オレっ娘
三人目のお嫁さん、ナベル。
カラスの翼と尾、犬歯のような角、石炭のような核を持つ少女。
大親家へ颯爽と突入した彼女は、速やかにジョカによって拘束され、現在リビングで縛られている。
もちろん、ジョカの尾によって、だ。
「かってに人間界に来るだけでも大問題なのに……大親家へ迷惑をかけるなんて……信じられません」
「ええ~~?」
尻尾で縛られているナベルは、なぜ自分が怒られているのか分からない様子だった。
なお、彼女を見ている大親家の面々は、驚きのあまり言葉を失っている。
父親である友一はまだ帰ってきていないが、この場にいれば同じようにしていただろう。
では、フォライはどうかというと……。
「こんなのって、あんまりだと思いませんか……」
「……そうだな」
もはや恥も外聞もない、と明星に抱き着いている。
それは非常に子供っぽい所作であり、明星を自分のものだと全身で主張していた。
あまりいい振る舞いではないが、明星もジョカもそれをとがめなかった。
それどころではないほど、ナベルが酷い。
「あの……一応確認なんすけど……そのナベルって子、マジで明星の三人目なんすか?」
「はい……彼女が三人目であること、それ自体は本当です……」
「うわあ……マジかよ」
志夫は失礼な質問をして、ジョカは苦々し気に返答をした。
そして志夫は、ものすごく失礼な反応をした。
だが安寿や桜をして、思わず同意するほどであった。
よそからお嫁さんに来たお嬢さんに対して言っていいことではないが……。
「一体どんな躾をされてきたんですか……!」
ジョカが全員の気持ちを代弁していた。
「大丈夫! オレわかってるから!」
なお、彼女は全く気にしていない模様。
「オレはお嫁さんで、明星が旦那さまで、結婚して子供を作る……どうだ!」
間違っているか間違っていないかで言えば間違いではない、だが百点満点のテストで言えば零点だ。
料理で言ったら、材料を洗いもせずに皿に乗せたようなものだ。盛りつけさえしていない。
「いいですか……まず! 家に入るときは玄関からです!」
玄関をぶち破って入ってきたジョカは、玄関から入る重要性から入った。
「そのうえで……大親家へ行くのなら、まず私に話を通しなさい! 今日はフォライさんの日だったんですよ!」
「え、聞いてない」
「そうでしょうね、貴方が来ませんでしたからね!」
大人の余裕がなくなっている、大人の女性ジョカ。
おそらくこれが彼女の素なのだと思われる。
「まあまあ、いいじゃないのジョカさん」
「桜様……」
「本人に悪気があったわけじゃないし……」
ことなかれ主義に走りだしそうな桜。
しかしながらこの場で最大の発言力を持っていたのは彼女なので、誰も反論できなかった。
(いやあ……いっちゃあ悪いけど、この歳でこの落ち着きのなさはヤバい気が……)
(桜おば様はお優しいですが……こんな人にまで情けをかけるなんて……!)
