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鬱憤はらします


 ラビッツと会った翌日からナディアは忙しかった。


 まず、スザンヌからテーブルマナーがなっていないと叱られ、三食スザンヌがつきっきりで淑女教育を施すことに。

 

 それは、それは熱心な指導だった。


「背筋を伸ばす」 ビシッ

「はいっ」

「大きな口で食べない」 ビシッ

「はい」

「それは手で持たないでフォークを使う」 ビシッ

「バナナですよ?」

「バナナは持ちません。フォークを持つ」

 ビシッビシッビシッ



 スザンヌは杖で、手や背中や机をビシッと叩き遠慮がない。

 ナディアは毎食怒られる。バナナは手で持って齧り付いた方が美味しいと思う。

 

「騎士団が生温く思える……」

「何か言いましたか?」

「いえ、何も」


 ちなみに、ラーナは食事の時間になると姿を消すようになった。自分も巻き込まれては堪らないと、保身のためなのは明らかだ。


 仕立て屋にも会い、婚約披露パーティーで着るドレスも含め様々なドレスを注文した。まったく興味を示さないナディアを横目にスザンヌがテキパキと話を進めてくれたので、この時ばかりは彼女に感謝した。


 宝石屋にも会った。宝石とはこんなに値が張るものなのかと驚き、プリシラや継母は幾つ持っていたかしら、と考えると目眩を感じた。こちらも、スザンヌにアドバイスを請いながら、公爵夫人として最低限必要なアクセサリーを注文する。


(どうせ三年間だけだし)


 その前提で選んだ数だから、スザンヌは少ないと言っていたけれど、ナディアにとっては充分だ。


 肝心の結婚指輪に話が及んだ時には、既に疲れ果ており。


「イーサン様にお任せします」


 にこりと、丸投げだ。 

 しかし、ナディアのその言葉は控えめな淑女として捉えられたようで。


「では、公爵様に選んで頂きましょう。愛する方が選んだ宝石はまた特別なものです」


 宝石屋がニコニコしながら話すのを、ナディアは欠伸を噛み殺しながら頷いた。


 

 午後は歩き方、礼の仕方、話し方、と細かな指導が続く。また逃げようとするラーナの腕を掴み、今度は道連れにした。とはいえ、最低限の淑女教育は受けていたので、これについては順調に進み、スザンヌの杖が飛ぶことは、稀だったが。


 

 順調と言えるか微妙な淑女教育の中で、一番の課題はダンスだった。


 これには相手役が必要だと、夜にイーサンと一緒にダンスの練習をすることに。


 騎士団の女性寮では、酔っ払って躍ることもあったけれどナディアはいつも男役だった。

 そして異国暮らしが長いイーサンは、ダンスとは無縁の生活。その国ではダンスの習慣がなかったらしい。


 スザンヌの指導はイーサンがいても容赦なかった。

 厳しかった。辛かった。


「私、男役なら踊れます」 


 悲壮な顔で思わず呟くナディア。


「……では、俺が女役をすれば……」


 妙な覚悟を決めた顔で呟くイーサン。


 事態は混沌を極めた。





 そんな生活が既に半月。その間に、教会でのいざこざで多少身体を動かし鬱憤をはらしたものの、とうとうナディアに限界がきた。

 ちょうどスザンヌは、午後から明日の夜まで休みを取っている。


「ラーナ、一緒に騎士団に行こう!!」


 騎士服に着替えたナディアは、これ以上は無理とばかりに立ち上がった。

 手にはクローゼットにしまっていた愛用の長剣。思いっきり振り回しストレス発散しなくては、発狂してしまいそうだ。


「……私は遠慮しとくわ」


 しかしラーナはつれない返事。今のナディアの剣を受けては命が足りないと身の安全を取る。

 ナディアは、ちょっと寂しく「そう」と言うも、次の瞬間には「じゃあね」と勢いよく部屋を飛び出した。ラーナはそれを見送りつつ、二階から飛び降りなかったことは褒めてやろうと思った。 


