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幕間、産まれてくる子供の為に

船を降りてから、ラストまでの間のお話

 

「ナディア、もう少しゆっくり歩かないか?」


 イーサンがオロオロと後ろをついて来るので、ナディアはため息を吐きながら振り返る。


「イーサン様、お医者様も少し身体を動かした方が良いと仰っています。そんなに心配することはありません」


 大きな腹に手を当てるナディアを支えようと、イーサンはその背中に手を回す。そしてもう片方の手で労わるように腹の膨らみに触れた。


「だが、双子だぞ。出産は命懸けと聞くのにそれが二倍だ」

「問題ありません。今まで命の危機を感じたのは両の手の指でも足りませんが生きています。だから今回も大丈夫ですよ」


 国境を守っていた時は、いつ奇襲が来ても良いように剣を抱いて寝ていた。それに比べれば平穏な日々。


 そもそも、出産で命の危険があるのは産む時がほとんど。突発的に何が起こるか分からないのも事実だけれど、不測の事態に気を張り詰めては身体がもたない。


「臨月に入れば身体を動かしても良いとのこと。この数ヶ月ろくに剣を握っておりませんから……」

「待て、それは医者の予測する運動量を超えているのではないか?」

「軽い運動と……」

「世間の常識と照らし合わせようか」


 うっ、とナディアは言葉に詰まる。薄々そうかもと思っていただけに渋々ながら頷く。


「でしたら、散歩ならよろしいでしょうか?」

「あぁ、それはいいな。仕事も一段落したし俺も一緒に行こう」


(相変わらず過保護ね)


 やれやれ、と思いながら足につけている短剣を服の上から確認するように触れると、イーサンがギョッと目を見開く。


「まだ短剣を常備していたのか」

「これだけは譲りません。いざとなればイーサン様をお守りしなくては」

「自分の子を腹に宿した妻に守られたいと思う男などこの世にいない」

「それは技量の問題では」

「常識と倫理の問題だ。……だが、この点でいい争っても埓があかないのも理解しているのでそこについては妥協しよう」

 

 今度はイーサンが渋々頷く。意見が合わないこともあるけれど、大体のことは妥協点を見つけてやり過ごすので夫婦仲は良い。


 では、と二人は目線を合わせると、暗黙の了解のように侍女達に見つからない内に公爵邸を抜け出した。気づかれると面倒しかないのは二人の共通認識だ。


 イーサンは門を出る手前で眼帯を取り出し片目を隠す。屋敷内でつけることは無くなったが、外に出る時は必ず付ける。

 ナディアはそれについて何も言わない。いつもと同じように手を繋ぎ午後の風が吹く中、穏やかな坂を降りて海へと向かうことに。


 大通りを抜け、青い屋根の小さな家が立ち並ぶ平民街に入れば、すれ違う人がナディアに声をかけてくる。


「公爵夫人の、お腹が随分大きくなりましたね」

「これ、私が子供を産んだ時にもっていた安産のお守り。どうぞお待ちください」


 もと騎士でこの辺りの住民と顔見知りのナディアに皆が気さくに声をかける。

 隣を歩く強面のイーサンには硬い顔で頭を下げる者が多い中、豪胆な商人が「子育て中の女性には決して歯向かわない方が良い」と助言をしてきた。


「あれは逆らっちゃいけないです。何があっても耐えて妻につくす。産むのも命懸けだけど、命を育てる重さも相当なようでして。それを理解しない無神経な態度や言葉は死ぬまで恨まれますからね」

「なるほど、助言に感謝する。産むことばかりに意識がいっていたが、育てることも同じように大仕事だものな」


 周りが冷や冷やする中、イーサンが素直に頷くのを見て街の人間がおやっ、と目を合わす。その目が、この領主見た目ほど恐ろしくないのでは、と語り合っているようでナディアはくすりと笑う。


「イーサン様はいつも気遣ってくださいますから、大丈夫ですよ」

「そうか? ナディアにそう言って貰えるなら良いか」

「だって私に逆らえますか」

「無理だな」


 キッパリと言い切り目尻を下げる姿に小さな笑いが起きる中、二人はそれではと手を振り桟橋へと向かう。


 海へと突き出す桟橋の真ん中ほどまでくると、ナディアはイーサンの手を借りて桟橋に座る。椅子に腰掛けるのと違い、しゃがんだり身を屈める動作はお腹が邪魔をして動きが鈍い。


