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婚約披露パーティー3


 次の日は朝から忙しかった。

 湯を浴び、肌をつやつやに磨き、髪には薔薇から抽出したオイルを馴染ませる。それでなくても艶のあるナディアの黒髪は絹糸のように輝いた。


 スザンヌが得意げに出してきたドレスを見て、ナディアは思わずほおぅっと感嘆の息を吐く。

 ほとんどお任せだったし、ドレスなんて似合わないとぞんざいに試着も済ませていた。それが、まさかの出来だ。


 ホルターネックの濃紺のドレスは、金色の糸で繊細な刺繍が施されている。ナディアの引き締まったウエストを強調する細身のマーメイドラインは、上質な生地を使っているせいか品があり華やかだ。着てみれば、凛とした雰囲気がナディアにとても似合っている。


「この前のドレスと全然違うわ」

「当たり前です。私が見立てたのですから」


 鼻高々なスザンヌは満足そうにナディアを見る。

 その隣には、なぜかやる気満々のキャシー。


「ところでどうしてここにキャシーが?」

「せっかくなのでイーサン様が暮らしていた国のメイクを取り入てはいかがかと。独断でやってまいりました」


 イーサン専属の侍女が独断、と疑問は山ほどあるけれどど、キャシーは強引にナディアを椅子に座らせると、にんまりと不敵に笑いおびただしい数のメイク道具を並べた。


「まるで変装できそうね」

「今日はそこまでいたしません」

「今日は?」

「お気になさらず。言葉の綾です」


 何やら不穏な言葉が交じっていた気もするが、ナディアはここまで来たならと腹を括った。


 白粉をはたくのは同じだけれど、そのあとキャシーが取り出したのは貝殻だった。その二枚貝の上側を開ければ、中には練られた赤い紅が入っている。

 ナディアだけでなく、ラーナやスザンヌまで興味深そうにその貝を覗きこんだ。


 キャシーはそんな目線を気にすることなく、紅を筆でとり(まなじり)にスッと入れる。ただそれだけで、ナディアの切れ長の目がパッと華やかになった。次いで、唇にも同じ紅を入れ、サッと頬紅をはたく。その他、諸々。


「ナディア様は髪が美しいので、それを生かし頭部の高い位置で一つにくくり垂らしましょう。細い首筋にかかる黒髪が艶っぽく見えます」


 シンプルにまとめた髪の根元に、繊細な金細工が美しい髪飾りをひとつだけ挿す。その潔さが実にナディアらしい。


「……こんなにも変わるものなのね」


 鏡の前でナディアが回れば、ドレスの裾のオーガンジーがふわりと舞う。

 スーザンもキャシーも、何もしていないラーナも満足そうに頷いた。


 タイミングよく扉が叩かれ、イーサンが入ってきた。その後ろにはもう一人、イーサンの兄であるカーデラン国王太子のウィルもいる。

ブラウンの髪と海の底のような深みのあるブルーの瞳。背はイーサンより低く細身ではあるが引き締まった体躯をしている。


 ナディアは王太子の前に進むと、練習の成果とも言えるカーテシーで挨拶をした。


「オースティン辺境伯の長女、ナディアと申します」

「カーデラン国王太子のウィルだ。会場ではゆっくり話が出来そうにないので、突然で申し訳ないがこちらに来させて貰った。それにしてもキャシーから話は聞いていたが、イーサンが留学していた国の美人画から飛び出してきたような女性だな。お前もそう思うだろう?」


 そう言ってウィルがイーサンに話をふるも、返事が返ってこない。ぽっと頬を染める弟に苦笑いしながら、その背中をどんと叩く。


「おい、見とれすぎだ」

「! いや、そんなことは……」 


 傍目に見て明らかに、はっと我に返ったような顔をしているのに、本人は体裁を整えるように咳払いをし誤魔化した気になっている。


「その、とても綺麗だ。よく似合っている」

「イーサン、『貴女があまりにも綺麗で見とれてしまった。その陶器のような白い肌も、濡れたように輝く黒髪も周りを惑わすので、今宵はずっと俺の隣にいるように』ぐらい言ったらどうだ?」

「なっ、そんなこと言えません。兄上こそよくさらりと歯の浮くような言葉がでますね」

「毎回、妻に言っているからな」


 イーサンが耳を赤くし焦るのを、ウィルが優しい瞳で見ている。


(結構兄弟仲がいいのね) 


 少し意外な光景だった。王太子と第二王子は同腹だけれど、イーサンは母親が違う。さらに長年留学していた。それなのに、イーサンはどこかよそよそしいも、兄は親し気で弟の婚約を心底喜んでいるのが伝わってくる。


(ちょっと羨ましい)


 視線を落としたナディアに、イーサンが戸惑う。

 ウィルが改めてナディアに視線を戻した。


「ナディア、イーサンの心無い噂を聞いているだろうがどれも真実ではない。彼の母親は望んで側妃となったわけではなかった。子供が生まれても、……いろいろと複雑な気持ちがあったようでイーサンを乳母に預け育児を放棄した。母親からそのような扱いを受けるイーサンを、周りはさらに貶め継承争いから脱落させようと噂を流したのだ」

「兄上!!」

「お前の気持ちは分かるが、できるだけ(・・・・・)きちんと話を聞いてもらった方が良い。説明しづらい事情もあるが、噂のような男でないことは俺が保障する」


 ナディアは切れ長の瞳を数回瞬かせウィルを見る。

 どうして会ってすぐに王族の恥ともなる話を聞かせるのだろうかと、真意を探ろうと深い海のような青い瞳を覗き込んだ。

だけれど、そこにあるのはただ弟を心配する兄の表情。


「ウィル王太子殿下、教えて頂きありがとうございます。私も一ヶ月ではありますが一緒に過ごし、噂とは違う方だと感じていました。イーサン様はお優しいです」

「そうか、優しいか。それを聞けて安心したよ。弟をよろしく頼む」


 「白い結婚」故ナディアは返事を言葉にせず頷くに留めたが、それでもウィルはほっとしたように微笑んだ。『説明しづらい事情』という一言が引っかかったけれど、白い結婚の自分が踏み込むべきことではないと、その言葉は胸に収めるだけにした。



今日中にあと2話投稿します

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