2-8.アイスとフィー
エスティアとリナの顔を見て、”やっぱ俺近々死ぬんだ”と思った。
さっきは微妙な顔してたから、たぶんテキトーな結果しか出なかったのだろうと思ったのだが、さっきから妙に無口で、本当は凄い深刻なことを言われたのかもしれない。
凄く心配になる。
男が魔法を使いすぎると寿命が削れると聞いた。
たぶん、削れてしまったのだろう。
診断が終わって、ものすごく気まずい雰囲気の中、トボトボ街を歩いていると、
「テラー」と遠くから呼ぶ声がした。
見ると、遠くから少し大きめの女の子が走ってきた。
誰だっけ?なんか見たことある気がするな……と思っていると、「生きてたのかカロテラ!」そう言って思い切り抱きついてきた。
凄いパワーだった。
体力落ちててフラフラだったので、少しよろけた。
続いて少しふっくらした子が、「なんだ自分で歩けるじゃないか」と言って、やっぱり抱きついてきた。
凄く親しげなのだが、誰だかわからない。なんだか、胸が痛くなってきた。
その上、ふくよかなほうは、胸がぼよんぼよんで、それが当たると、眩暈が……
俺は”おっぱい恐怖症”か何かなのか?と思った。
「相変わらずの臭い」 ふくよかな方が言う。
ふくよかな方は、抱きついてた……というよりは、思いっきり臭いを嗅いでいたようで、”相変わらず凄い臭いだ”と言われた。
俺は”加齢臭”のことだと思って、臭いなら嗅ぐなよ……とか、そんなに臭いのかよ……と凹んでいた。
そんなことは無視して、エスティア達は顔を見合わせてから、「知り合い?」と聞いてきた。
知ってる気がするんだけど……と思いつつも、思い出せずに困っていると、
リナが口を開いた。
「もしかして、私達より前に拾った人が居たんじゃないか?」
なんでそう思ったんだろうと疑問に思うと、「たぶんカリオ神殿の森で拾ったテラでカロテラなんだよ」と言う。
それだけでわかるのか!と思ったが、でっかい方が大泣きして離れない。
ふくよかな方は臭いまくってる。
そんなに、嗅ぎまくって大丈夫なんだろうかと思った。
しかし、俺の方がダメだった、スーハーされると、生命力ゲージがみるみる減ってるような感じで……察してくれたようで、リナがふくよかなほうをつまんで剥がしてくれた。
大泣きしてる方はそのままだ。
いくら考えても、そもそも誰だか思い出せず汗かきまくるし、エスティアの顔色が凄いことになってきた。
この修羅場感、この世界、人が少なくて狭いから、また変な噂が立ってしまう。
少しして落ち着いてから、名前を聞く。
「(名前)忘れた? こっちがアイス。私はフィー」
でっかい方がアイス。ふくよかな方がフィーだそうだ。
2人を覚えてないことについては、たいして話題にならなかった。
さっぱりした性格なのだろうか?
俺のことを知ってるなら何か知ってるかと思ったが、ほとんど情報がなかった。
話自体は長かったのだが、俺を見つけた日に食べた昼食の内容とか、臭いについての話とか不要情報がほとんどで、要約するとこんな感じだった。
森で行き倒れてて、名前は”テラ”と言った。
年とってたので代官には出さず、力があるし良い臭いがするし、
年寄りとはいえ男だったから貰うつもりが、徴兵の際に見つかり奪われた。
嫌な臭いではなく良い匂いなのか?とちょっと疑問に思った。
それともちょっと臭いくらいがお好みの匂いフェチの人なのか?
俺は匂いフェチの人に好かれるのはあんまり嬉しい気がしないのだ。
それはそうと、”徴兵で男も集めるのか?”という疑問が。
男の冒険者はあまり居ないから、男の兵士もあまり居ないと思ったのだ。
そして、やはり俺は以前にも”テラ”と名乗った。
偶然では無いようだ。
徴兵で男も集めるのか聞くと、
「アイスが自慢して回ったから誰かに密告されたんだ」とフィーが言った。
普通は集めないが、アイスが余計なことしたって意味なんだろうなと思った。
で、その後、砦までカロテラ(トルテラ)を取り返しに行ったが、そこには居なかったそうだ。
居ないことを、よく教えてくれたもんだとも思ったが、砦の兵士も揉めるのが嫌だったのだろう。
報奨金で装備を調え、居場所を探して殴り込みをかけるつもりが、消息が分からない。
それから何か月も経ったので、てっきり死んだと思ってたが、ロバで運ばれてきたと聞いて、歩けないほど枯れて衰弱してるんだと思って飛んできたらしい。
俺たちが街に入るのと入れ違いに、この子たちの村に行く馬車とすれ違っていたようだ。
村までどのくらいあるのかは知らないが、よく間に合ったなと思った。
文字通りすっ飛んできたのだと思う。
男の徴兵は、戦闘要員では無いようだ。
連れて行かれれば寿命は早々に削れてしまうという。
慰安夫?だったら徴兵じゃないけど、徴兵部隊に連れて行かれることを徴兵と言ってるのだろう。
「俺は徴兵されて砦に着く前に、逃げ出したんだろうか?」と言うと、アイスとフィーが「その子達にはどこで拾われたんだ?」と言った。
自動で、どこかに落ちてて拾われる子っていう扱いなんだな俺は。
と思って、少し悲しくなった。
エスティア達に助けられたのがトート森だと言うと、一人でそんなとこまで行けるか?と言われた。
当時の俺が行けるような距離じゃ無いようだ。
まあ、ここから歩いて帰るのはかなり大変だ。
大芋の存在も天下の魔法の存在も知らない当時の俺では移動は難しそうだ。
結局、徴兵された以降、俺がどういう経緯でトート森に行ったのかはわからなかった。
「とにかく会えてよかったよ」とアイスが言う。
さっきも泣いてたし、それは本当なんだな、とよくわかった。