「恐妻家のイメージがついてきている気がするが、ナディアはそれで良いのか?」

「そうですか? 別に構いませんよ。イーサン様に会えて私は私で良いのだと思えたのです。お腹に愛する人の子供がいる今、無敵の気分です」

「それなら良いが……」


 どこか歯切れの悪い返事をしながらイーサンは黙って水平線を見る。潮風がダークブラウンの髪を後ろに撫で付けるなか、無造作に眼帯を外し目を細める。


「……何か気になることがおありなのですか?」

「そう見えるか」

「見えます」


 そうか、とイーサンは顎をつるりと撫でる。その仕草を横目で見ながら、ごく普通の口調でナディアは言葉を続ける。


「お腹の子供が心配ですか?」

「当たり前だ。お腹の子も、ナディアも無事であって欲しいと願っている」

「そうではありません。……オッドアイで産まれるのではと不安に思っていらっしゃるのではありませんか」


 イーサンは桟橋から足を投げ出したまま仰向けに寝転ぶ。太陽は少し傾いているが空は青く澄んでいる。


「……ナディアに似れば良いと思っている」

「私はどちら似でも構いません」

「それはナディアだから言えるのだ。そのような考え方の者ばかりではないし、苦労はしない方がよい」


 少しきつい口調になったことに、イーサンは口を抑える。しかし、間違ったことは口にしていないと、ぎゅっと唇を噛む。


「確かにイーサン様の仰っることは最もです。ですが、それでよろしいのですか?」


 ナディアは身体を捻るようにして、寝ているイーサンに視線を合わせる。イーサンは頭の下に枕がわりに両腕を重ね、少し頭を上げその視線を受け止めた。


「他にどうしろと」

「……いつまで眼帯をつけてお過ごしになられるおつもりですか。私は子供は沢山欲しいです。命が宿るたびにオッドアイでなければと不安になる、それで良いのですか?」


 男勝りのナディアと強面のイーサン。しかし、お互いを思い遣ることに長けている二人は今まで言い争ったことはない。ナディアとて、イーサンの心の傷を知っているしその苦しみを理解している。でも、親となるならば乗り越えて欲しいとも思う。


「オッドアイの子供が産まれることを恐れるより、しなければならないことがあるかと思います」


 それはイーサンにしかできないこと。


 今までは、イーサンが我慢をし片目を隠して生きれば良かったが、子供がオッドアイなら彼だけの問題ではなくなる。


「謂れの無い言葉に傷つくのも子供です。イーサン様は我が子にも眼帯を付ける生き方を強いるおつもりで?」

「…………俺に盾になれというのか」

「私も一緒になります」


 大事なのは周りの人間の意識を変えること。オッドアイを悪魔の瞳と呼ぶ人間にその考えは違うと気づかせること。


「……それができるのは俺しかいない、と言いたげだな」

「イーサン様が親としてまず出来ることではないかと思っています」


 ナディアは視線を逸らさない。自分がどれだけ厳しいことを言っているか理解している。そして、イーサンにもナディアの本心は痛いぐらいに伝わっている。


「やはり俺はナディアには敵わないな」


 どれぐらいの時間が経っただろうか。大きく息を吐きながらイーサンは苦笑いをこぼす。


「違います。イーサン様がいるから私は強く生きれるのです」


 ナディアがふわりと笑う。その笑顔には既に母親としての慈愛が浮かんでいて、イーサンはやはり敵わないなと言葉に出さず思う。


 イーサンはゆっくり起き上がり、手を伸ばしてナディアの髪に指を絡ませる。ナディアは引き寄せられようにその広い肩に頭を預け風の音に耳を澄ます。


「……イーサン様、風の音しか聞こえないのですが」

「明らかに不自然だな」


 場所は港近くの桟橋。人がいてもおかしくないのに人影どころか声すらしない。


「また侍女達でしょうか」

「おそらく」


 どこかの道を勝手に通行止めにしているのだろう。イーサンは軽い目眩を覚え、眉間を抑える。


「領民が不便しているかも知れません」

「そうだな、そろそろ帰るか。でもその前に」


 髪に絡ませていた手を首の後に添わせ、ナディアの顔の向きを変え上を向かせる。柔らかな唇の感触を楽しむように暫く影は重なっていた。

自立しながら、尊重し合うこの二人の組み合わせが好きです。

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