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鉱山3


 部屋に戻るとイーサンは大きな欠伸をした。いつもより長い時間の乗馬で疲れたのだろうかと、肩を揉みながら考える。


「イーサン様、お疲れのご様子ですし、もうベッドでお休みになってはいかがですか?」


 食堂からの帰り際に貰った濡れタオルを、イーサンに渡しながらナディアが言う。宿に風呂はない。だけどせめて顔と手足ぐらいは拭きたいと思い貰ってきたのだ。


 イーサンはタオルを受け取ると顔を拭き、目をしょぼしょぼさせる。


「いや、俺は椅子でいい。あの男達の事も気になるしな」


 ふらり、と椅子へと向かおうとするのを止め、ベッドの端に座らせる。既に目はトロンとしていた。


「凄く眠そうですよ。とりあえず一眠りしてください。その間は私が見張っていますから」

「いや、それはできない」


 そう言いながらも頭は船をこいでいる。その様子を見てナディアは眉を顰める。


(やっぱりおかしい)


 切れ長の目を細めイーサンを観察する。いつもは鋭く光る黄色い瞳の焦点はあっておらず、明らかに普段と様子が違う。


(食事に睡眠薬を盛られていたのかも。私は眠くないから、入っていたのはスープか……)


 髭面の男達の顔が目に浮かび、思わず舌打ちをする。


「イーサン様、靴を脱がせますね」


 既に目が半分ほど閉じているイーサンの靴を脱がせ、ベッドに寝かせる。モゴモゴと何かを言っているので、適当に相槌を打ちながら布団をかけた。イーサンは僅かに睡魔と戦う素振りを見せるも、そのうち規則的な寝息を立て始める。

 ナディアはそれを見届けると、足音を消して部屋を出た。


 廊下を挟んで、向かいにあるフランクの部屋の扉を叩いてみる。しかし返事はない。


(フランクも寝ているのかしら)


 扉に手をかけたら鍵がかかっていた。しかし、あの手の男なら針金で開けたり、壊したりしそうだ。鍵なんてかけていても意味はない。


(とりあえず男達の狙いは私のはず。金品は取られても命は無事でしょう)


宿主に相談しようかと階下を見るも既に灯りは消えている。自分の思い込みで起こすのも気が咎めるので、廊下の物音にも気を配ることにし部屋に戻った。

濡れたタオルでサッと顔や首、手足を拭くと少し迷ったあと剣を抱えてイーサンの隣に身体を滑り込ませる。



 時間はゆっくり過ぎていく。

 もうどれぐらい経っただろうか。

 男達はまだ来ない。


(相手の油断を誘うためにベッドに横になったけれど、もしかして私の考え過ぎだったかしら?)


 本当に疲れていて眠っているだけではないか、そんな疑問が湧いてくる。


 ちょっとイーサンの様子を見てみようと寝返りを打つ。部屋が暗くて表情はよく見えないけれど、寝息は規則的だ。ナディアはそっと眼帯に手を伸ばす。


(眼帯は付けたままでいいのかな?)


 と思うも勝手に取るわけにはいかない。

 ぐっすりと眠るその顔から目を逸らすのが何だか惜しく思え、ナディアは暫くその寝顔を見つめていた。


 急にバサッとイーサンが寝返りを打ち、あっと思う間もなくナディアは抱きしめられた。


「えっ、あ、あの……」


 咄嗟に言葉が出てこない。顔が赤くなるのを自覚しつつ、どうしようかと暫く身を固くしていると、すやすやと気持ちよさそうな寝息が首元にかかる。温かい息と、回された腕の重みに戸惑いながら小さく名前を呼んだけれど、起きる気配は全くない。

緩めた襟首から、服の下に隠すようにつけていた白い石がついたネックレスが見えて、思わず手が伸びてしまった。


(もしかしてずっとつけていてくれたの?)


 問いかけたいも、ぐっすりと眠っている。深い眠りに、やはり薬を盛られたのかもと思っていると、扉の方からガチャガチャと金属音が聞こえてきた。針金のようなもので鍵穴を開けようとしている。


 ナディアはイーサンの腕を退け、扉側を向くとシーツを目の下まで持ち上げる。そして抱えていた剣を鞘から抜きいつでも飛び出せるように身構えた。


 扉がゆっくりと開き、黒い影が二つ部屋に入ってくる。シルエットから考えて先程食堂にいた男達だ。そこまでは予想通り。


 しかし次の瞬間、一人がナイフを抜くといきなり振りかざしてきた。


 ナディアは飛び起きそれを剣で受け止める。


 咄嗟の反応しつつもナディアは驚く。不埒な男かコソ泥だとばかり思っていたのに、まさかいきなり殺しにくるとは。


 男が反撃に怯んでいる隙に、ナディアはベッドから飛び降り剣を男の肩めがけて振り下ろす。右肩から斜めに剣が走り、血がシーツと壁に飛び散った。次に素早く後ろに回り込み姿勢を低くすると、一太刀で左右のアキレス腱を切り動きを封じる。男が倒れたところで、手の甲に剣を突き刺し、二度と剣を握れないようにした。流れるような動きに男は抵抗一つできず、身を丸くしうめき声をあげる。


 もう一人の男が部屋を飛び出し階段を駆け下りる姿が視界に入った。


(逃がさない!)


