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プロローグ

数話纏めて投稿します。


ゴーン、ゴーン 

 本日の訓練終了を告げる鐘の音が、王宮内にある教会から聞こた。

 それを合図に数十名の騎士が剣を鞘に収め、重苦しい兜を脱ぐ。


「ふぅ」


 汗で湿った髪がばさり、と零れた瞬間。


「きゃぁ!!」

「ナディア様!! こっちを見て!」


 あたりに響き渡る黄色い声援。

 それに答えるように騎士は手を振った。

 日が長くなってきたとはいえ、夕暮れ時はまだ肌寒い。それなのに柵の外でひたすらこの時を待っていた令嬢達は一斉に色めき立った。


「あ、あの。宜しければこのタオルを使ってください」

「それより喉が渇きましたよね。レモン水を作って参りました」

「この手紙受け取ってください!!」


 揉みくちゃにされる騎士を、同僚がなんとも複雑な顔で見る。


「助けた方がいいのか?」

「俺が? ひんしゅくを買うだけだぞ」

「それもそうだな」


 男達は頷き合い、令嬢に囲まれた騎士を残し兵舎へと戻っていく。

 そんな流れに逆らうように、一人の騎士が令嬢の中心へと声をかけた。


「おい、ナディア! 実家から帰ってこいと伝達がきた。なんでもお前に縁談があるんだとさ」

「私にですか?」


 タオルで首筋の汗を拭いていたナディアが目を丸くしたのと、甲高い令嬢の悲鳴が聞こえたのはほぼ同意。


 倒れそうになる令嬢の背に手を当て、ナディアが「大丈夫?」と問いかえれば、悲鳴はさらに大きくなった。


「ナディア、ここはいいからお前は実家に行け」

「はい、隊長あとはお願いします」


 ナディアは再度、令嬢達に手を振ると、ポニーテールの黒髪を靡かせ立ち去っていった。


 このあと隊長がもみくちゃにされたことも、これが騎士として最後の日だったことも

ーーこの時のナディアには知る由もなかった。



 騎士団からナディアの実家のタウンハウスまで馬で二十分ほど。玄関先に乗り付け、待っていた従者に馬を託すと早足で二階に続く階段を駆け登った。


 父親のいる執務室の前で小さく深呼吸したのは息切れをしたからではない。これから起こりうるあれこれを想像し緊張してのこと。さりとて扉の前で考えても仕方ないと、ノックした。  


(会うのは何ヶ月ぶりかしら)


 部屋の中央に置かれたソファに座っているのは、父親であるオーランド辺境伯と義母、それから妹のプリシラ。

 プリシラは、亜麻色の髪を綺麗に巻き、ぷっくりとした唇を微かに振るわせながら、姉妹唯一の共通である紫色の瞳を潤ませている。


 この時点で既に三対一。

 長年の経験で、思わず眉根に力が入るのをどうにか押しとどめ、数ヶ月ぶりに会う家族に対し敢えて騎士の礼をした。それがせめてもの抵抗とばかりに。


(大丈夫、ここまでは想定内)


 そう自分に言い聞かせる。

 それに、辺境伯の長女として生まれ、妹の縁談が先日決まったのであれば、いつ縁談が持ち込まれてもおかしくないと心積もりはしていた。


 ただ、それにしては部屋の雰囲気がどうにもおかしい。

 嫌な予感に口元を引き締めたナディアに、父が伝えた言葉は想像の斜め上を行くものだった。


「ナディア、プリシラに代わってお前が王家に嫁げ」

「…………はい?」


 たっぷり数秒とったのち、ナディアはその薄い唇から間の抜けた声を出した。



  ♦︎♦︎♦︎♦︎


 この国の名はルシアン……だった。


 ルシアン国は小国で、隣国のカーデラン国の属国にあった。とはいえ、国とは名ばかりで、近隣国から見ればカーデラン国の領地の一部のようなものだったが。


 年老いた国王には王子が一人。しかもこれがかなりの愚息。そして、この愚息が問題を起こした。六か月前、カーデラン国を訪問中に、王族の食事に毒を盛り暗殺を試みたのだ。


 完全独立国家を成し遂げたかったというのが彼の言い分で、実行した工作員は既に処罰された。王子は今は幽閉中だけれど、近々断首される予定だ。


 この前代未聞の愚行にルシアン国は震撼した。

 戦は避けられないと国境付近に兵を配置し、貴族達は我先にと逃亡計画を練った。

 しかし、カーデラン国の下した結論は至って明快。

「我が領土の一部となれ」だった。

 

 戦ったとて勝算ほぼゼロ。ならばと年老いた王はあっさり引退を決意した。

 一つの国からルシアン領となり、カーデラン国の王家の血を引くものが公爵を授爵し領土を治めることが、一度の話し合いであっさりと決まった。それが国内に広まったのが四ヶ月前のこと。


