マルシェ1
四人は公爵邸の入り口に用意された馬車に乗る前に、お互い姿を確認する。
イーサンはシャツの襟元を緩め、袖を捲り上げたラフな格好。しかし、薄いシャツの下に鍛えられた身体があるのは想像に容易い。休日の騎士といった感じだ。
フランクは、シャツの襟をキチンと留め仕立ての良いジャケットを羽織っていて、貴族か豪商の息子といったあたりだろう。
ナディアは颯爽とした男装姿。白いシャツに白いパンツ、紺色のジャケットを羽織り、真っ直ぐな黒髪は首元で緩く一つに束ねている。爽やかな立ち姿はまさしく、正統派美丈夫。
「どうしましょう。両手に花、以上だわ」
頬を染めため息をつくのは、ラーナ。こちらは水色のワンピースで平民女性にしか見えない服装だ。
「辛口、インテリ、正統派、選びたい放題ね」
「……あなた、楽しそうね」
呆れ顔で呟くナディアに、イーサンは短剣を渡す。
「昨日話していた剣だ。侍女も騎士だと聞いたので二人分用意した」
ナディアは帰る時、帯剣の許可を求めていた。
騎士でなくなったので、長剣は持てないけれど、剣のない生活は落ち着かない。短剣なら許して貰えるかもと言ってみたところ、あっさりと許可が降りたのだ。
二人は短剣を受け取ると、鞘から出し刃こぼれがないかを確認する。身に染みついた当たり前の動作だけれどカーデラン国に女性騎士はいないので、男性二人はその様子を珍しげに見ていた。
「では行くか」
二人が短剣を鞘にしまいそれをウエスト辺りに差し込んだのを確認し、イーサンは声をかけると同時に片手を差し出した。エスコートされ慣れていないナディアは、出された手におずおずと自分の手を重ね馬車に乗り込んだ。
着いたのは、ちょっと良い市民向けのお店。昨日スザンヌが調べてくれたお店で既製品を扱っている店の中では一番良い品揃えらしい。
店の中には生地ではなく仕立てられた服が並んでいて、そこは貴族が通うオーダーメイドの服屋と違うところだ。
予想以上の品揃えにイーサンとフランクは顔を見合わせ眉を下げる。
「いつも思うのですが、どうして女性の買い物はああも時間がかかるのでしょうか」
「同感だ。よく似た服を見せられて、『どっちがいい?』と聞かれてもまず違いが分からない」
「あれ、本人の心の内では既にどちらか決まってたりするんですよね。そして、違う方を選ぶと不機嫌になる」
二人が背後でこそこそ話す中、ナディアは店員を呼び止め好みを伝え始める。
その隣ではナディアより張り切るラーナが、あれこれアドバイスを始めた。
「さっきの話ですが、利き手に持っている方かもしくは、比較して高い位置で持っている方を勧めると上手くいくらしいですよ」
「それは、本当か?」
「あくまでも噂です」
フランクはそう言ってため息をつくと、近くの椅子にイーサンを促し自分も隣に腰掛けた。
今回の外出は四人。護衛がいないのはフランクが優秀な騎士だからではない。むしろ剣技は不得手だ。
イーサンは異国の地で剣を学びその国で五本の指に入る程の腕前に。さらにナディアとラーナも元騎士ゆえ短剣があれば、自分の身ぐらい守れるだろうとの算段だ。
店員がナディアに持ってきたのは、裾に刺繍が施されただけのシンプルなワンピース。だけれど、質の良い生地を使っているのでドレープが美しい。
ナディアはそれを手にすると試着室に入り、そしてすぐに出てきた。騎士団では、夜襲にそなえ早着替えの練習もするので、これぐらいあっという間だ。
「よくお似合いです」
その速さに驚きつつも店員が笑みを浮かべる。
「動きやすくていいですね。これと同じデザインのものはありますか」
「はい。今着られている若草色以外に紺と黄色とピンク。それから動きやすいデザインをお探しでしたら、同じ生地で作ったスカートもあります。これからの季節ブラウスと合わせてお召しいただければ良いかと」
「分かりました。では、今着ているワンピースと、色違いの紺と黄色。それから緑色と黒のスカートもください」
てきぱきと店員に頼むと、ラーナに「これだけ買えば充分よね」と聞く。ラーナは首を振りブラウスを二枚追加しそれらを城に送るよう頼んだ。
ここまでの時間十分。実に鮮やかな買い物だ。 ワンピースのウエストにはサッシュがついていて、そこに剣を挿し着て来たジャケットを羽織ればうまく剣も隠せた。
さあ買い物はおわったと、少し離れたところにいるイーサン達に近づけば、何やら熱心に利き手がどうとか話をしている。はて、と首を傾げながらナディアは声を掛けた。
「イーサン様」
「うん? どれとどれから選べばいいんだ?」
イーサンは目線をフランクからナディアに向ける。
「買い物終わりました」
「「…………へっ?」」
二人はそろって口を半開きにして目を瞬かせた。
「ナディア、……その右手と左手に服を持って、どちらがいい? っていうくだりは?」
「? 必要ですか、それ。言われて選んだのに、自分の気に入った方じゃなきゃ機嫌損ねるじゃないですか。毎回面倒なんですよね。」
何とも男前な答えが返ってきた。
した事はないが、付き合わされた数でいえば目の前の男達を超えるだろう。
「さて、イーサン様、これからなのですが」
ナディアが、もうここには用はないとばかりに右手で南東の方角を指差す。イーサンはまだ頭が追い付かないようで「これから……」と間抜けに呟いた。
「ここから二十分行った広場では毎週マルシェが開かれています。そちらをご案内しようと思うのですがよろしいですか?」
昨晩ラーナと話をして、ごく庶民的な街の風景を案内しようということになった。
「規模の大きなマルシェで、食べ物だけでなく衣服や工芸品、骨董品もあります。いわば、我が国の文化と物価と国民性を濃縮したような場所ですから、ご希望にお応えできると思います」
「そうか、それは良いな。是非案内してくれ」
金色に近い目が細められ、強面な顔が少し柔和に見えた。
(白い結婚なりに、いい関係を築けるかも)
ナディアはその笑顔を見て、少し前向きな気持ちになった。例え三年間とはいえ、ギクシャクした関係は居心地が悪い。
店を出て歩きながらナディアはざっくりと街の説明をすることにした。
「この街は、東に港があります。そこから西の丘の上にある公爵邸まで、店や住居がずらりと立ち並びます。高級な店は丘に近い場所に、港に近づくほど下町になります。港周りは繁華街が広がり、南は飲み屋北は娼館が立ち並んでいます。治安は一番悪いですね」
イーサンはふむふむ、と頷きながら話を聞く。この街にきて二ヶ月。馬車の車窓から街並みを覗いたり、多少出歩いたことはあるようで頭の中の地図と合わせているようだった。
「あとで案内致しましょうか?」
ナディアの問いに顔を赤らめ焦る。
「しょ、娼館をか? いや、それは、ちょっと」
「……飲み屋のつもりで言ったのですが、そちらの方がよろしかったですか? 人気の店知ってますよ」
「い、いや、違う。そんなつもりで言った訳では、……ってどうして人気の店を知っているんだ?」
しどろもどろになるイーサンをラーナとフランクは白い目で見る。ナディアだけは、遠慮しなくていいですよ、とダメ押しをしていた。
右手に持った〜の話は接客業をしていた友人から聞きました。彼女も研修で習ったそうですか、眉唾ものだと笑ってました。