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無知シチュを疑え

 ビマリなる遊びに誘われた明星は、市内にある室内運動場に訪れていた。

 そこは少々の手続きを踏み、ちょっとお高い使用料を払えば、誰でも貸し切れる施設だった。


 本来魔族だけなら、街中だろうが道路のど真ん中だろうが、何をどうふるまっても問題はない。

 だが混血である明星が一緒ということで配慮し、こうして施設を借り切っている。


 室内運動場、といっても大したものではない

 体育館ほどではないが高い天井があって、四方の壁に衝撃吸収素材が貼られているだけだ。

 そのシンプルに広い部屋で、明星、ジョカ、フォライ、ナベルが集まっていた。


 とはいえナベル以外は、これから楽しい運動をする、という雰囲気ではない。

 彼女だけは心底からうきうきしているが、ジョカは不安げで、フォライは苛立たし気だ。

 そして明星はと言えば……。


「この服……怖いな」


 ジョカが用意した、魔族へ変身するときのための服。

 それを初めて着た彼は、そのギミックに困っていた。


 まず背中がほぼむき出しで、ものすごくすーすーする。

 ここから六枚の翼を展開する関係上仕方ないのだが、背中ががら空きというのは新感覚なので落ち着かない。

 いや、背中ががら空きというのは、一種のファッションと言えなくもない。

 明星の背中は無駄にムキムキなので、見苦しくはないのだ。

 道を歩いている分には、少し奇異にみられる程度で済むだろう。店とかに入ったら、注意されるかもしれないが。


 また、胸板の部分も露出している。

 明星の大胸筋の大部分が見えていて、そのうえ背中もほとんどむき出しなのだから、服の体をしていない。

 だがそれよりも大きな問題は、尻である。


「なんかこう……魔界由来の便利な布とかあればいいのにな……」


 尻尾が尻から出る以上、尻の部分には穴が開いていなければならない。

 だが背中と違って、尻が丸出しというのは痴漢である。

 なのでどうなっているかというと……尻の部分だけ、スカートのようになっている。

 ぺらりとめくれば、そこには尻があるのだ。


(混血の体質を、呪う日が来るとは……)


 そこに目をつぶれば、なかなか格好のいい服である。

 上下がつながったツナギとなっており、筋肉質な明星の体のラインがしっかりと見えるようになっている。

 背中と胸と尻に穴が開いていることを除けば、肌触りもよく、軽く、しかし頑丈で動いても不安はなかった。

 まあ、尻がひらりとがら空きになるのは、駄目と言えば駄目だが。


「明星様、いかがですか?」

「ん……それじゃあ一回やってみるけど……破れたらごめんな」

「いえいえ、それ用の服ですから、破れたらむしろ私が謝るところです」

「それもそうですね……それじゃあ!」


 明星は、自分の胸に両手を当てた。

 そして己の中の、父の血に力を籠める。


(父さん……!)


 普段は見えない明星の核が、皇帝譲りの巨大な星が現出する。

 それに応じるように、金属製のねじれた角が、六枚の翼が、巨大な尾が生えてくる。


 普段は人間と区別がつかない彼だが、こうなれば誰も人間だとは思うまい。

 見るからに猛々しい若き雄をみて、ジョカもフォライもナベルも一様にほほを赤らめる。


「いやはや、眼福ですねえ……そのお姿を見れば、大抵の娘は見惚れるでしょう」

「はい……私、見とれてしまいます……!」


 一度見たジョカとフォライがそうなのだ、ナベルはそれどころではない。


「うっ……わあああああ! すごいすごい! 本当に皇帝陛下そっくりだぁああ!」


 興奮に任せて近づいて、その角や翼、尻尾、核にべたべたと触る。


(もしかして俺は、セクハラされているのか……?)


 魔族の常識がない明星は、とりあえずなされるがままにしていた。

 その一方で、彼女の無遠慮さに退いてもいる。


「な、なんて失礼な! 羨ましい!」

「え、お嫁さんだからいいじゃん!」

(やっぱ無知シチュだったのか……)


 そして怒り出すフォライを見て、自分がセクハラされていたと理解した。

 魔族の部位は露出させている一方で、勝手に触ることは良くないらしい。


「……フォライさん、そんなに怒らないで。俺のこれに触りたいなら、後で触らせるから」

「ええ?! いい、いええええ! そんなことは、もっと関係が進んでから……」

「そう、それならいいんだけど……」

(関係を進めるチャンスだったのかしら……)

