祖父の失敗
働き者のお父さん、優しいお母さん、元気な双子、そして明星。
明星の日本人離れした容姿を除けば、特になんの変哲もない大親一家。
その大親一家は、金曜日の夜に届いた招待状に従って……。
土曜日の夜、都内の超高級ホテル『皇帝ホテル』に来ていた。
というよりも、自宅に『誰でも知っている超高級車』が迎えに来て、そのままVIP待遇でホテル内部の駐車場で降りて……。
最上階直通の専用エレベーターに乗せられたのである。
何も知らない双子は、ぴかぴかの超高級車に乗せられた時点で『これ詐欺じゃない……ガチだ』と理解した。
誰も説明していないが、二人とも金額で理解した。大親一家の全財産をだまし取ったとしても、この自動車一台さえ買えない。
ましてや超高級ホテルの最上階を借りるなど、どれだけお金が必要なのか想像もできなかった。
「なあ安寿……明星のおじいさんって、もしかしてヤバい人なんじゃ……」
「どう考えてもそうでしょ……黙ってなさいよ、志夫」
振動の少ない、最上階までのエレベーターの中。
双子の兄妹は状況を確認し合った。
招待状が届いた時は、なぜここまで驚くのかわからなかった。
だがことここに至れば、そりゃあ驚きもする、と納得せざるを得ない。
いろいろおいておいて、絶対に金持ちである。
それも総資産が数億円とかではない、年収数億円とかである。
下手をすると、どっかの王族かもしれない。
そう思うと、今まで兄弟として育ってきた、見慣れた顔の明星が高貴な人間に見えてくるから不思議である。
「なあ父さん……明星はどっかの国の大富豪の孫的なあれなんだろ? なんで教えてくれなかったんだ?」
「そうだよ……だからスポーツさせて怪我をさせたくなかった……とか?」
二人は状況をだいたい理解していた。
実際、理解の割合としては九割ほどあっている。
ただ、残りの一割が問題でもあるのだが。
「お前たち……トイレに行っておいたな?」
「絶対にビビるわよ……覚悟しておきなさい」
「あのさ……志夫、安寿……多分めちゃくちゃびっくりすると思う……」
その一割を知っている、両親と明星。
三人は実際に見なければ信じてもらえないであろう、明星の親族について覚悟をするように言った。
そして……。
エレベーターは、最上階に付く。
とても静かに、そのドアは開き……。
その向こうには……。
「ようこそおいでくださいました、大親様」
下半身が蛇の、角の生えた女性がいた。
その奇妙な姿であるにもかかわらず、まるで普通の女性のように一家を迎えたのである。
「?!」
「?!」
その姿を見て、双子は思わずエレベーターの隅に飛びのいた。
もしも演劇のように、下半身だけ蛇の着ぐるみを「はいて」いるように見えるのなら、ここまで驚かないだろう。
だがどう見ても、腰の位置や蛇の部位からみて、彼女には『足』がない。
それこそ一目で骨格が違うとわかるほど、変装不能なほどに蛇なのだ。
映画や特撮番組なら、よくできている3Dモデルだと思うだろう。
だが目の前に、実際にそれがいれば、驚愕どころではない。
「おや……安寿様と志夫様には、私の姿は刺激が強すぎたようですね。驚かせてしまって、申し訳ありません」
ニコニコと笑う彼女だが、よくよく見れば他にもおかしいところがある。
仮装や変装でどうにかなる範疇だが、額からは角らしき突起が二本伸びており、胸には野球ボールほどの球体が埋まっている。
またよくよく見れば、背中から爬虫類系の翼が生えていた。
「私、ジョカと申します。皆さまの案内を務めさせていただきますので……」
そして……そうしたパーツを抜きにしてみれば……。
そう、上半身だけ見る分には、とても豊満な美女だった。
角や翼、胸の球体がある関係からか、胸元が見えるデザインの『エプロン』のような服を着ており、背中はほぼ丸出しとなっている。
顔は二十代ほどであり、腰は括れていて、胸と尻|(?)はとても大きい。
はっきり言って、漫画の住人のような色気があふれていた。それがにっこりと笑っているのだから、とても魅力的である。顔を見ている限りは。
「よろしくお願いします」
「はい、こちらこそ!」
