大人の階段
なんだかんだ言って仲のいい、明星と双子。
帰る家が同じなので当たり前だが、
「そっか~~……フォライさんが俺の為に楽器の練習を……」
女子が自分の為に頑張っている、それだけで男子は嬉しくなってしまうものだ。
特に音楽が好きというわけではない明星だが、思わず顔をほころばせる。
「俺もなんか練習しようかな、オカリナとかハーモニカならそんなに高くないだろうし」
「やめなさいよ」
「やめたほうがいいんじゃねえの」
「なんで?! セッションとかしたいじゃん?! 絶対楽しいじゃん!!」
いきなり否定されたので、明星はおもわず抗議した。
特に怒られる要素もないはずなのに、なぜやめろと言われるのか。
「アンタがうかつに女の子と同じことをやったら、傷つけそうで怖いのよね」
「そういや明星がなんか楽器を演奏するところ見たことねえな……やるなよ」
「なんでだよ! 俺のことをもっと褒めて伸ばせよ! 今までみたいに、やる気出せって言えよ!」
不満そうな明星に対して、双子は冷ややかである。
「想像してごらんなさいよ……アンタに喜んでほしくて楽器の練習を一生懸命練習したフォライちゃん。その結果を見てもらおうとしていたら……」
「お前がちょろっと練習して、めちゃくちゃ上達してそれを披露したら……傷つくと思わないか? すげーマウントじゃん」
「俺に音楽センスがないかもしれないだろ! その場合はむしろ教えてもらえる感じになるじゃん! 俺の可能性を信じてくれ!」
真剣に練習したことはないのでわからないが、天才ではないという可能性もある。
明星は自分の可能性に賭けていた。
「だいたいさ~~! リナイワだかなんだかの演奏をしてさ、俺が感動したとするじゃん。そこで俺が「すげー感動したよ」って言ったら……それで話終わっちゃうだろ?!」
「いや、あの子はそれで満足だからいいんじゃないの?」
「いいだろ、別の話題を探せよ。っつうか、そんな調子で手を出し始めたらキリないだろ」
「お前らは他人事だからそんなふうに……! 外国の方とコミュニケーションをとることの大変さを、お前らはわかってない!」
そして明星は、いよいよ怒り始めていた。
「だいたい、フォライさんやナベルちゃんと仲良くしろって言う割には、俺に頑張るなとか……ダブスタにもほどがあるだろ!」
「それは悪いとは思うけどさあ……ジャンルが被らないようにしたほうがいいと思うのよ。志夫もそう思うでしょ?」
「うんまあ……っていうかお前、元々競争が嫌いだっただろ? 悪いなあ、とか思わないのか?」
「音楽って競争か? コンテストに出るわけでもないだろうし……」
「難しいことを……」
とはいえ、二人ともそこまで大人ではない。
大人ではないからこそ、こうして口もはさむのだが……。
「だいたい、ナベルちゃんの為にリフティングの練習した時は文句言わなかっただろ」
「……あの子はほら、傷つかなそうだし」
「フォライさんが泣いたら、お前も絶対いやだろ?」
「それはまあ……」
なかなか、話は弾むものだった。
三人は実質兄弟なので、円滑にコミュニケーションができている。
(なんでもいいから、こういう話をフォライさんとしたいんだがなあ……いや、ナベルちゃんともしたいんだけど、たぶんあの子は勝手にぐいぐい来るし……?)