 ナディアも続いて男の後を追う。階段の手すりに飛び乗ると、そのまま勢いよく滑り降り階下で男に追いつくと、逃げる背中に剣を振りかざした。倒れた男は、先程と同様にアキレス腱を切って動きを封じる。


(これで終わり。あとは男達から話を聞かなくては)


 息切れひとつしていない涼しい顔で周りを見渡す。暗闇の中でぼんやりと見えるカウンター、その反対側にある扉が宿主の部屋だろうと当たりを付け、向かおうとしたところで首を傾げた。


(どうして宿主は様子を見にこないの?)


 あれだけ激しく、階段を降りる音や人が倒れる音がしたのだ。普通なら様子を見にくるだろう。

 そう思った瞬間、カウンターに人の気配を感じた。ナディアが構えるのと同時に両手に剣を持った男が飛び出してくる。全身黒づくめ、おまけに覆面までつけている。


 男の剣は早かった。ナディアもスピードには自信があるけれど、左右から繰り出される剣を受けるのに精一杯だ。


 男の剣を右手一本で受けながら左手を腰にやる。鞘についている金具をパチリと外し、短剣を引き抜いた。


(左手は苦手だけれど)


 致命傷を与えるだけの腕前はないが、切り掛かってくる剣を払い落とすことならできる。覆面男の攻撃は全て左手で受けることにした。すると、ナディアの右手に余裕ができる。


 繰り出さしてくる剣を躱しつつ左手でも受け、できた隙を狙って右手をまっすぐ突き出す。しかし、男はバックステップで距離をとる。


 男の舌打ちの音が聞こえる、予想外の抵抗と腕前に形勢不利と考えたのだろう、突然ナイフを一つ、ナディアの顔面目掛けて投げて来た。ナディアはそれを剣で振り払うも、男はその隙に玄関扉から飛び出していく。


 ナディアも慌てて後を追う。


 扉の持ち手に手をかけた時だ。


 背後で風を切る音がした。咄嗟に身を翻したナディアの頬を掠め、剣が扉に突き刺さった。階段下で転がっていた男が投げてきたのだ。


 扉に深く突き刺った剣を抜くと、自分の甘さを悔いるように転がる男の右手を突き抜く。そのあと、慌てて外を見たけれど、覆面男は当然ながらもういない。


(逃したか……)


 思わず軽く舌打ちをしたナディアに、階段上から声がかけられた。



「ナディア様、これはいったい……」


階段上を見上げるとそこにはフランクがいた。少しよろめいた足つきで片手で頭を押さえている。どうやら彼も睡眠薬を盛られたスープを食べたようだ。


「襲撃がありました。物取りにしては手練れだったので少々無茶をしました」


フランクは手すりに掴まりながら階段を下り、床に倒れた男の傍にしゃがむ。頭を振り必死で眠気を飛ばしているように見えるが、動きは鈍い。


「宿主達が心配ですので様子を見てきます。フランクさんはこれでそいつを縛ってください」


 ナディアはポケットから縄を取り出した。以前街中の襲撃での反省を踏まえ入れていたのだ。それをポイっとフランクに投げると、カウンターの向かいにある扉に向かった。


 真っ暗な中、空いた窓から入る風がナディアの頬を撫でる。湿った嫌な風だ。耳を澄ませば奥の方からうめく声が聞こえてきた。


「大丈夫ですか?」


 声を掛けながらうめき声の方へと足を運ぶ。普段女であることを得だと思ったことはないけれど、こういう時相手は女性の声というだけで無条件に安心する。返事をするかのように先程より大きな呻き声が聞こえてきた。


 部屋の隅に、縄で縛られ猿轡をかまされた宿主夫婦が二人転がされている。

二人はナディアを見るとホッとした表情を浮かべた。宿主の猿轡を外すと、先に妻の縄を解いてくれと頼まれ解く。


「ありがとうございます。私達に怪我はありません。主人の縄は私が解くので、どうぞ悪い奴らのところに。逃げてしまってはいけませんから」

「分かりました。直ぐ傍にいますから何かあれば大声を出してください」


 ナディアは窓を閉め、鍵をしっかりかけるとフランクのもとへと向かった。


「宿主は無事でした」

「それは良かった。私もイーサン様も万全の体調ではない。男達の取り調べは明日にして今日は休みましょう。襲ってきたのはこいつだけですか?」

「いえ、もう一人私達の部屋に。それから一人取り逃しました」


 悔しそうな顔でナディアが玄関扉を見ていると、縛られた腕を撫でながら宿主がやってきた。


 ひとまず、階下の男を宿主が見張り、ナディア達の部屋にいた男はフランクの部屋に運びフランクが見張ることになった。ナディアは睡眠薬を盛られまだ寝ているイーサンの傍につくことに。


「眠たい……」


 さすがに一人で三人は疲れた。もう数時間で夜が明ける。

イーサンがぐっすりと眠っていることを確認し、ナディアは返り血の付いた乗馬服を脱ぎ、持って来た袋から白いナイトドレスを取り出す。胸元に僅かにフリルがある程度の、シンプルなデザインのそれを着るとあくびを一つしながらベッドに滑り込んだ。




 翌朝、ナディアより早く目覚めたイーサンは、重い頭を抱えながら目の前の光景にポカンと口を開けた。


 シーツと壁に飛び散る血しぶき。

 床の血痕は、引きずられた後を残しながら扉の向こうまで続いている。

 隣を見れば、真っ白なナイトドレスに身を包み、規則正しい寝息を立てているナディア。

 その頬には赤い筋が一つ。返り血が固まっている。


(何があったんだ…?)


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☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。

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