真金の儀式
魔族退治一家と共に、明星は山の中を歩いていた。
この山なのだが、とても整備されている。
特に道があるわけでもないのだが、背の低い雑草が生い茂っているわけではなく、足場が悪いということもない。
だからこそ学生服でも、魔族退治一家の草鞋でも、まったく問題はなかった。
(このお爺さん、すげえすいすい歩いていくな……)
とはいえ、桃次郎が道路でもない山をすいすい歩いていく姿には地味に驚く。
明星の中に有る『お年寄り』のイメージとは、余りにも程遠い。
もちろん、先ほどの戦いぶりを見た後なのだから、大いに驚くほどでもないのだが。
「あ、あの~~……明星君、ちょっといいかな?」
「うぉ?! あ、ああ、鯉さん……なんですか?」
先行する桃次郎と違って、他の三人は明星のすぐ後ろを歩いている。
それは明星が逃げないようにしているというよりも、桃次郎から距離を取りたがっているようだ。
まあ確かに、偉い人の傍というのはあんまり近づきたくあるまい。
だが鯉に限れば、明星と話をしたいからのようだった。
「あ、あのさあ……明星君、凄く大きいよね! この間は座っていたから何とも思わなかったけど、一緒に歩いていると凄い見上げちゃうね!」
「あ、うん、まあ……」
歩幅が違うので、鯉はかなり急ぎ足だ。
明星もそれに合わせたい気持ちはあるのだが、あんまり遅いと桃次郎に殺されそうなので、彼から離れないようにしている。
そして……もちろんだが、鯉もそんな話をしたいわけではない。
「……見てもらったからわかると思うけどさあ、ウチって本当に魔族退治の家なんだよ」
「うん……」
「詐欺でも怪しい宗教でもないんだよ……」
「はい……」
実際に魔獣を見せ、術を使って倒す。
それは確かに、本物の証明だった。
「……詐欺とか宗教とか思われたらさ、すごくイヤだったんだ」
「だろうなあ……」
「でもそれはそれとして……たまに、詐欺だったらよかったのにって思わないでもないんだ……」
(この子とは仲良くなれそうだな……)
自己矛盾している鯉だが、明星には気持ちがわかる。
実は俺、魔族との混血なんだ……と友達に言ったとして、その友達から『嘘つくなよ』と信じてもらえないのもいやだが『本当なんだ、凄い!』と信じてもらえるのも嫌なのである。
鯉も同じようなもので、そもそも魔族云々を話題に上げたくないのだろう。
「私たちってね、お寺とか神社みたいな修行をしているんだけど、本当に効果のある修行なのがいろいろ痛くて……」
「わかる……」
この場合の痛いとは、修行が痛いという意味ではない。
修行は修行で苦しいのだろうが、それはそれとして世間とのギャップが悩ましいのだろう。
よっぽどの変人でもない限り、このご時世と大きくずれている自分の生き方に疑問を持つだろう。
「鯉はネガティブね、でもそういう悩みを抱えていても真面目に修行する……。そういうキャラクターは推せるわ」
(この子とは仲良くできそうにない……)
なお、栞はその変人である模様。
特別な家に生まれて、特別な力を持って生まれて、特別な術を学んで、特別な仕事に就く。
実際世のため人のために頑張っているのだから、むしろ誇りを持つべきだろう。
だけども一般的な感性からは程遠いし、何なら痛く見える。
「私ね……栞ちゃんみたいなメンタルになりたかったな……」
「あらあら! 褒めても何も出ないわよ!」
(マジで羨ましいメンタルだな……)
だけども、資質と環境が一致している。
悩みはないし実生活に支障もないのだから、たしかに羨ましいメンタルであった。
「若い子たちは楽しんでいるわね~~、この後のこととか考えてないのかな?」
にゅっと、皷が三人の間に突っ込んできた。
これは比喩ではなく、彼女が全身で三人の中に割り込んできたのである。
彼女を抱えているマネキンが、彼女を前に突き出してきたのだ。
如何に皷が小さいとはいえ、なんとも腕力のあるマネキンである。
「え、なんかまだあるんですか?」
「それはもう! 多分『真金の儀式』までやっちゃうんじゃないの?」
「大体察しのつく儀式ですね……」
「わかりやすくていいわよね」
