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母の力

 おかしな状況に、桃次郎達四人は、普通(・・)の人間たちは、理解が追いつかなかった。

 ほんの数分前までは、たしかに自分たちが主導権を握っていた。彼らの思惑から、事態は外れていなかった。

 にもかかわらず、この数分の間になにもかもがひっくり返った。


 それも、たまたま偶然地震が起きた、とかではない。

 知っているはずだった者たち二人が、その正体をあらわにしただけのこと。

 ごく自然に、しかし唐突に。

 吉備家の名に潜んでいた異物同士が戦い始めた。


「おおおおお!」


 夜の闇を引き裂くような、明星の雄々しい咆哮。

 それとともに力強い拳が放たれ、冠者の顔面を捉えていた。


「おぐっ?!」


 金棒『鬼ノ城』を装備しているにも関わらず、冠者は無防備に顔面にもらっていた。

 やはり魔族の定石を一切放棄して、普通の人間のように殴りかかってきたことに驚いたのだろう。

 だがしかし、やはり顔を殴られただけで即死することはない。


「この……ド素人が!」


 顔を殴られて体勢が崩れたことに合わせて、冠者は己の尻尾をフルスイングする。

 それは彼自身の核からエネルギーを送り込まれた、巨大な一撃であった。

 金貨のような鱗に包まれた尾は、まさに巨大な凶器として襲い掛かってくる。


「ああ、まったくその通りだ!」


 明星は無謀にも、それを腕で受けようとする。

 魔族同士の戦いにおいては、絶対に成功しない行動だった。

 だがそれは、あっさりと成功する。


「だけどなあ……俺は、強いんだよ!」


 明星はその太い腕で、その金色の尾を抱えていた。

 そしてそのまま、怪獣映画のように振り回して木々にたたきつける。


「ぐ、ぐあああああ!」

「おお、らああああ!」


 木々がへし折られて、どんどん倒れていく。

 振り回されて木にたたきつけられる冠者は、ただ悲鳴を上げることしかできない。


「うらああ!」


 そして明星が地面に投げ捨てた時には、体中に木片が突き刺さり、さらに全身の骨が叩き折られていた。

 どう考えても助からない重傷だが、それも迅速に治っていく。魔族としての部位が健在であるため、人間の骨など簡単に修復するのだ。

 だがしかし、それは体が治るだけのこと。冠者の心には、明星の、魔界統一皇帝の力が刻まれていた。


「つ、強い……なんだ、この力は……! これが母を追いやった、魔界統一皇帝の力……?!」


 駆け引きだとか技量だとか、そういう問題ではない。

 ただひたすら単純に、腕力が違い過ぎる。

 このまま戦って、勝てるとは思えなかった。


「な、舐めるな!」


 体を治しながら、鬼ノ城を振りかぶる。

 魔族の姿になったうえで、真金の利器を振るう。

 彼の最強の戦闘スタイルであり、全力であった。

 もしもコレまで通じなければ、と思うと恐怖さえ覚える。


「うお、うお、うおおおお!」

「く、くそ……ち……やたらめったら振り回しやがって……!」


 巨大な金棒に対して、明星は回避を行う。

 真金の利器で打たれればどうなるかわからない、そう思うが故の回避であった。


 そして、何とか回避できていた。

 不器用にも適当に下がっているだけだが、素早さも上がっている明星ならそれでも回避はできる。

 反撃はできないが、それでもしのげていた。


「ええい、ちょこまかと!」


 なんとしても当てたかった、安心が欲しかった。

 自分はこの男に勝てるのだと、安心材用が欲しかった。


 だからこそ、冠者は狼の耳に似た角を光らせる。

 収束させた熱閃が、明星の足を貫いた。


「ぐ!」


 もちろん、一瞬で治る。

 しかしその間に、冠者は金棒をカチ当てていた。


「もらったあああ!」


 核だけは守ろうと、明星は腕で受けた。

 だが人間だった時に受けきれなかったように、今回も腕をへし折られながら吹き飛ぶ。

 致命傷こそ免れたが、それでも余裕とは程遠い。


「は、はははは! はははは!」


 痛々しく折れた腕が治っていくさまを見て、冠者は安心して笑い始めた。

 なんだ、勝てるじゃないか。ビビらせやがって、驚かせやがって。

 安心したからこその、大笑いだった。


「なんだ、お前! 魔族としての戦い方もできず、ただスペック任せのごり押ししかできないのか! 角から閃光を放つことも、翼から衝撃波を放つことも、尾を巨大化させることもできない! そんなことで、私に勝てるわけがない! いやあ、安心した! お前がド素人で安心した!」


