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生まれてきた意味

 電気の明かりがない、吉備家の屋敷。

 その周囲は山と森があるだけで、日が暮れると本当に暗くなる。

 木が茂っている関係で、星明りもまるで当てにならない。


 そんな状況であるため、屋敷の中にあるロウソクなどの灯だけが、夜の闇に輝いている。

 なお、闇を照らすには光が不足している模様。


 この不安な夜の中で、明星たちはなぜか屋敷の外に出されていた。

 しかも責任者であるはずの桃次郎は、まだ屋敷の中にいる。


「桃次郎様、遅いわね……」

「儀式の前に禊を……体を流水で清めるって言ってたから……もしかして……」

「心配はもっともだけど、そんなへまをするおじいちゃんじゃないでしょ。もうちょっと待ちましょ」


(俺は学生服のままでいいのだろうか……)


 狐太郎以外の面々は、ちゃんとした和服……神職っぽい服を着ている。

 かなりの正装で、神社に居ても不思議ではない格好である。

 にもかかわらず、明星はまだ学生服だった。

 下着は洗ってもらっているが、正直体臭が気になりつつある。

 桃次郎よりも明星こそが身を清める必要があり、それよりもまず着替えが必要だった。

 神が本当にいるのなら、明星に向かって『服を着替えて出直せ』と神託を下すだろう。


「ふむ……しかし、本当に遅いね……」


 真金の儀式へ同席することになっている冠者も、屋敷の方をずっと見ていた。

 やはり彼も、桃次郎がなかなか出てこないことに、何かおかしいと感じているようだ。


(これは……最後のチャンスかもしれないな……)


 恐ろしい桃次郎がいない状況で、明星の気が急いていた。

 今なら冠者へ、話ができる。

 なんとか説得して、逃げ出させてもらいたいところだ。


(なんかこの人からは親近感を覚えるし……この直感に賭ける!)


