船2
ナディアはゆらゆらと上下に感じる揺れに目を覚まし、辺りを見回す。窓はひとつ。部屋の隅に麦酒の空瓶やら缶詰が無動作に積み重ねられていて、反対側には箒や大きなゴミ箱。頬にあたる床は埃っぽくてざらついている。
(物置き部屋のようね)
まだ重く痛む頭を持ち上げた。潮の香りが強く、ふわりと浮くように揺れる床から、どうやら船の中にいるようだと思った。
手は前で縛られているけれど、足は自由。腹筋を使い軽々と身体を起し、逃げるべきか、暫く様子をみるべきかと考えていると、扉が開き鈍い光とやや冷たい潮風が部屋に入ってきた。
「起きたのですね。夕食までもう少し時間があるわ」
ニコリと微笑む自分と同じ紫色の瞳を、ナディアは初めて思い切り睨みつけた。
その後から副司教のロドリックが姿を現す。
「お久しぶりです。ナディア様」
「やっぱり、教会が絡んでいたのね」
「あなた達が大人しくしていれば、ここまでのことは考えませんでした。お父様もあなたには実に失望されておりましたよ。長年私達とお父様で作り上げた金脈を、頼まれてもいないのに調べ上げ暴くとは、まったく余計なことをしてくれたものです」
(私には失望した……。不正を働いていた男にそんなこと言われてもね)
ナディアの中で、父親に対する情がプツリと切れた。いつか認めて貰いたいと心の隅にあったそんな思いは、跡形もなく消え失せた。
▲▽▲▽▲▽▲▽
イーサンは歩きにくい岩場をもろともせず大きな歩幅で進み、潮風に靡く前髪を後ろに撫で付け、岸壁の上から海を見下ろす。
ルシアナの海岸線は半円状の湾となっていて、南には灯台、中央の比較的曲線がなだらかな部分には港と市場がある。今イーサンがいる北側は切り立った岩場で普段は誰も寄り付かない場所だ。
海がいきなり深くなっているので船を寄せることはできるけど、気を抜くと岩にぶつかるので、ここに船がつけられることはまずない。その岸壁に黒い船が強引に横付けされている。
「なるほど、これが幽霊船の正体か」
青と金色の目を鋭く細めながら呟く。
教会の一室からナディアは姿を消し、残されていたのは紙一枚。そこには、指定された場所に一人で来るようにと書かれていた。
崖の下にある幽霊船は、ナディアと酒場で呑んだ時に聞いた船だ。商館の印も、国の紋章もない正体不明の船だけれど、その持ち主はラビッツの働きで既に分かっている。
イーサンが一人だと確認したのだろう、岩場に隠れていた男二人が背後から姿を現した、
「剣を預かります」
一人がイーサンに手を差し出す。イーサンが剣を渡し両手を上げると、もう一人の男が身体に触れ、他に武器を持っていないか確認する。
「男に触られるのは趣味じゃないんでね、早くしてくれ」
「他に武器はないようですね。では、船に案内します」
「ナディアは無事なんだろうな」
イーサンのオッドアイが男達を睨む、一人は半歩退いたが、もう一人は蔑むような目線を投げかけた。
「悪魔は滅びるべきだ」
胸から下げた十字架が夕陽に鈍く光る。イーサンはそれを見て、相手は聖職者だとあたりをつけた。
男達に前後から挟まれるようにして、イーサンは岸壁から船へと垂らされ縄梯子をおりデッキに立つ。それを見計らったように、ガタリと船が揺れ、碇が上がる音がした。船はゆっくりと沖へと進み始める。
「ナディアはどこにいる?」
イーサンが声を荒げると、船の真ん中にある船室の扉が開き、純白のウエディングドレスを身に纏ったナディアが出てきた。顔や腕など見える範囲にあざや傷がないのを確認し安堵の息を吐く。。
続いて出てきたのはプリシラと副司教。イーサンは彼らを鋭い視線で睨みつけた。
読んで頂きありがとうございます。ポンポンと投稿するつもりでしたが、推敲するうちに直したい部分が沢山出てきてしまいました。あと三話の予定です。
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