父と母の馴れ初め
学生にとっても社会人にとっても、連休というのは嬉しいものである。
ましてや彼女がいる男子にとっては、とんでもなくうれしいものだった。
土日と祝日が重なった連休前の帰宅中、それはもう明星はうきうきとしていた。
なお、それと一緒に帰る双子の心中を考えよ。
「いやあアレだよなあ、志夫……ジョカさんもフォライさんもナベルちゃんも、何だかんだいってかわいいよな。おもったより殺伐してないし……これはこの連休、楽しいんじゃないかなって!」
「うんまあそうだけども、俺はトラブル起きねえかなって思ってるよ。なんなら祈ってるよ」
「ハーレムが順調とか、マジでムカつくわよね。もっとギスギスしなさいよ」
金髪で赤目で背が高くて筋肉もムキムキで、くねくねしながら喜んでいる男。
そんなのと一緒に帰らなければならないという苦行に、若い二人は耐えかねていた。
「やれやれ、負け惜しみか? 別に俺みたいにハーレムを作れとは言わないけどさ……いやむしろ作るなって言うけどさ……恋人の一人でも作ったら? もう高校生なんだし」
「ちくしょう……調子に乗ってやがる」
「いたいところを……!」
実現可能な範囲で煽ってくる明星に対して、志夫も安寿も悔しそうだった。
なんだかんだ言って、この二人にはそういうのがいなかった。
「志夫、なんか盛り下がることでも言ってやりなさいよ」
「ええ? でもなあ……明星の両親が特殊性癖とかそういうのって、ちょっと突っ込みにくいし……」
「だから、そういうネットリテラシー的なのを守りつつ、盛り下がることを言うのよ!」
「面倒だな……」
家族だからこそ気安い仲だが、家族だからこそうかつな発言は慎まなければならない。
割と真面目に、母親である桜にチクられかねない。そしてそうなれば、かなりの怒りを買うのだ。
子供としては、避けたいところである。
「それじゃあさあ、明星。前からちょっと気になってたんだけどさ」
「あ、なんだよ」
「魔族って、初対面だとなかなか覚えられないらしいじゃん」
「らしいな、俺もそれを知ったのはこの間だけど……」
「じゃあさあ、お前のお母さんは……」
志夫は話題を変えようとした。
重箱の隅をつつくような話だが、だからこそ気になっていた。
「お前のお母さんは、なんでお前のお父さんのことをちゃんと覚えてられたんだ? 関係性が深まるまでは、覚えるのが難しい。でもそれじゃあ、まず関係性が深まらないだろ」
「……?」
志夫の説明が拙いこともあって、明星はよくわからなかった。
志夫自身もうまく説明できていないとわかっているので、説明の仕方を変えてみた。
「いや、だからさ……例えばお前の親父さんが一方的にお前のお母さんに一目ぼれしてさ、何度も何度も会いに行って憶えてもらった……とかならわかるんだよ。それならお前のお母さんがお前のお父さんを憶えるようになっても不思議じゃないし」
「それは……そうだな」
「でも父さんたちの話だと、お前の親父さんは好き勝手に遊びまわってて、お前のお母さんはそれを止めに入ってたんだろ? それって、お前のお母さんがお前のお父さんを憶えてないと成立しないけど……まずどうやって覚えるようになったんだ?」
先日、ガルダが道の真ん中で堂々と立っていた時、周囲の人は最初こそ驚いてみていたが、すぐに忘れて去っていった。
明星の父であるヘレルが街中で無賃遊びを繰り返していても、同じように人々は一瞬驚くだけでそのまま忘れるはずである。
なぜ明星の母である桃香は、それを見咎めることができたのか?
「……それもそうよね。私たちのお父さんとお母さんは元々明星のお母さんと友達だったらしいから、明星のお父さんとお母さんが喧嘩しているのを何度も見ているうちの覚えられるようになったけど……明星のお母さんがいつどうやって覚えたのかって話よね」
「それは……さあ?」
明星は胎児のころ、乳児のころの記憶をわずかに持っている。
だからこそ父親と母親のことは憶えているし、その愛に疑いを持ったことはない。
つまり彼にとってヘレルと桃香が結ばれたことは常識であり、なれそめに疑問を持ったことはない。
ましてや魔族の特性を知ったのは最近なのだから、母が父を記憶できた理由など考えたこともなかった。
「俺の母さんの実家がコンビニかなんかで、しょっちゅうそこに行ってたとか?」
「うわあ、お前の親父さん最低だな……」
「ごめん、俺が自分で言っておいてなんだけど……今のなしにしてくれ」
さて、なぜだろうか。
志夫が最初に言ったように、ヘレルが桃香に一目ぼれして、憶えてもらおうと何度も接触したのならわかる。
むしろ、それが一番納得のいく流れだ。だがどうやら、そうではないのである。
明星の母は、どうしてヘレルを、魔族を憶えられたのか?