覚えてなくて申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
その後、お前が攫われてから、いつか取り戻してやろうと気合い入れて訓練しまくったから剣技のレベルがいくつも上がったぜ、みたいなことをアイスが言っていたので、また呆れられるパターンか……と思いつつも、「剣技のレベルって何だ?」とリナに聞いてみた。
予想外にも、「それは知らない」と言われた。
リナが知らないなら、アイスの中にある何かの尺度なのだろう。
ちなみに、アイス達に拾われて、一緒に過ごした期間は僅か2日半だった(アイスは3日だと主張したが)。予想外に短かった。
その割にはさっき号泣してたよな。
そんなに愛着わくものか? 2日半で……と思った。
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いろいろありすぎて、診断結果の方は有耶無耶になった。
アイスのあの勢いだと、俺の所有権をめぐって決闘でもしそうな感じだったので、
「やめてー! 俺のために争わないでーーー!」とか俺がヒロイン的セリフを言わなきゃ駄目かと、ドキドキしたが、そうはならなかった。
この後どうするか聞かれたので、「居候しているテーラの家に帰る」と言うと付いてくるという。
行くだけで3日かかると言うと、荷物取ってくるから待ってろと言ってアイスが一人で荷物を取りに行った。
フィーは残ったままだが、アイスが戻るまで俺たちが逃げないように見張る役なのだろう。
元々今日は、診察が終わってから街を出るので、街からそんなに遠くないところで野営する予定だったが、出発前に日が傾いてきたので、アイスが戻る前に街はずれで幕営の準備を始めた。
街はずれの幕営は、貧乏人がすることで、街に滞在したいが宿には泊まれない人達が多いという。
そこに俺みたいなのが居るとまた、勝手に変な想像されちゃうんだろうな。
宿にも泊まれない貧乏人が年取った男連れで……とか。
でも、あんまり悲しくならなかった!
もう、だいぶ慣れたのかも。
アイスが来て、ここで幕営かと言って、手慣れた手つきでテント立てはじめた。
ところが、アイス達のやつは新しくて奇麗でいいやつだった。
もしかして報奨金で買ったのか?
”俺を売った金で買ったのか!!!”とか想像してちょっと楽しんだ。
寝ようと思って、俺たちのテントに入ろうとすると、自然にフィーが付いてきた。
「フィーにはあっちの奇麗なテントがあるだろ」と言うと。「久しぶりだから」と言う。
エスティアとリナの動きが止まった。
なんか視線が痛いんですが、俺が悪いのか?と思いつつ、プレッシャーのあまり「久しぶりって何がかな?」と言いつつ人差し指を立てるという、歌のお兄さんみたいな妙な挙動になってしまった。
それに合わせてくれたわけでは無いと思うが、「フィーもカロテラと一緒のテントに寝たーい」と子供のように言った。
ふっくらしていて確かに年齢不詳系ではあるが、お前大人だから、ついさっき、アイスと1歳しか変わらないって言ってたのだ。
リナが摘まんで持って行ってくれた。助かった。
15歳くらいで大人扱いなので、けっこう若くても大人なのだ。
そのあと、アイスがやってきて、済まないが一晩だけでも貸してくれと真面目に頼み込んだ。
エスティアとリナに。
俺の意思確認とか無いのか?と思った。
エスティアは、アイスの昼間の大泣きを見て、久しぶりに会えてよほど嬉しいというのがよくわかっていたので、ちょっと譲歩してもいいかとアイス達のテントを見る。
5人が寝るには狭いが、エスティア達のテントよりは広いので、今日だけ妥協して5人で、トルテラを真ん中に、その左右にフィーとアイスが寝ることになった。
アイスは超にこやかだった。喜怒哀楽が激しいタイプなんだなと思った。
「トルテラ、スゲーな、でけー、スゲー」言ってるけど、何が凄いのかは俺にはよくわからなかった。
でかい=凄いの子なのだろうか?
フィーが腕にぷよんぷよんを当ててくるので、アイスの方を向いたら、今度は背中にぷよんぷよんが当たって気が遠くなってきた。フィーが背中の匂い嗅ぎまくりで、俺はもうもう駄目だと思ったが、誰かが引きはがしてくれた。
誰だかわからないけど、引きはがしてくれた人ありがとう……と思いつつ気を失った。
朝目は覚めるものの、倦怠感が凄くて動けない。
テントの外に座っていると、アイスが来て、
「おお、トルテラ!やっぱ男って良いな、すげーな」とか言って同意を求められた気がしたが、”そんなの俺に言ってどうするんだよ!”と思ってると、また背中に、ぷよんぷよんが引っ付いてスーハーされた。
なんか、スーハーの1回ごとにエネルギーが減って、心の中が無力感でいっぱいになった。
このまま吸われるとたぶん、もうすぐ俺は死ぬ……と思って、誰かに助けを求めようとしたら、誰かが摘まんでひっぺがしてくれた。
見るとリナだった。
お礼を言おうと思ったが、リナの機嫌が猛烈に悪そうだったので、何も言えなかった。
準備手伝えなくてすまないと思いつつも、荷車に横たわった。
アイスとフィーの2人と一緒にいた期間は2日半と言っていた。
たぶん、2晩一緒に過ごしたのだと思う……よく俺生きてたな……と思った。
”昨日の夜は最悪だった”とエスティアとリナは言っていた。
その日以降はエスティアとリナが断固として譲らなかったので夜は比較的安心して寝られた。
朝起きると、ぷよんぷよんが足にひっついてたりしたが、エスティアかリナがひっぺがしてくれた。