真金の儀式とは名前から察するに、桃次郎のように体から剣を出せるようにする儀式なのだろう。
もちろんその儀式を受けるのは、吉備の生まれである明星のはずだった。
(なんかもう、ぐいぐい進めていくな……もう逃げちゃおっかな……)
ふと、逃亡が頭をよぎった。
その時、先行していてこちらを見てもいなかった桃次郎が、こちらを向いて楽しそうに笑った。
(無理だ)
偶然ではない、と理解するには十分すぎる。
読心能力があるとかないとかではない。このお爺さんは逃げようとしたら一瞬で見抜くし、躊躇なく斬ってくる。
今までは最悪逃げればいいと思っていたが、それが無理だとわかってきて心が重くなる。
明星は話題を切り替えることにした。
「あの、皷さん。貴方は俺との……まあほにゃららについて、どう考えてるんですか?」
「私はアリだと思ってるわよ」
消極的であってほしかったが、どうやら乗り気のようである。
「だってほら! 明星君格好いいし、若いし、背も高いし、ムキムキだし!」
「外見褒めますねえ……」
「事実でしょ?」
「まあ俺もそう思ってますが……」
出会って一日ぐらいしか経っていないので仕方ないが、見た目しか褒めてくれない。
鯉も言っていたが、正直見た目だけ目当ての女性と肉体関係に至るのは嫌だった。
それをオープンにしてくる皷は、正直苦手だった。
「まあそれにねえ……」
ここで皷は、意味ありげに言葉を濁した。
「占いをする前は、私たちの最有力候補って……結構年齢が離れていたのよ」
これを言うと、栞と鯉はちょっとだけ嫌そうな顔をした。
「嫌な人じゃないのよ? でもねえ……あのままの流れだと、年上の人と重婚をして、そのまま……って感じだったのよ。もうそれが嫌じゃない? 貴方と一晩の関係の方がマシだし、貴方と重婚っていうのもそれよりはマシじゃない?」
(あくまでもマシなのか……)
あくまでも他人事感覚である明星は、そもそも自分が彼女たち三人の結婚相手候補になっていることがすでに嫌だった。
「おいおい、アイツの悪口なんて言ってると、影が差すぜえ?」
その会話を聞いていた桃次郎が、意地悪気に笑った。
なぜだろうか、その笑みからは一種の邪悪さを感じずにいられない。
※
森を降りて屋敷に戻ると、中年の男性がそこに立っていた。
それこそ友一と年齢の変わらない、明星とは親と子ほども歳の差がある男性だった。
(この人が話題に出ていた『最有力候補』の人か……なんか親近感が湧くな)
とても鍛えこまれた、筋肉もりもりで背の高い、非常に恵まれた肉体。
そのうえで表情は柔らかく、髪の色はやや青みがかっている。
体型が似ていることもあってか、明星は彼を見た時から近しい雰囲気を感じていた。
それこそ、桃次郎よりもよほど親近感がわく。
「やあ、初めまして。君が吉備明星君だね? 私は吉備冠者、君とは少しばかり遠縁の親戚だよ」
「ど、どうも~~! 初めまして~~! 明星です~~!」
奇妙な親近感があるからか、明星は初対面の、しかも誘拐犯一味の男性との握手に応じていた。
それこそ自分の頭を触りながら、下手に出つつにやにや笑いながらである。
「冠者さんはね、桃次郎様につぐ実力者! 次期当主の呼び声も高い強者なのよ! 気も優しいし、弱い人にも偉ぶらない。いやあ、キャラなら推せるわよね~~!」
「失礼だとは思うんですけど、二十歳、いえ十歳若かったら、私も喜んでお嫁さんになったのにな~~」
「実際モテモテですよね~~、冠者さん! この御年まで未婚だったんですから、なんか都合があったんじゃないですか~~?」
「ははは! 吉備一家の未来を担う乙女たちが、そんな調子ではいけないよ。桃次郎様の前でもあるから、少しは気を引き締めたほうがいいよ」
やはり緩い人の傍にいると、誰もが緩くなるものだった。
栞も鯉も皷も、ついつい雰囲気が砕けてしまう。
「おうおう、その通りだぜ」
「ひっ!」
そして、引き締めにかかったのが、怖い笑顔の桃次郎だった。
彼は明星の首に、つつ、と指をあてる。
それの意図するところは、首を掻っ捌く予兆であった。
「気をつけなあ、お兄ちゃん。こういうニコニコ笑っている奴が、腹の中では何を考えているのかわからないんだぜえ?」
