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再会1


 城に用意されたナディアの部屋には浴室もついている。

 時刻は七時。湯につかり、濡れた髪を拭きながら、訪ねてきたばかりのラーナと二人でお茶を飲む。


「足を折った男は見つからなかったわ」


 紅茶に砂糖を二個入れながらラーナが報告する。部屋にいるのは二人だけだから親しい口調に戻っていた。


 あの後、足を折った男のもとに戻ったけれど、そこには誰もいなかった。男に盗みを頼んだ人間が連れ去ったというのがナディア達の予想。盗みを失敗し、依頼人の顔も知っているとなれば、もう生きているかも怪しい。そのうち、物言わぬ状態で見つかるかもしれないと、衛兵には男の特徴を伝えておいた。


「そうだ、これ返しとくね」


 向かい合って座っている二人の間にあるローテーブルに、ラーナはナイフを二本置く。ナディアは買ったばかりのナイフを手に取り、刃こぼれしていないかを確認し始めた。


「それにしてもイーサン様はシャツの上からでも分かる立派な体躯をしているわね」


 ほおぅっとした顔で、紅茶を飲みながらラーナは呟いたあと、焦ったようにナディアを見る。


「あ、あなたの婚約者って分かっているわよ。あくまでも観賞用って意味ね」

「世間一般的にはフランク様のような容姿を観賞用っていうんじゃないの?」

「うーん。優男か。なんか信用できないのよね。それより上腕二頭筋の方が信じられる気がする」

「うん、その領域は私には分からないわ」


 ナディアはストレートティーを口に含みながら苦笑いを零した。お城だけあって香りが普段飲む紅茶より格段良い。


 紅茶を堪能するナディアに向かって筋肉のすばらしさを語るラーナ。

いつものように会話がかみ合うことなく、二人はお茶を飲み終えた。


「じゃ、私ちょっと出かけてくるね」


 ナディアはそういって立ち上がる。


「私、行こうか」

「いい。あなたさっき戻って来たばかりで夕食まだでしょう? 私はもう食べたから」


 そう言うと、クローゼットを開け、ずらりと並ぶ男物の服から一着を選んだ。


「随分貢がせたわね」

「私から欲しいと言ったことは一度もないわ」


 男装姿のナディアの鑑賞を趣味とする令嬢達が、何かと送ってくるのだ。


 ナディアは選んだ服を布で包むと部屋を出、長い廊下を歩き一階へと向かう。

 途中の階段でイーサン付きの侍女に出会った。珍しくない茶色の髪を後ろで一つにまとめ、特徴のない茶色の瞳をしている、どこか捉えようのない侍女だ。


「ナディア様どちらに行かれるのですか?」

「騎士の寄宿舎へ。私の荷物の大半はまだそこにあるから。えーと、あなたは確か」

「イーサン様付きの侍女、キャシーと申します。外は暗いですし、お一人では危険ですのでお手伝いいたします」


 予想外の申し出にナディアは、眉を顰めそうになるのをどうにか耐えた。


「大丈夫よ。読みかけの本を取りに行くだけだし、この敷地内にある寄宿舎は私にとって家のようなもの。それに、多分、私あなたより強いわ」


 肩を竦め、最後はあえて冗談めかして言ってみたが、キャシーは眉一つ動かさない。


「分かりました。ではせめて灯りだけでも用意いたしましょう」


 無表情な侍女は淡々とそう言い、踵を返すと階段を下りて行った。




 ナディアは月明かりの中、歓楽街を歩き酒場へと向かう。

 寄宿舎で男装に着替え、城をこっそり抜け出してきたのだ。兵舎の門を守るのは同僚ゆえ、城の門を出るよりずっと融通が利く。ただ、今夜の門番は同期のエドワードだったので、誤魔化すのが少々面倒だったが。


 娼館を避けて歩くも、向かう先とて決して治安は良くない。夜に女が独り歩きするような場所ではないが、男装姿のナディアはその場に溶け込んでいて、絡んでくる輩はいなかった。