「バカ!」
思わず元気よく返事をする志夫を、安寿は慌てて怒鳴った。
どう見てもまともではない相手に対して、顔がいいからとほだされるのは危険である。
「明星もなんか言ってよ……って」
「ど、どうも初めまして……」
「明星まで志夫みたいになってる?!」
「いや……うん……ごめん」
明星もはしゃいではいないものの、ずいぶんと興奮した様子だった。
おそらく、彼の中の魔族の血がたぎったのだと思われる。
「それでは皆様、どうぞこちらへ……ああ、先に申し上げておきますが」
それこそ営業用のスマイルをしているジョカは、一家へ向かって静かに趣向を伝える。
「どうか気を楽になさってください。皆さまは、私どもにとってお客様なのですから」
定型句のようで、しかし言葉の強さが違ったとも思った。
これはうわべの言葉ではないと、全員に伝わる。
「その……失礼だが、今回の招待は、その……ヘレルのお父さんである、ルキフェル……陛下からだろう?」
「私も桃香も、あまりいい話は聞かなかったわ。少なくとも、私たちに丁寧な対応をする人じゃないそうだけど……」
これで疑問に思ったのは、友一と桜である。
威圧的ではない雰囲気を感じ取って、逆に警戒している様子だった。
「その点も含めまして、陛下からご説明があります。私からお伝えすることは……気を楽になさってください、ということだけです」
「そ、そうか……」
「それじゃあヘレルのお父さんが、この先に……」
下半身が蛇の女性から、気を楽にしてくれと言われても困るところだ。
だが一家はそれに従わざるを得ず、うねって進む彼女についていくしかなかった。
「なあ父さん母さん……もしかして明星のお父さんって……」
「人間じゃなかったの?」
「その通りだ。明星の父ヘレルは、魔族……人間じゃない」
「そしてそのお父さん……明星のおじいさんは……魔界統一皇帝、ルキフェルなのよ……!」
両親が双子へ説明する中、明星の緊張は高まっていく。
彼の中の魔族の血が、向かう先に何かを感じるのだ。
(この先に……俺のおじいさんが……!)
超高級ホテルの、最上階。
そこは普段、パーティー会場として使われている。
当然とても広く、十人程度で使うには広すぎた。
だがしかし、その会場で待っていた一人の男。
魔界統一皇帝ルキフェルのもつ圧倒的な存在感によって、むしろ小さく見えてしまった。
「よくぞいらした」
口調こそ丁寧であり、顔も老人のそれだった。
背こそ高いものの、手足は決して太くない。
だがしかし、人ならざる部位のどれもが強大だった。
臀部から生えている尻尾はジョカに負けず劣らずの太さと長さを持ち、三対の翼はどれもがジョカを大きくしのぐ大きさを誇り、何よりも、手紙の封蝋のマークそのものである雄々しくも禍々しい角が威圧感を放っている。
どれもが金属製だが、しかし機械的ではない。奇妙な言い回しだが、一種動物的であり、銅像的でもある。
翼には模様があるのだが、それは塗装などの色付けではなく、わずかな凹凸による光の反射加減の違いからくるものだ。
それら人間にない部位だけではなく、手や足なども末端部分は金属に覆われている。
そして……そうした金属の部位とは違い、胸の異物だけは岩石に近い。
それこそ、水星や金星などの惑星の模型を、体に埋め込んでいるように見えた。
その大きさは、胸の過半を埋めるほどである。
「お初におめにかかる……ヘレルの父、ルキフェルと申す」
どこをどう見ても、偉大な怪物だった。
仮にアニメやゲームでラスボスとして現れても、なんの遜色もない。
もちろん孫のいそうな白髪にしわのある顔をしているが、それでもはっきりと意思のある表情をしている。
だがその一方で、奇妙な感覚を覚えていた。
「魔界統一皇帝のわりに……覇気ないっすね」
全員の気持ちを代弁する形で、志夫が酷いことを言う。
姿かたちには威厳があるのに、気迫のようなものが感じられない。
覇気が感じられない、というのはごもっともであった。
「はっ……それはそうだろうとも……」
ルキフェルはそれを寛大に受け止めて自嘲した。
というよりも、本人がそう感じている様子である。