「そ、そ、そうですか?!」
「それになあ、この冠者は、お兄ちゃんが来たせいで次期当主になれなくなりそうなんだ……」
もしも明星が真金の儀式なるもので非凡なる才能を発揮すれば、そのまま明星が次期当主となるかもしれない。
少なくとも客観的には、その可能性があるのだ。
「兄ちゃん。考えても見ろよ、このおじさんからすれば若い子との結婚が台無しになったんだぜ? 恨まれて殺されても、不思議じゃねえさ」
「お、脅さないでくださいよ……」
「権力と女だぜ? 刃傷沙汰になっても不思議じゃねえ……ニュースで見たことねえか、そういう事件をよ」
そういわれると、確かに怖くなってくる。
よくよく考えれば、いきなり現れた若造が次期当主になる流れになっているのだ。
それは長く真面目に頑張っていた者にとっては、とても不愉快ではなかろうか。
「また桃次郎さんは、そんなことをおっしゃる……若い子を脅すのは良くないですよ」
だが彼自身としては、加害者予備軍扱いに文句を言いたいようだった。
その目線は、明らかに桃次郎を凝視している。
「ははは! そうやって無害を装って、背中から斬ってくる……それが一番簡単だもんなあ! 奇襲は仕込みが大事だもんなあ! そういう用意周到な奴は好きだぜ!」
「困った人だ……」
(マジでな……)
彼なりに『そんなことをするなよ』と釘を刺しているのかもしれない。
しかしながら、釘の刺し方が五寸釘だった。もう少しやりようはあるんではないか。
「どうも、お久しぶりです! 冠者さん!」
「い、いやあ~~……ざ、残念ですよ~~……冠者さんと結婚しなくて……できなくて……残念です!」
「あらあら、それじゃあ鯉ちゃんだけでも結婚する?」
「嫌です! 今のは社交辞令なんです!」
当然ながら、栞、鯉、皷は知り合いであった。
彼女たちはそれぞれに反応をする。
そしてだれもが、彼と結婚できないことを悲しんでいなかった。
(まあ……普通ならどっちも嫌だろうしな……)
知り合いでも年齢の離れている男性と、知り合いでも何でもない一晩だけの関係になる若い男。
どちらの選択も拒否する、というのが普通ではなかろうか。
「こうやって三人がそろっているところを見ると……やはり明星君を家に入れるおつもりですか?」
「度胸も才能も体格もいいからな!」
(俺の意志はいったい)
今明星の、職業選択の自由が脅かされていた。
怪しい宗教団体に拉致されて、そのまま跡取りにされようとしている(母方の実家)。
「今晩にも真金の儀式をやって、こいつの中の剣を形にしてみる。兄貴の孫だ、きっとでっけえのがでてくるだろうぜ」
「貴方がそこまで浮かれるとは……私も立ち会わせていただきますよ」
「おう、かまわねえぜ」
剣を形にする、というのはラノベ的、アニメ的展開である。
なんなら、魔法少女だってやっている。
だが明星は、自分の出自に思いを馳せる。
そして自分の正体ともいえる、父親に似た姿を思い出す。
(どんな剣が出てくるんだろう……)
場合によっては、とんでもなく禍々しいのが出てきて『不吉じゃあ』とか言われて切りかかってくるかもしれない。
(逃げようとしたら斬られる、実は俺半分魔族なんですよとか言っても斬られる、真金の儀式とかをやっても場合によっては斬られる……やべえ、詰んでる……)
何分失敗したら死ぬし、セーブポイントもないのでやり直しも効かない、もちろん攻略情報もない。
そんな状況では、どんどん考えも狭まっていく。
(この冠者さんなら……案外どうにかしてくれるかもしれない。この人と二人っきりになれるシチュになったら……なったら……!)
妙に親近感の湧く男、冠者。明星は彼に対して過分な期待をしてしまう。
しかしよく考えれば、彼もこの怪しい団体の一員なわけで……。
(ああもう……こういう時ラノベとかなら、魔族がこの屋敷に襲撃を仕掛けてきたりするのに……そうならないかなぁ……!)
誰でも一度は、学校が火事になったらいいのにな、と想像する。
それに近い考えを抱く明星だったが、そんなことは実際なかったわけで……。
結局日は沈んで、真金の儀式が始まる時間になったのだった。