そんな三人の前に、明らかにおかしな『男性』が現れた。
最大の特徴は、腕がないことだろう。
普通の人間に腕があるはずの部分には、猛禽類の翼が生えている。
しかし羽が指のようになっており、明らかな肘もある。
それこそ擬人化された『鳥のキャラクター』のように、翼が腕のようになっていた。
加えて、頭髪からは風切り羽のような尖った羽が二本伸びており、まるで角のようになっている。
また臀部からは始祖鳥のように、長い羽の尻尾が伸びていた。
露出している胸には、大きな卵のようなものが埋まっている。
そこまでなら、ただコスプレをしている人間に見えるだろう。
だがしかし、あきらかな異常は彼の周囲にあった。
人通りの多い道の真ん中に、彼は堂々と立っている。
もちろん周囲の人は、彼を見るなり面食らっている。
だが歩いていくと、忘れたかのように日常に戻っていった。
普通なら何度も見返したり、あるいは足早に去ろうとする。
だが人々は、彼のことを忘れている様子だった。
「魔族の人だよな……」
「そっか……周囲の人からは本当に覚えてもらえないのね……」
「俺たちは慣れてるから覚えられるんだな……」
どんな超能力よりも、異様な現象だった。
それこそ、周囲を洗脳しているようなものである。
これを客観視できる者からすれば、彼が人間ではないことの具体的な証明であった。
「私に気付いたということは……吉備、明星殿下かな?」
「え、ええ……」
「失礼、私は人間に見慣れていなくてね。確認しないとわからなかった」
「俺、この国だと、かなり目立つ背格好だと思うんですが……」
「だがいないわけではないだろう。人違いでは困るはずだ、お互いにね」
そう口にする彼は、明星たちからすると年長である。
その上、妙に敵意を感じてしまう。
「お、お話があるのなら、場所を変えませんか?」
思わず気勢で負けかけた明星は、とりあえず場所を移すことを提案した。
(このままだと、俺たちは奇人変人扱いになる……!)
切実なので、全力での懇願である。
※
古い特撮番組で殺風景な場所が使いまわされるように……。
明星たち三人は、魔族の男性と共に近所の広い公園に来ていた。
何分人口の多い地域なので、この近所ではこの広い公園ぐらいしかいい場所がないのである。
「なあ明星……俺たちもいないとダメか?」
「そうよ、私も正直一緒に居たくないんだけど……」
「いつも都合のいいことばっか言ってないで付き合えよ! 俺たち家族だろ!」
周囲からすれば透明人間と話をしているようなものなので、双子はあまり関わりたくない様子である(特に屋外では)。
だが明星もまた同じ事情であるし、そもそも逃げられないので一緒にいる仲間が欲しいのだ。
「さて……では自己紹介といこう。私はガルダ。見ての通り、魔族だ」
「そ、そうですか……」
「貴殿のことは、ある程度聞いている。正直貴殿の父であるヘレル殿に関してはどうかと思っているが……貴殿本人に対して悪感情はない。むしろ申し訳なく思うほどだ」
「そう、ですよね……」
ほぼ直球で『お前の親父ゴミだな』と言われて悲しい明星。
まあ跡目争いが嫌で逃げた男を、国民は良く思うまい。
「だが……それはそれとして、確認したいことがある」
ガルダを名乗った魔族の若者。
果たして彼は、何を伝えたがっているのか。
「貴殿は、ジョカ殿をどう思っているのだ?」
(あっ……)
何も言わなくても伝わる思いがあるのだなあ、と三人は察した。
これはもう、心中を明かしているに等しい。
「すごいわね……ジョカさん、モテモテじゃないの……」
「おいおい明星、どうするんだ? 昔の男かもしれないぜ?」
「どうするって言われても……」
この流れで「アンケートにご協力いただきありがとうございました、それでは失礼します」と言って帰ることはあるまい。
その先の展開を想像して、三人は話し込んだ。
だがガルダは、その相談を見て別の解釈をしてようである。
「なるほど、私がなぜジョカ殿について聞くのかわからないと。確かにいきなり現れた私から『ジョカ殿をどうおもっているのか』と聞かれれば不審に思うだろう」
「いや、そこはわかりやすいっすよ……」
「私はジョカ殿の同僚……いや、元同僚だ」