 夜の森の中を、愉快そうな冠者の声だけが満たした。

 余りにも下劣な笑いを遮るものは、この瞬間存在しない。


「いやあよかったよかった……さんざん演技をして、耐えて耐えて耐えて……ようやく報われた。それが老いぼれたちの占いなんぞに邪魔される、憎い統一皇帝の血にかっさらわれる……そんなことが無くてよかったよ」


 強者として生まれ、強者として育ち、しかし雌伏の時を過ごしてきた男。

 彼は、相手が自分よりも弱くて安堵した。


「せめて真金の儀式が終わっていれば、お前にも然るべき利器が備わり……私とも戦えたかもしれない。だがそれは『たられば』だ。お前は死ぬ、私より弱いからな」

「……俺が、お前より、弱い?」


 腕の再生が済んだ明星は、やや呆れながら立ち上がった。


「俺はさあ、桃次郎さんと最初会ったとき、こりゃあ勝てないと思った。実際アンタが斬られた時、全然反応できなかったしな」

「……そうだろうな。お前を殺そうとすれば誘えるとは思っていたが、誘ったうえで全く反応できなかった。わざと殺されたのではなく、本当に反応できずに殺されたのだ」

「そこは素直なんだな……まあいいさ。でもな……」


 森の木々がなぎ倒されたことで、星空の明かりが明星の顔を照らす。

 その瞬間、その場の全員が明星の顔を見た。

 彼の表情に、恐怖などひとかけらもない。それは隠しているのではなく、まったく怖がっていないだけだった


「アンタには、負ける気がしない」


 その言葉に、冠者は屈辱を隠せなかった。

 それこそ怖がらせてやろうとして、怖い顔をしたのではない。

 不愉快だったからこそ、その顔は歪んだのだ。


「この、クソガキが……私に勝てるだと? 血以外に自慢のないクソガキがぁあああ!」

「アンタが何を自慢しているのか知らないが……正直ちっとも羨ましくないな!」


 明星は自分の胸に手を当てた。

 そして、静かに目を閉じる。

 金棒を振りかざす殺人鬼が向かってきているのに、当然のように心は落ち着いていた。


「母さん……」


 この危機的状況で、死別した母を呼ぶのは……。

 自分の中に宿る、母の血に語り掛けたからに他ならない。


「俺に、力を!」


 父であるヘレルに語り掛けることで、魔族の姿を現すように。

 母である桃香を呼ぶことで、その胸からは光が溢れた。


 魔族の核が光っているのではなく、もっと奥底の、魂ともいえる部位が輝いているのだ。


「出てこい……真金の利器!」


 明星は確信していた。

 今まではやろうとも思ってこなかったが、そういう物があると知った後ならできるのだと。

 そしてその確信は裏切られることなく、彼の中に宿っていた吉備の力、真金の利器が形となる。


「ば、バカな……真金の儀式もせずに、なぜ利器が出せる?!」


 臆病風に吹かれたのか、突撃を取りやめて大きく下がる冠者。

 その顔は、恐怖でぐちゃぐちゃになっていた。


「そ、それに……な、なんだ、その利器は?!」

「これが、俺の、利器。不思議だな……名前が頭に浮かぶよ」


 日本刀よりもはるかに昔の、太古の銅剣だった。

 刀身も柄も一つの金属塊から作られている、とてもシンプルな両刃の直剣。

 それだけなら古いだけだと笑うところだが、大きさが尋常ではない。


 持つ部分、柄が尋常ではなく太かった。明星の大きな手でも指が回らないほどである。

 そのうえで長物ほどに長く、それだけでも尋常ではない重さがあった。

 そしてその柄とほぼ同じ長さの、分厚い刀身が生えている。

 まるで片手剣をそのまま巨大化、肥大化させたかのような、正気とは思えないデザイン。

 しかし明星は、その図太い剣を両手で掲げている。


「真金の利器……大量(オオハカリ)神度(カムド)!」


 破城槌のごとく十人ほどで持ち上げるであろう武器を、明星はまるで普通の武器のように振るい始めた。

