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ですよね

 これがそれこそエロ本の類なら、楽しんで読めるシチュエーションである。

 だが自分が実際にやるとなれば、それこそ憤慨して拒絶する。

 明星は、妄想と現実の区別ができる男だった。


 案内された明星は、ものすごくイライラしていた。

 もうこの際退治されるとかを気にせず、いつ逃げ出そうかと考えているぐらいだった。


 だがそれはそれとして、『この日本家屋を壊したら目玉の飛び出そうな金額を請求されそうだ……』と怖がってもいた。

 なんだかんだ言って、モラルのブレーキが効いていた。

 とはいえ、建物に被害が出ない環境になれば、あとは魔族としての姿をさらしてでも逃げるつもりだった。


 そんな明星に対して、果たして魔族退治の女性たちはどう思っているのか?


 古式ゆかしい占いによって、『母』となることが決まっていた三人の女性。

 彼女たちはそもそもとても優秀な女性であり、魔族退治のための術も修めている。

 だがしかし、各々で今回のことに対して気構えもだいぶ異なっている。


 符術師、犬養(いぬかい)(しおり)

 結界師、楽々森(ささもり)(こい)

 人形師、留玉(とめたま)(つづみ)


 彼女たちは彼女たちで、各々の判断で動くこととなる。



 すこし狭い和室……とはいっても六畳ほどはある部屋に案内された明星は、既に母方の実家に呆れていた。

 仮に大親夫妻がこの場に居ても「ウチの子にそんなことを言わないでください!」と怒り出して帰ろうとしたことは確実である。

 これに比べれば、父方の実家はマシであった。

 ちゃんと招待状を出していたし、ちゃんと跡取りになってくれと言ってきたし。


(魔界統一皇帝になってくれ、って言う方が責任感あるってどういうことなんだろう……魔族を支配した傲慢な皇帝よりも、人間世界を守る人の方が強引ってどういうことなんだろう……)


 明星は、現状を憂いていた。

 そして……。


(正直、魔界から来た魔族を討つって言うのは信じてもいいけど……他は信じなくていいかもな。詐欺だと思った方がいい、騙されない高校生だぞ、俺は!)


 ちゃんと高校に通っている彼は、疑うことを知ってた。

 まあこの時点でかなりアウトな気もするが、とにかくノーと言おうと思っていた。


「しかし……」


 さて、何もすることが無いと、とりあえずスマホを触るのが若者である。

 だがオフラインだと、スマホというのはかなり能力が制限される。

 手持無沙汰になった彼は、どうしたものかと思っていた。

 そこへ、人が現れる。


「失礼します!」

「あ、は、はい……?」


 とても、奇麗な女性だった。

 何気に明星が出会った女性の中では、一番背が高かった。(ジョカを除く)

 手足がすらりと長いその女性は、髪も長く腰まで伸ばしており、表情をのぞけばとても魅力的に見える。


(魔族の女性にも人間の女性にも興奮する俺は、普通なのだろうか?)


 自分の生態にわずかな疑問を持つが、明星の困惑をよそにその女性は詰め寄る。


「どうも初めまして、吉備桃一郎のお孫さん、吉備明星様ですね?」

「は、はい……」


 自分よりは背が低いが、今の彼は畳の上で座っている。

 だからこそ、その勢いにやや押されていた。


「私は犬養(いぬかい)(しおり)。一応は吉備家に属する、魔族退治の符術師です!」

「……犬養?」

「ええ、犬養です! 吉備栞ではありません!」


 ものすごくきっぱりはっきりと、己の実の内を、巫女っぽい姿の彼女は話始めた。


「犬養家は吉備家の分家……御三家のようなものだと思ってください!」

「ご、御三家ですか……!」

「ええ! 徳川御三家のような感じです! 断じて、ゲームに出てくる御三家ではありません!」

(ゲームの話はしてない……!)


 押してくる栞に、明星は困っていた。


「吉備家は徳川のようなもの……名門の総本山! 貴方のおじい様はそこを抜けたのです、当主になれるだけの力がありながら! そしてその娘であり、貴方のお母さまである吉備桃香も、魔族と戦う心得がありながら結局参戦しなかった!」

「あ、はい……」

「ですが……」


 しかたねえなあ、我慢してやるか、という雰囲気を出しながら栞は畳の上に座った。


「それは、貴方には関係ありません。貴方が物心つく前に、ご両親もなくなっていたのでしょう。こう言っては何ですが……本当に、貴方には何の非もない。咎める方がどうかしている」

「そ、そうですか……」

「咎めたら、私が悪者です」

(誘拐犯の一味は、悪者ではないだろうか)


