1-3.村へ
横浜市在住の49歳普通の中小企業勤務のサラリーマンが、なぜか突然知らないところに放り出されるところから物語は始まりました。
前回道があるので歩き回って誰にも会えず、体力が尽きたところからの話になります。
俺はちゃんと答えてるのだが、よほど混乱していると思われたのか、ひとまず事情聴取は中断。
軽く何か食べてからという話になった。
有り難い。今はとにかく何でも良いから食べたい。
だが、【横浜】を知らず、救急も通じない……やはり、何かおかしい。
そんなことを気にしていると、どこから出したのか、スープが出てきた。
白っぽい粒々……粟とかなのか、インコの餌に入ってそうな粒々が、浮いてたり沈んでたりするスープだった。
味なんて関係無く、体に染み渡った。
荷物があるので、お菓子くらいは持っているかもしれないと思ったが、スープが出てくるとは驚いた。
具は少ないが、ずいぶん落ち着いた気持ちになる。
「ヨコハマからはどうやって来たんだ?」
それは聞かれても、俺にもわからない。
「気付いたら、この道をしばらく歩いたところに居て、その前のことは、全く覚えていません」
そうとしか答えられない。
「家族は?」
「家族は居ません」
俺は独り身だ。
「家族が居ない?」
「はい。居ません」
家族の記憶も無いが、家族がいなかったことは覚えている。
元から天涯孤独ではない。親は居た。
でももう居ない。この歳で既に両親とも亡くしている。
元から同居していなかったと思う。
「妻も子供もいないのか?」
ああ、そうか。家族と言われて俺は親のことを思い浮かべたが、
聞かれたのは妻と子供のことだったのか……
まあ、この歳だしな……
「いません……」
なんだかすごく悲しくなってきた。
たぶん、居るのが普通だから聞かれたのだと思う。
その後もいろいろ聞かれたものの、俺はどうやってここに来たのかわからない。
何もわからないので答えようがない。
日本語が通じているのに、横浜市民と言って伝わらないのだ。
もはや、俺が話している言葉が、日本語であるかすら怪しい。
俺は、日本語以外の言葉を流暢に話したりはできないが、俺が日本語だと思っている言葉を話して伝わらないのは名詞だけだ。
いや、名詞もだいたい通じる、通じないのは地名など、固有名詞くらい。
他は、まったく問題無く通じるというのは、普通に考えて、おかしい。
そして、今のこの状況について、俺は他にも気付いたことがある。
遭難者の俺を見つけても、救急車も呼ばない、警察に通報もしない。
そういう発想が無いようだ。
日本語が通じる場所で? 普通に考えれば有り得ない。
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※エスティアさんのイメージです。
革鎧も装備しているはずなのですが描けませんでした。
なので、脳内で加工してください。
助けてくれたのは、2人組の女の子で、ずいぶん若く見える。
49歳の俺から見れば、たいがいは若い子になってしまうが、化粧してない若い女の子は、俺には全部中高生に見えてしまう。
二人とも140cmくらいなので、まだ成長期なのか、ただ、態度からするともっと上で、20歳くらいなのだろうか?
ずいぶん堂々としている。
短剣持ってた時点でおかしいが、服装もおかしい。
RPGで初期装備よりも1ランク上的な感じの恰好……厚手の布でできた服に、要所要所に革の鎧付けたような感じだった。
RPGの初期装備というのは、俺的には、銅の剣と旅人の服。
革の鎧という感じでも無く、布の服に部分的に革鎧を着けている感じだ。
コスプレではなく本物だ。それは見ればすぐわかる。
あちこち補修、補強の跡のある着古した服と、年季の入ったひび割れたような革鎧、これをコスプレで再現なんて絶対無理だ。
ここは地球上ではないと思った。
食事を用意してくれたので食べ、歩けるようなら村へ行こうと言われたが、ろくに歩けなかったので回復を待って村に行くことになった。
足に力が入らない。それに、突っ張る感じがある。
いつものように歩けない。
なるほど。
遭難して何日も食べてないと、1食や2食食べた程度では、ろくに歩けないのだ。
断食なんてしたことも無かったから、知らなかった。
助けてくれた2人の名前は”エスティア”と”リナ”。
さっき縋り付いてしまった方がエスティアだ。
よく見ると二人とも整った顔立ちで、ずいぶん可愛いのに荒っぽい格好してるなと思った。
エスティアとリナは、冒険者って感じの見た目だが、見た目そのままで”冒険者”だと言う。
なんだそれ、ゲームかよ……と思った。
俺は、手作り感あふれる服を着ているが、村人初期装備の布の服とかそんな格好なのだろう。
武器は檜の棒のかわりにナイフを持っている。カバンに入れっぱなしだが。
これがゲームならクソゲーだ。
敵も出ず、始まっていきなり最初の村に着く前に餓死寸前。
敵とは戦わず、幻聴との戦いを強いられた。
2人は村周辺の警備をしていて、その村は、ここからそれほど遠くないと言う。
こちら側はあまり人が頻繁に通らないが、それでも、何日も人が通らないようなことは無いと言う。
確かに俺は、ほとんど寝て過ごしてはいたが、何度も人が通って気付かないことがあるだろうか?
村の名前は”キノセ村”。
長く言うときはトート森のキノセ村らしい。
俺が遭難した森も含めて、一帯の森が全部トート森らしい。
国の名前はわからないが、トート森という地域と認識されているようだ。
それにしても、よりによって、こんな子達に警備をやらせるというのは、どういうことだろうか。
……………………
さっき説明したつもりだったが、どっちから来たのか聞かれたので、来た方向を答え、森と森の間の開けたところから来たことを説明した。
知りたいのは、その前だと思うのだが、気付いたら草むらに倒れてたと言うと、黙ってしまった。
何か思い当たることがあるようだ。
エスティアに「村まで安全に連れて行くから安心して」と言われた。
ありがたいが、何か勘違いされてそうだ。
どうも俺が”言いたくない、言えないことがあってごまかしてる”ように思われてそうな雰囲気を感じた。
本当に覚えていないから説明できないだけなのだが、どうすればわかってもらえるのだろうか?