だが当事者二人は、ものすごくどうかと思っていた。
声に出さないが、不満げである。
「ヘレルはもっとひどかったし……」
(そっか……父さんコレよりひどいのか……)
(声に出さなくてよかった……)
だが口にしないからこそ、救われる人間関係があった。
「確かに私もそう聞いていますが……だとしても……」
「そうやって頭ごなしに否定していたら、明星だって生まれなかったのよ?」
(そっか~~俺生まれてなかったんだ~~)
器の大きさを見せる桜だが、明星はその大きさに負け始めていた。
やはり思い出は、思い出のままのほうがいいのかもしれない。
「それでナベルちゃん……明星と子供を作りたいの?」
「うん!」
「なんでそんなに子供を作りたいの? 家の人に言われたから?」
「そんな感じだ!」
そんな思春期の少年を置いて、桜は面談を始める。
さすがは三児を育てる母、子供の話を聞くのが得意である。
「……なにかいいことがあったのね、話してくれる?」
「うん!」
尻尾でぎちぎちに絞められながら、ナベルは何があったのか話始めた。
それはもう、楽し気に、自慢げに。
「オレに姉ちゃんがいるんだけどさ! 結婚して子供が生まれたんだ!」
どんな話かと思ったら、非常にシンプルだった。
「すげー幸せだって言ってた! だからオレも子供作るんだ~~!」
シンプル過ぎて、突っ込みようがなかった。
これには桜も、さすがに反応が遅れる。
(頭は悪いが、悪い子ではないな……)
動機も目的も間違っていないので、否定することが難しい。
この無邪気な少女に、何をどう言ったものか。
「……そうねえ」
桜はじろり、と明星を見た。
「明星、言うまでもないと思っていたから言わなかったけど……」
「な、なに、おばさん……」
「貴方はまだ学生なんだから、子供ができるようなことをしたら駄目よ!」
とりあえず説得できるところから説得しよう、という大人の判断であった。
「自分でお金を稼いで、自分で子供や奥さんを養えるようになってから、それで子供を作るようなことをしていいの! 少なくとも、大親家はそうなの!」
「う、うん、わかってる」
「それに従えないのなら、大親家の敷居は跨がせません!」
桜はきりっと、ジョカを見る。
「もちろん、貴方も同意してくださいますよね?」
「それはもう。私どもは貴方の指示に従うどころか、貴方に指示を仰ぐ側ですので」
ジョカはものすごく素直に応じていた。
「何度も申し上げますが……子供は作ればいい、というものではないのです」
「ええ、そうよね」
大人たちで認識を再確認した。
さて、子供にどう説明したものか。
「え、なんで駄目なの?」
この、何がどう駄目なのかわかっていない、という子供への返答がいちばん難しい。
さすがの桜も、どう説明したものかと考えてしまった。
「あの……明星様」
「フォライさん……」
「貴方から、何か、おっしゃってください」
そこで、不安げなフォライが明星を頼った。
明星も困っているが、当事者として何とかせねばならない。
ナベルへ何も言わなければ、フォライに対して失礼である。
「……ナベルさん、聞いてほしい」
「うん!」
「……君のお姉さんが幸せなのはとてもいいことだ。でも、今俺と君が子供を作っても、幸せにはなれない」
明星はものすごくシンプルに話を進めることにした。
「え、なんで」
「今の俺は、君のことを好きじゃないからだ。お互いのことを好きになってからじゃないと、子供を作っても幸せになれない。君のお姉さんが幸せなのは、旦那さんと愛し合っているからだ」
「そうなんだ!」
シンプルに説明している明星だが、脳内では悩みがあった。
(我ながら、古臭い考えだな……)
ナベルには通じているので問題ないが、果たして自分の言っていることは正しいのだろうか。
議論を要する問題であるため、明星の中で答えは出ない。
「じゃあキスしようか!」
「いやいや! それも、それも! キスしたら好きになるわけじゃないから! 好きな人とするのがキスだから!」
「じゃあどうすんの?」
「それを君に説明しようとしていたら、いきなり来ちゃって困ってるの!」
明星は最後には投げた。
明星自身、よくわかっていないので仕方ない。
「へ~~」
なるほど、自分が悪いのか。
そう結論付けたナベルを見て、明星は一安心する。
そのうえでぎこちなく、自分に抱き着いているフォライを見る。
「ど、どうかな?」
「……ちょっとだけ、不満です」
「そうだろうね……」
フォライ側に立って考えれば、ナベルに対してもっと強い拒絶をしてほしいだろう。
だがそれはできないので、こんな半端になってしまったのだ。不満を持たれても仕方ないだろう。
「明星様、お見事です」
「どうも……」
「私が至らぬばかりに、ご迷惑を……」
その一方で、ジョカは大人の謝罪をしていた。
本人に非が無くても謝る、実に大人であった。
「なんか……悩んでたのがバカみたいね」
「俺たち基本、部外者だしな」
子供である双子の兄妹は、自分たちの無力さを思い知っていた。
何か力になろうと思っても、できることなどそんなにないのである。