事後報告
かくて明星は、なんとか母方の実家から抜け出した。
その翌朝には適当に山を下りて行って、何とか電波のつながる場所にたどり着いた。
あとは真金の利器ならぬ文明の利器スマホによって、なにも面白いことはなく連絡をして迎えに来てもらって、話は終わった。
双子の前で誘拐されたということでとっくに誘拐事件になっていたが、明星は警察に対してあいまいな返事をしてなんとかしのいだ。
警察も捜査をしたが犯人逮捕には至らず……おそらくそのまま迷宮入りとなるだろう。
真剣に治安を維持しようとしている警察には申し訳ないが、何事も起きなかったということにするほかない。
とはいえ、さすがに家族、およびお嫁さんたちには報告することとなった。
二泊三日の誘拐生活(母方の実家)、そこで起きたことをすべて話した。
当然、親戚であり同類である、吉備冠者を殺したことも含めてである。
「……なあ明星、大変だったのはわかるんだけどさ……すげえ言いにくいんだけどさ」
ほら話としか思えない体験談を聞いて、志夫は青い顔をしていた。
「俺と安寿には早すぎると思うんだ……そこまでは言わなくてもいいだろぉ……」
「アンタの迫真の説明で、胃の中のものが出そう……」
それは安寿も同じだった。
明星の説明がどうに入っていたからこそ、高校生である二人には重荷だった。
リアルな殺人話など、聞いて楽しいものではない。
「ごめん……」
なんでも言い合える家族は最高だが、それはそれとして話題は選ぶべきだった。
吉備明星、まだまだ勉強が必要である。
「ん……そのなんだ、おじさんもキツイ」
「もうちょっとぼかしてほしかったわ……転がすとかそんなかんじで」
「ごめんなさい……」
ヒーローが家族に正体を隠したり、仕事をぼかす理由を知る明星であった。
やはり平和な家庭には、刺激の強すぎる話題だったようである。
「なんと……そのような組織があったとは驚きですね。しかも明星様のお母さまがその血筋とは……正直に申し上げて、私どもはまるで把握しておりませんでした」
それを理解しているジョカは、露骨に話題を切り替え始めた。
「友一様と桜様は、それをご存じなかったのですか?」
「全然知らなかった。桃香のお父さんが仕事で亡くなったって話は結構前に聞いたけども……それぐらいかな」
「私も聞いたことがなかったわ。ああ、でも……」
桜はなにやら、思い当たることがある様子だ。
「そういえばあの子、槍だか長刀みたいなのをもってなかった? ほら、ヘレルに切りかかってたじゃない」
「そういえばそうだったような……アレが真金の利器だったのかなあ?」
(それ忘れることか?)
当たり前の光景というのは、疑問を覚えにくい。
槍を持って追いかけまわす少女というのはどう考えてもおかしいが、相手が魔族なら仕方ないのかもしれない。
それにまあ、明星の大量・神度よりは大分現実味がある。家に槍があっても、まあ、そこまでおかしくないし。
「あ、あの……私としては、明星様の母方のご実家に、魔族の者が入り込んだことが怖いのですが……」
話に入ろうとしたフォライが、やはり魔族がらみのことで提起する。
確かにそのことも、それなりに重要だ。
「お話を聞く限り、アモンの一族だと思うのですが……」
「そうですね、太陽のシンボルのような胸のマーク。魔界統一戦争において、初期に敗退した有力者たちです。人間界に逃れた後、魔族退治の一族と接触したのですね」
魔界統一皇帝の一派も、人間界に逃れてきた魔族については余り知らないらしい。
日本で例えれば、豊臣秀吉が天下統一した後、戦国武将の生き残りが海外に逃げ延びた……みたいな話であろう。
治世に忙しいので、それどころではなかったと思われる。
「でもまあ……その冠者って人もアレだよな。めちゃくちゃ恨んでいる魔界統一皇帝様が、今まさに自滅寸前だって知ったらどう思ったんだろうな」
「明星を殺せてたら、それこそ勝ちだもんねぇ……」
「わざわざ言わなかったけど……あんまり気にしなかっただろうな」
冠者と直接会った明星は、彼の馬脚をじっくりと拝見することになった。
特に命乞いをするときなど、保身のこと以外何も言っていない。
「アイツいろいろ言ってたけど……すごかったぞ。男尊女卑どころじゃなくて、ただのめちゃくちゃ自己中心な奴だった。今までは演技でおとなしくしていたんだから、すげえと思うよ。そこだけは褒める」