「ナベルちゃん、今日はビマリをするって話じゃなかった?」 

「あ、そうだった!」


 ビマリなるものがどんな遊びなのか、明星は全くわからない。

 しかしながら、比較的一般的な文化ではあるらしい。

 ならば魔族を知るためにも、教えてもらったほうがいいだろう。


 なにより……このハイテンション娘の注意を、自分からそらすという目的もあった。


「それじゃあ見てろよ……このオレの、マイマリを!」


 そういって彼女が取り出したのは、かなり大きな球だった。

 明星が見た限りでは、質感はヤシの実に近く、大きさはサッカーボールより少し小さい程度だった。

 それを彼女は、マイマリと呼んだ。ビマリとは、マイマリを使うものらしい。


「そうれ……!」


 ぽーん、と彼女はそれを宙に投げる。

 弧を描いて落下してきたそれを、彼女は自分のカラスの尾で受け止める。

 やわらかく受け止めてしばらく尾に乗せた後、そのままポンポンと翼の上で跳ねさせた。


「……ああ、リフティングみたいなもんか」

「ええ、人間界で言うところのサッカー……そのリフティングに近いものですね」


 明星が察したことを、ジョカは補足する。

 そしてその二人の前で、ナベルは尻尾をつかったリフティングを続けている。

 大きく腰を引きながら左右に揺らし、マイマリを上手に尻尾の上で跳ねさせていた。

 

(見えてないのに、上手なもんだな……)


 なにせカラスの尻尾である、真後ろにあるのだから目視は難しい。

 自分の後ろだけでリフティングをしている……というのだから、簡単そうに見えて凄いのだろう。

 いや、簡単そうにやっているのが凄い、というべきか。


「ビマリは比較的メジャーなスポーツでして……新体操のように演技をして、得点を競うこともあるのですよ」

「へえ……それであの子は、ナベルちゃんはどの程度なんですか?」

「地方大会でときどき優勝する、ぐらいと聞きました」

「すごいじゃないですか」

「ええ……ちなみに私も幼いころはやっていましたが、彼女ほど熱心ではなかったので、そこそこの成績でしたね」


 うにょろうにょろと、ジョカは蛇の尻尾を揺らめかせている。

 その巨大な尾を見たあとで、明星は自分の尾を見る。


(レギュレーションとか、どうなってるんだ……)


 あくまでも芸術点を競うのだから、陸上競技や格闘技ほどレギュレーションが重要ではないのかもしれない。

 しかしながら、競技としての公平性に疑問を抱かずにいられなかった。


「あ、ああ……フォライさんはどうだった?」

「私はその……尻尾が貧相なものですから……ビマリ自体できませんでした」

「ごめん……」


 目の前で華麗な演技を見せるナベルに対して、フォライは妬みのこもった視線を向けている。

 ナベルにその気はないのだろうが、フォライからすれば見せつけてくるような物だろう。


(いやしかし……奇麗なもんだなあ……これはこれで、イイ)


 いや、ナベルは見せつけているのだ。

 他でもない明星に、自分の長所を見せつけている。

 そして明星は、彼女のパフォーマンスに見惚れつつあった。

 それは全身で表現をしている、スポーツ選手の輝きだった。


 ただ尻尾を動かすだけではない。体幹を使ってダイナミックにマイマリを躍動させつつ、手足でポーズを決める。

 彼女がどれだけ真面目にビマリの練習をしたのか、見ているだけで伝わってくる。


(うむうむ、イイなあ……)


 それこそ女子スポーツ選手の演技を見ているように、応援したい気持ちが湧き上がってきた。

 明星は無意識に、自分の尾や翼を波立たせている。それは犬や猫と同様に、彼の心中をわかりやすく表現していた。


「むむむ……」

「はあ……嫉妬しすぎないことです」


 明星が楽しんでいるところを見てフォライは面白くない様子だが、そこへジョカは釘を刺した。


「ナベルは自分の特技を披露しているだけでしょう、それも伝統的な演技です。何もおかしなことはありませんよ」

「そうですけど……」


 フォライは、思わず自分の胸元を見た。

 そこには、とても小さい核がある。

 魔族の文化において、落ちこぼれの証明だった。


「……それは、今更でしょう」

 

 ジョカはあえて、飾りのないことを言った。


「明星様から尊敬や賞賛を得たいのなら、彼女のように修練を積むしかありません。足の引っ張り合いは避けるべきですが、自助努力をしなくていい、なんてことはないのですよ」