 何を根拠に助けてもらえると思うのかはわからないが、とにかく切羽詰まっていた。

 明星は自分でも無茶をしているという自覚が合ったものの、他にどうしようもないので冠者の傍でひそひとを話しかける。


「すみません、冠者さん……ちょっとよろしいですか?」

「どうしたのかね?」

「人のいないところで、お話がしたいんです……」

「……わかった、少し屋敷から離れようか」


 思いのほか、あっさりと思惑はかなっていた。

 明星が少しお願いをしただけで、冠者は何も聞かず、屋敷から離れてくれたのである。

 この好感触に明星はガッツポーズを小さく決めつつ、彼と一緒に栞や鯉、皷達からも離れたのだった。



 屋敷から少し離れただけで、すっかり暗い夜の森。

 わずかに星の光が入ってくる木々の合間で、互いの顔はわずかに見えていた。

 その状況で、明星は言葉を選ぼうとして、止めた。

 とにかくシンプルに、自分の要求を伝えるしかない。そう考えたのである。


「冠者さん……実は俺、いきなり拉致されてここに来たんです……それなのに、あの女の子三人と子供を作れとか、この家の次期当主になれとか……すげー迷惑なんです」


 文章にすると、本当にひどい話だった。

 自分が混血だとかそんな話をする必要がないほど、ものすごく普通に断るべき案件だった。


「……そうか」

「そうなんですよ! なんとか帰れないものですかね……」

「難しいだろうね。君の家はわかっているし、だからこそここに連れてくることができた。もし逃げ出すことができても、捕まえに行くだろう」

「そんな……!」


 それに対して、冠者はとてもまともな返答をしていた。

 確かに逃げ出しても、簡単につかまりそうである。

 そもそも簡単につかまったから、ここにいるわけで。


「な、なんとかならないものでしょうか……」


 明星は、改めて冠者を見た。


 自分と同じように背が高く、自分と同じように筋肉ムキムキ。

 明星にしては珍しいことに、どこか同族意識さえ湧いていた。

 ここまで近い感覚は、祖父であるルキフェルにさえ感じなかった。


「ふむ……なんとかなる、かもしれない」


 少し考えた様子の彼は、自分の胸を軽くたたいた。


「何とかなるんですか?」

「ああ、私なら君を誰の手も届かないところに逃がせるかもしれない」

「どうやるんですか?」

「私の『真金の利器』を使うんだよ」


 そういって、にこにこと笑う冠者は、胸から武器を引き抜いた。

 それは刀ではなく、金棒だった。


 桃次郎の武器である村雨丸は普通の刀だったが、彼の金棒はやや普通ではない。

 それこそ、普通の人間が使える大きさの金棒ではない。

 真金の利器だからこそ、と言えばそれまでだ。だがだとしても、見るからに重そうである。


「真金の利器……()(ジョウ)という。なんともごっつい見た目と、それに見合う名前だろう?」

「そうですね……で、どんなことができるんですか?」


 真金の利器には、特別な力があるのだろう。

 それこそ普通の武器と違って、傷つける以外の特殊能力的な物がある。

 漫画やアニメ、ラノベならそうだった。

 それを期待している明星に対して、冠者はやはり笑っていた。


「これをこうしてね」


 彼はその金棒を、軽々と振り上げていた。


「君の頭を叩く」

「するとどうなるんですか?」

「死ぬ」


 吉備明星の親戚であるはずの、吉備冠者。

 彼はにこにこと笑ったまま、その『金棒』を明星の頭に振り下ろす。

 それは武術を修めている者だからこその、自然な打ち込みだった。

 明星が反応する間もなく、冠者の金棒は振り下ろされていた。


「は?」


 明星が何かに気付いた時、彼は血まみれになっていた。

 いきなり顔に生暖かい液体がぶちまけられたので、何かと思って顔をぬぐう。

 もちろん夜の闇の中なので、なにがかかったのかわからない。

 だがしかし、目をぬぐって前を見ると、とんでもないものが映っていた。


「言ったじゃねえか、兄ちゃん。この男には気をつけろって」

「も、桃次郎ぅ……」


 そこには両腕を切り落とされた冠者と、村雨丸を振りぬいている桃次郎がいた。

 その切断面から流れる血が、明星の顔にかかっていたのである。


「こうやってニコニコ笑って、油断を誘って、切りかかってくるんだからよ」

「は、は……?」


 明星は混乱していたが、それでも一瞬前に冠者がなにを言っていたのかは覚えていた。

 今冠者は、明星を殺そうとしていたのだ。


「お前たち、ちゃんと撮ってたか? 最近のスマホは夜間でも綺麗に撮れるだろ? 俺が正当防衛でやむを得ず斬ったって証拠があるだろ?」


 そして桃次郎は、余裕たっぷりに夜の森に話しかけた。

 その木々の合間には、びっくりした様子の栞、鯉、皷がいる。


「と、撮りました……冠者さん、なんでこんなことを?!」

「桃次郎さんの悪い冗談だと思っていたのに……!」

「どっちにも騙されていたわ……これじゃあ人形使い失格ね……」


 栞も鯉も、スマホのカメラを向けている。皷も人形に抱えられたまま、その両手でスマホを向けている。

 電波が届かないところでも、スマホで動画を撮ることはできる。そしてモバイルバッテリーでもあれば、充電は可能だ。

 だからこそ三人は、今しがたの凶行を撮影することができたのだ。

 だがそれは、この三人が撮影の準備をしていたということであり、それを桃次郎に指示されていたということだった。


「も、桃次郎さん?!」

「兄ちゃんが逃げたいっていうところもばっちりだったぜ」

「そ、そうじゃなくて……冷水を浴びていたんじゃ?」

「いや? ずっとスタンバってたぜ。俺が不在なら、冠者の奴が何かやらかすと思ってな」


 狐と狸の騙し合いに巻き込まれた明星は、何が何だかわからなかった。

 だがそれでも、桃次郎が自分を守ってくれたことは理解していた。


「も、桃次郎……貴様、いつから……!」

「最初からさ、じゃあ死ね」


 明らかに人相の変わっている、鬼気迫る表情の冠者。

 やはりというべきか、桃次郎は顔色一つ変えないまま、村雨丸を振るっていた。

 何の変哲もない日本刀、そうとしか見えない村雨丸は、桃次郎の頭頂部から胴体まで切り裂いていた。

 当然頭部は真っ二つであり、完全に致命傷である。


「おっと……ついつい、いつもの癖で胸まで切っちまったぜ。相手が人間なら、ここまで斬らなくてもいいのにな」


 相手が魔族や魔獣なら、胸にある核まで切り裂かなければならない。

 そのための剣術を人間に振るった結果、過剰に殺す結果となった。

 そのことを少し失敗したと笑いつつ、彼は死体に背を向ける。


「いったん屋敷に戻るか、兄ちゃん。お互い血まみれだ、これじゃあ儀式も何もねえ」

「……と、とりあえず、着替えたいです」

「おう!」


 あまりの異常事態に、桃次郎以外の全員が我を失っている。

 ただ桃次郎の勧めるままに、屋敷に戻ろうとしていた。


 なぜ冠者が明星を殺そうとしたのか、なぜ桃次郎はそれを察していたのか。

 その真相は、文字通り葬られてしまった。


「……?」


 屋敷に戻る最中の明星は、夜の闇の中で死体を見た。

 今目の前で殺されて、地面に倒れた冠者。

 それに対して、違和感を覚えたのだ。


(アレ……殺した、死んだんだよな?)


