デモンストレーション
誘拐されたその日、明星は結局その屋敷に泊まった。
電気もガスもないこの屋敷で作られたであろう、高級料亭もびっくりなこだわりの食事を食べた明星は、そのまま朝を迎えた。
はっきり言ってあんまり好みではなかったので、差し入れにジャンクなお菓子でも欲しかったところである。
誘拐された身なので贅沢は言えないのだが、漫画やDVDだとちょっとかぶっている気もした。
その翌朝、なにやら秘境の観光スポット的な場所へ案内された。
切り立った岩壁の前に、たくさんの木々が生い茂っている。
とても湿っており、岩肌や周囲の木々、地面の石には苔がびっしりとついている。
木の影に隠れつつスマホを確認すると、やはり電波は届いていなかった。
(まあこんなわけわかんねぇ所だと、電波が無くても不思議じゃないわな……)
そんな彼の傍には、案内してきた桃次郎がいた。
「さあて……兄ちゃん。あの屋敷で一晩過ごした感想はどうよ」
「お菓子とか欲しいです」
「かははは! そうだろうなあ、俺もいろいろもっていってるよ! まあゴミ出しの時に『燃やせないゴミは持ち帰ってください』とか言われるけどよ!」
「分別にうるさいっすね……」
「ゴミ収集車、これねえからな! はははは!」
愉快そうに笑っている桃次郎だが、何気に明星と距離が近い。
明星を気に入っていることもそうだが、何かあれば切りかかってきそうな雰囲気がある。
「でだ……今日ここに連れてきたのは他でもねえ。お兄ちゃんに、俺たちがマジもんだってことを知ってもらうためだ」
(やっぱこの人たち、まだ俺が疑っていると思っているんだ……無理もないけど)
白けてさえいる明星だが、吉備家の面々からしても白けていて不思議ではないので、特に怪しまれていない。
なにか怪しい勧誘をされていると思うのが普通だからだ。
(いやしかし……待てよ? この流れって、魔族を実際に殺して見せる感じじゃないか?)
この厳かな場所で、何が起きるというのか。
明星は想像してしまって、ぞっとする。
普通に考えれば魔族を実際に目の前にお出しして、『ほらすぐ忘れちゃうだろう』とか『ほら壊れたものが直るだろう』とか……。
実際に目の前で殺したりするのだろう。
(殺されてもいいようなクズなら何されてもいいけど……すごくかわいそうな子とかが鎖とかで縛られていたら……!)
明星自身も半分は魔族であるし、なんなら恋人は全員魔族だ。
如何に見ず知らずとはいえ、半分は同族である者たちが殺されて、それで平然としていられるのだろうか。
(というかこの場合……傷つかなかったら傷つかなかったで、それはそれで自分が嫌になるな……)
表情を曇らせる明星だが、事態は待ってくれない。
桃次郎だけではなく、犬養栞も楽々森鯉も留玉皷も、そろって控えている。
彼ら彼女らは、なにやら準備を始めた様子だった。
(場合によっては、助けに入った方がよかったりするんだろうか……)
明星の心の準備は済んでいないが、魔族退治の一家は本番に入った。
「さてと、兄ちゃん……それじゃあ実演と行こうか。とはいえ、魔族は流石に用意できないんで、他ので代替するんだけどな!」
(いよし!)