本当のことを言われただけなので怒っていない、そんな雰囲気であった。
「も、申し訳ありません! 息子が失礼なことを……」
「構わんさ……堅苦しくなくてもいいと言ったはず」
堅苦しくなくていい、にも限度があるだろう。
友一は慌てて息子の無礼を詫びるが、むしろ申し訳なさそうなほどにルキフェルは腰の低い対応をする。
(なんか……凄い違和感があるな)
魔族の血が流れる明星は、実の祖父から強い力を感じていた。
体力や戦闘力に衰えは感じないのに、気力だけ萎えている。
そんな感想を、魔界統一皇帝に対して抱いていた。
「とりあえず……立ち話もなんだ、そこのテーブルで茶でも飲んで話をしよう」
ルキフェルは言葉こそ大仰だが、卑屈なほどの所作で大広間にぽつんと置いてあるテーブルを手で示した。
彼の存在感が強すぎてそれに気づけなかったが、最初から既にそこに置かれていたのだ。なお、テーブルの上には茶菓子もおかれている。
(……なんだろう、アレは)
だが大親一家は、そのテーブルに添えてある、低めの台に目が行っていた。
大親一家の人数分に椅子があるのだが、それとは別に台がおかれている。椅子と同じ高さなのだが、背もたれらしいものはなく、しかもかなりの広さがあった。
もう一つテーブルがある、と言われても納得するほどのサイズである。
そしてその謎は、あっさりと解けた。
その台の上に、ルキフェルが座ったのである。
彼の持つ大きな尻尾も、それに乗せていたのだ。
なるほど、背中に翼があって、大きな尻尾があれば、こういう椅子になるのだろう。
一家は納得して、各々の椅子に座った。
「みなさん、どうぞ」
ジョカがメイドのように、各人へ紅茶を並べていく。
その所作はとても自然なのだが、尻尾で動く関係上、上半身だけ見ても違和感がある。
這っているはずなのに変な話だが、ホバー移動のように前後左右に動くのだ。
その奇妙さに目を奪われる一方で……目の前の紅茶は、普通に紅茶である。
色が同じなだけの変な飲料、という匂いではない。
「……さて、まずは改めての挨拶を」
異形の怪物たちが普通にもてなしてくれている。
だからこそ逆に違和感がある中で、ルキフェルは座ったまま頭を下げた。
「この度は急に呼び出して申し訳ない、さぞ驚かせたことだろう」
「……はい、とても驚きました。ですが今は……その、ヘレルから聞いていた『父親』との違いに戸惑っています」
「ヘレルは貴方のことをよく言っていなかったのですが……」
「あのさ! 父さん母さん! いい加減俺たちにも説明してくれよ!」
「そうだよもう! 説明できなかった理由もわかったからさ~~! 全部最初から教えて!」
話が進んでいくことに、双子が文句を言う。
もちろんここまでくれば、大抵のことは察しが付く。
だがそれでも、話してくれないのは不満だった。
「……おじさん、おばさん。俺からもお願いします。その……二人から父さんや母さんのことを、ちゃんと聞きたいので」
明星もまた、話をしてもらうように促した。
実の祖父がいるにもかかわらず後回しにして、亡き父母の話を求めるのもどうかと思う。
だがなかなか聞けないことなので、明星はあえてそう願った。
「私からも頼む。ヘレルが君たちとどういう関係だったのか、聞いておきたいのでね」
「……わかりました」
「そうね……それじゃあ最初から話しましょう」
ルキフェルからの促しもあって、友一と桜は昔話を始めた。
明星の実両親との関係や、明星を預かるに至るまでの話である。
「俺たち二人は、元々桃香……明星の母親と幼馴染だった。桃香は小さいころから可愛くてなあ……俺はぞっこんだった」
「……思い出したら腹が立ってきたわね。学生だった時は、正直面白くなかったもの」
友一と桜が話始めると、その関係が微妙に悪くなっていた。
二人は今でこそいい夫婦だが、最初から思いあっていたわけでもない様子である。
「だが中学生の時……ヘレルが現れた。そこの皇帝様によく似ている……いや、軟なかんじだったな」
「そうそう。角とか尻尾とか翼とか……あと胸の『核』は同じだけど、なよなよしている感じだったわね」
(え、そうだったの……?)