 それは一切重量を感じさせない、軽々としたものであった。


「……な、舐めるな! なんの修練もなく、武術の達人である私に勝てるか!」

「自分で達人とか言ってるんじゃねえよ!」


 自分の持っている金棒が、頼りなく見えた。

 だがそれでも、これに頼るほかない。

 冠者は金棒を振り回し、大量・神度とぶつけ合う。


 すさまじいほどの、金属音。

 鼓膜が破れるほどの轟音が、夜の森を切り裂いた。


「お、おおお……!」


 恐るべきは、真金の利器、鬼ノ城。

 通常の武器なら十本まとめてへし折るであろう巨大な剣と打ち合って、曲がりも折れもしていなかった。

 だがしかし、冠者は撃ち負けていた。

 さきほどの明星のように吹き飛ぶこともなく、腕が折られることもなかった。

 だが金棒を握っている腕に力が入らず、大きく弾かれて、体勢が崩れていた。


「でぃやあああ!」


 だが明星は止まらない。

 巨大な剣をとどめることなく、振り回し続けながら襲い掛かる。


 それこそ、漫画やアニメに出てくる巨大な武器を、漫画やアニメのキャラがぶんぶんと振り回し続けるようだった。

 だが冠者にとって不幸なことに、明星の打撃は現実であった。


「ぐ、ぐ、ぐあああ!」


 なんとか、受けきれている。

 金棒という武器の性質上、日本刀よりもはるかに頑丈だ。

 もしも村雨丸のような普通の刃物なら、とっくにへし折れているだろう。

 だがそれは受けきれているというだけで、反撃できるということではない。


(ぶんぶん振り回しているだけで、駆け引きも技もへったくれもない……だが、全部が大ぶりで、全部が胴体を狙っている! こんなもの、こっちの駆け引きもつぶされる!)


 逆に村雨丸のような刃物なら、回避して間合いに飛び込んで斬る、という選択肢もあるだろう。

 それに似たような手として、金棒を捨てて巨大な剣の間合いに飛び込み、そこから素手で戦う手もある。

 だがそれは、気勢で負けている冠者には思いつきもしなかった。思いついたとしても、実行できるはずもなかった。


 結局この男に、そんな勇気はない。

 死ぬかもしれない危険な作戦など、やろうとしても身がすくんで失敗するだろう。


「だ、だが……私にはまだ!」


 だからこそ、小技しかなかった。

 先ほども成功した、角からの熱閃。

 それを明星の顔へ放つ。


「づ!」

「ははは! もらったぞ!」


 それはたしかに命中し、明星の顔を焼いていた。その瞬間、明星は何も見えなくなった。

 顔の再生が終わる前に、核をたたき割る。それが冠者の作戦だった。


「おおおお!」


 だが明星の気勢は萎えなかった。

 振り回す巨大剣を止めることなく、そのままぶん回し続けた。


 これだけ巨大な剣である、振り回していれば当たるはず。

 そんなやけくそな考えではあったが、間違ってはいなかった。


「ぐ、ああああ!」


 角から熱閃を出そうとして、動きが一瞬固まった冠者である。

 その硬直に、破れかぶれの明星の攻撃が入っていた。

 胸の核を切り裂かれることこそなかったものの、胴体が真っ二つに切り裂かれていた。


 激痛とともに、地面に転がる。

 まずいまずいと焦りながらも、半分になった胴体ではいずり、地面に倒れていた自分の下半身をくっつける。

 なんとも怪物じみた動きだが、必死の形相であり、哀れさえさそった。


「ど、どこだ……今確かに、斬ったような感触が……」

(まだ治っていないか……だが、私が先に治りきるとは……!)


 上下に真っ二つにされた冠者だが、切断面をくっつければすぐに治る。

 だがしかし、一気に完全復活とはいかないだろう。

 それこそ数分の間は、歩くのがやっと、走ることも戦うこともできないはずだ。

 そのコンディションで、明星という怪物に勝てるはずもない。


(無理だ!)