一気に気が楽になった明星は、母方の親戚の家業を見学するモードに入った。
「まずは……楽々森んちの鯉! 隠ぺい結界を解除しな!」
「は、はい!」
緊張した様子の鯉は、その体を揺らしながら返事をした。
そして顔の前で自分の指で印を組み、なにやら呪文を唱え始める。
「楽々森は結界師の家系でな……まあ聞いての通り結界を張ったり、解除したりできる」
「結界って言うと、その……」
「ああ、バリアが分かりやすいな」
(和服着ているおじいさんがバリアっていうと、なんか違和感凄いな……いや、大昔の特撮とかアニメ見ていたって言うし、不思議でもないけど……)
結界、イコール、バリア。
たしかにとても分かりやすい。
「だがなあ、それはメインじゃねえ。楽々森の結界は、わりと何でもありなのさ」
「……」
「お前今、最近はやりの『それ言い出したら何でもありじゃねえか』的な能力を想像しただろ」
「……はい」
「まあ、さすがにそこまで何でもありじゃねえよ。ただ、物理的に攻撃や侵入を防ぐだけじゃないってことだ」
そうして話していると、岩壁の一部が薄れ始めた。
いや、最初からそこに浅い穴が開いていたのだが、それに気づけなかったのである。
「これって……あの人形と同じ! 気づけなくさせるアレですか?!」
「お、もうわかるのか。さすが桃一郎の孫、素質あるなあ」
周囲に気付かれなくなる結界とやらは、効果が一気に消えるものではないらしい。
だんだん効果が薄くなり、才能があれば早めに気付けるようになっているようだ。
「……わ、私が張っていた結界は、隠ぺい結界です。境界を引いて、その先に気付けなくさせる壁……だと思ってください」
「すごいですね……」
「あ、はい……そ、その……あのお屋敷とかこの周辺に、電波が届かないのも、楽々森の術です」
「あ、そうだったんだ……」
桃次郎が近くにいるからか、堅い話方をする鯉。
そしてわりとどうでもいいことをこのタイミングで暴露していた。
(まあ電気が通ってないのに、妨害電波が出ていたらそれはそれですげえしな……)
明星はいまさらながら納得していた。
(怒ってないかな~……っていうか、私なら怒るもんな~~)
なお、鯉はかなり罪悪感を憶えていた。
さて、隠ぺい結界なる物の存在は理解したが、それがただ穴を隠していたのなら笑えない。
その穴に収められていたのは、明星をして驚くほどの怪物だった。
「こ、これは……?!」
角がある、核がある、尾がある、翼がある。
だが今まで明星が出会った魔族と違い、明らかに知性がなく、人間に似ている部分がどこにもない。
魔族が人間に似ているのなら、この怪物は獣に似ていた。
「魔獣、魔界の生き物だ。この魔獣もそうだが、魔族も含めて、魔界に生きている奴らは核と角と翼、尾を持っている」
その穴に押し込められている獣、魔獣。
その姿に対して、桃次郎は淡々と説明をしている。
「本物の魔族に比べて大分知恵が足りないが……仮想魔族としては十分だ」
「は、はい……」
「やっぱ驚いたか? こういうモンスターがいるってだけでも、十分驚きだもんな」
(俺はむしろ魔族の方を知っているのだけども……)
考えてみれば、魔界に魔族しかいない、というわけはない。
人間界に人間以外の動物がいるように、魔界にも魔族以外がいても普通だろう。
「でだ……縛られているわけでもないのに動いていないだろう? 胸にある変な石……核を見てみろ」
(俺にもその変な石があるんだけどな……)
言われるがままに、胸の核を見てみる。
するとそこに、明らかな人造物があった。
「お札?」
「ああ、符だ。張った相手の動きを拘束する効果のある符を、ああして急所の核に貼ってある。ああされると、魔族も魔獣も身動きが取れなくなるのさ」
(俺もああなるのか……)
「まあ核以外でもそこそこに効果はあるんだが、核が一番効果がある。魔族も魔獣もあそこに符を貼られると、本当に身動き一つできなくなるのさ」
(こええ……)
自分がどうやって殺されるのか説明されているようで、明星は一々怖かった。
「そして、その符を操るのが我ら犬養家です!」
むん、と誇らしげに胸を張るのが犬養栞だった。
彼女は自信満々でその符を指さす。
「相手に直接触れなければなりませんが、我らはそれを勇敢に行います! 我らは機敏な補助要員なのです!」
そしてなぜか、その場で反復横跳びを始める。おそらく、機敏さをアピールしたいのだと思われる。
微妙に運動がしにくそうな服なのに、よくやるものだった。
「んじゃあ、解除してくれや」
「はっ!」
「……え?!」
それこそおとぎ話のように、一枚の御札で封じられているという化け物。
そのお札をはがせば、まず間違いなく暴れだす。
怪談話の導入のようなことを、彼らは率先してやるというのだ。
「ふん!」
気合一発、魔獣の核に貼られていた符が燃え尽きた。
それを合図に、まるで爆発するように、堰を切ったように、魔獣は暴れだした。
おそらく動きを封じられているだけで、心は封じられていなかったのだろう。
ずっと窮屈な思いをしていた魔獣は、そのうっぷんを晴らすように岩壁の浅い穴から飛び出してきた。
そして、すぐ近くにいた『子供』に襲い掛かる。
その子供に尾をたたきつけ、翼から放つ風で吹き飛ばし、さらに角からの熱閃で焼いていた。
なんと恐ろしい光景だが、明星にとっては恐怖よりも納得が濃い。
(四足歩行の獣だからって大きく見えていたが……コイツ、そんなに強くない?!)