 夜の闇の中でも間違えないほど、明らかに切り裂かれていた。

 真金の利器を取り出していたことも含めて、どう見ても人形ではなかった。


 にもかかわらず、明星は『人の死』に違和感を覚えた。

 なぜか、実感がわかなかったのだ。


「おい兄ちゃん、死体を見てたって面白くねえだろ。早く付いてきな」

「は、はい……」


 ずいずい先に進む桃次郎、それに続く三人の女子。

 それに遅れている明星は、足早に追いかけた。


(そうだよな……死んだよな? あんな風に切り裂かれたら、人間だって魔族だって死ぬよな?)


 明星は、論理的に自分を納得させようとする。

 脳天から胸元までまっすぐ斬られたら、生きていられるはずがない。


(まあ俺なら死なないだろうけども、それは俺が混血(・・・・)だからで……!!)


 唯一、生きていられる可能性が脳裏をよぎったとき。

 明星の中で、最も恐ろしい想像が浮かんだ。


(相手を油断させて、背中をとる。それさえできれば奇襲は成功……!)


 今自分の目の前を歩く桃次郎は、完全に油断していた。

 その背中を見て、明星は走っていた。


「危ない!」

「あ?」


 明星はその大きな体で、桃次郎の体に抱き着いた。

 なにがなんだか、という桃次郎は、しかし目を見開いて驚いていた。

 明星のその後ろから、死んだはずの冠者が金棒を振りかぶっていたのだ。


「無駄だ」


 明星の背中に、鬼ノ城がたたきつけられる。

 それによって明星の背骨はへし折れ、さらにかばったはずの桃次郎ごと吹き飛ばして、森の木へ二人まとめてぶつかっていた。


「私の鬼ノ城を、人間一人で防げるわけもない。桃次郎の方は致命傷にならなかったが、それでももう戦えないな」


 今しがた、脳天を切り裂かれて死んだはずの男がよみがえった。

 その異常事態に三人の娘たちは目を見開いて驚き、地面に転がっている桃次郎もうめきながらその姿をにらんでいる。


「て、てめえ……俺は確かに、お前を殺したはずだ……どうなってやがる……!」

「ふむ……確かに殺されただろうな。私が普通の人間なら、私が普通の魔族ならな」


 三人の娘たちは、声も出せずに後ずさっている。

 平然としゃべっている冠者は、今も両断された傷跡が残っている。

 なんのトリックもない、彼は切り裂かれたうえで復活したのだ。


「だが、どちらでもないとしたら?」


 彼の頭から、狼の耳のような『角』が。

 その背中からは、鷺のような『翼』が。

 その尾には、金貨のような鱗を持つ『尾』が。

 そしてその胸には、太陽のシンボルのような核が現れていた。


「もしも私が……魔族との混血だったなら、そうでもないのだよ」


 背骨をへし折られた明星は、折れ曲がった体のままその姿を見て理解した。

 なぜ自分が、彼に対して親近感を覚えたのか。

 それは親戚である以上に、同族だったからなのだと。


「ま、魔族と人間の混血?!」

「そうだよ、栞。君の好きそうな話だろう? 私は最初から、人間と魔族の間に生まれた子供だった。途中から入れ替わったとかではなく、ただ正体を隠していただけだ」


 どうやら魔族退治の専門家でさえ、人間と魔族の混血は初めて知ったらしい。

 栞たちも桃次郎も、その姿に目をむいて驚いている。


「……君たち若い衆は知らないだろうが、そこに転がっている桃次郎は、元々当主になるはずがなかった。だが彼は強すぎたため、当主に据えざるを得なかった……笑えないことに、彼の兄である桃一郎も、同じぐらいに強くてねえ……私の父たちは、彼ら兄弟に憎悪を向けていたのさ」


 いかに優れた武人とはいえ、桃次郎は人間である。

 都合よく体が治るとか、そんなことはない。

 だからこそ、正体を現した冠者はゆうゆうと目的を明かしていた。


「その折に……私の母がこの世界に来た。魔族の世界を追われた彼女たちは、父たちにこう話を持ち掛けた。『我らの血を混ぜて、強大な戦士を生もう』とね。普通なら一笑に付すところだが、私の父たちはそれを受け入れた。なぜかは、言うまでもないだろう?」