 騎士団は、丁度模擬戦をしている最中だった。


「ルーカス騎士隊長、練習に参加させてください!!」


 目を血走らせ剣を抱えるナディアを見て、ルーカスはいろいろ察する。ラーナから聞いてはいたがこれはかなりキテるなと、相手になりそうな騎士を探すも皆が素早く視線を逸らした。


「……分かった、俺が指南してやろう」

「ありがとうございます!!」


 パッと笑顔になったナディアはすぐさま剣を構える。ルーカスは騎士団で一番の腕前。素早い速さに加え一撃が重たい。


 初手はナディアから。肩めがけ剣を振り下ろせば、ルーカスは身を捻って交わし同時に胸めがけて剣を突き出してきた。バックステップでそれを避けると今度は素早くサイドに回り込む。

 しかし、横一文字に薙ぎ切った剣は、いとも簡単にルーカスの剣で封じられた。

 次第に頭から雑念が消え、目の前の剣に意識が集中する。


 どれだけそうしていただろうか。日が傾き始めた頃ナディアは、息を切らして座り込んだ。


「少しはすっきりしたか?公爵夫人?」

「……なりたいわけではありません。また来てもいいですか?」

「俺は構わないよ。公爵夫人になっても手加減はしないからな」


 ルーカスの額にも汗が浮かんでいた。他の騎士たちも訓練を終え帰り支度に入っている。ナディアは、ルーカスに礼を言うと、寮に戻ろうとしている人ごみから同期のエドワードを探して呼び止めた。


「エドワード、少しいい?」

「あぁ、随分うっぷんが溜まっていたようだな」


 眉を下げ、心配そうな表情の悪友に、「かなり」とため息混じりにナディアは答えた。


 二人は人の流れに逆らうようにして、練習場の端にある木の下に腰を下した。

エドワードとナディア、ラーナは同期で仲が良い。船乗りの元締めをしている子爵家の三男であるエドワードは庶民的で気さくな性格だ。

エドワードは、汗で銀色の髪が張り付いた額をぐいっと手の甲で拭う。鮮やかな緑色の瞳が印象的な愛嬌のある顔を夕陽が照らしていた。


「皆の様子はどう? 政権が変わったことに不満を持っている人はどれくらいいる?」

「うーん、三割くらい、いや、もうちょっと少ないかな。あのまま馬鹿がトップに立つよりましだろうって考えてる奴は割といるよ。それと、一年前のシステナ国の戦いでカーデラン国に助けられた事も大きい」


 元ルシアン国は西の大国カーデランと北の大国システナに挟まれた小国で、東と南は海に面している。


 ルシアンの西側の山では鉄がとれ、それが国の財となっているが災いの種ともなっている。システナ国がその山を狙っているのだ。百年程前にカーデラン国の属国となったあとも、何度かシステナから戦をしかけられた。


 一年前、国境ーーそれはナディアの実家のオーランド辺境伯の領地だったーーで、大きな戦があった。


 オーランド辺境伯の直轄部隊だけでは対応できず、城の騎士団も駆け付けた。しかし、駆け付けるにしても馬で四日はかかる。着いた頃にはかなり戦況は厳しい状態だった。何とかこれ以上の侵略を防ぐべく防御に専念するのが精一杯という状況。


 そんな中、カーデラン国の騎士団が応援に駆けつけ、激戦の末システナ国軍は撤退していった。


 カーデラン国とシステナ国の軍事力は拮抗しており、カーデラン国としては、ルシアン国が侵略され、その均衡が崩れることは避けたかったのだが、理由はともあれ助けられたのは事実。背中に刀傷を負ったナディアも、カーデラン国の救護兵に助けられた一人だ。


 不満を持つ人がいながらも、比較的、ルシアンがカーデラン国の領地になる話がスムーズに進んでいる理由もこのあたりにある。大国の傘下に入った方が安全が保証されると見込めるからだ。


「ところで、他に何か言うことはないのか? あの意味の分からない頼み事はいったい何なんだ?」


 エドワードに睨まれナディアは苦笑いを浮かべる。

ラビッツから五日おきにジル宛に届く手紙を、代わりに取りに行って欲しいと頼んだのだ。


「この宿に行って預けてある手紙を受け取ってきて欲しい。『バートンだ』って言えば貰えるからって、どれだけ雑な頼み方なんだよ。っていうか、だれだよ、バートンって!!」


