婚約披露パーティー4
イーサンのエスコートで大広間に入ったナディアは、ぐるりと周りを見るとあっけにとられたように目をパチパチとさせる。
「華やかですね」
「公爵家の婚約パーティーだからな」
さも当然のように答えるイーサンだが、頬が引き攣っている。
天井からぶら下がる幾つものシャンデリアはキラキラと輝き、窓辺には花が飾られていた。壁にある大きな絵の前では、色鮮やかな衣装を纏った女性達が今日の主役を見てひそひそと言葉を交わし、男性達は出席者に目を配り誰と親しくするのが得策かと考える。
その間を侍女が色とりどりの鮮やかなカクテルを持って歩いていた。
会場には、ルシアナ領の貴族以外に、カーデラン国からも貴族が集まってきている。何せ第三王子の婚約だ、辺境の地にも関わらず主要な貴族はほぼ出席していた。ルシアナ領の貴族としては、カーデラン国の貴族と縁をつなぐまたとない機会で、ここでよい派閥に入れば先行きも明るい。
「思惑蠢くパーティーですね」
「あぁ、できることならそのまま俺達のことは居ないように扱って、自身の利益を追求してもらいたいものだ」
眉を下げ気弱なことをイーサンは口にした。
(辛そうな顔をするのは噂のせいかしら)
先程、ウィルから聞いた話を思い出す。
(イーサン様の噂を消したい)
そんな想いが胸に浮かんだ。
ナディアは幼い時から、理不尽な扱いをされてきた。自分の言葉が正しく相手に届かず誤解される辛さと惨めさは身に染みている。
向けられてくる視線には好奇や恐れや揶揄が含まれ、嫌な物だ。これを普段からイーサンが感じているのかと思うと、胸が締め付けられる。
(イーサンも傷ついていないはずがない。何とかしてあげたい)
ナディアがぎゅっと拳を握ったところで音楽が鳴り始めた。初めに踊るのはもちろん主役の二人。イーサンは硬い顔でナディアに手を差し出した。
会場の中心にエスコートされ、ナディアは慎重にステップを踏み始める。幸いなことに、毎日の特訓のおかげで、お互いの足を踏むことは殆どなくなっていた。少し余裕があるからか、ナディアはイーサンを見上げクスリと微笑む。
「イーサン様、お顔が怖いです」
「生まれつきだ」
ムスッとした顔をするイーサンの頬にナディアは手をあてた。
「いつもより怖いです」
「…………」
今度は遠目に見ても分かるぐらいふわりと笑うと、途端、ステップの速さを速めた。一ヶ月の練習で基本的なステップは身に着けたし、もともと運動神経はいい。コツをつかんだステップなら速度を速めも問題ない。
いきなりの事にイーサンは慌て、それでもナディアの足を踏まないようスピードを合わせる。そのスピードに慣れてきたところで、ナディアがさらにスピードを上げる。周りから見るとナディアにイーサンが振り回されているように見えるだろう。
「ナディア、ちょっとスピードを落とそう。先程あなたの足を踏んでしまった」
「あら、私はすでに何度も踏んでいますよ。そんなに足元ばかり見ないで私を見てください」
イーサンは目線をナディアに移す。シャンデリアの輝きの下、戸惑うように金色の瞳が揺れている。
「そんな困った顔をしないでください。私がいじめているようではないですか」
「いや、実際にそんな気がするのだが」
イーサンが苦笑いを浮かべた。ナディアは二人の距離を縮める。
「やっぱり私が男役をした方が良かったでしょうか?」
「ナディアの男役は様になるだろうが、俺の女役は気持ち悪いだけだろう」
「フフフッ 想像してしまいました」
「うっ、俺も想像した。かなり不気味だな」
二人は顔を見合わせて笑った。それを見て会場内がざわめく。「おい、イーサン様が笑ったぞ」「悪魔のように冷酷と聞いていたが、婚約者に振り回されていないか?」「すでに尻に敷かれているようなダンスだな。あれが無慈悲冷酷な男か?」
悪名高い男が、婚約者に振り回され笑っている。
噂でしかイーサンを知らなかった貴族達は目を丸くし二人のダンスを見ていた。イーサンは十年間もカーデラン国を離れている。ルシアン領の貴族はもちろんカーデラン国の貴族でさえ、実際にイーサンに会ったことがある者は僅かしかいない。
曲が終わりに近づいた時には会場内の空気が随分柔らかなものとなっていた。途中、勝ち気な婚約者に振り回され、イーサンが転びそうになった時には会場から小さな笑い声が漏れたほどだ。
最後のステップを踏み終わった二人に人々は暖かな拍手を送った。勿論これだけで噂がなくなるわけではないが、噂通りの男ではないのかも、という疑問を持たせるだけの効果はあった。
必死でステップを合わせていたイーサンは、ダンスをする前と雰囲気が違っていることに気付きナディアを見る。
「このためにわざと俺を振り回すようなダンスをしたのか?」
「さあ、何のことでしょう?」
肩を竦め、しらを切るナディアにイーサンは苦笑いをする。
「頼むから俺より男前な振る舞いは止めてくれないか?」
そう言うとイーサンはナディアの手を掬い上げ、その指先に軽く唇を落とした。会場内が再びざわめく。
「……イーサン様?」
突然の事に目を瞬かせるナディアを、そのまま手を取り用意された椅子へとエスコートする。
「これぐらいしとかなければ、領主としての俺が霞むだろう?」
黄色い目が子供のように細められ、思わずナディアの頬が赤らむ。空いた方の手を胸にやればいつもより速い鼓動を感じる。
(これぐらいの動き大したことないのに)
今まで感じた事のない胸の鼓動と、身体が火照る感じにナディアは戸惑っていた。