 騎士であるナディアとしては、守る国があっさりなくなり、四ヶ月後には他国の兵となる前代未聞且つ急転直下のできごと。思うとこはいろいろあるし、兵舎内は騒然としたけれど、無駄な血が流れ仲間が死なないならそれで良いかと、最終的に気持ちに折り合いをつけた。


 しかし、話はそれだけでは終わらなかった。

ルシアン王が、王家の血を絶やさないで欲しいと懇願したのだ。カーデラン国としても、ルシアナ王族の血を取り入れ領地を治めたほうが混乱は少ないと判断し、王族の血縁者をルシアン公爵の妻とすることを決めた。


 王族を数代に渡って遡り、その子、孫と調べ、未婚で婚約者のいない妙齢の令嬢を探した。そこで名前が出てきたのがナディアとプリシラだった。それが二か月前だ。


 すぐにオーランド辺境伯に打診があり、プリシラはその婚姻を喜んで受け入れた。なんたって用意された肩書きは公爵夫人。諸手を挙げての立候補だ。

 ちなみにナディアが諸々の話を聞いたのは、プリシラの婚約が正式に決まったあとだったが。


 そんなふうに、ナディアの預かり知らないところで決まった婚約話のはずが、なぜ今、覆されようとしているのか。


  ♦︎♦︎♦︎♦︎


 ちよっと過去に意識を飛ばしていたナディアはハッと我に返る。

 今日の夕食は何だろうと現実逃避したくなるのを抑え、目の前の惨事に向き合うことにした。


「お父様、理由を聞いても良いですか」

「あぁ。実は先程ルシアン領を治めるのが、カーデラン国王の縁者から第三王子に変わったと連絡がきたのだ。名前はイーサン・オズ・カーデラン王子」


 その名にナディアは首を傾げる。近隣諸国の王族の名前は最低限頭に入っている。しかし記憶にない名前だ。


「カーデラン国の王子は二人ではなかったのですか?」

「訳あって長年異国に留学していたらしい。聞いた話では……」 

「お父様、お母様、イーサン様は気に入らない事があれば暴れる上、冷酷非道な性格なのですよね? さらに悪魔のような風貌をしていて目が合えば呪われるとさえ…… 私、そんな方の妻にはとてもなれません」


 父親の話を遮って、プリシラが悲壮感たっぷりの声を出す。隣に座っていた義母が心配そうに細い肩を抱き、大丈夫と言わんばかりに手を握る。


「分かっているわ、プリシラ。あなたをそんな男に嫁がせたりしないわ」

「勿論だ、安心しろ。聖女の生まれ変わりとまで言われるお前を悪魔にはやるわけがないだろう」


 フルフルと亜麻色の髪を振り、紫の瞳を潤ませるプリシラを両親が慰める。その儚げな姿こそ、この国を救った聖女の生まれ変わりと言われる所以。

 至る所に立てられた聖女像に肖像画。そのすべてが愛らしい丸い目に、小さくもぽてっとした唇、透き通るような肌に薔薇色の頬、ふわりと揺れる茶色い髪とまさしくプリシラそっくりだった。


(つまり、婚約相手が悪評高い第三王子に変わり、公爵夫人と天秤にかけた結果、私を代わりに嫁がせることにしたのね)


 プリシラの我儘は今に始まったことではない。小さい時からナディアが大切にしていたものを欲しがり、面倒事や大変な事は全て押し付けてきた。両親は聖女のようなプリシラの言うことばかりを信じ、ナディアの言い分や意見など聞こうとしない。二人が言い争いをしていれば、詳細を聞くまでもなくナディアを叱った。


(私がプリシラの代わりに嫁ぐのは、彼らの間では決定事項というわけか。相変わらずだわ)


 やはり今回も自分の意見は聞こうとしないのだと、もはやため息すら出ない。

 それに、ここで拒否すれば、国際問題になりかねない。戦争になれば真っ先に傷つくのは騎士だ。


(まさか本当に悪魔でもあるまいし。取って食うことはないでしょう)


 こうなれば腹を括るしかない。

 国を守るため、仲間を守るためだと思えばやってやれないことはない。決してプリシラのためではないと握った拳に力を込めた。ただ確認しておかなければいけないことはある。

 

「お父様、私が嫁ぐことについてカーデラン国の許可は取られたのでしょうか」

「カーデラン国は王家の血を引く未婚の女なら誰でもよいそうだ。お前はその条件に合うのだから問題ないだろう」


 つまりは連絡していない。独断らしい。

 しかも明日、面会する時に説明しておいてくれときた。さすがにそれは、と反論しかけるも、父に任せるより自分で言ったほうがトラブルが少ないかと思い直す。


「騎士団はいつ辞めれば良いでしょうか」

「先ほど隊長あてに辞表の手紙を書き送らせた。お前とは行き違いになったが問題なかろう」 


 これにはナディアもカチンときた。

 ナディアがどんな思いで騎士になったか。そして絶望したのち、出会った仲間にどれほど助けられたか。勝手に婚約を決められたことよりも、そちらの方が腹が立った。


 でも、ナディアは全ての言葉を飲み込んだ。

 目の前にいる三人と分かり合えることは、とうの昔に諦めた。

 いくら言葉を尽くしても、彼らの耳には届かないし、信じても貰えない。

 黙ったのを肯定と受け取ったのか、さっきまで悲痛な声を出していたプリシラが明るくナディアに声を掛ける。


「騎士であるお姉様なら悪魔のような方でも平気でしょう。だって女性でありながら戦場で剣を振っていたぐらいなんですもの。人を斬るなんて恐ろしいこと私はできないわ。きっとお話も合うんじゃなくて?」


