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旦那様と初対面2


 二人だけで、と言うイーサンの言葉を受け、側近は頭を下げ退出した。ラーナは部屋を出る際、スカートの影で拳を握り健闘を祈っていたが、ナディアは見て見ぬふりを通す。


(やっぱり、プリシラと代わったことについて何か聞かれるのかしら)


 良い言い訳が浮かばないまま、とりあえず、イーサンと向かい合うようにしてソファに座る。


 大きな身体と無愛想な顔、不気味な眼帯は、確かに深窓の令嬢を震えさせるかも知れない。


 でも、ナディアはずっとイーサンのような男に囲まれ暮らしてきた。戦で顔や身体に傷がある者も珍しくない。なんか、暑苦しいのとか、むさ苦しいのとかをぎゅっと濃縮したムワッとした中で生活してきたのだから、今も実に平然とした態度で向かい合っている。


 イーサンは金色にも見える左目をナディアに向けてきた。


「分かっていると思うが、ルシアン国は無くなりカーデラン国の領地となった。ナディアには公爵夫人としての役目を果たして欲しい」


 ナディアは頷きながら、プリシラの件に話が及ばない事にほっとした。しかし、聞き捨てならない言葉がある。いや、よく考えたら普通のことなのだが、


(公爵夫人の立場)


 社交界で人脈をつくり、有力な派閥に入り陰日向に夫を支える。


(できる気がしない)


 屈強な男を前にしても怯んだことのないナディアの顔が青ざめる。


「イーサン様、それはお茶会や舞踏会に出席しなくてはいけない、ということですか?」

「その口振りはまるで出たくないようだな。嫌いなのか?」

「騎士団が忙しいのを言い訳に、令嬢である事を放棄してきましたから」


 イーサンの鋭い目が丸く見開かれた。

 小さく「令嬢を放棄?」と呟いている。


「ナディアは騎士団にいたのか。……分かった。嫌なら出なくて良い。そもそも、この婚姻を長く続けるつもりはないので無理をする必要はない」


 今度はナディアが目を瞬かせる番だ。

 小さく「婚姻を続けるつもりはない?」と呟いた。


「俺は元よりこの国に来る予定ではなかった。ナディアも嫁ぐ予定ではなかったのだろう。それなら、俺達の婚姻は白い結婚としよう。前ルシアナ国王は王族の血を残したいから、ナディアを俺の妻とすることを望んだが、子供ができなければ血を残すも何もない。それを理由に結婚を白紙にすることも可能だろう」


「白い結婚、ですか」


「あぁ、原因は俺にあることにすれば良い。……俺は自分の子供が欲しくない。跡継ぎは兄弟の子供から貰えばよいと思っている。不自由ない暮らしは保証するし、離縁の際には充分な金も渡す。三年経てば好きにすればいい」


(自分の子供は欲しくない。……この人は元より結婚生活を続けるつもりは無かったから、プリシラでも私でもどちらでも良かったのね)


 イーサンがどうしてそのように考えているのかはわからない。でも、ナディアにとって悪い話ではない。いや、むしろ吉報だろう。


(とにかく三年我慢すれば結婚からも公爵夫人からも解放される。お金も貰えるなら、実家に戻らずどこか知らない土地で自由に暮すこともできるはず。例えば昨日聞いた東洋の国とか)

 

 子ができず出戻ったのであれば、家族から何を言われるか想像に易い。分かり合えない家族とは、距離を置いて過ごす時期にきたのかもしれない。そう考えると、未来が急に明るく感じられる。


 ナディアは口角を上げ、はっきりとした口調で答えた。


「仰せのままに」


 その言葉を聞いたイーサンの瞳は、気のせいか先程より翳りを帯びているように見えた。





 三十分にも満たないイーサンとの話を終え、部屋に戻るとラーナがニヤニヤ顔で近づいてきた。


「何の話だったの?」


(いくらラーナ相手でも、会って数分後に白い結婚宣言されたとは言いにくい)


 目をキラキラさせ下から見上げてくるラーナから目線を外し、ナディアは手早くドレスを脱ぎ始めた。スザンヌは、もう脱ぐのかと眉を顰めながらも手伝ってくれる。


「……無理して社交をする必要は無いって」


 何か答えなくてはと、当たり障りないことを口にする。


「公爵夫人なのに?」


 ラーナは首を傾げる。スザンヌは脱いだドレスを両手に抱えるとナディアに厳しい目を向けた。


「ナディア様、イーサン様がそのようにおっしゃっても、最低限の振る舞いは身につけた方が良いでしょう。王族の方と会った時に失礼でない振る舞いができるように私がお教えいたします。その為にラーナ様の叔父上は私を侍女につけられたのですから」


「わかりました。スザンヌ、では明日からお願いします」

「あっ、ナディア。明日は出かける事になったから淑女教育は明後日からね」


 意味深な笑顔を浮かべるラーナに、ナディアは思わず眉間に皺を寄せた。


「どこに出かけるか聞いてもいい?」

「服屋よ。理由はこれ」


 そう言ってバンと開かれた大きなクローゼットはがらがら。かかっているのは騎士の練習着と制服と後輩から送られた男装用の衣服、数枚のワンピース。


「さっきイーサン様の侍女が騎士団の寮から持ってきてくれたの。あっ、とりあえず服だけね。で、これ見て分かるわよね?」

「こんなに大きなクローゼットはいらないわ」


「逆よ。ここに入り切らないぐらいのドレスが必要なの。仕立て屋は呼んだけれども、服が出来上がるまで数週間はかかるからとりあえず既製品を買いに街へ行かなきゃ」

「出来上がるまで騎士かそのワンピースでいいじゃない」


 ワンピースは随分前に仕立てた物で流行遅れのデザイン。ナディアの言葉にスザンヌが大きなため息をつき、ラーナも眉を下げ呆れ顔だ。


「このくたびれたワンピースで数週間も過ごすの?」

「そう言われると返す言葉もないけれど」

「スザンヌが、他の侍女に聞いてくれたの。オーダーメイドではないけれど質のいいワンピースを扱っているお店があるんだって。明日行くわよ」


 決定事項として告げられれば、断ることはできない。ナディアは、ちょっと面倒だな、と思いながらも頷いた。それなのに、ラーナはまだ続きがあると、さらに顔をにやつかせる。


「で、フランク様、あっ、イーサン様の側近ね。彼が街を案内してくれる人を探していたから、それなら一緒にいかがですかって誘ったの」

「まって! 買い物に側近を誘ったの?」


「なんでもイーサン様は顔が庶民に知られる前に、街を内密に視察したいんだって。庶民が行く食堂とかお店とか。丁度いいじゃない」


 ナディアはとても嫌な予感がした。と、言うことは、


「イーサン様も一緒に行かれる……と」

「もちろん!!」


 明るく答えるラーナに、ナディアは頬を引き攣らせた。白い結婚宣言を受けた翌日に仲良く買い物と街歩き。


(どんな顔して一緒に出かけろって言うの)


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