 栄えある吉備家の人間でありながら、一般人として過ごしていた。

 それは明星になんの非もないことであり、実際どうしようもないことだった。

 だから彼女は、それに関しては怒れなかった。


「ですが! 吉備家の当主であり、多くの魔族と戦ってきた、桃次郎様に無礼を働いたことは許せません!」

「あ、あのお爺さんですか?」

「そうです!」


 むふう、と鼻息荒く、彼女は力説する。


「いきなり連れてこられた貴方へ、この国を影から守ってきた我らのことを分かれとは言わない。その役目を背負えとも言わない!」

「は、はあ……」

「でもね! 知ったことかなんて他人事みたいな態度はとらないで!」


 その眼は、どこまでも真剣だった。


「貴方特撮番組とかアニメで、人知れずに戦うヒーローが、救っているはずの民間人から心無いことを言われるシーンを知らないの?!」

「は?」

「知らないの?! 見てないの?!」

「あ、いや……見てますけども……そういうシーンも、覚えてますけど……」

「それなら! 私の気持ちもわかるはず!」


 真剣ではあるが、どこかずれていた。


「無粋ではあるけども、あえて言いたい! 視聴者を代表して、そういう無関心な民間人にあえて言いたい!」

(視聴者を代表するのかよ、ヒーローを代表しろよ……)

「せめて、協力しなさいと! ヒーローが助けを求めた時ぐらい、頑張りなさいよって!」

(ヒーローは無責任に子供を作れとか言わないと思う……)


 視聴者を代表して無関係な一般人に八つ当たりをする、人知れず人々のために戦う符術師。

 果たしてその怒りは、本当に正当な物なのだろうか。


「……どうせ暇なんでしょう、そういう作品を貸してあげるから観ておきなさい!」

「あ、はい……」



 さて、オンラインで動画が見れるご時世ではあるが、まだまだDVDによる視聴は多い。

 内部にバッテリーが入っている、モニターと一体化したDVDプレイヤー。それと多くのDVDを置いて、栞は去っていった。

 もちろん、電気のない、電波もないこの家の中で楽しめる、視聴できるセットである。


(もしかしてあの子も、この家で過ごすときはこのセットを持ってきているのか?)


 そんなことを考えながら、明星はふと考えた。

 DVDに傷とかつけたら、半端なく叱られるのではないかと。

 そしてそんなことをするくらいなら、そもそも観たくないと。


 しかしながら明星は心の弱い男であり、退屈に勝てなかった。

 とりあえずDVDのパッケージを見ようと手を伸ばしたところで、またも人が入ってきた。


「し、失礼します~~?」


 その女性の登場に、明星は面食らった。

 体つきが、『我がまま』だった。

 ちゃんと服を着ているのに、服に収まっていなかった。

 そのくせ表情はとても幼く、いろいろとギャップが激しかった。

 それこそ二次元にいたなら、大ファンになっていたはずの女性だった。


「わ、私、楽々森(ささもり)(こい)っていいます~~……一応結界師です」

「ど、どうぞ~~……」


 拉致された先であるにもかかわらず、自分の部屋であるかのように歓迎する明星であった。

 はっきり言って、めちゃくちゃ格好悪かった。


「あ、そのセット……栞ちゃん、もう来てたんだね~」


 そうして、彼女は寄ってきた。

 座っている明星の、そのすぐわきに置かれているセットに寄っていく。

 なぜか、四つん這いで。


「栞ちゃんさ、ガチすぎて引くんだよね。もうちょっとライトなら私も話ぐらい合わせられるんだけどさ」

(お、俺にはジョカさんとフォライさんとナベルちゃんという無二の人がいるんだ……! 無二でもないし人でもないけども!)


 ついさっきご老人へ偉そうなことをほざいていた明星だが、体は正直だった。

 この無防備な接近に、体が興奮しつつあった。


「……あ、ごめんね?! なんかさ、最近になっていろいろ大きくなったもんだから、人にぶつかっちゃうんだよね~~、恥ずかしっ!」

「い、いやあ、俺もすぐ大きくなるんで、同じようなもんですよ~~!」


 恥ずかしそうな彼女に対して、にこやかに笑う明星。

 その顔からは、人を疑うという心が抜け落ちていた。

 だが人を信じる心を取り戻したわけではなく、ただただ自分に正直になっただけである。


 魔族と人間の混血児は、今まさに猿になりかけていた。


「で、ええっと……」


 さて、ここで(こい)は本題に入った。


「その……実は私、さっきの会話を聞いていたんですよ~~……私も栞ちゃんといっしょで、貴方の子供を産むことになったかもしれないんです」

「そ、そうですか……」


 さっきは偉そうに啖呵を切った明星だが、今更ながらちょっと後悔していた。

 後先とか外聞とか魔族とか家族のことを、ちょっと忘れそうになっていた。

 後ですごく怒られるかもしれないが、イケない妄想が浮かんでいた。


(さっきの話を受けていたら、この子を好きにできた可能性が……!)