 悪びれることない無邪気な言葉に、ナディアの胸がぎゅっと拳を握る。


「本当、プリシラの言う通りだわ」

「あぁ、ナディアなら悪魔ともうまくやれるだろう」


 義母だけでなく、実の父までもがこの決定に満足し、プリシラに微笑掛ける。

 ナディアは黙ってその場をあとにした。



 騎士団の寄宿舎に戻ったナディアは、大きく息を吐きながらベッドに倒れこんだ。


 騎士団はルシアン公爵の直轄部隊として残ることになっている。

 他の貴族たちも、ひとまず公爵から領地を借りるという形をとり、爵位を下げた者もいるがそのまま引き続き領地経営を行う。急に制度を変え内乱が起きても厄介だし、新たな組織図を作る時間もなかった故の対処法だ。


「明日隊長を探して、騎士団を辞めることになったと直接説明しなきゃ」


 この部屋で寝るのも今日が最後かと、特段熱い思い入れもないベッドでナディアはごろんと寝がえりを打つ。シーツに艶やかな黒髪が広がった。


 

 ナディアはオーランド辺境伯の長女として生まれた。しかし、ナディアがニ歳の時母が亡くなり、同年継母がやってきた。早々に迎えた後妻は亜麻色の髪に大きな茶色の目を持つ愛らしい顔をした女だった。


 翌年、プリシラが産まれると継母は事あるごとに二人の娘を比べた。甘え上手な実の娘は愛嬌があると手放しに褒め、ナディアには可愛げがないと辛辣な言葉を浴びせた。その言葉に同調するように、父親のナディアに接する態度が冷たくなっていった。


 実際、プリシラは可愛いかった。母親譲りの亜麻色の巻き髪に、潤んだ紫色の大きな瞳。小さくぷっくりした唇に華奢な手足。この国で持て囃される美の基準を、全て凝縮して作った人形のような愛らしさがあった。


 それに対してナディアは切れ長の目に薄い唇、その凛々しい顔は男の子と間違えられるほど。  


 義母が自分を可愛がらないのは実の娘じゃないから仕方ないと、ナディアは幼いながら早々に心に折り合いをつけた。でも父親は頑張れば自分を見てくれるのでは、愛してくれているはずと期待していた。


直轄兵を持つ辺境伯は、剣の腕が立つ男の子が欲しかったとよく口にしていた。


 かつて有名な剣士だった父に褒めてもらうため、喜んでもらうためナディアは騎士になることを決めた。

 貴族が通う学園ではなく、騎士のエリートコースである騎士養成所の入学試験を密かに受け、父親を喜ばせようと合格証書を見せた日。


 父親はナディアを叱り飛ばした。


「優秀な婿養子を貰うつもりだったのに、なぜそんな勝手なことをした。どうしてお前は、プリシラのように女らしく振る舞えないんだ。わしは女騎士など認めん。あやつらは戦場で全く役に立たなかった。足手纏いとなりどれだけの仲間を失ったか」


 女であっても主人となれるこの国で、まさか父親が婿養子を探していたなんて思いもせず。ましてや女騎士を毛嫌いしているなど初耳だ。

 

「もう、お前には何も期待しないし、必要ない。プリシラに婿を取らせ辺境伯を継がせるから家を出ろ」


 呆然と立ち尽くすナディアを、父は強引に部屋の外に押しやった。ばたん扉が閉まる大きな音は、小さなヒビが幾つも入ったナディアの心を壊すには充分だった。



「今更私が騒いでも、何も変わらない。今までもそうだったし、きっとこれからも」


 ナディアはがばっと身体を起こし壁にかかる時計を見た。時刻はまだ八時。


「飲みに行こう、なんなら一晩中飲んでやる」


心境としては、年貢を納める前にバカ騒ぎしたい男の気持ちに近い。

 今日ぐらい羽目を外してもいいだろう。

 いや、むしろ今外さなきゃいつ外す。


 ナディアはベッドから立ち上がるとクローゼットを開けた。


 中には騎士の制服と着古した数枚のワンピース。それから、ナディアのファンや後輩からプレゼントされた男装用の服がかけられている。割合二対八、偏りすぎのラインナップだ。


 騎士団では誰もが認める男装の麗人ナディア、その名にふさわしくナディアはジャケットを手に取り素早く着替え、夜の街へ繰り出した。


続きが気になる方、是非ブックマークお願いします!

☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。

前回作、派遣侍女リディの〜と同時進行で書いていた作品です。なんとか形になってきたので投稿します

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