自分から聞きたいと言い出したのだが、実の父親についてあまりいい印象が聞けないことに、明星は残念そうである。
友一も桜もバカにしているのではなく、素直な気持ちを口にしているだけだろうが……。
だからこそ、悲しい気持ちになってしまった。
「なんでも統一皇帝の息子に生まれたはいいが、母親は口うるさいし父親は厳しいし、兄弟たちはいがみ合うし、他の奴らもたきつけてくるか憎んでくるかで、嫌になって人間界に逃げてきたとか……」
「魔族の特性を利用して、やりたい放題だったわよね……動物園や映画館に忍び込んだり、立ち読みしまくったり……」
「桃香はそれを止めようとして、毎日大変そうにしてたよなあ……」
(俺の父さん、そんな人だったんだ……)
おもったよりもコミカルな自分の両親のなれそめ。
それを聞く明星は、どんどんへこんでいった。
「でもまあ……だんだん日本のルールを守り始めたら……なあ?」
「ええ、だんだんいい人になって、だんだん優しくなって……それで桃香も『わたしがいないと駄目だよね』ってなって……」
「それで、桃香が高校を卒業したとき、俺たちだけで結婚式をして、そのままどっかに行ったんだよな」
だがへこむ明星を置いて、話は進む。
そう、どれだけ経過がコミカルでも、結末については既に確定していた。
両親の死と、愛の結晶である明星の現在である。
「いろいろあって俺たちも社会人になって結婚して、志夫と安寿が生まれたときだ。あの二人が、いきなり俺たちの前に現れた。生まれたばかりの明星を抱えてな」
「二人はたくさんのお金と一緒に、まだ赤ちゃんだった明星を私たちに託したの。このお金で明星を育ててって……自分たちは、もう逃げられないからって……」
話が結びに入れば、志夫も安寿も、明星も顔が曇る。
明星の父母が死んでいることは既に知っていたが、詳しく聞けば悲しくならざるを得ない。
「……言いにくいんだが、今俺たちが暮らしている家は、そのお金を結構使ったんだ。最初は手を付けたくなかったんだが、俺の稼ぎだけで五人暮らせる家を借りたり買うのは難しくてなあ」
「ああ、でも安心して。貴方が大学に進学しても十分なぐらいは残っているし、貴方のため以外に浪費はしていないから。残った分は、貴方が独り立ちするときに渡すつもりだったの」
「あ、いや、それはいいよ……」
だがいきなり話が生々しくなった。
おそらくこの二人からすれば、かなり気にしていたことなのだろう。
とはいえ明星もその家で暮らしているし、狭くるしい部屋に押し込められているわけでもない。
両親が一銭も渡していなかったらそっちの方が申し訳ないので、むしろ気が楽になることだった。
「それ以来ずっと、俺たちで明星を育ててきたんだ。あの二人から、連絡は一切ない。多分だが……」
「ええ、何かあったんでしょう……その点については、もしかしたらルキフェル様のほうが詳しいのでは」
「ああ……誰に殺されたのかはわからないが、もうずいぶん前に亡くなったらしい」
わかりきっていたことではあるが、やはり悲しいことだった。
大柄な体をわずかに振るわせる明星。その左右に座る双子は、気遣うように手を添えていた。
「……さて、志夫君や安寿君も、状況はわかってくれたようだ。では私が今ここに来た理由を話そう」
明星がある程度落ち着くまで待ったところで、ルキフェルは話を切り出した。
果たして魔界統一皇帝は、何のために、今、ここに現れたのか。
「私は魔族の神童として、世に生を受けた。角も翼も尾も……何より『核』もまた強大だった。君たちにはピンとこないだろうが……魔族にとってそれらの大きさはとても重要でね。とにかく私は強く生まれた……ということだけわかってほしい」
私は生まれた時から天才でした、という説明から入った。
その割にはずいぶんと自虐的な表情をしている。
「若いころの私は、ずいぶんと好き放題にふるまったものだよ。王を名乗り、周囲の有力者を力づくで従えて、他の王たちと争い……ついには魔界を統一するに至った」
魔界統一皇帝なので当たり前だが、彼はほんの数行でさらっと『世界征服した』と話す。