「はい……」


 明星とフォライは、人間的なフィーリングがよく合う。それについては、共通認識だろう。

 だがそれだけでは足りない、もっともっと何かが欲しい。

 今のナベルのように、彼を楽しませ喜ばせたい。彼の為に努力して、彼に凄いと言われたい。


「どう? ビマリは楽しいだろう?!」

「ああ、凄かった……すごく練習したんだなあ」

「そうそう! でもね、大好きなことだから、楽しいんだよ! できないことができるって、スゲーイイよ!」

「……すげえな」


 まっすぐすぎる言葉が、明星の心に刺さった。

 割と斜に構えている明星としては、この子供向けヒーローのようなセリフに耐えられない。


「じゃあ明星もやってみようか! オレが教えるよ! ジョカさんがそうしたら仲良くなるって言ってた!」

「……そうだな、せっかくだしやろうか」


 フォライの視線に気づかない明星は、せっかく着替えて変身したのだからとビマリに挑戦することにした。


 魔界の遊びというから物騒なものを想像していたが、いい意味で芸なので安心していた。

 さすがにこの流れで、よくわからん呪い的なものはあるまい。


「ああ、明星様。一応ですが、貴方用の特製マイマリです。よろしければ、お使いください」

「ジョカさん、どうも……重っ」

「皇帝陛下の血を継ぐ貴方様には、これぐらいでないと……」

 

 ジョカが尻尾で渡してきた『マイマリ』は、それはもうずっしりと重く、大きいものだった。

 スイカぐらいの大きさの上で、金属でも入っているのかという重さである。相当鍛えている人間が、しっかり腰を入れないと持てない重さである。

 魔族になった明星をして、両手で持っても相当な負担だった。


「一応申し上げておきますが……貴方の尻尾は非常に強力なのです。その加減を知る意味でも、このビマリは大事なのですよ」

「……そ、そうなんだ」


 明星は自分が混血であることは知っていたが、知っているだけで実際に何かをしたことはなかった。

 どのぐらい背が伸びたのか確認したい……それぐらいの軽い気持ちで魔族の部位を出すことはあった。だがそれを使って何かしよう、と思ったことは一度もない。


「明星様は皇太子なのですから、多少は振る舞いというものを学んでもよろしいでしょう」

「お、おう……」


 明星は素直に頷く。

 自分の尻尾を客観視すると、なんとも物騒である。

 これでぶったたけば、大抵のものは壊れそうな感じだった。


(このままうかつに一回転したら、まわりの人に迷惑が及びそうだな……)


 おっかなびっくりしている明星を見て、ナベルは愉快そうに笑った。


「そっかそっか……明星は尻尾の素人か! じゃあしょうがない、オレが手取り足取り教えてあげよう!」

「……じゃ、お願いします」

「任せとけ!」


 サッカーの得意な同級生から、サッカーを教わるようなノリである。

 相手が女子というのは少し気になるが、むしろ良かった。

 この、少し気になる、がちょうどいい。


(イイなあ……この感じがイイ……)


 明星は思わず顔をほころばせながら、指導を受けることにした。


「ビマリは大きく動いちゃいけないルールだから、まずどこに立つのか決めて……そこでゆっくり一回転しよう! なにかぶつかりそうなら、それはどかさないとね!」

「あ、はい」


 指導自体はまともだったので、互いの距離はしっかりとっていた。

 ナベルは明星の尻尾の届かない距離に立ち、具体的な指示を出していた。


(手取り足取りとはいったい……いやまあ、怪我させたいわけじゃないんだけど……)


 明星の尻尾はでかいため、結構な距離をとっている。

 それ自体は当然なのだが、やや寂しくもあった。

 ちょっと期待していたのと違うので、ちょっとがっかりである。


「よし! それじゃあまずは……尻尾を動かさないで、体幹を動かすんだ!」

「ああ……尻尾を伸ばしたまま体を動かせと?」

「うん!」


 初心者向けの水泳教室のような、丁寧で退屈な指導が始まった。


(あらためて……手取り足取りとはいったい……ぬぬぬ……いや、ちゃんとやろう)


 明星はちょっと下品になりかけていた気持ちを封じて、謙虚に練習をすることにした。


(まあマジで手取り足取りされても困るしな……)