「実は明星のお母さんも混血だったんじゃないの?」
「おいおい、それだと俺の血のほとんどが魔族ってことになるぞ。四分の三が魔族だぞ?」
「そっちのほうがいいじゃないの、統一皇帝的には……」
「いやでもさあ……俺の母さんは純粋な人間であってほしいなあ……なんかイメージが崩れる」
「あっそ……」
余人にはわからぬことだが、母親を人間だと思っていた明星にとっては、筋の通る想像であっても受け入れにくいらしい。
「いや、でもそれでいいんじゃないか? いや、明星のお母さんが混血だとかじゃなくてさ、明星の親父さんと会う前から、別の魔族と親しくしていたとかさ」
「……それだ、それなら完全に筋が通る」
「なにアンタ嬉しそうにしてるのよ、それだとまた新しい謎ができてるじゃない……まあすっきりするけどさ」
とりあえず、論理的な問題は解決した。
志夫の出した疑問に対して安寿が仮定をして、結局志夫がそれをより優れた形にしていた。
ひっかけ問題の答えみたいな仮定だが、筋は通っていた。
少なくとも、桃香まで混血という可能性よりは高い。
「まあ正解はおじさんたちに聞くとして……知らなかったとしてもまあ、今ので正解だろう、うん!」
再び意気揚々と歩きだす明星。
何分歩幅が大きいので、ずんずんと前に進んでいく。
その後ろ姿を見る双子は、やはり呆れた。
「はあ……なんか解決しちまった」
「曇らせておけばよかったわね……なんか私も気になって議論しちゃったけど……」
なんか嫌なことでもおきたらいいのになあ、順風満帆な奴ってムカつくなあ。
そう思っていると、その時である。
双子の隣を、ゆったりと大型の車が通り過ぎていった。
それ自体は、歩行者の近くということで何もおかしくはない。
だが明星のすぐわきを通り過ぎるか、というところでわずかに速度を緩めた。
それ自体は、まあおかしくはない。急ブレーキを踏んだわけでもないし、急停車したわけでもなかった。
だが停車しないまま、いきなりスライドドアが開いたことには、明星も後ろの双子もあれ、と思っていた。
「確保!」
「いそげ!」
「出せ!」
そのスライドドアの向こうから数人の屈強な男たちが出てきて、明星の顔になにかを押し付けつつ明星の大きな体を引き込んだ時は、それこそ困惑していた。
そのまま走り去る車を見て、ここでようやく双子は異常を理解する。
「……け、警察?! いや、ナンバープレートだ!」
「スマホ、スマホで撮影!」
二人は慌ててスマホを取り出そうとするが、あわてていたのでそんなすぐに出せるわけがなかった。
そして構えるころには、既に車は視界から消えていた。
「ど、ど、どうする?!」
「アンタは父さんと母さんに電話して! 私は警察に電話するから!」
残された双子は、それこそ人並みの対応しかできなかった。
※
さて、何やら薬と腕力で強引に車に乗せられた明星である。
現在彼は、目隠しをされて手を布で縛られて、そのまま車に乗せられていた。
トランクに押し込められるとかそんなことはなく、椅子に座らされている。
そしてどうやら、左右には彼を浚ってきた男たちが配置されているようだった。
(……なぜだ)
そして明星本人は、それを概ね把握していた。
混血である明星には、人間用の薬が効くと言えば効く。
だがその種類によっては、多く飲まなければ効かなかったり、効いてもすぐに効果が終わるものもある。
どうやら睡眠薬をかがされたらしい明星だが、常人よりもはやく意識を取り戻していた。
そしてなにやらわかりやすく拉致されていると気づいて、何がどうしてこうなったのかわからずにいた。
(……まあ、いつでも逃げられるしな)
だがそれでも、少しすれば落ち着いた。
殺されたとしても再生できるし、いざとなれば暴れられるからだ。
なんなら今でも、車ごと浚った者たちをぶち殺せる。
(でもこの車走ってるんだよな……最悪高速道路の上かもしれないし、止まったとしても渋滞中かもしれないし……そもそも自動車とか壊したくないし……車の中で殺されるとしてもどっかに捨てられるだろうし、その時だな……)
だが殺すとか壊すとかに抵抗を覚えるモラルの持ち主なので、そうした短絡的行動はしなかった。
むしろいつでもどうとでもできると知っているからこそ、まったく抵抗をしなかった。
ある意味、強者の余裕と言える。あっさり眠らされて浚われている時点で、強者と言えるかは微妙だが。
そうして車にしばらく揺られていると、ほどなくして停車した。
サイドブレーキをかける音も聞こえたので、おそらく目的地に着いたと思われる。
「起きているようだな……立て、降りろ」
目隠しを外されて、車の外に出るよう促される。
明星は特に抵抗せず車の外に出た、そして……そこで信じられないものを見る。
「……は?」
そこは、日本家屋だった。
それはもう、昔話に出てくるような、日本古来の御屋敷だった。
その門の前に、車は止まっていたのである。
そしてその門には、家の名前がしっかりと書いてあった。
吉備
明星本人とその母親桃香の苗字が、でかでかと書かれていた。
それを見ただけで、明星はおおむねを察していた。
「か、母さんの実家?!」
明星は今まで、自分の母親をただの人間だと思っていた。
だがその出自は、なんかすげえ風だった。
(お、俺の家族構成はどうなってるんだ……?!)
彼はここで、先ほど話題に上がったこと……。
桃香がヘレルを記憶できた理由を知るのだった。