とんでもないことであるはずだが、彼にとってはどうでもいいことのようであった。
「そこから先は……まあ、どこの馬鹿でも考えるようなことをした。周囲の有力者に若い女を差し出させて……たくさんの子を成した。ヘレルもそのうちの一人でしかなく……正直、余り覚えていない」
彼が口にすることは、まさに暗君の暴政だった。
権力を手に入れた者ならだれでもやりそうな、最悪の行動である。
それをさも他人事のように、しかし赤裸々に語る皇帝。
ある意味素直に心中を明かしていると、大親一家にはすぐわかった。
「そうなると問題になるのが、後継者を誰にするかだ」
そこまで話して、ルキフェルは少し黙った。
補足したほうがいいか、とアドリブを挟むことにした様子である。
「私たち魔族は人間よりも少しだけ長寿だが……何千年も何万年も生きるわけではない。大体……百五十年ぐらいだ」
(微妙だな……)
少しだけ長寿、というのは誇張なく本当であった。
確かにそれぐらいの長寿さなら、目の前の皇帝に後継者が必要なことは明白である。
「まあそれでだ……お察しの通り、私には子供が大勢いた。その子供たちもまた、さらに多くの孫を作った。その中の誰かから後継者を選ぶことになった私は……魔族古来の風習に則った」
はっ、と彼は自嘲した。
「私は子供を集めて、最も強い者が後継者であると宣言した。その結果元々険悪だった私の息子や娘たちは、孫を率いて争った。そして……」
そして、自嘲さえできなくなって、テーブルに突っ伏した。
「全員死んだ」
(ええ~~?)
コミカルなようで、ものすごく深刻な問題だった。
本人がそれを自覚しているらしく、小刻みに震えている。
「この争いが始まったとき、私はものすごく得意げな顔だった。『私の後継者になるのだから、この程度の争いを勝ち抜けないようでは困る』だの『むしろこの程度のことで生き残れないようなら、生かしておく価値がない』だの……そんなことを言っていた」
ヘレルが嫌ったであろう、傲慢不遜な暗愚な振る舞い。
それを思い出している本人は、後悔で泣き始めていた。
「私の後継者にふさわしいものが生き残るはずだと、当時は信じて疑わなかった。だからこそ全員死んだという話を聞いた時……人生で初めて、自分の愚かさを呪った」
結果が出た後では何もかも虚しいが、確かに想定されるべき事態であった。
何から何まで彼が悪いのだが、それを自分で認めているので何とも言えなかった。
それに魔界古来の風習だというのだから、彼だけが悪いわけでもないのだろう。
「あんなにたくさんいた後継者候補が、見事に全滅した。私は激しく後悔したが、後の祭りだ。魔族の寿命は先ほども言ったように長いが……今の私に子を作る力はない。途方に暮れていたところで、臣下の一人がヘレルのことを思い出した」
ここまでくれば、大親一家も納得せざるを得ない。
なぜ彼がこんなに卑屈なのか、なぜここに挨拶に来たのか。
赤裸々に語った分、理解も納得も深かった。
「ではその……貴方の血を継いでいるのは、もう俺だけってことですか?」
「そうだ」
明星は状況を再確認すると、言葉を失った。
もちろん他の大親一家も、同じように言葉を失っている。
つまりルキフェルは、明星を自分の後継者にしたいのだ。
「……正直、自分でも無茶を言っている自覚はある。もしも若いころの私の前に、一度も会ったことがない爺さんが現れて、『儂の後継者になれ』とか言い出したら、ふざけんなと言ってぶっ殺しているところだ」
たとえが一々怖いが、ルキフェルは自分の方針が無茶であることを自覚しているようだった。
ぶっ殺すかどうかはともかく、ふざけんな、とは言いたいところである。
「だが私には、もう君しかいない……どうか私の後継者になってくれないだろうか……」
しかしながら、こうも申し訳なさそうに頼まれると……。
日本人の文化としては、断りにくいところである。
「……俺じゃあうまくできないかもしれないですけど、イイですか?」
「ああ! ありがとう!」
明星は思わず請け負ってしまった。
自分でも流されている自覚はあるが、誠意を尽くされると反発しにくいのである。