「……その当時から、強い魔族が人間世界に来るようになったから、ですよね」

「その通りだよ、鯉。私の核を見ればわかると思うが……私の母もまた強大だった」


 太陽のシンボルマークのような胸の核を、冠者は誇らしげになでた。

 大きめの野球ボールと同じほどであり、一般的な魔獣や魔族よりも大きい。


「父たちは、桃次郎に奪われた当主の座を奪い返したかった。では私の母は、なぜそんな話を持ち掛けたと思う? なぜそもそも、魔界を追われたと思う?」

「謎のはずのことを、貴方は知っているの?」

「その通りさ、皷。母は苦々し気に、私へ教えてくれたよ」


 冠者はかっと目を見開いて、魔族の力を放出しながらあらぶった。


「魔界での権力闘争に負けたからだ、とね!」

 

 初めて聞いた吉備家の者たちをして、あっさりと納得できるものだった。

 だがその納得が、冠者には不愉快だった。


「ああそうか、と納得したか? 不愉快だな、そんなあっさりと理解されるのは! 実際にどれだけの敵だったのか、話す前から理解されるのはね!」


 冠者は勘違いを訂正するべく、全力で怨敵の名を叫んだ。


「私の母を人間世界に追い込んだのは……魔界統一皇帝ルキフェルだ!」


「魔界統一皇帝……?!」

「ルキフェル……!」

「魔界は確か、群雄割拠の世界のはず……」

「それを統一するような化け物がいるってのか……」


「そうだ……奴は、そして奴の血を継ぐ者たちは圧倒的に強かった……。私の母も弱くはなかったが、奴たちが強すぎるあまり逃げることしかできなかった。その屈辱が、お前たちにはわかるまい!」


 彼は涙さえ流しながら、その苦悩を訴えた。


「生まれながらの弱者ならば、その屈辱も当然と思って受け入れられるだろう。だが強者として生まれながら、しかしさらに圧倒的な強者が現れ、他の弱者とまとめてあしらわれる屈辱。その苦渋が、どれだけかわかるか!」


 彼は今、自分と母を重ねていた。


「私にはわかる! 母と父の間に生まれ、強大な力を持ち、それを研鑽してきたにも関わらず……老いたはずの桃次郎に、結局力では勝てなかった。だからこそ、死んだふりなどという阿呆な真似をする羽目になった。してやったりと思う一方で、やはり面白くはないな」


 不愉快そうに、彼は金棒を振りかざした。

 その向かう先は、やはり桃次郎である。

 さしもの桃次郎も、いまだに身動きができずにいる。

 今ならば、どんなチンピラでも彼を殺せるだろう。

 ましてや『魔族の力』と『真金の利器』の両方を使う冠者ならば。


「……私の実母に関しては適当にごまかしていたが、実父についてはごまかしようもないのでな。桃次郎は最初から、父の子である私を警戒していた。桃一郎の孫であるそこのガキのことも、狙うと踏んでいた……。だが一枚上手だったのは、私の方だったな」


 冠者は二重の意味で本性を晒しながら、悠々と進む。

 しかしその前に、栞たちは立ち塞がった。


「そ、そこまで聞いて、私たちがここを通すとでも?! どう考えても、ただの八つ当たりでしょう!」

「そ、そうです! 冠者さん、どうかと思わないんですか?!」

「止めさせてもらうわ、冠者さん……いえ、裏切り者!」


 だがその三人を見ても、冠者は厭らしく笑うだけだった。


「そこをどけ、お前たち。桃一郎の孫と違って、お前たちには利用価値がある。女として、私が有効活用してやろう」


 三人の背筋が、ぞわりと震えた。

 それはまさに、三人が恐れた『女性を物扱い』する、最悪の男だった。


「聞いての通り、私の目的は……私が生まれた目的は、吉備家を取り戻すことだけではない。魔界に攻め込み、統一皇帝の一族を滅ぼすことだ。そのためには……吉備家と魔族、その混血がもっと大勢いるのでな」


 欲だった。

 この男は、欲でしか女を見ていない。

 そんな男に負けるわけにはいかないと、三人は術を使おうとする。

 しかしながら、三人はわかっている。自分たちに攻撃する術はなく、それを目の前の男も知っていると。


「お、お前ら……逃げろ!」


 桃次郎は、悔しそうにうめいた。

 声を出すことにも苦痛が伴う中で、何とか三人を逃がそうとする。


「逃げられるとでも思っているのか、桃次郎。いやそもそも、逃げて意味があると思っているのか? お前さえ倒れてしまえば、吉備家は私のものだ。お偉いご老人たちの意見など……力で排除すればいいだけのことだからな」