 冠者は、ある意味賢かった。

 今日まで憎い桃次郎に媚びへつらってこれたのは、この賢さがあってこそ。

 自分よりもさらに強い明星のことは憎いが、それはそれとして勝てないなら諦めるしかない。


 しかしながら、その逃げることもままならぬ状況で、彼はなんとか周囲を見渡す。

 だがあいにくと、ここは人里離れた山の中。あるのは倒れた木と、倒れていない木だけだ。

 助けを求めることも、車を盗むこともできない。


 それでも何かないかと、彼は周囲を必死で見渡して……にやりと笑った。



 顔を焼かれた明星は、しばらくの間身動きが取れなかった。

 だがそれもすぐのことである、あっさりと顔面は治っていた。


 その表情に恐怖はないが、しかし警戒はしていた。

 どこに逃げたのかと、周囲を見渡していた。


「……どこだ」


 襲い掛かってくる気配はまるでなかった。

 だがしかし、遠くまで逃げられるとも思えなかった。

 それだけの手ごたえを確かに感じたのだ。


 巨大な剣を担ぎつつ、夜の闇に閉ざされた森の中を進む。

 見失うという、不安はなかった。

 夜の闇でも隠し切れないほど、べったりと血が続いているからだ。


 それを追って進んだ先には、やはり冠者がいた。

 ただし、人質を取る形でだが。


「……何の真似だ?」

「見ての通り、人質だ」


 奇妙なことだが、彼が抱えているのは皷……ではなかった。

 いつも彼女を抱えている、マネキンの方を人質にしている。

 そして当の皷の方は、首がへし折れているとわかるほどに、地面にたたきつけられていた。

 だがしかし、それだけだった。普通に考えれば体の中から出血があり、他の体液も駄々洩れになっているべきだろう。

 そうなっていないということは、アレもまた『子供の人形』ということだろう。

 ならば本物は……。


「そうか、そっちのマネキンが本物だったのか」

「そうだ……この娘とも長い付き合いでな、その秘密を察するには十分だったよ。それに……人形を人間に見せかけるだけではなく、人間を人形に見せかける術の存在も知っていたからね」


 考えてみれば、おかしなことは多くあった。

 普通の人間であるはずの皷が、外見と中身が違い過ぎた。

 ならば、皷だと思っている『者』が、実際には別物と考えるべきなのだろう。

 それによくよく見れば、マネキンであるはずの人形は、ずいぶんと苦しそうにうごめいている。


「……で? 反吐の出る小者ムーブしてるところ悪いんだが……さすがにその人を助けるために死ぬ気はないぞ」

「そうだろうな……さすがに武器を捨てておとなしく殺されろ、などという気はない。私が再生するのを待って、その後逃げるのを見逃してくれればそれでいい」


 そしてそのマネキンを拘束している冠者もまた、ずいぶんと苦しそうであった。


「……」


 それを聞いた明星は、迷っていた。

 冠者の出した条件が、落としどころとしては適当な気がしたからだ。

 そして、その迷っている時間こそが、冠者にとっては値千金だった。


(けっきょく! この小僧は、大したことがない! あの桃次郎と違って、常に油断だらけだ! これなら後で家を探して襲えば、簡単に殺せる!)


 余裕がないからこそ、彼は表情を取り繕うことができない。

 その下衆な性根が、どんどん顔に現れていく。


(そうだ、そうすればいい。桃次郎ももう現役復帰はできまいし、こいつさえ殺せば、後はどうとでもなる……私の時代がくる!)