 そう思うわよね、とナディアは苦笑いする。スザンヌの淑女教育の合間をみて頼んだから説明が雑になったのだ。にしても雑過ぎるが。

 ナディアは周りに人はいないのを確認すると、それでも用心してエドワードの耳に口を近づけた。


「イーサン様が弓で狙われた」

「えっ、聞いてないぞ。その話」

「言ってないから。衛兵にもそのことは伏せているし、他言無用よ」

「ナディアは大丈夫だったのか?」

「背中に擦り傷が出来たけれど、もう治ったわ」


 その言葉に、エドワードの顔が歪む。護衛はいなかったのか、とブツブツと呟いている。


「とりあえず事情は分かった。ナディアはあまり動かない方が良さそうだしな」

「ありがとう。貸しはいつか返すわ」

「あっ、それなら頼みたいことがあるんだ。ナディアも少しぐらいなら外出できるんだろう?」

「もちろん」


 特にイーサンから外出は禁止されていない。五日おきに外出は難しいけれど、たまになら事前に伝えれば問題ない、と思う。


「だったら、明日ちょっと付き合ってくれ。婚約者に誕生日プレゼントを贈りたいのだけれど、何をプレゼントしたらいいか分からないんだ」

「……私の意見が参考になるの」

「多少はなると期待している」


 ちょっと自信がないけれど、スザンヌもいないし気分転換にはちょうど良い。

待ち合わせ場所と時間を決め、そろそろ夕食の時間だと帰ることに。


「足、大丈夫か?」


 エドワードが軽く引きずるナディアの足に目をやる。先程の訓練で右足に剣を打ちつけられたのだ。刃を潰した剣だから血は出ていないけれど、青あざはできているだろう。


「平気」

「肩を貸してやるよ。ここから城まではそれなりに距離がある」

「ありがとう」


 ナディアがエドワードの肩に手を回そうとした時だ。突然身体がふわりと宙に浮いた。


「ひゃっ!」


 悲鳴とともに見上げれば、すぐそばにイーサンの黄色い瞳がある。


「俺が連れて帰る。お前は気にせず寮に戻ればよい」

「は、はい。分かりました。じ、じゃ、ナディア俺はこれで」


 エドワードは向けられた鋭い視線に頬を引きつらせ、さっさとその場を立ち去った。イーサンはそんな男の姿を一瞥すると、くるりと背を向け歩き始める。


「イーサン様、どうされたのですか?」

「騎士団に行ったまま戻ってこないと聞いて迎えに来た」

「わざわざ、イーサン様自らですか?」

「日が暮れ暗くなってきたからな」


 勝手しったる城内。目を瞑ってでも、城に辿り着ける気がする。試したことはないけれど。


(そして何故私は抱えられているの?)


 怪我をして担架やおんぶで運ばれたことはあるけれど、所謂お姫様抱っこは初めてで、どうにも居心地が悪い。


「足を痛めましたが大したことありません。歩けます」

「引きずりながら歩いて、さらに足を痛めたらどうする」

「私、身長も筋肉もあるし重いと思います」

「まだ気にしているのか? 重くないといっただろう」


 どうやらイーサンにナディアを降ろすという選択肢はないようだ。夕食どきで人がいないことにナディアはほっとする。


(知り合いにこの姿を見られるのはかなり恥ずかしい……)


 間近に見えるイーサンの顔。温もり。なんだか落ち着かない。そんな気持ちを隠すように、ナディアはしゃべり出す。


「明日、街に出掛けても良いですか?」

「足が痛まなければ構わない。ラーナも一緒か? 護衛として連れて行くといい」 

「ラーナでなくても、騎士なら誰でも護衛になりますよね?」

「……誰を連れていくつもりだ?」


 なんだか、イーサンの顔が怖い。


「先程のエドワードです。彼も中々強いですよ」

「…………強ければ良いというわけではない」

「えっ!?」

 

 それ以外に何が必要なのかと、ナディアは紫の瞳をパチパチさせる。イーサンは何か言いかけて止め、への字口で仏頂面を貫いた。




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