 目の上のたんこぶを排除した男は、なんの恥ずかしげもなく暴力に訴えようとしている。

 自分よりも強いものを排除した後だからこそ、武力第一を掲げる。

 なんとも自分勝手だが、それができるだけの力はあった。


「酷い奴だな……アンタ。そんな奴を頼ろうとしたなんて、俺の目は曇ってたようだ」


 だがそれに、異を唱える男がいた。

 背骨が折れて立てなくなっていたはずの、吉備明星である。


 直撃しなかった桃次郎でさえ立ち上がれないほどのダメージを受けたなら、直撃した彼が立てるはずがない。

 困惑する一同だが、既に『その可能性』を知っていた。


「……そうか、君もそうだったのか。桃一郎の娘は、魔族と子を成していたのか。道理で父の方が分からなかったわけだ」

「まあな……正直、いつバレるんじゃないかってひやひやしていたよ……」

「ははは! これは傑作だ! 占いで選ぼうがそうでなかろうが、どのみち吉備の当主は混血だったわけだ!」


 心底から愉快そうに、冠者は笑う。

 そして三人の娘たち、桃次郎は歯を食いしばる。

 結局自分たちは、何もわかっていなかったのだと。


 だが明星は、ただ前に出た。

 怯える三人をかばうように、倒れた桃次郎を守るように、冠者の前に立ったのだ。


「なんだ、その真似は。まさかそいつらを守ろうというのか? お前を浚ってここに連れて来た奴らを、助ける義理があるのか? さっきまで私に、切実に訴えていたじゃないか」

「……まあな」

「それならいっそ、私と組まないか? 桃一郎の孫というのは面白くないが、混血なら話は違う。そこの女の体が気に入ったなら、使わせてやってもいいぞ?」


 下衆そのものな、冠者の勧誘。

 しかしながら、吉備一家からすれば否定する材料がない。

 そう、明星には吉備家を守る理由がない。


「とりあえず、いろいろ言いたいことはあるが……」

「なんだ?」


 明星は初めて出会った混血(どうるい)に、それでも闘志を向ける。



「アンタとは、仲良くなれそうにないな!」



 簡潔な、敵対の意志。

 それを見て、冠者は笑った。見下すように笑った。


「ははは! 一応言っておくが! 魔界統一皇帝の一族を除けば、私の母は最高位の魔族だった! その母の力を継ぐ私は、当然最高位の魔族と同等の力を持っている! お前の父親が、それより上なんてことはない! わかるか? 如何にお前が桃一郎の孫だろうと……魔族の血が、その核が、その格が! 全く違うのだよ!!」


 その温度差に、明星は呆れる。


「恥ずかしい奴だな、おっさん! アンタ、ダサいぜ!」


 格好いい言葉を探すこともない。

 心底から見下す明星は、自分の制服の、その胸を破った。


「寄りにもよって、俺にそんな自慢をするなんてな!」


 明星は自分の中の、父親の血に訴える。

 目の前の男が言っていた、魔界統一皇帝の力へ訴える。


「さっきの口ぶりからして、直接見るのは初めてだろう……これが!」


 金属製のねじれた角が、図太い尻尾が、六枚の翼が、金星のような核があらわとなる。


「魔界統一皇帝の血筋、その姿だ!」


 その威容に、冠者を含めた吉備家の者たちは畏れた。

 魔族の、あらゆる部位が規格外にデカい、デカすぎる。

 こんな怪物に、太刀打ちできるわけがない。


「……馬鹿な、桃一郎の娘は、魔界統一皇帝の子供と子を成したのか?」

「そうだ!」

「い、一体何のために?! 最高の魔族退治の血と、最強の魔族の血を掛け合わせたのだ?!」

「さあな……少なくとも俺は、何も知らない。父さんも母さんも、俺に何も言い残さなかった」


 悲願を託されて、今こそ成就させようとしている冠者。

 その彼へ、何も託されなかった少年は叫ぶ。


「きっと、何も考えてなかったんだろうさ……でも、それでいい! 俺はそれでいい!」


 誇らしげに、愛を叫んだ。


「俺は、愛されていた! 父さんと母さんは、愛し合っていた! 俺はそれだけあれば十分だ!」


 そして、目の前の男を否定する。


「生まれてきた目的なんて、いらねえんだよ!」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 王道の裏側をホンのチョット挟むだけで、こうも味わい深く成るモンなんやな。 [気になる点] 両親に愛されていたと言うのをこうも連呼されると、嫌なフラグに思えてならん。 [一言] 親ガチャの当…
[一言] 更新お疲れ様です。 混血だというのまでは見抜けませんでしたね…! 次回が楽しみです!
[良い点] 盛り上がってきた! [一言] 最高です。 狐さんの更新も待ってます。
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