婚約披露パーティー1
数話まとめて投稿します
婚約披露パーティー前夜。
スザンヌが腰を痛めてしまい、ダンスの練習は中止となった。
(私の覚えが悪いせいで……)
心の中で謝るも、自主練するつもりはない。夕食も久々に気兼ねなく食べられると喜んでいる。いや、悪いとは思っているし、騎士団御用達の効き目のある湿布も渡した。でも
(いつもは小さく切って食べなきゃいけないから、物足りなかったのよね。今夜はたっぷり味わおう)
思わず笑みがこぼれる。決して悪気はない。
婚約披露パーティーの前夜とあれば、通常なら食事を控え明日のためにゆっくり湯に浸かり、美容のために早く寝るところ。しかし、もちろんそんな考えは微塵も浮かばず、指摘する者も寝込んでいていない。
いや、もう一人侍女はいた。
その侍女が、スザンヌの部屋から戻ってきた。なぜか手紙を持っている。
「ナディア、夕食はイーサン様と食べることになったから」
「えっ、どういう事?」
「スザンヌが一人で摂る食事は淋しいだろうって、気を利かせてくれたの」
ナディアは目をパチパチさせた。ナディアにとって食事は、マナーのスパルタ講習だったけど、そこにはスザンヌの気遣いもあったらしい。
それなら好意を無駄にするわけにはいかないと、ナディアは肯首した。
案内された部屋には、煌めく大きなシャンデリアと、その下に豪華な六人掛けのテーブルがあった。椅子やテーブルには細かな彫り細工がされており、テーブルの下に引かれた赤い絨毯には金糸で刺繍が施されている。テーブルには摘みたての薔薇が綺麗に飾られていた。
「イーサン様、お忙しいところお時間を頂きありがとうございます」
言い出したのが自分の侍女なのだからお礼をいうべきだろうと、ナディアが頭を下げる。
「構わない。いや、むしろ今まで一人で食事をさせて申し訳なかった」
「いえ、お仕事が大変なご様子ですし、気になさらないでください」
先に来ていたイーサンは、椅子を引くとナディアに座るよう促した。食事を一緒に摂るのはこれが初めて、いや、マルシェを含めて良いなら二回目だ。
侍女が食事を運び二人の前に置いていく。
ナディアは目の前に置かれたオードブルの皿に目をやった。
薄く切ったバゲットに無花果入りのレバーペーストが添えられている。今までなら、食前酒片手に口に放り込んでいたところだけれどそうはいかない。
「随分厳しくマナー講習を受けているそうだな」
「どなたからお聞きになったのですか?」
「俺専属の侍女は情報収集のプロだからな。あれじゃ、食べた気がしないだろう。今日は二人だけだ、無礼講でいこう」
そう言うとイーサンは人差し指と親指でバゲットを摘まみ、一口で頬張った。そして美味しそうに咀嚼する。
「ナディアも好きに食べればよい。無花果が良いアクセントになっていてうまいぞ」
そう言われ、ナディアも指でつまみ噛り付く。さすがに一口では食べれないので二口に分けたけど、レバーの塩味と無花果の甘みが絶妙でとても美味しかった。
イーサンは気持ちの良いぐらいの食欲で料理を平らげていく。スープに至ってはかなり気に入ったようで三杯もお代わりをした。
ナディアも、いつもは味が分からないぐらい少量ずつしか口に運べないけど、今宵は白身魚も大きく一口分ナイフで切り分け食べることができた。
「おいしいです。白身魚がふわっとしていてバターの風味と塩味のバランスが絶妙です」
久々に心から食事を堪能するナディアを、イーサンは満足そうに目を細めて見る。
「実に美味そうに食べるな。一緒に食べていて気持ちの良い食いっぷりだ」
「くっ……失礼いたしました」
「気にするな。褒めているのだから。今までもこのように同僚たちと一緒に食事をしていたのだろう?」
「はい、とても賑やかな争奪戦でした」
騎士たちは皆体格が良い。そして訓練は激しい。上品になんて食べていると、あっという間に目の前から食べ物が消えてしまう。
「食い盛りの剣士相手では、女性ではなかなか難しい戦いだっただろう。しかし、賑やかな食事は楽しいものだ。主な会話は剣技についてか? それとも街の治安? それとも上司の愚痴か?」
「男所帯の下世話な会話は、とてもではございませんがイーサン様のお耳に入れるべき内容ではございません」
ナディアがきりっとした顔で言うものだから、イーサンは思わず噴き出してしまう。
「ハハッ、それは男が令嬢にいう言葉だな」
「聞きたいですか?」
「女性の口から聞くのは躊躇いがあるのから言わなくてよい。だいだい想像できる」
クツクツと笑うイーサンに、ナディアも頬をほころばせる。
何故か最近、イーサンが笑っていると嬉しくなるのだ。