体そのものは大きいのだが、尾以外の部位がとても小さい。
特に核は小さく、フォライよりも大きい程度だった。
だからこそ、尻尾の攻撃以外はどれもが小ぶりだ。
先日彼自身が戦った、フォライの姉タナスに比べればとても弱い。
加えて言えば、手足が細い。野生の獣であるにもかかわらず、手足が細いのだ。
これが魔界の生物の特徴だというのなら、一種納得が及ぶ。
とはいえ、少なくともそこいらの熊よりはずっと強い。
そんなものに子供が襲われれば、ひとたまりもないはずだ。
そして今まさに、十人もの子供が無抵抗で襲われている。
それに対して、だれも反応をしていない。
明星でさえ、助けようと言わなかった。
「あらあら? 今度は驚かないの? 子供が危ない、何をやってるんだ、って言わないの?」
「……昨日見ていなかったら、そうしていたかもしれないですけどね」
そんな明星に、留玉皷は質問をする。
だが明星は、ややしらけた対応をするだけだ。
どこからどう見ても子供だが、その子供たちはうめき声一つ上げない。
それこそ『子供』の人形のように、呆然と立っているだけだ。
どれだけ本物に見えたとしても、子供たちは本物ではないということだ。
「こんな深い山奥に、子供が十人もいるわけがない。それなら、皷さんの人形でしょう」
「あら、皷さんって呼ぶの? 皷ちゃんって呼んでほしいわあ」
(どうすればいいんだ、この人は……)
彼女は明らかに悪意を持って、にまにまと明星を見上げてくる。
幼い容姿をしているが、それでも表情や言葉選びが子供ではなかった。
「まあ実際、その通りなんだけどね。アレは野獣用の、本物だと思わせるだけの人形よ。見た感じは子供でも、反応も何もしない立っているだけの、わかりやすい人形。それが十体並んでいるだけだわ」
「本物だと思わせているだけ、ですか……」
「ええ……ただの囮、疑似餌にすぎないわ。でもまあ、それでも十分でしょう?」
「……マジでゲームみたいなアレですね」
今明星が目にしているのは、本物にしか見えない十体の人形を、夢中で叩いている、隙だらけの魔獣だった。
恐ろしいと言えば恐ろしいが、今ならなんか行けそうな気がする。
「よし、三人ともよくやった。じゃあ最後は俺の番だな」
にたりと笑って、桃次郎が前に出る。
まるで剣道場の稽古着のような姿の彼は、見た目の老いを感じさせない歩みですたすたと近寄る。
「楽々森は結界、犬養は符、留玉は人形。イイ感じだろう? それじゃあ吉備の技を……お前が覚えるかもしれない技を見せてやる」
一瞬、桃次郎の体から生命力が溢れた。
もともと、年齢にしては力のみなぎっていた肉体に、さらなる力が溢れる。
オーラがどうとかではない、筋肉そのものが力強く膨れていく。
それに合わせて、彼の体から一条の光が走った。
それは余りにも清く、鋭く、凄まじい刀へと転じる。
「真金の利器……村雨丸!」
明星は、本能でそれを恐れた。
ヤバいな~~、とか。
怖いな~~、とか。
そんなあいまいなものではない。
アレに切られたら殺される、という本能的な恐怖だった。
「しっ」
彼の身の内から生じた刀、村雨丸。
それは、ある意味『普通の刀』だった。
もしかしたらいろいろと分類があるのかもしれないが、明星の目には普通の日本刀にしか見えない。
極端に分厚いこともなく、長すぎることもなく、短すぎることもない。
刀身に異様な威圧感を憶えること以外は、ごく普通の刀だった。
だが、だからこそ恐ろしい。
飾ってあるだけなら「普通の刀」だが、桃次郎という男が持つと『武器』にしか見えない。
そして実際、その恐怖は正しかった。
「ふぅ!」
桃次郎は、ごく普通に切り込んだ。
ゲームに出てくるような動きではなく、普通の武術の動きだった。