吉備冠者に唯一褒めるところがあるとすれば、明星をして勝てない、逃げることもできないと思った桃次郎を完全に欺いたことだ。
周囲の三人娘を騙していたことも含めて、何十年もの間己を殺していたのである。
それこそ、たった一回の好機を作り出すために。
「よくあんな性格で、今まで我慢できたもんだよ」
「それは違うぞ、明星。多分だが、そいつがそこまで歪んだのは、ずっと我慢していたからだ」
「私もそう思うわ~~。何十年も我慢していたら、そりゃあうっぷんもたまるわよ」
一方で友一と桜は、その執念が彼を蝕んだという。
実際それも、かなりあるのだろう。
冠者は混血であり、なおかつ吉備家に入り込んでいた身である。
明星が案じていたように、正体を見破られれば殺されかねなかった。
ならば乗っ取ってトップに立ち、力づくで従わせる……というのはわかることだろう。
吉備家から逃げようと思わなかったのは、明星と違って『帰る家』がなかったからに違いない。
彼は吉備家で生きるしかなく、かつ、乗っ取るしかなかったのだ。
そのためには、桃次郎がどうしても邪魔だった。
というか、桃次郎以外は正面から殺せるつもりだったのだろう。
だからこそ桃次郎が衰えるか、自分が強くなるまでは待つつもりだったのだろうが……。
桃次郎はあの年になっても衰えず、彼自身の成長はどこかでとまったのだろう。
そうして長年、うっぷんを溜め続けたのだ。
「……あの、ジョカさん。もしも俺が魔界統一皇帝になって、ちゃんと治世をしたら……魔界からこっちへ、魔族が来ることは減るんですかね?」
明星は自分の将来を考えて、その仕事の意義にふけった。
「貴方にそれは無理です」
「……そうっすよね」
なお、全否定された模様。
若者の思い描く可能性を、全力で否定するスタイル。
変に夢を見られてもこまるので、こまめに叩くのが大事であった。
「そういうことは、貴方の子供世代に託しましょう」
「託されたら困ると思うんすけどね……」
「貴方は現時点ですでに、ルキフェル様から託された課題でパンクしているのでは?」
「そうだった……」
ルキフェルが後宮運営とか後継者育成に失敗しまくったせいで、そのツケが明星に全部のっかっている。
これを立て直すことが、明星という男の人生の課題だった。
他のことに気を回す余裕など、一切ない。
「手の回らないことは別の者、次の者に任せる……それも皇帝の器量ですよ」
(これが負の連鎖か……)
今からすでに、自分の子供世代へ思いを馳せる明星であった。
『息子たちよ……魔界から逃げ出した魔族が、人間世界に迷惑をかけている。お前たちはそうならないように、よりよい魔界を作ってくれ……』
『そんなめんどくせえこと頼むなよ! 今まで何してたんだよ!』
『こ、子作りと子育てと、お嫁さんの実家の仲裁……』
『ふざけんな!』
大ブーイングが待っていそうだった。
「……あの、失礼ですが、一代でできることなど程度が知れますよ。治安、秩序、民心の回復は、百年程度でどうにかなるものではありません」
「すみません」
ちょっといらっとした雰囲気のジョカに対して、明星は素直に謝った。
おそらくだが、明星が『俺が一生懸命頑張ればなんとかなるんじゃねえの?』と思っていることにムカついたらしい。
「……ごほん、興味を持っていただいたこと、魔界統一皇帝の仕事の重要さを認識していただいて嬉しいです」
その一方でジョカも、大人げなかったと反省していた。
下手に正論を説いて、無駄に反抗されてはたまらない。
なにより、やる気が失せてしまうのは問題だった。
「そ、そうですよ、明星様……! 人間界に残って人間を守る……とか言わなくて、私嬉しいです!」
(俺も君もそれでいいけど、文章にすると最悪だな……)
なお、フォライ。
魔界で生きる魔族にとって、割と当然のことを言う彼女だが、言っていることは人間目線だと最悪だった。
「明星様は、私たちを……魔界の魔族を選んでくださるのですね……」
「ねえねえ! 明星!」
惚気ようとしたところで、ナベルが割り込んできた。
それはもう、鼻息が荒い。
「子供つくった?! 作るようなことした?!」
(中学生みたいなことを……中学生かもしれないけども……!)