もしかしたら、言葉そのままの意味で、道中そんなに危険だったりするのだろうか?
人を襲うような猛獣でも居るとか?
……そういえば、こんな森の中で何日もよく野生動物に襲われずに済んだな……と思った。
まあ、そんなに危険な動物が居ないなら、動物の方が人間を避けるだろうが。
……………………
村は遠くないと言う割には、2人は野営セットを持っていた。
泊りになってしまったので、女の子に野営なんて……と思ったが、あまりにも手馴れてるので、何も言わないことにした。
俺も非自立式テントくらいは立てられるが、これは無理だ。
テントは、自立するものは組み立てが簡単で、誰にでも組み立てられる。
ところが、非自立式になると極端に難しくなる。
紐を張らないと倒れるものの紐を張るのはけっこう難しい。
この子たちのテントには、フレームが無い。
俺が寝ている間は、エスティアとリナで交代で見張りをしていてくれたようだ。
二人ともスマホは持って無さそうだった。音楽プレーヤーも無さそうだし、GPSも無い。
電子機器の類は一切見当たらないどころか、化学繊維すら無さそうだ。
不思議なことに俺も【手作り感あふれる変な服】を着ていて、電子機器は持ってない。
俺には横浜に住んでいた頃の記憶しかない。
救急車や警察を呼ばず、スマホは持たずに刃物を持ってる女の子と野営。
やはりここは地球上では無いだろうと思った。
朝食を食べたら少し元気が出たので、今日は村まで行くことになった。
立ち上がると驚かれた。俺は、ものすごく背が高いらしい。
「改めて見るとずいぶん背が高いんですね」とエスティアが
「こんなに大きな人は初めて見たよ」と、リナが言った。
エスティアもリナも140cmくらいかな?という感じで小柄な女の子だ。
背はまだ伸びるのかもしれないと思ったが、俺ほど背が高い人は見たことがないと言う。
俺の身長は178cmで、日本では普通より少し大き目くらいだった。
確かに若干背が高い方ではあるが、驚かれるような高さでは無かった。
それで、見たことが無いほど大きいと言うなら、背の低い人が多い村なのだろうか?
やはり、一晩ではたいして回復せず、まだ足に力が入らず早く歩けない。
「村まではどのくらいかかりますか?」と聞いてみると、
「このペースだと着くのは夕方にになるかもしれない」と答えが返ってきた。
確かに今は俺の体力が落ちているというのはあるが、それでも、このペースで夕方までかかるとなると、けっこうな距離だ。
遠くないと聞いていた村は遠かった。
「野営した場所からなら1日で往復できますよ」と言う。
普通は半日もかからない距離なんだな……人間が歩ける距離は、だいたい1日40kmくらいと聞くので、片道15kmくらいなんだろうか。
15kmというのは俺にとってはタクシーとかバスではなく電車の距離だ。
そんな距離歩いた機会は何度あったか。地震で電車が止まったとき歩いたのが20kmくらいだったか。
山道を20km歩いたこともあるが、ほとんど丸一日かけるくらいの距離だった。
登山と、平地では全く異なるが、この子たちの”遠くない”レベルの距離は、俺にとっては人生で何度も歩くことは無いような距離だ。
歩きながらだと気軽に話せるので、いろいろ聞いてみた。
予想はしていたことだが、彼女たちの話を聞いてより明確になる。
やはり、ここは日本では無さそうだ。
家電製品や電気があるか確認したかったが、電気と言うと、エネルギーのことではなく、別の意味になるらしくうまく通じなかったので、家で料理するときの燃料を聞いたら薪だと言う。
むしろ、薪以外に何があるのか、くらいの勢いだった。
女の子が冒険者なんて珍しいのではないかと思ったが、男の冒険者がいたらおかしいくらいの反応をされる。
看護婦さん的な感じで、冒険者と言うのは、女性であることを含めた呼び方なのかもしれない。
男だと冒険野郎なのだろうか。
何を聞いても大袈裟に驚かれるし、なんか呆れられるので、自分で自分がいたたまれなくなった。
俺は”森で遭難”したと思っていたが、ああいうのは”行き倒れ”と言うらしい。
まあ、道を歩いてて体力尽きたんだから、”行き倒れ”なのか。
そんなの俺だけかと思ったが、”行き倒れ”はたまに居るようだ。
ただ、男の”行き倒れ”は珍しいらしく……って、女ばかりが”行き倒れ”って、どういう環境なんだ?と思った。
エスティアもリナも、困った顔をするので、あまり深くは聞くことができなかった。
見つけた時には既に手遅れとか、襲われた事後なんてことが多いのかもしれないと思った。
俺が助けを待ってた時には、何日も誰にも会わなかったのに、不思議とたまに人とすれ違う。
もうちょっと頑張って歩けば、すぐ人に会えたのかもしれない。
途中で1回休んで、しばらく歩くと、道の感じが頻繁に人が通ってるような感じになってきた。
道に生えてるコケが減って、足跡みたいなものが増えてくる。
「あそこが村の入り口だ」 リナが言った。
ようこそ〇〇村へ……的なものはなく、木の柵と畑が見えた。
十分明るいうちに村に着いた。
それにしても、ちょくちょく人を見かけた。
村の近くは人通りがある程度あるようだが、俺から見ると、急に人が湧いて出たようにも思えた。