ある男の回想
フランクの回想です
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産まれて物心が着いたころには自分の立場を嫌と言うほど理解していた。
母はカーデラン国王の妹で気位の高い女だった。頭も良く、女でなければ母の方が国王に相応しいと密やかに噂されるほどの聡明さと、見る者全てを魅了する美しさを兼ね備えていた。
母は俺をよく王宮に連れて行った。遊び相手は年の近い従兄弟。
第一王子と第二王子は優秀で剣にも優れ、俺の憧れでもある。
しかし第三王子のイーサンだけは違う。
「フランク、あなたの王位継承権は第4位だけれど、実際は第三位なのよ。だってあの女が産んだのは悪魔なのだから」
母は幼い俺に何度もそう話した。
国王が懸想し強引に娶ったのは、まさしく聖女の生まれ変わりと言われる女性。可憐なその容姿に皆は頬を染め褒めたたえた。その賞賛はいままで母に向けられていたものだった。
母はそれが耐えられなかった。義理の姉を慕うふりをしながら、影では陰険な意地悪をしていたらしい。
そんな彼女が産んだ子供が、悪魔と同じオッドアイの瞳と知った時の母の喜びはいかばかりだっただろう。
出産祝いに聖水を送り、聖女が悪魔を産んだと触れて回ったという話を耳にしたことがあるが、それはおそらく本当のことだと思う。
この国では国王となるべくものに「国王教育」を施すが、それと同時に国王教育を簡素化した「凖国王教育」を王位継承権第三位までの者に行う。それは王太子にもしものことがあった時のスぺアとしての役割をスムーズにこなすためであり、それでいて同じ教育でないのは謀反をおこさせないためだ。
イーサンが十歳の時、その教育が始まった。
その頃のイーサンは片目を眼帯で隠しひっそりと気配を消すように暮らしていた。兄達の計らいであからさまな言葉を投げつけられることは減っていたが、いつも下をむきおどおどとしている。
母は俺でなくイーサンに凖国王教育が始まったことで国王に何度も抗議をした。
「あのような悪魔が王位につくことはないのだから、フランクが凖国王教育をうけるべき」
その言葉を支持した家臣も幾人かはいたらしい。
しかし、国王はそれを脅威と捉えた。
イーサンではなく俺に凖国王教育をすることは、息子達が国を治めるときの不穏因子となるのではと考え、母の願いに最後まで頷かなかった。
イーサンは十五歳の時異国へと渡った。その頃から母がこっそり呼び寄せた家庭教師によって凖国王教育が俺にされ始める。そのこと自体が国王への反逆と捉えられてもおかしくない行為なのに。
思えばあの頃の母は何かにとりつかれているようでもあった。
月日と共に衰える美貌に焦りを覚え昔の栄華を思い出すも、そこに「聖女の生まれ変わり」といわれた女が一点の汚れとなって染み落とし、思い出を黒く塗り替える。
国王よりも王座に相応しいと言われながら女であるために降嫁し、
そして女としてのプライドも踏みにじられた母は、ひたすら俺に執着し始めた。
しかしその頃には俺も自分の立場を分かっていて。
王座につけないことはとっくに理解していた。
それでもせめて政権を掌握できる位置にいようとひたすら勉学に打ち込んだ。これで剣の才能があればまた違っていたのかもしれないが、生憎その才能は持ち合わせていなかった。
王太子、第二王子の側近にまで成り上がった俺は考えた。
ーーーこの国の王になることはできないけれど、他の国なら可能ではないかーーー
頭に浮かんだのが属国ルシアン。
そこの国王は老体で王太子は愚弄と名高い。これをうまく使えば俺はルシアンを治めることができるのではないかと考えた。無論、その時には「国」ではなくカーデラン国の「領土」となっているだろうが、この際それでも良いと考えた。
ルシアンの王太子をけしかけるのは実に簡単で。
馬鹿は馬鹿なりにルシアン国がカーデラン国の属国であることを不満に思っていたらしく、俺の王位継承権が第三位であることを伝え、協力したら属国から解放してやるといったらあっさりと頷いた。
毒を渡すとき
「もし万が一失敗しても俺が必ず助けてやる。その為にも俺が捕まるわけにはいかないから俺の名前は出すな」
そう念押しするとあっさりと頷いた。本当に馬鹿は使い勝手が良い。
もちろん王族毒殺は未遂で終わり、ルシアン国の王太子は牢に捕らわれルシアン国は完全にカーデラン国の領土となった。王太子は暫く生かしておいた後、自殺に見せかけ殺したがこのことは内密に処理されたようだ。
そうここまでは全て計画通りだった。
それなのに、まさかイーサンが戻ってくるとは、完全に想定外の出来事。
久しぶりに再会したイーサンの雰囲気は以前と全く変わっていた。
下を向いておどおどしていた少年はそこにはおらず、百九十センチの長身と鋼のような肉体を持った精悍な男として戻って来た。
片方の目を眼帯で隠していたのだけは昔のままだったけれど、その堂々とした風格は紛れもなく王族の者だった。俺だって王家の血を引いているのに、そう思うも圧倒される存在感に打ちのめされたのも事実。
王太子はイーサンをルシアン公爵とすることを決めた。長年異国にいたイーサンに、王都で重役を渡すのはその瞳も相まって難しく、兄たちにとっては最適な配置だっただろう。
しかし、そうなると俺の計画はどうなる。
せっかくルシアン王太子をたらしこんで成功させた計画をここで頓挫させる訳にはいかない。
こうなったら、イーサンを殺すしかないと考えた。
そのためにイーサンの側近となり、キャシーのいない機会を狙って暗殺を企てた。
だが、予想外の事態が起きる。
ーーナディアだ。
元女騎士の彼女は優秀で、何度イーサンの命を狙ってもいとも簡単に守ってしまう。
もう一手、駒が必要かと考えたとき浮かんだのが、聖女の生まれ変わりと称されるプリシラ。
どんな女かと思い会ったとたん、俺はその女を手に入れたくなった。
理由は自分でも良く分からない。
ただ、母に常に劣等感を与え続けた女に似ているプリシラを、俺の計画に利用するのは気持ちがよいだろうと思った。
ずっと王家に恨みを抱いていた母が嫌っていた女とそっくりのプリシラを連れて帰ったら、母はどんな顔をするだろう。それを想像すると俺の口は醜く歪んだ笑みを形作る。
母からの愛情は執着であり、期待は重荷でしかなかった。
俺はいつしか母を嫌いながら、それでいて王家の血など関係なく息子として愛してくれることを望んでいた。
そんな歪んだ感情が常に俺を苦しめて、こんな計画を立てたのかもしれない。
母の欲望を叶えることを期待され、それに応えようとしながらもただ俺だけを見て欲しかった。
もし俺がルシアンの実権を握ったら少しは褒めてくれただろうか、いや、きっとそれでは納得しなかっただろう。俺はいつまでたっても不出来な息子で……
あぁ、俺はいったい何を望んでいたのだろうか。