 まあ男子なんてこんなものである。

 お爺さんから『子供を作れ』と言われるのと、可愛い女の子から『子供をつくりませんか』と言われるのでは全く違うのだ。


「で、貴方は断ったじゃないですか」

「あ、はい……」

「あなたを誘拐した側の人間が言うのもどうかと思うんですけど……安心しました」


 ここで鯉は、とてもわがままなことを言った。


「あの流れでオッケーする人と子作りとか、凄く嫌だもん……」

「……そ、そうですよねえ!」


 確かに誘拐した側の女性が言うことではない。

 だがしかし、それこそごもっともであった。

 そりゃあ年頃の女の子なら、あの流れで子供を作りたいとは思うまい。


(せええええふ! ギリギリ、セーフ!)


 危うく『君との子作りだって聞いていたら、オッケーしちゃったかもな~~』とかいうところだった。

 実に危うい、細い橋を渡るかのような心境だった。


「勘違いしないでくださいね? 明星さんは、格好いいですよ? 背も高いし、顔もいいし……でもあの流れでオッケーするような酷い人だったら、ほら、台無しじゃないですか」

「そうですよね~~! いくら外見が良くても、中身がクズだとアウトですよね~~!」


 自分で自分をクズだという、次期魔界統一皇帝。

 彼もこうやって、大人の階段を登っていくのである。


「安心しました~~! 私見た目が派手なんで勘違いされがちなんですけど、結構自分を大事にしたいんで~~!」

「俺もそうですよ~~! 髪が金色だし、外国人っぽいんで! 奔放なんじゃないのって言われます~~!」

「子供を作るのが嫌ってわけじゃないんですよ? でも、今回の占いでひいおじいちゃん世代が無茶を言うし……止められるはずの桃次郎さんも仕方ねえなあって許しちゃうし……」

「困ったもんですね~~!」

「ですよね~~!」


 こうして楽々森鯉と吉備明星は、仲良くなることができたのだった。

 明星が話を合わせただけともいう。



 しばらくして、鯉は去っていった。

 退屈だと思うからこれでも読んでね、と言って漫画の単行本を残して。

 明星たちが生まれる前から続いている、長期連載の大作漫画だった。

 とはいえ全部を持ってきたわけではなく、何十冊とあるなかの比較的新しい巻が数冊だけである。

 まあ全部読めと言われても困るのだが……。


(なんだが俺が、旅行に来たのに空気を読めていない感じの奴みたいになってる……)


 タイムスリップしたのかと思うぐらい、電気とかガスとかネットとかと無縁なお屋敷。

 その雰囲気を台無しにする、暇つぶしの数々。なんかもう、駄目な高校生そのままになってきた。


(俺の家でも俺の部屋でもないし、俺のもってきた物なんて一つもないのに、俺の生活感が出始めている……)


 いろいろと厳かな場所ではあるのだろう。いろいろ理由があって、わざと不便に作っているのだろう。

 だが先ほど桃次郎がスマホで遊んでいたように、よくここに来る者たちにとってはただ面倒で窮屈なだけなのかもしれない。だからこそ、ごく普通に、ここでもできることをしていたようだ。


(桃次郎さんも、なんかいろいろダウンロードしていたんだろうなあ……)


 と、現実逃避をしていた。

 いや、ある意味現実と向き合っていたが、彼にとって不都合な現実とは向き合っていなかった。


(あの子も言っていたけど……あの子が言うのは理不尽だけども……)


 明星は、己の中の悪と向き合っていた。


(女の子を好き放題できるのを喜ぶ奴は、普通に女の子に嫌われるよなあ……)


 もしもここに安寿がいたら、あるいは桜がいたら、さぞ怒っていただろう。

 少なくとも彼の心の中の二人は、彼を責めさいなんでいた。


(そうだよなあ、普通嫌がるよなあ……普通ってなんだっけ……)