基本的な説明を続けるガルダ。
誰も気にしていないことを、ペラペラ話し始める。
「同期で就職してね……同じ部署でずっと一緒に働いていたよ」
彼にとっては重要なことかもしれないが、三人にとっては全く不要な情報の氾濫である。
これはもう、会話をスキップしたり倍速してもいい気分だった。
「入庁式の時からもう彼女は……はじめてプロジェクトを一緒に……上司からの理不尽な……民からの無理難題……」
三人は心を無にして、朝礼のように聞き流していた。
そして真剣に話しているガルダは、そのことに気付いていない様子だった。
長い話は、十分か二十分か。どれぐらい続いていたのかもわからない
「そして気付けば……私は彼女に恋をしていた」
もう分かりきっていた話が、結びに入る。
「私はこの想いを、彼女へ伝えた」
いや、ここで違う方向に進んだ。
「え、伝えたのか? てっきりいうに言えなかったのかと……」
「俺も」
「……え、元カレ? 元カレなの?」
「だが彼女は、この想いを受け入れてくれなかった。」
だがその違う方向は、誤差の範疇に収まった。
「彼女は言った、『私は結婚をするつもりはない、魔界をよくするために仕事に身をささげるつもりだ』と……思いを受け入れてもらえなかったことは残念だが、少しうれしくもあった。ここで私と結婚して、愛し合うというのは……少し違う気もした。私の好きな彼女が、変わってしまう気がしたのだ」
「なんだこの人、面倒くさいことを言ってるぞ……」
「マジで面倒だな……思いが通じなくてもうれしいって……」
「え? 私は何かわかるな~~」
ガルダの自己申告を信じるのなら、元カレではないらしく、またジョカはきっぱりと断っていたらしい。
少なくとも聞いた限りでは、ジョカに悪いところはないようである。
「その彼女が! 管理者という立場とはいえ、後宮入りすることになった……! 正直に言う、私はものすごく嫌な気分になった……!」
「あ、わかる~~」
「後宮の重要性は理解できるが! 彼女にはそういう仕事についてほしくなかった!」
「わかりますわかります~~!」
「……なあ志夫、俺悪くないよな」
「コンプライアンス的にはともかく……お前は悪くないな」
話の流れが分かってきたが、明星は大いに困っていた。
全然関係ないこと、確実である。
「それじゃあジョカさんに戻ってきてほしいとか、そんな話ですか?」
「それは……諦めている。先ほども言ったが、この仕事は本当に重要だからだ。変な話だが、彼女ぐらい優秀な女性は珍しいし、彼女に劣るものがこなせるとも思えない」
「あ、そうなんですか……」
なぜか盛り上がっていた安寿に対して、ガルダは残酷なことを言った。
「こうなったからには、名誉なことだと思うしかない。そしてそもそも振られただけの私に、できることなどないだろう。だが……せめて聞きたい」
ここでガルダは、本題に入った。
「貴殿に、ジョカ殿を幸せにする覚悟があるのか?」
「いきなりそんなことを言われても……」
「ないのか?!」
「いや……困るって言うか……」
「そういうのを無いというんだ!」
返事に窮する人間に、覚悟などないだろう。
とはいえ……。
(おばさんが言ってたのと一緒で……この状況で俺が何を言っても無責任な気が……)
一回の男子高校生に、成人女性を幸せにできるだけの責任能力はあるまい。
それを冷静に考えられるようになった分、彼は大人になったのだろう。
「あのすみません……俺あんまり頭が良くないので何とも言えないですが……」
明星はちょっと考えてから、あえてその気持ちを口にした。
「俺、悪くないですよね?」
聞きようによっては悪いが、相手は大人であり、なおかつ事情を知っていた。
なので彼は、思わずふざけるなといいかけて、しかし黙った。
「……そうだな、うん」
ここでガルダは、一拍置いた。
物凄く納得のいっていない顔をしているが、なんとかこらえている。
「ジョカ殿を指名したのは皇帝陛下であり、それを受け入れたのはジョカ殿だ。ならば君に、選ぶ自由も選択肢もなかった」
「で、ですよね?!」
「その君に対して、覚悟を問うのは間違っている……のだろう」
(いや、そうだろう)
これにはさすがに、安寿も何も言えない。