「ハイ上手! じゃあマイマリを投げるから、その動きでゆっくり当ててみようか!」

「はい!」


 かくてナベルは、明星に対して真面目な指導をしたのだった。



 しばらくの間真面目に練習をした明星は、施設の利用時間が終わりに近づいていることもあって、施設内のシャワールームで汗を流していた。

 運動をあまりしない明星ではあるが、じっとり汗をかいた後のシャワーは好きだった。爽快感がたまらない。

 汗だけ流せば十分だと、彼は誰もいないシャワールームで体をふき始める。当然ながら、全裸であった。


「ふぃ……」


 誰でも使える施設の、そのシャワールームである。

 お世辞にも最新ではないし、さほどきれいでもなかった。

 だがシャワールームには、やはりというか全身鏡がある。

 その前に立った明星は、年頃の男子らしく自分を映していた。


「いやあ……イイ男だ」


 ポーズなどを決めることはないが、上から下までじろじろと見て、自分で自分を褒めていた。

 背が高くて顔がよくて筋肉ムキムキで、自然な金髪で赤い目をしているのだから、それはもう格好がよかった。

 これなら何かあっても、女性に軽蔑されることはあるまい。


「まあ何かあったら家を追い出されるわけだが……それはそれとしてな!」


 鏡の前に立った明星は、しばらく人間の自分を見た後、ふと思い立った。

 果たして魔族になったときの自分は、どんな感じなのだろうかと。

 彼の魔族の部位はどれも大きいので、鏡で確認するまでもなかった。

 だが魔族の女子たちからは、魅力的だと言われている。ちょっと見てみよう、という気分になった。


 近くになにもないことを確認して、明星は胸に気合を入れる。

 さあ魔族に変身するぞというタイミングで、誰かが入ってきた。


「へ~、ここで水を浴びるんだ~~!」


 案の定というか、ナベルである。

 幸い彼女もこのシャワールームに入った段階では、まだ服を着ていた。

 だが、明星は裸だった。しかも、鏡の前に立っていた。


「ちょっと、ナベルさん! そっちは男性用です! って、ああ!」


 慌てたジョカが止めに来た時には、すでに裸の明星とナベルが対面した後だった。


「……?」


 変身に集中したことや、ここが貸し切りで、男子が自分しかいないこと、そして目の前にいるナベルが普通に服を着ていたこと。

 それらが交わって、明星は思考停止していた。


 それに対してナベルは……。


「きゃ、きゃああああああああ!」


 勝手に入ってきたにも関わらず、絶叫してしまうのだった。



 貸し切り時間が終わった後、四人はそろって施設を後にしていた。

 もちろん後片づけなども済ませ、正式に退出した後なのだが……。

 ナベルはジョカの後ろに隠れて、明星をチラチラとみている。

 そんな彼女に対して、フォライもジョカも、明星も困っていた。


「あの……一番最初に確認したいんですけど、俺悪くないですよね」

「そうですよ」

「ですよね」


 シャワールームの中で全裸だったとして、誰が咎めるというのか。

 ましてや男子専用、貸しきりならなおのことである。

 だが女子に悲鳴を上げられたので、明星は大いに罪悪感を受けていた。


「あの……深い意味はまったくない、純粋な保健体育的な質問なんですけど……人間と魔族の『男子(意味深)』って、そんなに違うんですか?」

「そんなに違わないはずです。もしもそうなら、貴方はここに居ません」

「そうですよね……魔族の父さんと人間の母さんがアレして俺ですもんね」


 明星はジョカと話し込み、改めて自分が悪くないことを確認する。

 ならばナベルは、なぜこうも過剰な反応をするのか。

 第一声で子供を作ろうとした彼女は、一体どうしてこうなったのか。


「あの……ナベルさん、よろしいですか?」

「え、え?」

「なぜそんなに過剰な反応をなさっているのです?」


 フォライは直球の質問をする。

 なぜこんなにも怯えているのか、誰もわからないのだ。


「だ、だって……オレが見た『絵』と違うし……」

「……そうですか」


 謎は解けた。

 おそらく彼女が見た『絵』は、かなり低年齢向けだったと思われる。

 それなら実物との違いに混乱しても、そこまで不思議ではない。


「あの、明星様、フォライさん。いろいろ想定外ですが……とりあえず当分の間、彼女が積極的になることはないかと」

「そうですね」

「そうですね」


 本当にこれでよかったのだろうか。

 振り回された三人は、自己欺瞞に走るのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です 毎日の楽しみが増えました [気になる点] つまり一人の漢としてのナニも立派だったと
[良い点] フォライちゃんはフツーやが、フツーはハーレムのその他大勢にされたとなりゃ、嫉妬位はするし、トラブルの一つも起こそうと云うモンやわな。 [気になる点] 流石に「婚約者が居る男子高校生」に、立…
[一言] 更新お疲れ様です。 ビマリのインストラクターっぽくて草。
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