことであり、彼女が悪いわけではない。
「もしも何かあって……私がアンタを殺そうとして、アンタに返り討ちにあったとして……」
(その発想が既に怖いな……)
「あの親父が、何をするのかって考えたんだよ」
そこで唐突に、親への憎悪が噴き出た。
「きっと『不出来とはいえ俺の娘に勝つとはすごいな、俺の仲間にしてやろうか』って言うと思う」
「確かに言いそうだし、言われたら腹が立つよね……」
おそらく一般的な感性であろう鯉が、それを認めていた。
あれだけ自己中心的な男なら、自分の利益だけを押し通しそうである。
「だろ? だから私も少し考えた。このまま『あのクソ親父を殺してくれてありがとう、友達になって』とかいったら、親父と一緒になっちまうってね」
「……それはわかるけども、どうしたいんだ?」
「あんなんでも一応親だし、養ってくれてはいた。それが殺されたのに、何もしないのは……まあよくない。ってことで、ちょっと勝負してくれない?」
憎くはないが、一応のけじめは必要だった。
彼女の言い分も、わからなくはない。
「とはいっても、六対一は厳しいし……」
「まて、俺も入ってるのか?!」
「私も?!」
「戦う気のない奴もいるだろ? 一対一で、殺し無しで、アンタとやろう」
割とぐいぐい進めていくが、一応了解はとっていた。
あくまでも、いきなり仕掛けることはない。
それが心証をよくしていたのか、明星は受けることにした。
「わかった……まあ気持ちはわかるしな」
「ありがと」
「みんなは下がってくれ」
明星は直感的に理解していた。
目の前の彼女は、自分を殺せるほど強くないと。
加えてタナスや冠者と違って、殺意もないと。
だからこそ試合を受けていた。
「……それじゃあ、やるぞ」
明星は服を脱ごうとした。
あるいは彼女も、服を脱ぐのだろうと思っていた。
だが、オンラは服を脱ごうともしなかった。
このままでは服が破れて悲惨なことになるのに、まるで手をかけなかった。
そのうえ、真金の利器も出そうとしない。
彼女が最初のワンアクションに選んだのは、ポケットの中に突っ込んでいた手をぬいて、伸ばすことだった。
すると、まるでスパイ映画のように、袖から金具がのびて、小さな拳銃が手に収まる。
彼女は実に訓練された動きで、その引き金を引いた。
それこそ、明星になんの反応も許さないほどである。
小さい口径の、二発しか撃てない、射程距離も短いデリンジャー。それも両手で保持をしない、やや不安定な片手撃ちである。
だがそれはこの局面では正しく機能し、明星の脳天に弾丸を届かせる。
「あ?」
もちろん、そんなに強い弾ではない。
当たったところで、脳みそをぶちまけるようなことはない。
それでも明星の意識を刈り取るのは十分で、大きな体の彼は後ろに倒れはじめた。
「……!」
そして、その体が倒れきるより早く、オンラはデリンジャーを投げ捨てて彼に接近し、マウントポジションをとった。
そのままもう片方の手から小ぶりなナイフを取り出し、それを明星の胸元に突き付ける。
あまりにも見事な、訓練された、完ぺきな奇襲。
その場の全員の想定を上回った彼女は、悠々と明星の再生を待った。
「……な、なんだ?」
「動かないほうがいいよ。いま私は、アンタの急所にナイフを突きつけているんだからね」
魔族との混血である明星にとって、頭部はいくらでも再生できる場所である。
小さい口径の弾丸に撃たれただけなら、すぐに復帰が可能だった。
だがそれでも、詰んだ体勢での復帰に過ぎない。
「……は?」
気づけば仰向けに転がされ、馬乗りにされ、胸元にナイフを向けられていた。
何が起きたのかわからない明星は、ただただ困惑する。
「私たち混血は、魔族になって『核』を露出させない限り死ぬことはない。たとえ全身を粉々にくだかれたとしてもね。でも……人間の姿の時に胸に何かを突きさされた状態で、核を露出させようとすれば……それはそのまま、核を貫かれた状態になってしまう。そのまま死ぬんだよ」
その明星に対して、オンラは悠々と『混血』の弱点を説いた。
「試してみる?」
「い、いや、試さない! 俺の負け!」
「そっか」
何事もなかったかのように、オンラは立ち上がった。
最高スペックを持って生まれた明星、あの冠者を力押しで圧倒した明星、それをあっさりと制したことに吉備家の面々は震え……。
大親家は……。
「え、今、銃撃った?!」
「なんで銃とかナイフとか持ってるの?!」
「親の教育だよ……。小さいころから、ずっと教え込まれた。外したらすごく怒られてね、自分の体に撃たれたりした」
魔族よりもよほど異質で無縁な、『現実の武器』。
それを彼女が当然のように使ったことに、双子は困惑を隠せなかった。
そして、悲しい日々が開かされてしまう。
「あとねえ、明星。コレ大事なことだから覚えておいたほうがいいよ」
「な、なに?!」
「私たち混血は、魔族や人間の完全上位互換じゃない。混血だからこその弱点もある」
放り捨てたデリンジャーを回収しつつ、彼女は明星が知らなかった、知るはずもなかった弱点を説く。
「純粋な魔族は、人間や人間世界の武器で攻撃されても修復する。胸の核を壊されても、何事もなかったかのように修復する。だから人間が魔族を殺すには、真金の武器がいる。これは人間側も同じでね、魔族が角や翼、尻尾で攻撃しても修復される」
(タナスがそんなことを言っていたような……)
「でも私たち混血は、どっちの攻撃も完全に通じる。純血の魔族なら、どんなに貧弱でも効かない『普通の拳銃』も、私たちには致命傷につながるんだ」
混血である明星や冠者、オンラは『人間界の食べ物』も『魔界の食べ物』も簡単に食べられる。
だがそれは、魔族からの攻撃も、人間からの攻撃も、どっちも完璧に通るということだった。
「気を付けたほうがいいよ」
「あ、はい……」
なんとも鮮やかな実践授業だった。
一応撃たれたのに、まるで恨みやら何やらが残らない。
それこそ、合気道の技を体験して「すげ~~」となったようなものだった。
(いやまあ……日本では拳銃を持ち歩かないほうがいいよ、というのは野暮なんだろうな……)
いきなりお出しされた『非日常』。それによって、一行はびっくりせざるを得なかった。