「どうだった?!」
いろいろな意味で目を輝かせているナベル。
胸の傷みとか嫉妬とか、自分から離れる恐怖とか、そんなのは全く考えていないらしい。
まさに天衣無縫、天真爛漫、無邪気、純粋無垢。
褒めてない。
「やってないよ、マジで」
「ええ~~~?」
「ちゃんと断って、偉いわよ明星。もしもの時は、家にいれなかったもの」
「正直今回みたいなケースだと強く否定しにくいが……お母さんの言う通り、断ったのは偉い」
「俺だったらやっちゃうかもな~~……恋人とか許嫁とかいないし」
「その時は追い出すわよ、その家の子になりなさい」
(やっぱり家に入れてくれないのか……)
無責任な行動に対しては、大親家は厳しい。
この家で育った明星は、その倫理観を理解していた。
(誘拐されて、自分を殺せる人に脅されて、それでもだめなのか……)
友一はそうでもなかったが、桜と安寿はめちゃくちゃ厳しかった。
殺人よりも重い罪が、大親家にはあるのである。
※
連休明け早々に、明星は学校へ登校した。
そりゃあ連休が明ければ登校して当たり前だが、普通の連休明けよりも沈痛な顔をしていた。
なにせ誘拐されて殺人をして、そのあと遭難して、その上警察から事情聴取までされたのである。
如何に最高スペックを持つとはいえ、未成年にはとてもつらい連休だった。
休まる要素ゼロである。
疲れた表情の明星だが、それでも外見はいいので周囲からの視線は熱い。
というか、彼が誘拐されて行方不明だったことはクラスメイトにとっては周知の事実だったので、そんな話題で持ちきりだった。
まさか実母の実家に拉致監禁されていたなど、想像もできまい。
ざわつくクラスメイト達の喧騒を置いて、明星はクラスの窓から外を見た。
今彼が考えているのは、あの三人の娘たちだった。
(俺は日常に戻った……でもあの子たちは、どうなんだろうか)
ほんの少しだが、後悔がある。
この人間の世界を守るために、自分も頑張るべきだったのではないかと。
『貴方特撮番組とかアニメで、人知れずに戦うヒーローが、救っているはずの民間人から心無いことを言われるシーンを知らないの?!』
『無粋ではあるけども、あえて言いたい! 視聴者を代表して、そういう無関心な民間人にあえて言いたい!』
『せめて、協力しなさいと! ヒーローが助けを求めた時ぐらい、頑張りなさいよって!』
『そ、そうですよ、明星様……! 人間界に残って人間を守る……とか言わなくて、私嬉しいです!』
それこそ犬養栞が言っていたように、視聴者目線だと最悪ではなかろうか。
色々と理由はあるが、人類の為に頑張る人たちからの協力要請を断っているのだから。
(あの子たちは今も、この世界を守るために、魔界から逃げて来た魔族と戦っているのだろうか……)
自分がこうして安寧な日々を過ごせているのも、彼女たちのおかげと言える。
そのことを思うと、未練とかではなく罪悪感がわく。
(鯉ちゃん、すげえいい子だったな……外面も内面も超よかったなあ……もったいなかったなあ……。ジョカさんとフォライさん、ナベルちゃんがいなかったらヤバかった……)
まあ内心、少しは未練もあった。
とはいえ、明星には現時点で三人も許嫁がいるので、なんとかこらえられた。
もっと少なかったら、正直ヤバかったかもしれない。
(出会い方さえ違えばなあ……鯉さんや皷さんとも、仲良くなれたかもしれないなあ……)
とはいえ、そんな些細な未練は断ち切らなければならない。
ジョカも言っていたが、人生のリソースは有限なのだ。
(いや、出会い方っていうか、順番だよな……もうルキフェルさんのお話を受けたんだから、もう辞めるべきじゃないって言うか……)
明星にはおじいちゃんの跡を継いで、立派な魔界統一皇帝になって、殺し合いの起きない後宮を作るという立派な使命があるのだ。
流れではあるが既に請け負っているので、それに反することはできない。
(……まあもう終わった話だ、決別は済んでいるだろう。魔族の混血が次期当主とか、それこそ痛すぎるしなあ……)
明星は自分が混血であることへ劣等感を抱かない。だがそれはそれとして、周囲からどう思われるのかは理解している。
吉備家はもうこっちに接触してくることはないだろう、そう思っていた。
「みんな、席についてくれ」
そうこうしていると、先生が入ってきた。
とても困った顔、あわてた顔をしている。
「ああ、そのなんだ……ごほん、みんなに大事な話がたくさんある」
なんだなんだと思いつつ、生徒たちは椅子に座る。
少し落ち着いた後で、明星が誘拐されていたことを思い出した。
普通に考えれば、彼に関することだろう。
実際明星本人も、その手の話をされると思っていた。
「……実は我がクラスの三人が、親御さんの都合で遠方へ引っ越した。突然のことで混乱しているだろうが、私も混乱している。あとでメールや電話で連絡をしてあげてくれ」
かと思ったら、突然の連絡だった。
いきなり三人も転校になるなど、普通ではない。
「それと入れ替わる形で……そのなんだ、うん、転校生が三人来た」
それを聞いて、明星も志夫も安寿も、凄い顔をせざるを得なかった。
「三人とも、入ってきてください」
教師本人も、ものすごく困惑した顔で、転校生三人を紹介する。
「犬養栞です! お願いします!」
「楽々森鯉……らくらくもり、じゃなくて、ささもりです……笹森でも佐々森でもないです……」
「留玉皷でえす! よろしくね~~!」
鯉だけはものすごく心細そうな顔をしているが、他の二人は実に堂々たる姿だった。
(先生! そいつら誘拐犯の一味です! って言いたい……!)
明星は桃次郎へ、誘拐するなよ、とは言った。
でも普通に会いに来るな、とは言っていなかった。
口約束でも、内容は大事。そういうことである。