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聖霊祭4


 今は使われていない古びた桟橋に来たナディアとイーサンは、足を桟橋から海の上に投げ出すようにして座った。


 日はとうに沈み、露店の明かりが左手海岸沿いにずらりと並ぶ。膝の上にはその露店で買ってきたサンドイッチと、数種類の貝や肉の串焼き。

 

 イーサンが甘辛いタレのついた串を頬張り、ナディアはサンドイッチを口に運んだ。海から吹く夜風が気持ちよくナディアの髪を靡かせる。

 

 ナディアはイーサンの左側に座る事が多い。

 隣を見れば、頭上の月と同じ輝きをした目が暗い海を見ていた。普段は後ろに撫で付けている茶色い髪が海風で乱れている。


 ドン! と腹に響く音が聞こえ数秒後、周りがパッと明るくなった。花火が始まったのだ。一度始まり出すと、まるで競うように空を明るく埋め尽くしていく。


「キャシーが言ったように、少し距離はあるがよく見える」

「はい、私もこんな穴場があるなんて知りませんでした」


 実際には故意的に作られた穴場だけれど、二人はとりあえずそこには触れないことにした。

 

 イーサンが唇の端についたタレを親指で拭うと、そのタレをペロリと舐めとる。気取らない態度に騎士時代を思い出し、ナディアの口もとが弧を描く。


 夜空に浮かび上がった光る華は、水面にその姿を映す。二人は空と海を交互に見ながら、暫くその景色を無言で見つめていた。


 一際盛大に花火が打ち上げられ、夜空を彩ると、白い煙とともにあたりは静寂に包まれた。


「ナディア、聞いてもいいか?」


 闇に溶け込むような静かな響きのする声音で、イーサンが海を見ながら呟いた。


「はい」


 こくんと小さく喉を鳴らしナディアは答える。


「ナディアは俺の婚約者でいるのが嫌か?」

「そんなことありません」

「でも、先程プリシラが俺の婚約者になると言った時、何も言わなかった。俺はどのみち誰とも添い遂げるつもりはない。それなら……」

「相手がプリシラでも良いというのですか? 私は嫌です」


 ナディアがきっぱりと言い切ったことに、イーサンは瞠目し息を飲む。

対してナディアは悲しくなってきた。確かにプリシラに言い返せなかった自分も悪いけれど、簡単に挿げ替えると言われ、胸が締め付けられるように苦しい。


「私は小さい時からプリシラと比べられ育ってきました。聖女のように愛らしいプリシラの引き立て役で、私を見てくれる人は誰もいません。私の言葉に耳を傾けてくれる人もいませんでした。どこにも私の居場所はなかったのです」


 ナディアの紫色の瞳に困惑するイーサンの顔が映る。それがゆらりと揺らぐのは瞳が潤んでいるからだ。


「いつのまにか、両親に受け入れて貰えないことも、プリシラから奪われることにも慣れて諦めて、何も感じなくなっていました。でも、イーサン様はあるがままの私を受け入れてくださいました。私はそこで初めて自分が傷ついていることに気がついたのです。――私は信じて欲しかった、認められ受け入れて貰いたかったのです。」


 言葉に出して分かることがある。ナディアは話しているうちに、自分でも気づかなかった思いが胸の内に芽生えていたことを自覚した。自覚した途端、それはまるで生き物のようにナディアの中で大きく膨れ上がり、思いを感情を抑えきれなく、気づけば言葉となって零れ落ちていた。


「私は初めて、自分の居場所を見つけたのです。誰にもこの場所を譲りたくありません」 


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


 ナディアの言葉に、今までどれだけ傷つき生きてきたかを知りイーサンの胸は痛くなった。


誰にも認められず手放すことに慣れ、自分の居場所がない。

全てを諦め、傷つくことに慣れた振りをして生きる。


(――俺と同じだ)


 そんなナディアがイーサンの傍だけは譲りたくないと言う。


 ナディアの手に指を重ねれば、その手は少し震えていた。

 普段は涼しげな目元が潤んで熱を帯び、まるで縋るように見つめてくる。その瞳から目が逸らせなかった。


「私は、三年を超えてもなおずっと貴方の側にいたいです」


 それは愛の告白と捉えてよいのだろうか。居場所を求める言葉に胸が締め付けられる。

 

(それならば、ずっと一緒にいれば良い)


 喉元まで出かかったその言葉をイーサンは飲み込む。


 家族を持ちたくない。

 それなのに目の前にいる彼女も手放したくない。


 矛盾する欲求に歯噛みしながら、深く息を吸い込んだ。


「ナディア、俺は誰とも人生を共にしたくないんだ。これは俺の問題で貴女に落ち度はない。貴女は素晴らしい女性だ。その気持ちに応えることはできないけれど、三年間、一緒にいるのはナディアであって欲しい。その間は大切にしたし、守りたいと思っている」


 ナディアは少し辛そうに眉を寄せたあと、いつものような凛とした表情をした。


「承知いたしました」


 薄い唇が弧を描く。そんな悲しそうな顔で笑うなと、抱きしめそうになる自分勝手さにイーサンはとことん嫌気がさした。

 ナディアがイーサンを必要とするよりも強く、イーサンはナディアを必要としている。

でも、だからこそ、自分の人生に巻きむわけにはいかないのだ。


推敲できました。

明日からは複数投稿できるか微妙です。

伏線をはっているから、できればさくさく投稿して記憶が新しいうちに読んで頂きたいのですが。


面白い!と思われた方、ぜひブクマ、★★★★★をお願いします!

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