 年季の入った扉を開け、一件の酒場に入る。間口は狭いが奥に長い。テーブル席が十席と七人掛けのカウンター席があり、ナディアはカウンター席の一番端に座った。


「久しぶりだな」


 顔見知りの店主がすぐに声をかけてくる。頼んでもないのに麦酒が前に置かれた。


「ねえ、ラビッツは今日は来てないの?」


 ナディアは振り返って店内の客の顔を確認しながら質問する。


「今日はまだ来てないね。奴にとってここは仕事場でもあるからその内顔を出すだろう。待つかい」

「そうさせてもらうわ」


 店主はナディアが女だと知っている。数年前、この店で暴れた客がいて店主が衛兵を呼んだが、その際、衛兵の手伝いをしていたナディアもここに来たのだ。それから時々ここに顔を出すようになりラビッツとも顔を合わせるようになった。


 ナディアが一杯目を飲み終わる頃だ。


「お、バートンじゃないか。偶然だな」


 肩を叩かれ振り返ると、ジルがいた。バートンが自分が語った名前だと思い出すのに数秒かかったナディアは少し気まずそうに笑う。


「ナディア」

「ナディア? なるほど、それが本名か」


 ジルは当たり前のようにナディアの左隣に腰掛ける。ナディアの空になったグラスを見て麦酒を二つ頼んだ。


 相変わらず髭と、長い前髪で顔の半分は見えないけれど、ナディアの座る位置から見える横顔は、青い目が細められ悪戯っ子のように見えた。


「これはあんたの奢りな?」

「分かってる。この前は本当にご迷惑をかけてしまって申し訳ありません」


 ナディアが頭を下げるとジルは、「本当だ」と口角を片方だけ上げた。


「普段はあんなに飲まないのよ」

「そうあって欲しいよ。俺が紳士だったことに感謝しろよな」

「えぇ、奇跡的なことだわ」


 フフッと笑うナディアの後ろから、男たちの話声が聞こえてきた。


「いや、本当だって。俺だけじゃなく他に見た奴もいるんだよ」

「幽霊船をか? それともセイレン? 海の悪魔をか?」

「船だよ、船。あのあたりは異国の船はこないはずなんだ。この辺りで見かけたことがない船だから……」


 男達の話を聞いたナディアは、ジルに「ちょっと席を離すわ」と断ると、帽子を目深にかぶり直しすぐ後ろのテーブルへと向かった。


「なぁ、その話詳しく聞かせてくれないか?」


 美丈夫にいきなり話かけられた男は、不審な目で値踏みするようにナディアを見る。しかし、男達の内ひとりはこの酒場の常連らしく、ナディアを見かけたことがあるようで。


「たまに見る顔だな? 何について知りたいのか? 男を惑わす声を持つセイレンか? それとも海と月を宿す悪魔か?」

「幽霊船だよ。見るようになったのは最近かい?」


 男は無精ひげを触りながら暫く宙を睨み考える振りをする。その姿にナディアは苦笑いを浮かべ


「マスター、彼らに麦酒を一杯ずつ」


 と頼む。男はにやりと笑うと急に饒舌になった。


「見るようになったのは、一ヶ月前。船の大きさとしては中型で、初めは商船かと思ったが、黒塗りの商船は珍しい。おまけに港に停泊しているのを見た者もいない。つまりずっと沖にいるわけだ。おかしいだろう? 何しているんだって話だよ」

「夜中にこっそり港に着けたり、小型のいかだに乗り換えて上陸した可能性は?」

「何の為にさ? そんなことしても金にはならないぜ」


 男はそう言うと、マスターが持ってきたばかりの麦酒をグイグイと飲み干し、空のグラスをナディアに向かって軽く持ち上げた。彼なりの礼の仕方だろう。ナディアは「ありがとう」と礼をいい、ジルの隣に戻る。


「気になることがあるのか?」

「うん、ちょっとね」


 思案するナディアを見ながらジルはそれ以上聞かず、追加でつまみを幾つか注文した。



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[気になる点] 題目『再開』 「再会」だと思います。
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