婚約披露パーティー5
席に着いた二人に様々な人が挨拶に来た。
既に顔見知りの貴族、怯えを隠そうと笑顔を貼り付けた貴族、値踏みするような目をした貴族。
イーサンは彼らに対して礼儀正しく答え、怯えたり、蔑んだような眼も向ける者には気づかない振りでやり過ごしていた。
ナディアも微笑みながら、時折冷めて行く料理を羨まし気に見る。
(あとで貰えないかしら)
そんなことをぼんやり考えていた時だ、ぽんと肩を叩かれ振り向くとドレス姿のラーナがいた。思わず立ち上がりテーブルから数歩離れる。
「どうしたの? ラーナも来るなんて聞いていないわ」
「驚かそうと思って黙っていたの。今夜はルーカス叔父様の相手としてきたわ」
ラーナの視線の先には、カーデラン国の騎士と話すルーカスの姿。数年前に妻を亡くし子供は全て男、息子の妻をエスコートするわけにはいかずラーナに白羽の矢が立ったのだ。
「あれから着替えてよく間に合ったわね」
「キャシーさんが手伝ってくれたの」
そう言って、くるりと回る。オレンジ色のオーガンジーを幾枚も重ねたドレスは小柄なラーナに似合っていた。赤い髪もおさげではなく高い位置でふわりと纏められ、クリスタルの髪飾りが輝いている。
「あの人凄く手際がいいの。本当……」
「「何者なんだろうね」」
二人はそういって目を合わせる。おおよその見当はついているようだ。
「お姉様」
不意に呼ばれ、その声に嫌な予感と共に振り返れば、亜麻色の髪をハーフアップに結い上げ、ピンク色のドレスに身を包んだプリシラがいた。
「……プリシラ、ありがとう来てくれたのね」
「もちろんですわ、だってお姉さまの婚約披露パーティーですもの」
「お父様達は?」
「後で挨拶に行くと仰っていました。それより……」
プリシラは小首を傾げながらナディアを見上げる。その姿が誰からも愛らしく見えることを彼女はきちんと分かっている。
「イーサン様はどのような方なのですか? 噂では悪魔のようだと聞き心配していたのですが、さっきのダンスではとても優しそうに見えましたわ」
ふふ、と笑う顔は可愛いし、会話を聞いた者がいれば、姉思いの妹だと思うだろう。さすが聖女の生まれ変わり、心まで清いとそのあとに感想が続くかも知れない。
でもナディアは違う。形だけ笑っているように細められた紫の瞳は、ナディアから大事なものを奪う時に見せるものだ。思わず眉間に力がはいる。
さらに、空気を読むのが苦手なラーナが会話を聞き口を挟んできた。
「先程ウィル殿下が仰っていましたが、噂はイーサン様を後継者から遠ざけるために作られたものらしいですよ」
脳筋、いや、ラーナに悪気はない。ラーナとてこの一ヵ月でイーサンの人柄に触れ、偽りの噂に腹立たしさを感じ、誤解を解きたいと思っての発言。でも、この場でそれは少々、いやかなりまずい。
プリシラの目の色が変わった。いや、潜んでいたものが露わになったと言ったほうが正しいか。
隣の芝生は何でも青く見える女だ、先程大勢の前で笑いながらダンスをして拍手喝采を浴びている姉の姿を見て、自分が手放したものが急に魅力的に思えても不思議ではない。そこにきて、ラーナの話。
「私のほうが公爵夫人にふさわしいわ」
小さな声で呟くと、プリシラはイーサンのもとへと向かった。タイミング悪く、先程まで話していた貴族が立ち去ったばかり。プリシラはすっとイーサンの前に立つと、完璧なカーテシーで微笑んだ。
「イーサン様、初めまして。ナディアお姉さまの妹、プリシラです」
頬を染め可憐な笑顔を見せる。イーサンは柔らかな笑みを張り付けると、席を立ちナディアに目線をやった。
「姉とのダンスを見ました。随分姉がペースを乱していたようで申し訳ありません。姉はこういう場に不慣れですから」
ナディアと同じ紫の瞳。でもそこに宿る光は違う。イーサンの事を思って少しでも噂がなくなればと考えるナディアと、打算と欲が混じった瞳を潤ませるプリシラ。イーサンとてそれぐらいの見分けはつく。さりげなく距離を取るために一歩下がったが、素早く腕を掴まれてしまう。
「イーサン様、次は私と踊って頂けませんか? 自分でいうのも恥ずかしいですが、私ダンスは得意なのです。義理の妹になるのですし、よろしいですよね?」
「すまないが俺はダンスは苦手なんだ。だから他の人と踊ってくれ」
「あら、ご心配なく。それでしたら私が教えて差し上げますわ。ほら、曲が始まりました。行きましょう?」
プリシラが強引に自分の腕をイーサンに絡め、ダンスの輪に入ろうとする。さすがに無礼だとナディアが止めようとすると、先にイーサンがその腕を解いた。
「俺はナディア以外と踊りたくないんだ」
今まで言われたことがないはっきりとした拒絶の言葉に、プリシラは暫く呆然としたあと、唇をわなわなと振るわせた。ナディアが声を掛けようとするも、キッと睨み踵を返して立ち去っていく。
「イーサン様、妹が無礼をして申し訳ありません」
「いや。ナディアが謝ることじゃないだろう。だが、またダンスに誘われると困るので傍に居て欲しい」
「分かりました」
二人が再び並んで椅子に座ったその後ろで、ラーナは「急に会場の温度が上がったみたいね」と肩を竦め扇を取り出した。
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16時投稿&余裕があれは夜に数話、のペースでいきます。全35話予定です