抜き身の、殺す動きだった。
四足歩行の魔獣に、後ろから切りかかっているのに、モーションがとても自然だった。
型として練習していることもそうだが、普段からこうやって『退治』をしているのだとわかるほどスムーズだった。
そして……切れ味が異様だった。
三回ほど切って、そのまま首、腕、胴体がずんばらりと切断された。
切り込むだけでも驚きなのに、バラバラになって地面に転がったのである。
「ひっ……!」
その鮮やかな手並みを見て、やはり明星は悲鳴を上げる。
しかしちょっとみっともなかったか、と思って周りを見れば……。
やはり三人の女子も、同じように引いていた。
「あんなに斬れるのは、あの御仁ぐらいだろう……あのご高齢で何と見事な……」
「怖っ……」
「あの爺さんには逆らえないよねえ……」
(やっぱあの爺さん、とっても凄いんだな……)
さすがに、桃次郎と同じぐらい強いのがゴロゴロいる、ということはないらしい。
それを聞いて、明星は流石に安心していた。
「ははは! どうだ、背中から斬れば楽勝だろ? そう見えるだろ?」
「そんなことないっす……」
「何を言う、人形でヘイト集めてくれりゃあまな板の鯉を斬るようなもんさ。正面から来られたらたまったもんじゃねえがな!」
(いや、なんとでもなるとおもう……)
愉快そうに謙遜する桃次郎だが、怖くて謙遜に聞こえない。
「それにだ……ズバズバ切ってみたが、意味なんかねえんだ。見てみろ、だんだん治ってきてるだろ? 魔獣も魔族も、首を落とそうが尾っぽを落とそうが死にやしねえ」
けらけらと笑う老人は、その刀の切っ先を魔獣に向けている。
普通なら首を斬られれば死ぬだろうが、確かにその魔獣の切断面がつながりつつある。
おそらく放っておけば、元に戻って暴れだすだろう。
「こいつらを殺すには……真金の武器で胸の核を砕くことだ」
だがまだ身動きは取れない。
桃次郎は持っていた刀『村雨丸』で、その胸の核を貫いていた。
ただそれだけで、魔獣の動きは完全に止まり、そのまま息絶えた。
「ゲームでもおとぎ話でもよくあるだろう? 再生能力のあるモンスターは、核を潰せば死ぬ。そして……特別な武器じゃないと殺せない」
「マカネの武器、ですか……」
「おう、格好いいだろう?」
そういって、桃次郎は刀をしまった。
鞘に納めるとかではない、身の内に消したのだ。
「魔族同士、魔獣同士なら、普通に核を潰せる。だがこの世の者である人間が、他所の世界の者である魔族を傷つけるには、この世ならざる武器がいる。それが真金の武器なのさ」
(つまり、それで斬られたら俺も普通に死ぬ……!)
「おっと、ここからが重要だ。兄ちゃん、あっちを見てみな」
桃次郎が指さした先には、死んだばかりの魔獣の死体が転がっている。
それがだんだんと、薄れて消えつつあった。
それだけではなく、魔獣の暴れたことによる周辺への被害も消えていった。
ただし、壊された人形だけはそのままだが。
「この世ならざる者たちは……この世で死ねば消えてなくなる。見な、奴が暴れた痕跡も消えていくだろう」
「……でも、人形は壊れたままですね」
「ん? ああ、こっちから向こうへ干渉できるようになってる分、あの世からの影響も残りやすいのさ」
ぽん、と。
桃次郎は明星の肩に手を置いた。
それに対して、明星はびくっとする。
「こんなケダモノと違う、知恵のある奴らもいる。それがこの世界に潜んでいて、悪さをしているのさ。だからこそ、退治するやつが必要なんだよ」
なるほど、格好いいことである。
だがしかし、明星はどっちかというと退治される側だった。
(ラノベの導入みたいになってるのに、すげえシュールな展開になっている……)