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妻と初対面 イーサン視点


 「ということで、明日ナディア様とラーナと一緒に街に行くことになりました」


 ナディアと会った後、書類仕事を終え夕食を摂っていたイーサンにフランクはサラリと告げた。


「ちょっと待て。どうしてそうなった?」

「もう一度同じ説明を致しましょうか?」


 銀縁眼鏡を右手で持ち上げながら、フランクが冷ややかな声を出す。何十年ぶりかにあった従弟は、中々遠慮のないタイプのようだ。


「…………」


 イーサンは、そういえばこういう奴だったなと思い出しながら、無言で夕食のパンを口に詰め込んだ。


「特に問題はないかと。彼女達は前政権と特に関わりがない上に街に詳しいのでむしろ適任だと思います」


 そう言われれば、反論の言葉は浮かばない。


 その様子を見て、フランクがしれっと畳み掛ける。


「イーサン殿下が留学されていた国の美人画は、全て涼し気な目元に薄い唇、凛とした佇まいの女性ですよね。ナディア様のように」

「……」


 イーサンは黙って目の前にあるパンを口に運ぶ。口がパンでいっぱいで喋れないとその顔が語っている。


「見とれていらっしゃいましたよね」

「…………」


「好み、ドストライク、ですよね」

「……………………」


「都合が悪くなると話さなくなるのは子供の時と一緒でございますね」

「……………………………」


「あっ、パンそれで最後でございます」


 イーサンはぎろりとフランクを睨むと、グラスに入った水でパンを喉に流し込んだ。パンが入っていた籠はすでに空になっている。


 しかし飄々とした男は睨まれても気にしない。これぐらい図太くなければ「悪魔」と言われるイーサンの側近はできないだろう。


「お前の報告では、ナディアは妹の身代わりで仕方なくきたらしいじゃないか。できるだけ自由にさせてやれ。無理に俺と親しくする必要はない」


 代わりに来たのはイーサンも同じだった。


 母が病いで亡くなったと知り、十年振りに留学先から帰国し母国の土を踏んだのが六ヶ月前。墓前に手を合わせ帰るつもりが、長兄からルシアン領土を治めないかと頼まれた。

 断るつもりでいたが、父である国王の引退話が浮上し、近々長兄が国王になるという。王弟がいつまでも異国に留学では示しがつかないと説得されては肯首するしかなかった。


 公爵となるのはいい。


 しかし、イーサンは誰とも結婚するつもりはない。

 家族を作りたくない理由が彼にはあった。



 ※※

 イーサンは自室のソファで侍女の運んできた寝酒を口に運びながら、まだ濡れているブラウンの髪を無造作にタオルで拭く。外した眼帯はローテーブルに置かれていた。


 今部屋にいるのは、留学時代からイーサン付きの侍女をしているキャシーだけ。イーサンは目頭を暫く抑え、大きく息を吐いた。


「キャシー、お前の兄から連絡は来たか」


 先程とは全く違う、低く冷たい声だ。部屋の空気がぐっと重くなる。


「はい、海上に不審な船があるようです。他にも不穏な動きが見られるので、分かり次第報告するとの事です」

「今はどこにいるんだ?」

「安宿に身を潜めています。連絡はいつもと同じように鳥を使っています」

「分かった。報告は随時するように伝えてくれ」


 キャシーは無言で頭を下げ出て行った。足音ひとつさせずに。相変わらず優秀な影だと感心する。


 キャシーの特徴のない顔と存在感の薄さは、影として恵まれた利点で、変装をさせれば、右に出るものはいない。


 かつて、イーサンが留学先で親しくしていた白髭の商人が、キャシーだった事がある。服の下に特殊な下着をつけ骨格を変え、おまけに声を変える秘薬まで使用していたからまったく分からなかった。

 帰国しないイーサンを心配し兄が内密で寄越したのだが、半年間気づかずにいろいろ喋り、兄に弱みを握られる羽目に。なに、大した弱みではない。女とか、酒とかそのあたりだが、弟としては何とも気まずい。

その後は侍女として影としてイーサンに仕えている。


 キャシーの兄もまたイーサン専属の影である。兄は城には呼ばず街中に住まわせ、不穏な動きがないかを探らせている。政権が変わった後に内乱や暗殺が起きるのはもはや必須ゆえ、事前に防ごうというのが狙いだ。


 市民について言えば、今のところ暴動の恐れはない。彼らにとって大事なのは、国か公爵領か、誰が治めるかより、日々の暮らしがどうなるか、税がどうなるかだ。イーサンが治め、暮らし向きが良くなれば暴動が起きる可能性は限りなく少なくなる。


「まったく面倒な物を押し付けられたものだ」


 イーサンは残りの酒を一気に飲むと、ベッドに横たわった。やっと見慣れてきた天井を見ながら思い出すのはナディアのこと。


 イーサンの顔を見て怯えない令嬢は珍しい。

 白い結婚を伝えた時も、嘆く様子はなく、平然と、いや、むしろ喜んでいたようにすら見えた。悲しんだり、問い詰められるのを覚悟していただけに、拍子に抜けだ。

それなのに、本来ならほっとするところが、少し胸が痛んだ気がした。


 フランクの言葉を思い出し頭を振り、もう寝ようと目を瞑ったのに、明日のことを思うと睡魔はやってこない。


(思春期のガキか、俺は)


 何度か寝返りをうったあと、イーサンは仕方なく起き上がり濃い酒を数杯あおり再び横になった。


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