彼女も何か言いたそうにしているが、それはそれとして抑えている。
「だが……これだけは確認させてほしい。私には全くわからないのだが……君の性的嗜好は人間なのか魔族なのか?」
(確認すんなよ……)
初めて会った男性から性癖を聞かれるという、この苦行。
しかも背後には、自分の兄弟までいる。
「こういう言い方はどうかと思うが……私同様に、彼女もずいぶんと人間とは違う。彼女の顔立ちは人間に近く、かつ……人間の基準でも美人……だろう? だがそのなんだ……結局は魔族だ。ただイイと思うだけでは、そのなんだ、うまくいかないだろう?」
(これで表現をぼかしているつもりなのかコイツは……)
言いたいことはわからないでもないが、そもそも他人に対して真剣に問うことではあるまい。
明星は割と真剣に腹を立てていた。
とはいえ、言いたいことが分かることも事実だ。
それこそイラストに対して「俺の嫁」というのとはわけが違う。
彼が懸念するべきかはともかく、懸念自体はもっともだ。
そして……。
「なあ安寿、志夫……俺の両親ってもしかして、とんでもない変態なのか?」
「え? 今更?」
「そりゃそうじゃないの?」
自分が真性の特殊性癖の産物だと気づかされて、へこむ明星。
いや、それはそれで愛なのかもしれないが……一般的な感性とは相いれない様子である。
(いやしかし、こいつはそれを聞きたいわけで……実際俺も、『合体(意味深)』するとなるとどうだかわからないわけで……)
考えてみると、ちょっと不安になってくる。
自分はジョカの夫になれるのか?
いや、他の女の子もどうなのだろうか。
考えてみると、いかに自分の考えが浅かったのか……。
「ガルダ殿!」
そう考えていると、まさに本題の女性が現れていた。
「皆さんの帰りが遅いので探しに来てみれば……なぜあなたがここにいるのですか! そしてなぜ明星様たちを集めているのですか!」
「ジョカ殿……私は……」
「……なんですか、私を納得させられる理由があるのですか」
「私は、貴方が幸せになれるか不安だったのだ!」
割と格好のいい言い方をするガルダである。
「君が後宮に管理者になることは仕方ない……男子を管理者にすれば、不貞を疑われる。だからこそ、才気ある女性に任せるしかない」
(……そうか、だからジョカさんが来たのか!)
不貞という発想がまずない、ピュアな皇太子。
今からすでに、周囲の気苦労がしのばれる。
「だが……君自身の幸せはどうだ? 彼が愛してくれなければ、君は余計に惨めだ!」
(まあ……何十人もお嫁さんがいて、最初の一人にだけ子供がいなかったら……いろいろ言われそうだよな)
「私には、それが耐えられない!」
涙ぐみながら訴えるガルダ。
それに対して、ジョカは困惑を隠せない。
「ならば貴方は、何を見れば納得できるのですか……まさか目の前で愛し合えとでも……」
至極もっともな質問をするジョカ。
愛される補償など、それこそ実証するほかないのだが……。
今この場でやれと言われて、やるようなことでもない。
「それなら! それなら! キスをすればいいと思います!」
なにやら謎の盛り上がりをしている安寿が、謎の提案をしてきた。
確かに愛しているのなら、キスの一つや二つできるだろう。それができないのなら、愛しているなど言えまい。
「安寿……お前それが言いたいだけだろ……」
(漫画でよく見るアレだ……)
愛を証明しろと言われて、キスをする。
漫画でしか見ない、王道展開であった。
「おお、そうだ! それがいい!」
「……ガルダ殿はこう言っていますが、明星様はどうされますか」
ジョカはその目で、明星を見てくる。
途方もなく人間離れしている、怪しい女性と見つめ合う。
明星の中に有る『人間の常識』が、彼女を異形だと認識する。
そのうえで彼の中の本能が、彼女を異性だと意識する。
もしも彼女とキスをすれば、どんな気分になるだろうか。
諸事情あれども一般的な男子高校生と変わらない明星は、ものすごく興奮していた。
様々な妄想、情念が膨らむ。
そして出した答えは……。
「いや、しないっす」
白けた否定だった。
「な、なんだとぉ?! やはり貴様、人間に近い容姿ではないからと、彼女のことを否定するのか!! そんなお前に、ジョカ殿を任せられない!」