 混血である明星は、何が普通で何が普通ではないのかが分からなくなってきた。

 世界観どうこうではなく、倫理観を統一していただきたい。


 さて、そんなことを考えていると、部屋に『人』が入ってきた。

 彼のいる和室はふすまで仕切られているのだが、その隙間から子供が入ってきたのである。


「うぅうう……」

「あ、赤ちゃん?! いやまあ、いてもおかしくはないけども……」


 特段子供が嫌いというわけでもない。

 明星はその赤ん坊の脇に手を添えて、持ち上げてみた。

 赤ん坊は特に抵抗することもなく、むしろ何にも興味がなさそうにきょろきょろと周囲を見ている。


「んん……どうしようか……まあしばらくすれば、お母さんでも来るだろうし……」


 まあありえなくはない、ちょっとしたイベント。

 そう思っていた明星だが、次の瞬間目をむいて驚いた。


「停止」


 女性の声が聞こえたのかと思うと、目の前に異常が起こった。

 明星が持ち上げていた赤ん坊が、突如として『人形』に変わったのである。

 つまり、赤ん坊の人形を持ち上げている状態になっていた。


「は、はあ?!」


 あわてて下がる明星は、赤ん坊人形を思わず畳の上に置いてしまった。

 そしてその赤ん坊人形を、信じられないとばかりに凝視する。


「ど、どういうことだ?! 俺は、確かに……?!」


 先ほどまでの記憶を探って、なお困惑を深める。

 自分はさっきまで、赤ちゃんだと思って抱き上げていた。

 だがその顔を思い出すと、人形だったのだ。


「俺は、さっきまで、人形を赤ん坊だと疑わなかった?!」


 明星に起きた異変。

 それは赤ん坊が人形に変身したのではなく、今の今まで人形を本物だと勘違いしていたことだった。


「あははは! 驚かせてごめんねえ」


 そういって入ってきたのは、二人の女性だった。

 いや、片方はやはり人形だった。人間の女性は、片方だけだった。


「私は留玉(とめたま)(つづみ)、人形師よ。どう、私の作った人形は?」

(符術師とか結界師とか言っていたけど、まだ披露するターンじゃないと思っていたのに……!)


 一目で人形だとわかる容貌の、背の高いマネキン。

 それに抱きかかえられている、少女のような姿の女性。

 彼女は笑いながら、その赤ん坊の人形をマネキンに回収させていた。


「まあでも、無駄に驚かせたわけじゃないのよ。だってほら、これで納得してくれたんじゃないの?」

「何を!?」

「こういう技術がある……こういう能力を持った生き物がいるってね」


 それを言われて、明星ははっとした。


(そうか……普通の人からは、魔族を憶えられないし、強く意識しないと認識もできない。この人形も、同じノリなのか……!)


 やや方向性は違うが、周囲の人の心をおかしくするというのは同じだ。

 そしてよく考えれば、この屋敷に来て初めて、異常な事態に直面したのだ。


「ただ口で魔族がいるとか言われても困るでしょ? だからこうやって実演したのよ」

(いや、知ってるっていうか、半分当人なんですけども……)


 相手は初心者へ丁寧に説明しているのだろうが、物凄く気まずくなる一方だった。


「……ま、桃次郎おじいちゃんには、こうやって見せる気はなかったんだけどね。あんまり見せびらかす術でもないし、一晩の婿にそこまで筋を通す気もないって」

「だったらなんで、今見せたんですか?」

「そりゃあ、おじいちゃんが貴方を気に入ったからよ。なんなら、仲間に入れる気かも?」


 幼い少女の姿をしている皷だが、その所作だけで普通ではないと伝えてくる。


「ちょっと話をしただけで、気に入る要素無いと思うんですけど……」

「そりゃあねえ、あの場で『どうやってお金返す』とか、そんな話で気に入るところはないわよね」


 皷は、軽やかに笑っていた。


「でも貴方、おじいちゃんが強いってわかったうえで反抗したでしょう?」

「……まあ、強いと思いました」

「そこが気に入ったのよ。何を言ったかなんて、重要じゃないわ」


 明星は老人である桃次郎から、強さを感じ取って恐怖した。

 そのうえで、自分のモラルに反するからと抵抗した。

 それがあの老人には、嬉しかった様子である。


「貴方を吉備家に戻して、次の当主にする……その候補、とかね」

「……本気で言っているんですか?」

「さあ? でもそれもいいかもなんて考えているわ」


 皷は背の高い人形に己を抱えさせて、そのまま部屋を去っていく。


「ああ、私もお嫁さん候補の一人だから……場合によってはよろしくね?」


 その妖艶な笑みを見た明星は、改めて親を呪った。


「母さん……勘弁してくれよ……」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。 魔族側の、吉備家に対する認識が気になりますね…
[良い点] 立場が違えば、見えて来るモノも違うわなあ。 [気になる点] プロットとしては、完結まで童貞を貫かせる心算なんやろか。 [一言] ちっとは倫理観がゆるゆるな方が、楽しく生きられるんやろなっち…
[気になる点] >栄えある吉備家の人間でありながら、一般人説いて過ごしていた。 の主語を明星と判断し、一般人として、と誤字報告させていただきました。 私の勘違いで主語は母親であり、一般人と居て、でした…
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