 そう思えばこそ、拘束しているマネキンを強く抱え込んだ。

 コレを確保している限り、手が出せない。そうでなくとも、手を出しあぐねるだけでも十分。


 冠者はにやにやと笑い……実に、油断していた。


「さすがに……何度も何度も裏をかかれたら、人形師の名が廃るわよね」


 冠者の抱え込んだマネキンが、突如として破裂したのである。

 大爆発というにはあまりにも儚い、風船が割れた程度の破裂だった。

 抱え込んだ冠者と、対峙していた明星をびっくりさせる程度の意味しかなかった。


「な、な、なんだ?! こちらも偽物?! だがあっちも……首が折れたのに、まったく出血もなく……!」

「ええ、その通りよ。こっちも偽物だわ」


 明らかに首がへし折れている、そんな角度になっている、皷の頭。

 その顔が、まるで普通のように話していた。


「私は人形を人間に見せかける術だけではなく、人間を人形に見せかける術も使えるわ。でもねえ、どちらかが本物、と思い込ませることも含めて術中なのよ」

「……つ、つまり、本物のお前は、この近くで隠れているのか?!」

「その通り……さて、どこにいるのでしょうか?」

「ふざけるな!」


 下に見ていた『女』に、まんまと騙された。

 その屈辱に震える冠者は、怒りの形相で周囲を見渡す。

 それこそ、人質を失った危機的状況さえ忘れるほどに。

 だがその瞬間を、皷は待っていたのだ。


「もらった!」


 怒り狂う怪物の胸元へ、札を構えた栞が飛び込む。

 魔族の急所である核に、呪符を張り付けた。


「金縛りの術!」


 あまりにも簡素な、術の名前。

 もちろんその効果も、聞いての通り相手を拘束するもの。

 だがそれは、まさしく決定打であった。


「し、栞ぃいいい!」

「混血だったとしても、そのあらわになった核は弱点のままのようね!」

「どこまで私をコケにすれば気が済むのだ……! 私を雑魚の魔獣と一緒にするな、お前ごときの術でそう長く封じられるとでも思っているのか!」


 それでも、冠者は力づくで抜け出そうとする。

 急所への拘束術であるが、それでも核を光らせて抵抗していた。

 符がびりびりと震え、明らかに負荷がかかっている。このままでは、確かに抜け出されそうだった。


「捕縛結界……展開!」


 だがしかし、冠者へ追い打ちがかかる。

 結界の準備を終えた鯉が、冠者への術を発動させたのだ。

 冠者の足元から鎖が伸びて、その全身をからめとっていく。


「みょ、明星君! 助けてくれてありがとうね! わ、私たちでも、これぐらいはできるから!」

「ここで何にもしなかったら、視聴者目線でも最悪でしょ!」

「さっきはものすごい無様を晒したもの……クールぶっている分、少しはいいところを見せないとね!」


 人形を囮にして、符で封じ、さらに結界で縛る。

 まさに魔族退治という光景であるが、明星には〆が待っていた。


「……わかった」


 何をしてくれ、とは言われなかった。

 だがそれでも、明星は請け負った。

 その歩みに対して、冠者は悲鳴を上げる。


「ま、待て、待ってくれ! 私を殺す気か?! 私は混血だが、人間でもある! 人殺しになる気か?! いや、お前も混血だ! それなら同族殺しになるぞ!」


 必死でもがく冠者は、青ざめながら命乞いをする。

 ある意味では、賢いのかもしれない。


「そうだ、金をやろう! 若い君にとって、使い切れないほどの金だ! 私の全財産をくれてやる! どうだ嬉しいだろう?!」


 だがしかし、この状況では頭が回らず、ろくな言葉が思い浮かばない。


「おい、おい! そうだ、私には娘と妻がいるんだ! 私の帰りを待っているんだ! ど、どっちも中々だぞ! どっちもお前にくれてやる! どうだ、好きにしていいぞ!」


 その言葉のすべてが、余りにもクズだった。


「一緒に吉備家を乗っ取ろうじゃないか! お前は、君はまだ若い! どうすればいいのかわからないだろう? お前はただ、好き勝手に振舞えばいい! 雑事は全部私に任せてくれ! 夢のような生活だろう?!」


 皮肉なことだが……命乞いをするごとに、生かしておきたいという気持ちがなくなっていった。


「吉備、明星! 明星様! 私と手を組もう! 同じ吉備の異端として、同じ混血として、同じ男として!」

「その答えなら、もう言っただろ」


 明星は高々と、母から受け継いだ力を掲げていた。



「アンタとは! 仲良くなれそうにないってな!」



 轟音と共に、大量・神度が振り下ろされた。

 ある種の運命が働いたかのように、先ほど桃次郎に斬られた時と同じく、脳天から股したまで真っ二つであった。

 先ほどと違うことがあるとすれば、彼が核をあらわにしているということだろう。

 その核は、しっかりと両断された。


 死んだふりによって大願を成し遂げかけた男は、今度こそ本当に死んだのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 肚の据わり方が、如何にも「素人」って感じの据わり具合や。 [気になる点] 私には娘と妻がいるんだ!て、未婚ちゃうかったんかい。 誤字や作者さんが設定忘れてたの可能性が一番やが、狂気や混乱の…
[一言] 更新お疲れ様です。 一件落着になりそうですね! 
[良い点] 見事に討ち取って男を見せましたね。 カッコいいぞ明星被疑者!
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