「そうだよ、明星! この流れでキスしようともしないってなに?! ジョカさんだって傷つくでしょ!」
ガルダと安寿が、猛抗議をしてくる。
それこそ、正義は我にありと言わんばかりだった。
「……俺さあ、まだキスしたことないんだよ」
それに対して明星は、あくまでも白けていた。
「今回のことでキスしたらさあ……キスするたびに、っていうかジョカさんの唇を見るたびにガルダさんのことを思い出しそうで……嫌なんだよね」
「……わかる」
明星は童貞らしい夢のある言葉で返した。
それに対して、志夫も同調する。
「ジョカさんだって、周りから囃し立てられてキスされたら、そっちの方が嫌なんじゃないかなあ」
「明星様のおっしゃる通りでございます」
きりっとした目で、ジョカは安寿とガルダをにらんだ。
「この状況でキスをされても私は嬉しくありません。嬉しくないことをされて、愛を確かめるも何もあったものではない。貴方たちはそれぐらいわからないのですか?」
これには、二人も黙ってしまう。
「結局のところ……ガルダ殿、貴方は私の外面が好きなだけです」
「そ、そんなことはない。私は貴方の外見よりも、むしろ中身を……」
だが自分がほれ込んだ理由を誤解されては、ガルダも抗議せざるを得ない。
ガルダが彼女にほれ込んだのは(魔族基準の)美貌ではなく……。
「貴方はキャリアウーマンが好きなだけです」
だが的を射られると、黙ってしまった。
なるほど、職業や役職というのも、外面といえなくもない。
「だからキャリアウーマンではなくなった私に嫌悪感を抱いているし、文句を言いたくなっている。それだけの事を、大仰に語られても困ります」
はっきりと、彼女は軽蔑を示した。
「そして……嫌悪感を抱くだけならまだしも、こうして直接、無関係な明星様に文句を言いに来るなど言語道断。婚約をしていたわけでもない貴方に、そんなことをしにくる権利はありません」
ぴしゃりと言われて、ガルダはへこんでいた。
羽毛のような角、翼、尾が絞れて垂れていく。
心なしか、卵のような核もくすんでいるようだった。
「……申し訳ありませんでした」
彼はかろうじて謝ると、そのままふらふらと歩き去る。
その姿は、まさに振られた男であった。
「あ、あの……ジョカさん」
そして残った安寿は、申し訳なさそうにしていた。
「ごめんなさい……私、最低でした」
「いいのですよ、安寿さん。ですが今後は、もう少し踏み込むところを考えるべきですね」
「はい……」
安寿に対しては、ジョカは許していた。
考えようによってはガルダよりも軽率だったが、若いこともあって許した様子である。
「いやあ……元カレとかじゃなくてよかったなあ」
「まったく……そうだったらどうしようかと思った」
志夫と明星は、解決したことに安心している。
というか大人の痴話げんかなど、二人にはまだ早すぎた。
「私に恋人などいませんでしたよ。それに……仮に彼がそうだったとしても、今ので百年の恋も冷めます」
「そうですね」
「そうっすね」
大分、かなり、見苦しかった。
なるほど、今のガルダが恋敵だったとしても、あっさり振られただろう。それこそ、相手にもならない。
「さあみなさん、もう帰りましょう。ご両親も心配……というほどではありませんが、寄り道しているのではないかと思っていますよ」
ジョカは手を叩いて、三人に帰宅を促す。
そう、三人は家に帰る途中だった。
すっかり疲れた様子で、家へ帰ろうとして……。
「明星様」
「はい?」
明星の顔に、ジョカの顔が接近した。
今の彼女はキャリアウーマンではなく、営業用スマイルをしていた。
「私のことを大事に思ってくださって、嬉しかったですよ」
営業スマイルだとわかっていても、それはとても素敵で……。
※
その日の夜。
明星は養父である友一と二人で、静かに話をしていた。
「おじさん……年上で美人のお姉さんが、営業用のスマイルをするのって……最高だね」
仕事の笑いだとわかっていても、いやだからこそ、脳を揺さぶる何かがあった。
「……明星も、大人になったな」
営業用スマイルを営業用スマイルと知って、それを受け入れる子供の成長を、友一は心から祝福していた。